光が強くなれば、陰の実力者はより際立つ。ので、僕が天に立つ 作:あばなたらたやた
夜空は何も変わらず、星は瞬き、雲は流れていた。だが、その頭上から降り注いだものはあまりにも異常だった。
空から落ちてきた影は、十、二十、三十。数えることすら馬鹿馬鹿しいほどの大群が、統率された空挺部隊のごとく重力に逆らわずに降下してくる。
人間が空から襲来するだけでも脅威だというのに、肌を刺すような魔力、腐敗した血の匂い、そして獣のような殺意は、それが人間のものではないことを告げていた。
戦闘用に調整された、上級の知性魔物だ。
轟音と共に地面へと着地した瞬間、隕石のように土砂が舞い上がった。人間の身体能力を完全に逸脱した、人間だったものたち。土煙の向こうから、嘲笑が響く。
「綺麗に引っかかったな、バカなネズミが」
上級尉官の仕立ての良い軍服を纏った男が立っていた。軍人特有の規律や誇りはなく、その眼差しには実験結果を観察する研究者の冷徹な光が宿っている。そして、その周囲には知性魔物たちがまるで主人を待つ猟犬のように従っていた。
「まさか……魔物を従えている?」
思考より先に漏れた言葉を、シドは即座に否定する。胸の奥が重く沈み、最悪の予感が確信へと変わった。
「いや……人間を知性魔物に改造したのか!」
男は答え合わせをするように軽く拍手した。
「ご名答。ディアボロス教団の研究成果だ。誇っていいぞ。お前たちはその完成品の最初の観客だ」
反吐が出るような事実。だが、怒るより先に周囲を確認する。敵の数は四十近く。退路は完全に塞がれ、残された戦力はウィクトーリア、ゼータ、そしてシド自身の三人だけだった。圧倒的な戦力差に、ウィクトーリアが剣を握りしめながら焦燥を滲ませる。
「数が多すぎる……! 逃げることもできません……!」
「今から援軍が来るわけない」
ゼータはいつも通りの口調で肩をすくめ、金色の瞳を細めた。
「逃げながら一人一人潰す。現実はそれくらいだ」
「ああ」
恐怖はある。ここで終わる可能性も十分にある。だが、恐怖があるからこそ進む。シドは足を踏み出し、静かに覚悟を決めた。
「やるしかない」
瞬間、知性魔物たちが獣の咆哮を上げて一斉に駆け出した。大地が揺れ、殺意の濁流が迫る。
ウィクトーリアが「神よ」と呟き、白銀の剣を月光のような神聖な輝きで包み込む。ゼータは姿を消し、殺意そのものが移動するような速度で敵陣へと滑り込んだ。そしてシドは、筋肉の悲鳴や骨の軋みを無視して前へ踏み出す。
迫り来る知性魔物の拳を紙一重で躱し、横薙ぎの一撃を放つ。
「浅い!」
首の半分までしか届かない。改造された知性魔物は切断された筋肉を無理やり動かし、そのまま腕を振り下ろしてきた。
化け物じみた生命力だ。シドは即座に後退するが、直後に巨大な拳が地面を粉砕し、散弾のような石片が肩を抉る。
熱い。痛い。だが止まる理由にはならない。
左右正面から同時に迫る三体の包囲を、シドは剣を地面に突き立てて跳躍し、飛び蹴りと斬撃で凌ぐ。だが別の魔物の拳が直撃し、十メートル以上吹き飛ばされた。
肺の空気が強制的に吐き出され、痺れる腕を奮い立たせて立ち上がる。立てなくなるまで立つ。
それだけだ。
何度も勝てない相手に挑んできた経験が、シドを前へと突き動かす。一方、ゼータは戦場の中心で踊るように敵を屠っていた。
「ははっ!」
敵から見れば彼女こそが獣だった。腕を捻り折り、別の魔物に叩きつけ、短剣で致命傷だけを正確に選び取っていく。
彼女は目の前の怪物たちが元人間であることを知っているからこそ、苦しませないように慈悲を込めて殺していた。そのさらに奥では、ウィクトーリアが祈りながら剣を振るっていた。
「神よ、どうか彼らをお救いください」
剣が振るわれるたびに聖なる光が弾け、穢れた肉が焼かれ、闇が浄化されていく。それは処刑ではなく、彼女なりの切実な弔いだった。
戦場全体を見下ろしながら、上級尉官の男は恍惚の表情で拍手を送っていた。
「素晴らしい……これこそ人の輝きだ」
知性魔物が死に、人が傷つきながらも、それでも立ち上がり、諦めずに戦う姿。男はその苦悶に魅了されていた。
「もっと見せろ。もっと苦しめ」
その歪んだ思想を見た瞬間、シドは強く剣を握りしめた。この戦いは、ただ生き残るためだけではない。苦しみの中でも前へ進もうとする人間を守るため、シドは再び血塗れの敵陣へと言葉もなく飛び込んでいった。