「チェレステー、早くしなさーい」
居間の方から、母の声が聞こえる。
「待ってよお母さん、まだ髪がー」
鏡台の前で、空色の髪を纏める少女がいた。
金色の瞳は真剣で、背伸びして鏡の中を覗き込みながら、長い髪を括っている。
十二歳となった元勇者、の転生者チェレステは、優しい両親の元でスクスクと育っていた。
背はまだ小さいが。
母親から髪色を、父親から瞳の色を引き継いだ少女。
「はははっ、チェレステは可愛いんだから、髪なんておろしたままでも、充分綺麗だよ」
父は小さいながらも貿易商であり。
「夜更かし癖のせいですからね。お母さんは手伝ってあげませんよ」
母は教職についていた。
今は暮れ。年明けの迫る、忙しない冬である。
両親二人の仕事柄、家族三人でのお出掛けはそう多くある事でもなかった。
「できたー! 今行くー!」
タンと駆け出した十二歳の少女。
「こらっ! お転婆はダメよっ!」
嗜める母親だった。
元勇者である少女は「はぁい」と返事して、静々と歩き始める。
例え元男であっても、既にもう十二年も女をやっている。取り繕う事なぞ造作もなかった。
玄関に、並ぶ両親。
その間に収まった少女は両手を上げる。
右手と左手に、それぞれの手が重なった。
一つはゴツゴツとしたもの。
一つはスベスベとしたもの。
どちらも、大切なもの。
「「「いってきます」」」
声が三つ重なった。
親子三人が手を繋ぎ、を行く。
行き交う人々、店先からの声。喧騒に彩られた道。
「今日の誓いの儀、楽しみだね」
チェレステは鼻歌を囀りながら、ご機嫌に笑う。
白い吐息は冴えた空気に溶けてゆく。
「その後の、お食事がでしょ?」
繋いだ両手は温かく。
「いつものあの席を予約しておいたからな」
冷たい空の下でも寒くない。
「バレてたか」
十二歳となり、社会に立場を示す大人の入り口が誓いの儀。社交界への、お披露目の儀式であった。
年末に行われる、子供達の節目の日。
だからこそ忙しい両親も都合を合わせ、こうして一緒に居てくれる。
「お行儀良くしておくのですよ」
あ母さんのお小言に、行儀良く頷いた。
「近頃は調子も良いが、お前は身体が丈夫でないんだからな」
お父さんは心配性。だから元気に笑ってあげる。
「大丈夫、楽しいもん!」
儀式自体は退屈なもので、偉い人からお言葉を貰うだけのもの。
ついでに洗礼も授けられるが、形式的なものに過ぎない。
だから別に、チェレステも楽しみではなかった。
けれどもこうして三人一緒にいられるだけで、喜びがあった。
勇者となった前世では、なかった経験。
普通の女の子だからこそ、受け取れるもの。
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