世話女房と幼馴染に挟まれて、砲で狙うは幼妻。〜こちら離小島防衛隊〜 作:田中きよし
芝生に腹ばいになったままの美空は、上目遣いで俺を見つめたまま、依然として何も返事をしない。
「あ、あの……吸いますよ? いいですか? 吸いますからね?」
普段はサバサバとした態度ばかりの美空だが、こうして至近距離で見つめ直すと、やはり文句なしの美少女だ。妙に艶っぽい表情を向けられると、こっちまで変な汗が出てきてしまう。
当の美空は「早くしなさいよ……」と小声で呟くものの、どうしても俺と目を合わせようとしない。
俺は右手に持ったガラス玉を、美空の柔らかい右頬へゆっくりと押し当てた。
ひんやりとしたガラスの感触が肌に触れた瞬間、美空の肩が小さく跳ね、甘い吐息がこぼれる。
ぎゅっと目をつぶり、みるみる頬を赤らめていく美空。
……なんだか俺、美少女相手にとんでもなく、よろしくないことを、しているのではなかろうか。
そんな自問自答が頭をよぎる。
押し当てているビー玉には、まだ変化がない。
もしこの状況をクラスメイトに見られたら、なんと弁明すべきか――そんなくだらない思考を巡らせていたその時、美空が「んっ……」と軽く海老反った。
直後、透明だったガラス玉が、みるみる可憐な桃色に染まっていく。
充填は成功したようだ。
「美空、充填できたっぽいぞ」
「はあ……はあ……。そ、そう……よかった……」
「で、悪いんだけど、念のためもう一発分ストックしておきたいんだが」
「えっ? いやよ……。私もう無理、限界……」
「もし外したら一発じゃ足りんぞ! せめてあと、もう一発お願いします!」
「嫌よ! やめて、触らないで……っ!」
火照った顔で息を乱しながら必死に拒絶してくる美空を見て、人聞きの悪い言い方はしないで欲しいと心底思った。
しかしバテバテの美空にこれ以上の充填は難しいだろう。
そう判断した俺は、霊砲弾に桃色の陽気の素を装填しようとしたのだが、ふと違和感を覚えた。
「なあ、美空。この陽気の素、いつものと色が違わないか?」
「えっ……どれ?」
「いつもはもっと明るい黄色っていうか、いかにもエネルギーの塊って色してんじゃん」
「はあ……はあ……。あ……ほんとね。なんかこれ……桜の花びらみたいな色してるわね……」
「これ、ちゃんと効くのかな?」
「ん……どうかしら……わからないわ。試してみないことにはなんとも……」
「これで奥様を狙撃して大丈夫だろうか」
「んん……わからない……」
誰かに聞かれたら一発で誤解されそうな息遣いをそろそろ自制してくれないだろうか。そう思いつつ桜色のガラス玉を見つめていると、美空がふぅと息を吐きながら口を開いた。
「……大丈夫だと思うわ。いいから、大丈夫だからやっちゃって」
「わかった。そんじゃ行かせてもらうぞ」
美空が何を根拠に「大丈夫」と判断したのかは不明だが、俺は霊砲弾の準備を終えると、チワワの砲身をターゲット宅の二階の窓へと向けた。
直線距離で約五百メートル。これだけ離れていると、霊砲弾のエネルギーが途中で霧散しやすい。
だが、やれる。
霊力自体は四級霊位の俺だが、砲のコントロールに関して言えば、現役の軍人砲手にも劣らないという自負がある。
見下ろす先にあるのは、年季の入った木造住宅。二階の部屋の窓が開いている。
あかりのついた室内に、目的の幼妻の姿があった。
ここに来る前に見せてもらったターゲットの写真と一致する。誰かと話しているのだろうか、彼女は窓に背を向けて立っていた。
好都合だ。
チワワのスコープ内の表示が、緑色の『索敵中』から鮮烈な赤色の『捕捉』へと切り替わる。
ターゲットは捉えた。あとは引き金を引くだけだ。
美空もゴツい双眼鏡を構え、ターゲットの動向を追っている。
「いいな? 行かせてもらうぞ!」
「又ちゃん……っ、思いっきり行ってちょうだい!」
短く息を整え、集中する。そして心の中で呟いた。
(見事当たれよ、霊砲弾!)
ドンッ!
チワワの砲身が、暗闇の中で静かな衝撃波を吐き出した。
桜色の霊砲弾が、夜空に淡い光の尾を引いて飛んでいく。
まるでゴルフボールが綺麗な放物線を描いてホールインワンするように、弾はすーっと二階の窓の隙間へ吸い込まれていった。
「はあ……、はあ……。当たったわ! 命中よ!」
「行ったな! いい感じだ」
「さすが又ちゃんね……素敵よ」
いつもと違う霊砲弾を使った以上、しばらく経過を観察すべきだと俺は判断した。
時間にして一分ほど経った頃だろうか。
スコープ越しに見える木造住宅の二階の窓がピシャリと閉められ、カーテンがさーっと引き切られた。
喉の渇きを覚えた俺は、ダッフルバッグから水筒を取り出して水分を補給する。
一息ついてから再びターゲット宅を確認すると、二階の部屋の電気が消えていた。
……そして気のせいか、あの木造住宅が少し揺れているように見える。
「二階の電気消えたわね……。なんか窓も閉めちゃったし……」
「なあ、やっぱあの弾、効いてないんじゃないか?」
「ん〜……いや、大成功かも……」
何か良からぬことが起きているのではないかと俺の背中に冷や汗が伝わり始めた、まさにその時。
パキッ。
背後の暗闇から、乾いた枝を踏み折るような音が響いた。
「……何してるの? 二人とも」
唐突な声に、俺も美空も跳ね起きるように後ろを振り返る。
しかし、月明かりが届かない木々の陰には、人の姿は見当たらない。
だが、その通る声は、俺たちがよく聞き慣れたものだった。
「美琴……? 美琴だよな。どこにいるんだ?」
「すぐ近くにいるわ。でも動かないで……そのままそこから動かないで!」
学級委員長の影山美琴に見られていた。
さっきとは違う意味で、ドッと冷や汗が噴き出す。
マズい、マズいぞ。試作機とはいえ、霊大砲で民家を砲撃してるところを見られたとなれば一大事だ……。
「はあ……、はあ……。美琴違うの! 私たち、別に変なことしてるとかじゃなくて……っ」
『お前せめて息を整えてから話せよ』と俺は思ったが、そんなことより美琴に通報でもされたら取り返しがつかない。
「美空。誤解しないで……。私、あなたたちが二人で出かけていくのを見かけて、ちょっとついて来ちゃったっていうか。二人に追いついた時に声が……、その、二人が話している声が聞こえたから、咄嗟に木の影に隠れたっていうか。だっ、だから何も見てないの。本当よ!」
「ねえ美琴、出てきてちょうだい。はあ……、はあ……。事情を話すから」
美空は肩を上下させ、色っぽい息を漏らしながら弁明しようとしている。
「あっ、あのね……本当に私、何も見てないから! ただ……声は少し聞こえてしまったっていうか……」
マズい、マズいぞ。会話内容を聞かれたのか? 砲撃音か? それとも人妻を狙撃したことがバレたのか!?
「聞こえたって何が……? 何が聞こえたの? ねえ美琴、お願いだから出てきて!」
美空が立ち上がって歩こうとするが膝がガクガクだ。陽気の素の充填は相当な体力を消耗するらしい。
「聞こえたの。聞きたくなかったけど聞こえちゃったのよ! 美空が『もう無理限界……』とか、又二郎くんが『一発じゃ足りんぞ! せめてあと、もう一発お願いします!』とか、美空が『思いっきり行ってちょうだい!』とか、『素敵よ』とか、その息遣いも荒いし……。とにかく! 美空ずっと、はあはあ言ってるじゃないの!」
少し離れたところから聞こえる美琴の声は、明らかに動転して声が上擦っている。姿は見えないが、赤面して涙目になっているだろうことは容易に想像できる。
「はあ!? 何よそれ、誤解よ! 又ちゃんとはそういうんじゃなくて。はあ……、はあ……。事情を話すから。美琴にはもっと早く私たちのこと話しておくべきだったって、今すごく反省してるわ!」
「聞きたくない! 聞きたくないわぁぁっ!」
美琴が走り去る音が遠ざかっていく。
結局、最後まで彼女がどの木の陰に潜んでいたのかは分からなかった。
だがしかし、俺が危惧していたものとは『全く違う誤解』をされてしまったことだけは理解できた。
「美空!」
「何よ! 又ちゃん……」
一人で立っていられない美空が俺の肩に掴まろうとする。
「ひとまず、霊大砲使用の件はバレずに済んだようだが……。いつも鈍いと言われてる俺でも大変な誤解をされたと気付いたわけだが……」
「そうよ! いまだかつてない大ピンチよ! 又ちゃんが紛らわしい言い方するから……」
「ふざけんなよお前! 紛らわしいのはお前の方だろうが! 膝ガクガクじゃねえか!」
「なによ! 又ちゃんが陽気を吸うのが悪いんでしょ!」
「弾の準備忘れたお前が悪いんだろうが!」
頭にきた俺は美空を振り払おうとした。
「離さないで、捨てないで! 家まで連れて帰ってよ!」
「『捨てないで』とか人聞きの悪いこと言うな!」
その時、ガサガサっと草陰から物音がして、俺と美空が同時に視線を向けると、木の干からびた幹の後ろから、美琴がひょっこりと顔を出してこちらを凝視していた。
「……やっぱり、二人って……。又二郎くんのバカ! 最低ぇっ!!」
美琴はそう叫んで山を駆け降りて行った。
月明かりの下、一瞬だけ見えた彼女の目元には、大粒の涙が浮かんでいたような気がした。
弾が準備できていない段階で、作戦を中止すべきであったと悔やんだが、時すでに遅しである。
「なあ、美空。俺、明日から休学しようかな」
「……私も学校、休もうかしら」