光が強くなれば、陰の実力者はより際立つ。ので、僕が天に立つ 作:あばなたらたやた
目的の村は、完全に壊滅していた。
「……酷い」
「魔力の残滓がある。魔法が使えるのは知性魔物と一部の人類種だけ。あるいはアーティファクトか」
「生存者の捜索と死体の回収をしましょう。死体は教会へ」
シドはウィクトーリアの隣で、焼け焦げた木材の破片を慎重にどかした。煤と灰が舞い上がり、彼女の白いローブの裾を黒く汚していく。
それでも彼女は一言も文句を言わず、黙々と手を動かし続けた。小さな指先が焦げた布地に触れるたび、微かに震えている。シドはそっと彼女の肩に触れそうになった手を止め、低い声で告げた。
「聖女殿下、少し休んでください。この作業は僕一人でも進められます。あなたは祈りを捧げるだけで十分です」
ウィクトーリアは手を止め、ゆっくりと顔を上げた。目隠しの下から静かな視線が向けられる。
「……ありがとうございます、シド様。でも、私は自分で手を動かしたいのです。この人たちに、せめて最期の瞬間まで誰かがそばにいてあげられたことを感じてほしい。私がここにいることで、少しでも魂が安らぐなら……」
穏やかな声の奥に、長い行軍の疲れと惨状の重みが滲んでいた。シドは軽く息を吐き、彼女の隣に膝をつく。
「わかりました。ですが無理はしないでください。あなたが倒れてしまっては、弔うことも祈ることもできなくなります。……少し、水を飲んでください」
腰の水筒を外し、蓋を開けて差し出す。彼女は一瞬躊躇した後、静かに受け取った。目隠しをしたまま唇を縁に寄せる仕草は儚げだった。
水を一口、二口と喉を鳴らして飲むだけで、彼女の肩の力がわずかに抜けたように見える。
「ありがとうございます……本当に」
彼女は水筒を返し、微かに微笑んだ。シドは水筒を腰に戻し、再び作業に戻る。
崩れた梁の下から幼い子供の遺体が出てきた。小さな手が母親らしき女性の服を握りしめている。ウィクトーリアが静かにその子を抱き上げ、優しく胸に寄り添わせた。細い指が子供の髪をそっと撫でる。
「……ごめんなさい。遅くなってしまって」
囁くような声は、聖女ではなく一人の少女のもののようだった。シドは隣で母親の遺体を慎重に持ち上げながら声をかける。
「聖女殿下。あなたは決して遅くありません。今、ここにいてくれるだけで十分です。この子たちはあなたの温もりを最後に感じられる。それだけで魂は救われるはずです」
彼女は小さく頷き、子供の遺体を地面に下ろすと、両手を合わせて静かに祈りを捧げ始めた。
シドもその横で祈りの姿勢を取る。
表向きは護衛としての礼儀だが、内心では彼女の無垢さが痛々しかった。聖教は彼女を救ったが、同時に使い捨ての道具へと作り変えようとしている。美しい聖女として強化され、いつの日か切り捨てられる運命。
それを知らないまま純粋に慈愛を振りまく彼女の姿から、シドは灰色の空へと視線を移した。
「聖女殿下」
祈りを終えた彼女が顔を上げる。
「もし疲れたらすぐに言ってください。僕が背負います。あなたが倒れる前に、僕がすべてを支えます」
形式ばった調子の奥にわずかな温かみを込めて告げると、ウィクトーリアは一瞬言葉を失い、それからゆっくりと頭を下げた。
「……シド様。あなたは本当に優しい方ですね。ありがとうございます」
「護衛の務めですから。あなたの安全が、僕の任務のすべてです」
嘘ではないが、真実のすべてでもない。灰が風に舞う中、アルファとゼータの気配が周囲を固く包んでいた。
シドはウィクトーリアのローブについた灰をそっと払う。
「……ありがとう」
小さな呟きを背に受けながら、シドは剣の柄に指を添え、周囲の気配を警戒した。
焼け焦げた家屋の残骸を確認しながら進む中、次の崩落した小屋の下から中年男性の遺体が見つかった。胸に深い斬撃があるが、臓器や肉はほとんどそのまま残っている。シドはしゃがみ込み、傷口を観察した。
「聖女殿下」
声をかけられて近づいてきたウィクトーリアが、傷口に手をかざす。
「捕食のためではありませんね」
「ええ。臓器も肉も削がれていない。知性魔物が人間を喰らうなら、もっと残酷な痕跡が残るはずだ。これは……戦うことが目的だった」
村の中央広場に倒れている護衛騎士たちも同じだった。鎧は切り裂かれ、剣を握ったまま折れているが、噛み跡や引きちぎられた肉片はない。
「村の護衛騎士たちも同様です。知性魔物が……あるいは奴隷商人の傭兵が、ただ村を壊滅させるために動いた」
ウィクトーリアはゆっくりと立ち上がり、両手を胸の前で組んだ。
「なぜ……こんなことを」
声の震えは聖女としての仮面をわずかに歪ませた。シドは彼女の肩にそっと手を置く。
「目的はまだわかりません。ですが、これは警告か陽動か、あるいは僕たちをここに留めるための仕掛けです」
「……わかりました。それでも魂を弔うことは変わりません。この人たちを教会へ運びましょう」
遺体を担架に乗せる作業が進められる。アルファが無言で木材を運び、ゼータが縄を結んでいた。子供の小さな体を乗せる際、ウィクトーリアの手が止まり、目隠しの下から涙が滲む。シドはそっとその背中に手を当てた。
「大丈夫です。僕たちがいます。きちんと教会へ運びましょう」
「……はい。ありがとうございます、所長」
担架を四つ作り、遺体をすべて乗せ終えた。生き残りは見つからず、村は完全に壊滅している。アルファが近づき、低い声で告げた。
「周囲に気配はない。だが、遠くで魔力の揺らぎがある。近くにいる可能性が高いわ」
「罠の匂いがプンプンだね。このまま教会まで運ぶのはリスクが高すぎるよ」
ゼータの言葉に、シドは静かに答えた。
「運ぶ。聖女殿下の意志だ。僕たちが護衛する」
ウィクトーリアが深く頭を下げた。
「皆さん……本当に、ありがとうございます」
彼女が担架に手を置いて祈りを始めると、シドは剣を握り直し、前方を睨み据えた。灰色の空の下、弔いの行進は十中八九の罠へと向かって、静かに一歩を踏み出す。