世話女房と幼馴染に挟まれて、砲で狙うは幼妻。〜こちら離小島防衛隊〜 作:田中きよし
見慣れた自室の天井が見える。
どうやら自分の部屋まで運び込まれ、随分と眠っていたようだ。
そしてなんだか無性に悲しい。
「チワワはどこだ? 美空! 美琴!」
布団から飛び起きて、泣きながらチワワと二人の名を呼んでしまった。
「大きな声を出すな。……どうだ、気分は?」
部屋の隅にある座椅子に座ってチワワの手入れをしている五つ年上の兄――徳山誠一郎《とくやませいいちろう》が声をかけてきた。
「大丈夫です。あの、兄さんは、なんで家に? 休暇ですか?」
「ちょうど昨日、帰ってきたところだよ」
「そうでしたか。いつまでこっちにいられるのですか?」
「明日までだな。明後日には隊に戻らないといけない」
兄は高校を卒業後、離小島町防衛隊《はなれこじまちょうぼうえいたい》に入隊し、現在は東浜守備隊で主計曹長を務めている。
先日、無事に婚約が決まったばかりだ。兄は三級霊位だが、男である以上もちろん霊大砲を扱うことはできない。
「ところで又二郎、お前たち昨夜は、なにをやっていた?」
「ええと……チワワの散歩、兼、野暮用です」
「海岸通りからの帰り道で、美琴ちゃんと美空ちゃんに呼び止められてな。情けない顔でぶっ倒れていたお前を、背負って家まで運んだ」
「申し訳ありません……」
「……もう、試作4号機の正式採用は諦めろ」
兄はそれ以上、深く追及しようとはしなかった。
二人がうちの作業着を着ていたことや、弟が倒れていたことなど、ツッコミどころは山ほどあるはずだが。
それでも追及しないのは、俺の密かな願望を察してくれているのと、何より兄自身が「他人に詮索される心労」を誰よりも知っているからだろう。
婚約が決まった今でさえ、周囲からの嫉妬や詮索は絶えないはずである。
配属から婚約が決まるまでの数年間、兄の苦労は察するにあまりあるものだった。
今でもあの日を鮮明に思い出せる。
配属一年目のお盆休み、げっそりとした顔で兄は帰省した。
俺は兄に「隊での男女比は一対九十九と聞きましたが、うまく馴染めていらっしゃいますか?」と尋ねた。
「慣れた。精神的にも、肉体的にも」
兄の返答を聞き、俺は即座に状況を理解した。
女性隊員たちに言い寄られ、板挟みとなり、更には霊力差による生存の危機と隣り合わせの毎日であると……。
霊力持ちの女は、自分より霊力の低い男をそばに置くだけで衰弱させてしまう。
新婚早々、未亡人にならないためには、同等以上の霊力を持つ男を選ぶしかない。
女同士や、男が強い霊力を持つ分には無害なのだが……だからこそ、三級霊位の兄さんは格好の標的だったわけである。
お盆休みを終え、帰隊する兄がニッコリと微笑みながら俺に声をかけてくれた。
「又二郎、身体に気をつけて、勉学に励むように」
そう言ってまた、過酷な環境へと戻っていった兄の背中を思い出す。
(うう……兄さん……っ)
いつも周囲に気を配り、決して弱音を吐こうとしない男の優しさが胸に染みわたり、青い玉の効能も手伝って、俺の目から激しい涙が溢れ出した。
「兄さん、いつも本当にありがとうございます……」
「又二郎? やはり具合が悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。少し涙もろくなってしまって」
兄はお相手を見つけることができた。なんとめでたいことか……。
俺も早く許嫁の方にお会いしてみたい……。
涙を袖で拭いていると兄が口を開いた。
「あまり男が泣く姿を見せるものじゃないぞ。それとも、どこか痛むのか?」
「いえ、そうではありません。兄さんのご結婚が決まってよかったと思うとつい……」
「喜んでくれるのは嬉しいが、そろそろ泣くのをやめなさい」
兄が困ったように苦笑し、優しく俺を諭してくれたその時――パタパタと廊下を駆ける足音が響き、襖の向こうから聞き慣れた声が届いた。
「美琴です。お見舞いに参りました」
「美空です。又ちゃんの具合はどうですか?」
「来てくれたのか、まあ入って」
そう言って兄が二人を部屋に入れる。
制服姿の二人が、少し息を切らせて部屋に入ってきた。どうやら学校が終わってそのまま駆けつけてくれたらしい。
「昨日は誠一郎さんがいてくれて、本当に助かりました」
「私たち二人じゃ、又二郎くんを運べなくて」
美空はぺこぺこと、美琴は深々と頭を下げている。
「自分の弟だからね。気にしなくていいよ。これからも又二郎のこと、よろしくお願いしますね」
兄は柔らかく微笑むと、気を利かせて部屋を後にし、二人は兄の姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
「ねえ、又ちゃん大丈夫?」
「大丈夫ではない。とにかく悲しい」
「やっぱり昨日の青い玉は悲しみの塊だったのね」
腕を組みながら美空がそう言うと、美琴は俺の額に手を当てて「熱はないのね」と言いながら買ってきたものを袋から出す。
「又二郎くん、お腹空いてない? たい焼き買ってきたけど、よかったらどう?」
甲斐甲斐しく俺を案じてくれる美琴の優しさに触れ、胸の奥の冷たい悲しみが少し和らぐのを感じた。
「ありがとう。小腹減ってたから嬉しいよ」
「それじゃ、はいどうぞ、口開けて」
美琴が焼きたてのたい焼きを小さくちぎり、俺の口元へ運んでくる。
噛みしめながら、溢れる涙を美空がハンカチで優しく拭い取ってくれる。なんという至れり尽くせりだろうか。
たい焼きを三つ平らげ、淹れてもらった温かい緑茶を飲み干した、ちょうどその時。再び廊下から、どっしりとした足音が近づいてきた。
「又二郎、調子はどうだ?」
ガラリと襖を開けて入ってきたのは、親父だった。
美空と美琴が俺の世話を焼いているのを見て、少し驚いた顔をした親父であったが「いらっしゃい、二人とも」と言いながら部屋の隅の座椅子に座る。
「お邪魔してます」
「勝手に上がってしまって、すみません……」
「別にいいって、小さい頃からよく来てんだから」
美空は幼い頃から、美琴は中学の頃から、毎日のように我が家へ出入りしている。
両親とも兄ともよく話す間柄で、今更そんな改まった挨拶をする必要はないと思うのだが、俺のお世話をしているところを見られてしまい気恥ずかしくなったのかもしれない。
そんな二人を交互に見つめながら、親父は感慨深げに呟いた。
「やっぱり良いもんだね。許嫁がわざわざ面倒見にお見舞い来てくれんのは」
部屋の中の空気が、ぴたりと止まった。
「許嫁?」
親父の言葉の意味に俺は理解が追いつかない。
聞き間違いだろうか。
あまりの衝撃に、渦巻いていた悲しみの感情がすべて一瞬で吹き飛んでいく。
「おじさん、許嫁って?」
美空も驚いて親父に聞く。
美琴は驚きと困惑でその場に固まってしまった。
「父さん、どういうことです? 説明してください」
「そうだな、お前には十八になったら会わせると話してたな」
親父はそう言って、座卓にあった急須に入れすぎなくらいにお茶っ葉を入れてから、ポットのお湯を注ぎ始めた。
見るからに濃い色の緑茶を湯呑みに注いで少し飲むと、静かに語り始める。
「又二郎と美空ちゃんと美琴ちゃんの三人がまだ二歳くらいの頃かな」
親父はまた濃いお茶を一口すすり、懐かしそうに目を瞑って話を続ける。
「うちで、東山と影山と俺の三人で飲んでたんだけどな。東山も影山も自分の娘が五級霊位と認定されたって言ってしょげてんだよ」
うちの親父と美空たちの父親は古くからの友人である。
「俺はてっきり自分の家からまた特級が出なかったことに、しょげてんのかと思ったらそうじゃなくてよ。『霊力持ちなんかに生まれたからお婿さん探しが大変になる』って嘆いてんだよ」
東山家と影山家。他には西山家、南山家、北山家は、かつてはそれなりの名門であった。苗字に山が付くことから『五山《いつやま》』と呼ばれている。
五山が特級霊位を多く輩出していたのは数十年も前であり、今では見る影もない。
(ちなみに、苗字に島が付く『五島《いつしま》』と呼ばれる家々は、今でも特級霊位を多く輩出している。)
「だから、今からそんなこと気にしてどうすんだよって、あいつらに言ったんだけどな、いつまでもメソメソ飲んでっから、うちの『次男坊は四級霊位だから将来結婚させる』のはどうだ? って持ちかけたんだよ」
美空と美琴が、親父の話を一言も聞き漏らすまいと、真剣な眼差しで耳を傾けている。
「そしたら二人とも、それ良いなあって言い出してさ。でもしばらくすると、今時、勝手に相手決めるなんてなあ。とか言い出してよ。はっきりしねえんだよ」
親父の話に、美空は息を呑んで身を乗り出し、美琴は手元をカタカタと震わせながら、親父の湯呑みにお茶を注ぎ足していた。
「で、結局よ、今でも許嫁の風習はけっこう残ってるし、良いかもなって話になったんだよ」
俺は、ここで痺れを切らし、単刀直入に聞くことにした。
「父さん、結局、許嫁は誰なんです?」
親父は美琴に淹れ直してもらった濃いお茶を、ズズ……と、一口すすってから俺の質問に答え始めた。
【作者より】
第四話までお読みいただき、本当にありがとうございます。
SNS等の告知でお気づきの方もいらっしゃるかも知れませんが、本作はゲーム開発者である私自身が執筆しております。
ライトノベル(ラブコメ)の執筆は初めての試みでしたが、明日公開の第五話(最終話)のラストで、なんとか物語をまとめる事ができたような気がしております。
明日の最終話まで、彼らの行く末をお見守りいただけますと幸いです。