光が強くなれば、陰の実力者はより際立つ。ので、僕が天に立つ 作:あばなたらたやた
湿った鉄錆の匂いが立ち込める旧時代の地下遺構。天井の亀裂から差し込む月光が、霧散する埃の粒子を白く染め上げていた。その静寂を引き裂くように、生命を拒絶する機械の駆動音が低く響く。
『移設型自動砲台』。
正面を厚い装甲で固めた防衛兵器の周囲には、ディアボロス教団の人形たちが影のように張り付いていた。
「来るわ」
アルファの微かな声が冷気を震わせる。金髪が月光を反射して鋭くきらめき、その蒼い瞳には完璧であらねばならないという狂おしいほどの義務感が宿っていた。
彼女が跳ぶ。最も苛烈な掃射が浴びせられる正面へと身を晒すのは、囮であると同時に、自らの価値を証明するための選択だった。
轟音と共に硝煙が視界を侵食し、爆圧が肌を刺す。シドはその嵐の輪郭を見据えていた。教団の尖兵にしては手応えがない。だが、その「弱さ」こそが、命を消耗品としか見なさない絶対的な悪意の証明だった。
シドは地を蹴った。気負いも迷いもなく、過去のすべての時間がその足裏を支えている。
手札は無数にあった。思考の速度で形態を変える魔力。
敵の強固な正面と、手薄な背面。そのすべてが等価値に見えながらも、シドは冷徹に「どちらを壊すか」を選ぶ。
刃が砲台の脆弱な背面へ吸い込まれる。
物理法則を無視した超高密度の魔力が装甲の内側から心臓部を消し飛ばし、音もなく鉄の塊が爆散した。連鎖するように周囲の雑魚を薙ぎ払い、アルファにかかるはずだった負荷を流麗な動作で消去していく。
爆炎が収まり、再び静寂が降りる。アルファは息を乱すことなく立っていたが、その蒼い瞳は壊れた砲台ではなくシドの横顔を見つめていた。
「……私のサポートなんて不要だったわね」
自己嫌悪の色を帯びた声に、シドは手についた煤を軽く払って答えた。
「役割を果たしただけだ。君が前に出たから、僕が後ろを取れた」
「私は、もっと強く完璧にならなければいけない」
「正面だけの盾は、背後からの風に耐えられない。万能である必要はないさ。形が変われば、強さの意味も変わる」
それは慰めではなく事実の指摘だったが、アルファには自身の「歪み」を肯定されたように響いた。壁の隙間から冷たい夜風が吹き込み、二人の間に重い沈黙が流れる。
冷えぶかとした遺構の闇の中で、アルファはぽつりと呟いた。
「私は、ただの出来損ないね。魔力運用も剣術も、すべて貴方の足元にも及ばない。同じ万能型でありながら、私は貴方の完全な下位互換でしかないわ。シド、貴方がいるのなら、私という存在に意味はあるのかしら」
特別でありたいという願いと、目の前の圧倒的な少年の背中。その狭間で焦燥に駆られる彼女に、シドは淡々と告げた。
「互換性などという言葉で自分を測る必要はないよ。僕にとって、君の総合力は極めて有益だ。極端な一芸は状況が変われば容易に無力化するが、どの局面でも一定以上の最適解を導き出せる君の万能さは、戦場全体の生存率を底上げする。僕が前を切り裂く時、後ろを任せられるのは君だけだ」
「……それは私が『特別』だからではなく、血筋という器が優れているだけよ」
「血筋だろうと何だろうと、使えるものはすべて使えばいい」
シドは一歩近づき、わずかに縮まった距離のなかで言葉を続ける。
「誰もが世界を変えるような『特別な一撃』を持つ必要はない。歪みのない万能さは過酷な修練の果てにしか得られない異常性だ。君はすでに、君自身の足でそこに立っている」
アルファは何度も瞬きをした。自分がシドの代わりになる必要はなく、隣に立つために必要なのは彼の背後を完璧に守り抜く強さなのだと理解したように。
「……ずるい人わ、貴方は」
アルファの唇から温かみのある溜息が漏れ、まだ微かに震えていた拳が強く握りしめられる。
「わかったわ。私は私の万能さを研ぎ澄ませる。貴方が前だけを見て進めるように、その背後にある全ての『不可能』を、私が引き受けましょう」
言葉に宿った覚悟の光を確認するように、遠くで新たな機械の駆動音が響いた。シドは何も言わず再び闇の奥へ歩き出し、アルファはその背中に今度は迷うことなく従っていった。