■光が強くなれば、陰の実力者はより際立つ。ので、僕が天に立つ 作:あばなたらたやた
シャドウガーデンの地下拠点にある医療施設の一室では、静かな機械音が響いていた。部屋の中央に置かれた、技術研究の局長・イータが開発した「医療カプセル」の透明な蓋の中には、獣人の少女が横たわっている。
かつて「悪魔憑き」の暴走状態で肉塊と化していた彼女の体は、シドの魔力操作とカプセルの技術によって、少しずつ人の形を取り戻していた。
シドが青白い光の照射を見守る中、長い耳と尻尾を持つ獣人の特徴が現れ、少女の呼吸が安定していく。やがて低い音を立ててカプセルが開き、少女の瞼がゆっくりと動いた。
「ここは……」
「おはよう、はじめまして。よく生き残ってくれた。まずはご飯にしよう。人の体に戻って間もない時は、お腹が減ると思うし」
シドはカプセルから彼女を支えて降ろし、用意しておいた簡素な服を手渡す。服の裾からふさふさの尻尾が覗き、彼女が少しずつ現実に戻っていることを示していた。
医療施設に隣接する温かなスープとパンが並ぶ食堂で、シドは向かいに座り、柔らかく声をかける。
「名前を教えてくれると嬉しいな。僕の名前はシドだよ」
「言いたくない」
「なら仮の名前をつけよう。君の名前はゼータだ」
シドが笑顔でうなずくと、ゼータはスープを一口飲んでから質問を口にした。
「私は、どうしてここに?」
「君は魔力暴走、俗に悪魔憑きになったあと、ディアボロス教団の実験体にされて、僕たちに助けられたんだ。医療カプセルと僕の魔力で治療した。今はもう大丈夫だよ」
自分の手を見つめ、尻尾を揺らしながらゼータは呟く。
「助けてくれてありがとう。でも、なんでそんなことするの? 私、何も持ってないのに」
シドは穏やかに答えた。
「シャドウガーデンの理念は保護、治療、支援なんだ。君が何を持ってるかとか関係ない。教団に苦しめられた人を守って、癒して、支えるのが僕たちの目的だよ。残るも別の道を選ぶも君の自由だけど、少なくとも安全に関しては精一杯の支援をするよ」
瞳を揺らしたゼータは、しばらく黙って見つめたのち、小さな声でこぼした。
「安全か……ずっと怯えてたから信じられないけど、シドの目は嘘ついてないみたい」
「信じてくれるなら嬉しいよ。ここには仲間がたくさんいるからね」
その時、アルファが食堂に入ってきた。
「シド、治療は成功したみたいね。はじめまして、アルファよ。これからよろしくね」
「アルファは頭脳担当で、僕の大事な仲間だよ。ゼータもここで元気になったら、シャドウガーデンの一員になれるかもしれないね」
二人を見つめ、ゼータは初めて小さく微笑んだ。
「……ありがとう。少し、考えてみるよ」
◆
医療施設は日ごとに賑わいを増していた。獣人、エルフ、人間――境遇は様々だが、皆が教団の闇に傷つけられ、シドたちに命を救われた者たちだ。
休憩室では、治療後でまだ体が弱い人間の少女に、ゼータがそっと毛布をかけて手を握っていた。
「大丈夫だよ。シドが言ってたみたいに、ここなら安全だから」
別の角では、華奢なエルフの少女が昔の村で覚えた薬草の知識を活かし、治療用の軟膏を作って医療班を手伝っている。
キッチンでは獣人の少女たちがスープの大鍋をかき混ぜながら、「人の体に戻ってからずっとお腹が空いてる気がする!」と笑い合っていた。戦闘でなくとも、施設の運営や仲間たちの世話で組織を支えているのだ。
巡回に訪れたシドとアルファがその姿を見守る中、ゼータは立ち上がり、少し照れながら言った。
「シド、アルファ、私、ここでみんなの面倒を見てたいんだ。シャドウガーデンに恩返ししたくて、こういう形でできることをしたい」
「その気持ちが素晴らしいわ、ゼータ」とアルファが穏やかに微笑む。
「シャドウガーデンは戦闘だけじゃない。保護、治療、支援――そのどれもが皆で支え合うことから始まるのよ」
「そうだよ。僕が剣を振るうのも、皆がここで笑ってられるためだからね」
薬草を扱っていたエルフの少女も顔を上げ、遠慮がちに尋ねた。
「私も……戦えなくても、薬草の知識で役に立てるなら、シャドウガーデンの一員になりたいです」
「もちろん。何度も言うけど戦うだけが貢献じゃない」
食堂から漂う温かなスープの匂いの中、少女たちは互いに支え合いながら、シャドウガーデンの構成員として新たな居場所を見出していた。
その光景を見つめながら、アルファがシドにそっと囁く。
「シド、あなたが救った命が、こんな風に広がってる。これがシャドウガーデンの未来よ」
「うん、君と出会えて幸せだよ、アルファ。こんな未来、僕一人じゃ作れなかった」
地下の優しい灯りが少女たちを照らし、組織の絆がまた一段と深まっていった。