光が強くなれば、陰の実力者はより際立つ。ので、僕が天に立つ 作:あばなたらたやた
数の暴力。
それがどれほど理不尽なものか、今の彼らは嫌というほど理解していた。
一体なら倒せる。二体でも勝てる。三体でも工夫すれば何とかなる。だが十体を超えた辺りから、疲労、集中力、判断力、体力、その全てが容赦なく削られていく。
人間が壊れる瞬間を、知性魔物たちは獣のようにじっと待っていた。シドは爪を躱しながら後退し、肩で息をする。肺が焼け、腕も足も重いが、それでも剣を落とすつもりはない。
その時だった。耳元で通信魔法が震えた。小さな魔法陣から、雑音と風の音を纏って女の声が響く。
『聞こえるか。こちらは狙撃魔法特化型だ。射程に連れてこい』
冷静で感情のない、だが妙な安心感を与える声だった。
次の瞬間、遠方で閃光が走った。夜空を切り裂いた光の軌跡の先で、シドを襲おうとしていた知性魔物の頭部が消え去る。血と肉片を撒き散らしながら巨体が崩れ落ち、戦場に一瞬の静寂が訪れた。
(射程内へ運べばいい。それなら話は変わる)
シドは思わず笑みをこぼした。近くにいたゼータが返り血まみれのまま肩をすくめる。
「面白いのがきたね。つまり、逃げながら狩れってこと?」
「そういうことらしいね」
さらに後方。ウィクトーリアも通信を受け取っていたらしく、剣を構え直しながら頷いた。
「神の導きですね」
「たぶん絶対に違う」
シドは否定したが、今は勝ち筋が生まれたことの方が重要だった。
「ゼータ」
「任せて。一番速い奴らを釣る」
「ウィクトーリア」
「はい」
「中央を維持してくれ」
「神に誓って」
迷いのない返答を受け、シドは振り返った。戦況の変化に気づいた上級尉官の顔が、不快そうに歪む。
「援軍だと? 馬鹿な……!」
優勢だった側が焦りを見せた今、流れは変わり始めていた。
「行くぞ!」
三人同時に走り出す。逃げるためではなく、狩人の射線へ獲物を誘導するために。
怒号を上げて迫る知性魔物の先で、再び夜の彼方から閃光が走った。一発、また一発。それは狙撃という言葉を超えた、圧倒的な戦場支配だった。
どれほど隠れようとも、仲間を盾にしようとも関係ない。光が走り、ただ敵が死ぬ。
「右!」
シドの叫びと共に、右から飛び出した知性魔物の頭部が吹き飛ぶ。
「前方三体!」
ゼータの合図に合わせ、三筋の閃光が三体を同時に地面へ叩き伏せた。ウィクトーリアが魔法陣を展開して足止めし、容赦ない狙撃が降り注ぐ。
そこには救済も慈悲もなく、任務を遂行する機械のような絶対的な殺意だけが存在していた。やがて最後の一体が胸を貫かれて膝をつく。それでも立ち上がろうとする異形の者に、シドは一閃、剣を振るった。
静寂が戻り、血の匂いと焦げた肉の臭いが立ち込める中、長い戦いが終わった。
「……生きてる?」
ゼータが疲労を隠さない声で座り込む。シドも荒い息を吐きながら、痛む身体をかばった。
ウィクトーリアは、敵味方の区別なく倒れた元人間たちへ静かに祈りを捧げている。
シドは援軍が去った遠方の丘陵地帯を見上げた。戦闘中、一瞬だけ見えた影。黒とワインレッドを基調とした装備、特徴的な意匠、そして異常な戦闘能力。
「……まさか、あれは死神部隊か」
どの国家にも、どの宗教にも属さず、敵味方の区別なく全てを狩り尽くすことからその名で恐れられる存在。
「知っているのですか?」
ウィクトーリアが尋ね、ゼータが嫌な顔をする。シドは苦々しく首を振った。
「噂程度だけどね……。面倒ごとの予感しかしない」
魔族も、教団も、王国や聖教も、それぞれの思想や理想があるからこそ理解できる。だが、目的も思想も見えない死神部隊は、それらとは一線を画す異物だった。
ディアボロス教団、魔王、聖教、国家間の対立。それに加えてすべてを切り裂く外側からの存在。
「嫌な時代になりそうだな」
「同感」
ゼータが真面目な顔で頷き、ウィクトーリアもまた祈る手を止めて夜空を仰いだ。
「神よ……どうか私たちをお導きください」
空は何も答えず、ただ広大な闇が広がっている。それはこれから訪れる、先の見えない未来そのものだった。