世話女房と幼馴染に挟まれて、砲で狙うは幼妻。〜こちら離小島防衛隊〜 作:田中きよし
「夏の夜空の山中で、砲で狙うは幼妻、たぎる怒りの真ん中に、見事当たれよ、霊砲弾」
裏山の芝生に腹ばいになった俺は、今回のターゲットである幼妻をスコープの十時《レティクル》に収めた。
月明かりの下、愛砲チワワの駆動音が「キュキュッ」と健気に鳴り響く。
霊砲弾による狙撃に物理的な破壊力はない。ないとはいえ、人様の家屋に砲身を向けるのは正直気が引ける。たとえこれが、チワワのレベル上げのためであってもだ。
それ以上に、さっきから隣で「はあ、はあ」と艶っぽい息を吐いている幼馴染のせいで、風紀が乱れまくっている気配しかしない。
俺、マジで何もしてませんからね。誤解される前に早く息を整えてほしい。
***
時は昭和九十七年。
ここは日本本土から遠く離れた、のびのびとした空気が流れるパッと見は平和な島——離小島《はなれこじま》。
「起きろ、チワワ」
俺、徳山又二郎《とくやままたじろう》、十八歳は、まだ寝ぼけてうずくまっている愛砲を撫でながら声をかける。
「俺が学校に行っている間、部屋の留守番たのんだぞ」
愛砲といっても、見た目はロボット掃除機を一回り大きくしたような武骨な大砲だ。一般霊大砲 試作4号機、通称『チワワ』。
量産化が見送られ廃棄処分になる予定だったのを、会社を経営する親父から「持って帰るか?」と言われ、引き取ってペットのように可愛がっている。
本来、霊大砲は島に住む「霊力持ちの女性」にしか扱えない兵器なのだが、俺は男でありながらも扱えるという、この島でも極めて稀有な体質だ。
もっとも、霊力ランクは下から二番目の四級霊位なのだが。
白詰襟の制服に着替え、白カバーの学帽を深くかぶり、チワワの駆動音に見送られて家を出た。風が心地いい、高校生最後の夏だ。
「あ、又ちゃん! おはよう。今日もいい陽気ね」
隣の家に住む同級生で幼馴染の東山美空《ひがしやまみそら》が、茶髪のポニーテールを揺らしながら小走りで近づいてくる。
お世辞抜きにかなりの美少女であり、薄手の制服越しでもわかる抜群のスタイルを誇っている。
「ああ、おはよう。今日も『依頼』来てるのか?」
「そうなの。またお願いしてもいいかしら」
「チワワの経験値が稼げるからいいんだけどさ、ここ1週間連日だぞ? 夜くらい家でゴロゴロしたいんだが」
「そう言わずに手伝ってよ。又ちゃんにしか頼めない仕事なんだから」
美空はふふっと楽しそうに微笑むと、軽やかな足取りで先に走っていってしまった。
せっかくお隣さん同士なんだから一緒に登校すればいいのに。まあ、ぼっち登校には慣れきっているのでノーダメージだが。
それに俺には、影で思いを寄せる『許嫁《いいなずけ》』という存在がいるのだ!
その許嫁にはまだ会ったことがない。
スタイル抜群で気立てもいい美人さんらしく、ここ南浜地区に住んでいて、名前は「み」から始まる三文字――というのが、親父から聞いた唯一の情報だ。
十八になったら引きあわせると言われていたが、今のところ具体的な話は進んでいない。
名前くらい教えてくれてもバチは当たらないと思うのだが。
まあいい、お会いできる日を楽しみに待つとしよう。
「いまだ会えない許嫁か」
一人でフフンと鼻を鳴らしながら教室のドアを開けると、唐突に頭上から雷が落とされた。
「又二郎くん! またギリギリの登校ですか!」
仁王立ちで待ち構えていたのは、学級委員長の影山美琴《かげやまみこと》だった。
黒髪ツインテールを揺らし、豊満な胸を強調するように腕を組んでこちらを睨みつけている。
先に到着していた美空は、自分の席でくすくすと笑いながらこちらを見ていた。
「いや、予鈴前だし余裕でセーフだろ……」
「ダメです! 十分前行動を心がけましょう! ほら、襟が折れてますよ。じっとして!」
美琴はプリプリと怒りながら距離を詰め、甲斐甲斐しく俺の制服の襟を直してくれた。甘い匂いが鼻をくすぐる。世話焼きというか、立ち振る舞いが完全に世話女房だ。
「まったく、もう、私がいないとダメなんだから……」
そう呟いて、恥ずかしそうにすっと目を伏せる美琴。
しかし、俺に動揺はない。あってはならないからだ。だって俺には許嫁が……以下略。
「明日からは私が毎朝、家に迎えに行きますからね!」
「いや、本当大丈夫だから……!」
ガラッ!
教室のドアが勢いよく開き、独特のおっさん臭を漂わせた担任が飛び込んできた。
「全員席に着け! ついさっき不審者が出たそうだ」
クラスがざわめく中、担任は重々しい面持ちで口を開く。
「今朝、南浜で『東京から来た』と自称する海パン一丁の男が保護された。以上。お前たち、変な奴がいてもついて行ったりするなよ!」
「先生、ついて行くわけないでしょ〜」
クラス中からどっと笑いが巻き起こる。
「絶対ガセですよ! 本土から人が来れるわけないじゃないですか!」
「まあ本土と連絡が断たれて、もう八十年だからなあ。おっといかん、職員室に忘れ物だ」
担任が慌ただしく去っていくと、美空がすっと俺の席まで歩み寄ってきた。
「……まずいわね。動きにくくなりそうだわ」
「なにが?」
「しばらく周辺のパトロールが増えるでしょ? 私たちの『放課後の裏稼業』に支障が出るわ」
「別に平気だろ? それにさあ裏稼業って言い方。ただの街のお悩み解決じゃんか。チワワの移動だって、いつも通りうちの会社の作業着を着て『機材運んでます』で通るだろ?」
「ばかね。チワワは試作機とはいえ一応『兵器』よ? 警察に見つかったら職質どころじゃ済まないわ。高校生が試作兵器を持ち歩いてるなんてバレたら、あんたんちの会社だって大問題でしょ」
考えてなかった。確かに職質受けたら普通にまずいな。
俺が唸っていると、美空は困り顔のままぐっと顔を近づけてくる。息がかかりそうな距離感に戸惑い、俺は不自然にならないように少し体を引いた。
「ところで、今日の放課後の依頼ってどんな内容なんだ?」
「新婚さんの夫婦喧嘩の仲裁よ」
「仲裁?」
「そう。感情を和らげる陽気を込めた霊砲弾で、激怒中の幼妻をピンポイント狙撃するミッションよ。決行は今夜」
美空はそれだけ説明すると、ひらひらと手を振って自分の席へと戻っていった。
……おい待て。
「今夜俺は、人妻を撃つのか……?」
***
放課後、下校して準備を整えた俺たちは、ターゲット宅がよく見渡せる裏山の狙撃ポイントに陣取っていた。
時刻は夜の九時。周囲に人の気配はない。
俺は徳山製作所のロゴが入った大型ダッフルバッグから重たいチワワを引っ張り出し、少し湿った草むらに据え付ける。
チワワの狙撃体勢を整えつつ霊砲弾の準備に入るため、隣で芝生に腹ばいになっている美空に声をかけた。
「陽気の素は何発分あんだ?」
「えーとね、今日の分は…」
美空はぶつぶつと独り言を呟きながら、カバンの中をガサゴソと漁っている。
『陽気の素』とは、人の持つ陽の感情を充填したビー玉大のガラス玉だ。これを野球ボールほどの大きさがある霊砲弾の底穴に押し込み、軽く振って「カラン」と澄んだ音が鳴れば装填完了となる。
「まだか?」
「待って、今探してるから」
どうも忘れて来たようだ。
あからさまに焦った顔でカバンをひっくり返している美空。……嫌な予感がする。
「ない。あれ、ないわ。どうしよ」
「作戦中止! 今日は帰るぞ」
「ダメよ。他の依頼も詰まってるし、今日の分は今日中にこなさないと」
「陽気の素がなきゃ奥様の機嫌直せないだろ。どうすんだよ」
「どうしよ……その辺に陽キャいないかしら」
「こんな夜の山の中にいるわけないだろ! アホか君は」
「じゃあどうすれば良いのよ!」
「家に忘れたんだろ。取りに戻るしかないだろ」
「ビー玉は持ってきてるのよ。ここに全部あるのがそう。でも……陽気の充填をし忘れてて」
「弾の準備は美空の担当だろうが。何やってんだよ」
またしても困り顔で俺を見つめてくる美空。
しばし沈黙が流れるが、もちろんロマンチックな雰囲気など欠片もない。
「わかった。ビー玉貸せ。俺が陽気を充填する」
「どうやって?」
「そりゃ、お前からビー玉に吸い込ませんだよ。たしか、肌に押し当てれば感情吸えるって前に言ってたよな?」
「イヤよ。絶対イヤ! 私から吸わないで!」
逃げようとする美空の肩をうつ伏せのまま押さえつけ、右手に持ったビー玉を頬に押し付けようとしたところで、ふと疑問が浮かんだ。
「……なあ、陽気を吸われた後のお前って、どうなるの?」
俺の問いに、美空は何も答えない。
上気した頬を朱に染めて、何かを覚悟したような瞳でじっと黙り込んでいる。
「あ、あの……吸っちゃっていいんですよね。大丈夫ですよね……?」
心地よい夜風が吹き抜ける中、美少女を押さえつけ、右手に透明なガラス玉を握りしめた俺の姿は、月明かりに照らされて芝生の上に長い影を落としていた。
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