——。
唇から溢れた名前が朝の中へ溶けてゆく。
差し込む陽射しに眼を細め、ウンと唸って伸びをする。タ、タ、タと、忙しない足音。
そしてガチャリと部屋の扉が開かれた。
「こらー、そろそろ起きなさいお寝坊チェレステ!」
たった一月ほど離れていただけなのに、とても懐かしい声だった。
「はーい、お母さん、おはよう!」
起き上がったチェレステは、元気な笑顔を見せてやる。
「あら、自分で起きられたのね。感心じゃない」
口をポカンと開けながら、ちゃんと褒めてくれるお母さん。ゆっくりと、近付いて来ている。
「当たり前じゃない。私はもう十二歳なんだから」
得意気に言ったチェレステの瞼へ、指先が触れた。
「怖い夢でも見たのかしら? 大丈夫?」
拭われた涙。頬を撫でてみると、まだ少しだけ濡れていた。
「涙なんて、ただの生理反応だよ。それに、悪い夢なんて見てないよ。良い夢、とっても良い夢」
チェレステの前髪を掻き上げて、手のひらを当てる母。その前髪も揺れている。二人は同じ、空の色。
「うん、熱はないわね。それなら、さっさと起きて顔を洗ってきなさい」
「起きてますぅ〜」
唇を尖らせた娘から、母の身体が離れていった。
「目覚めただけでは起きたとは言いません。お出掛けするのでしょ? お友達と」
ピシャりと言われてしまい、チェレステはウンと頑張り立ち上がる。
お母さんがさっきまで立っていた床は、まだ少しだけ暖かかった。
窓は大きく開いていて、風がそよぐ。
食卓には椅子に座った大きな身体。
「おはよう、チェレステ」
新聞から視線を上げた金色の瞳。
「おはよう、お父さん」
視線を合わせた同じ色。
二人はにっこりと笑い合う。
朝の挨拶は、それだけで充分だった。
テーブルにはサラダとパン、ベーコンと一緒に焼かれた目玉焼きが三つずつ乗っている。
「チェレステ、お水持って来て頂戴」
「はーい」
スープ皿を運んで来るお母さん。
香辛料を効かせた野菜たっぷりのスープが三つ、お盆には並んでる。
いつもの匂い、いつもの香り。
それがチェレステには少しだけ懐かしい。
グラスへとお水を注いだチェレステが席に着く。
父と母、二人も既に着いている。
ほんの一月ほど、離れていただけの景色。
「「「いただきます」」」
声が三つ、重なった。
たったそれだけなのに、何でもない朝食なのに。
チェレステには楽しくて堪らない。
カチャカチャと、楽しい旋律が紡がれる。
「待ち合わせは駅だったか? 港なら、送って行くんだが」
眉を下げたお父さん。お口にソースが付いている。
「心配性なお父さん。一人でも大丈夫だよ」
今日は友達——フィオーレ達が遊びに来てくれる日で。お父さんよりも、お母さんよりも先に出る。
チェレステは入学後初の大型連休を、こうして里帰りに当てていた。今日がその二日目だ。
「貧乳の産地を視察に赴くのも、貴族の務め。遊びにに行きますので、案内なさい!」
という公爵令嬢様の鶴の一声により、暇を持て余した級友達が大挙して、遊びに来る事となっていた。
チェレステ達の故郷は、王都から離れた島にある。
海があって山があり、美味しい食べ物も楽しい場所も沢山な、自慢の故郷があった。
「気をつけて行くんだぞ。お前はそう丈夫でないのだから」
顰めっ面が可笑しくて、娘はクスクス笑いだす。
だってまだ、お口がソースで汚れてる。
「もーう、小さな頃のままじゃないんだよ。ごちそうさま。そろそろ出るね」
もう髪も高く括ってる。
真っ白なワンピースだって着ていた。
腕に、寄り添いあう柴犬とトイプードルが描かれた腕章も巻いていて。
空は青く、晴れていた。
「歯磨きを忘れずに。ソースも落としてね」
いつも綺麗なお母さん。でもいつも一言多い。
「わかってるって!」
プリプリ怒ってチェレステは、洗面所へと向かう。
ペロリと舐めた唇は、お日様の味がした。
窓からは、恵み深き緑が映える。碧い海。
大好きな家族のいる故郷。
十二年、ずっと暮らしてきた場所で。
お前は、お前のままでいい。そう優しい人に、言って貰えた場所だから。
だからやっぱり、友達に自慢したい。
自分の好きを、一緒に好きになって貰いたい。
チェレステはそう、密かに意気込んでいる。
やがて、タ、タ、タと軽快な足音を立て、チェレステは玄関へと向かった。
「こら! お転婆! はしたない!」
お母さんは怒りっぽい。
「はははっ、元気なのは良い事だが、気を付けるんだぞ」
お父さんは心配性。
「いってきます」
私は
そんな両親が大好きな、ただの女の子。
「「いってらっしゃい」」
二つの声に送りだされて少女は外へ出た。
眩しい
空は朝のお日様を抱いて、青く澄んでいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
おおよそ14300文字、短編程度の尺でした。
視点、人称が変わるので細切れにしましたが、読めるものでしたでしょうか? お楽しみ頂けたなら幸いです。
評価とか感想なんか頂けると喜びます。感想返しはしませんが、活動報告や作品で返せればと。
では、また別作品にてお会いできれば。