君の不在証明   作:讀茸

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第二十四話 最後の機会

 第四層と第五層を繋ぐ渡り廊下。壁は無く、柵から身を乗り出せば、空の中庭が見える。

 そんな戦場で、ロウリが構築したのはモーニングスター。

 柄から伸びた鎖の先端に、棘の付いた鉄球が取り付けられている。

 ロウリはそれをブンブンと取り回しつつ、視線の先のバーンドットに照準を合わせる。

 相対するバーンドットは、雰囲気を変えたロウリに、何か危ういものを感じていた。

 

(ロウリの戦闘スタイルは元々、鋼鉄魔術の防御力を活かした堅守反撃。しっかり守って、確実に反撃で刺す。そういう堅実な戦い方だったはず)

 

 ロウリが放つ刺々しい殺意。

 堅い防御と確実な反撃。

 そういった真面目で堅い戦法を好む、優等生の令嬢はどこにもいない。

 ロウリの圧倒的な攻撃性能の表れを、バーンドットは肌で感じ取っていた。

 

「殺すよ、バーンドット」

 

 殺害宣告と共に、ロウリはモーニングスターを繰り出す。

 宙を駆けるは赤黒い鉄球。

 砲弾の如き速度で放たれたそれは、一直線にバーンドットへと向かう。

 条件反射で鉄球を弾いたバーンドット。

 

(重い……!)

 

 刀身を伝う鉄球の重みに、手が僅かに痺れる。

 先刻よりも明らかに重みを増したロウリの攻撃は、バーンドットのフィジカルにも対抗しうる威力へと至っていた。

 ロウリは鎖を翻し、モーニングスターで幾度もバーンドットへと追撃する。

 雨のように襲い来る赤黒い鉄球は、渡り廊下内を蹂躙する。

 その隙間を縫って、バーンドットが飛び出す。

 瞬間、ロウリはモーニングスターの柄を放り、鎖をバーンドットに巻き付けた。

 それは瞬間的な拘束。放り投げて巻きつけただけの鎖が、バーンドットを何秒も留めておける道理は無い。

 瞬間で十分と言わんばかりに、ロウリは槌を構築。

 素早く両手で振りかぶった。

 

(上がってやがる……! 魔術の発動速度、攻撃モーションに移るまでの時間、シンプルな身体能力としてのスピード! 全てがハイスピードに……!)

 

 生成した巨大な槌は、ロウリの背丈に迫るほどの巨躯。

 しかし、ロウリがそれを振り抜く速度は、槌の大きさと重みに似合わぬ俊速。

 重く、かつ、速く。

 打ち込まれた一撃はバーンドットの側方から激突。

 剣を二本重ねて防御を試みたバーンドットを、渡り廊下の外へと吹っ飛ばす。

 中庭の上空を吹っ飛んでいくバーンドット、宙空で体勢を立て直した彼女は、監視塔の壁に着地――――否、着壁する。

 監視塔の壁に足をついたバーンドットは、そのまま壁を蹴り出し、渡り廊下のロウリへと跳躍する。

 

(空中、撃ち落とす)

 

 ロウリは槌を捨て、即座に呪術を起動。

 生成するは宙に浮かぶ六十七本の剣。

 ロウリの周囲に浮かぶ剣の群れは、射出用にロウリが調整した飛び道具。

 ロウリはそれを一斉に発射。六十七本の殺意の結晶が、跳躍して飛びかかるバーンドットを迎撃しにかかる。

 身動きの取れない空中。

 しかし、バーンドットは空中で身を捻って剣を躱し、それでも避け切れない物は二刀で弾き返す。

 バーンドットは掠り傷一つ無く、六十七本の剣を凌ぎ切った。

 

(優れた肉体は空を泳ぐ。……飛び道具だけじゃどうしようもなさそう)

 

 迫り来るバーンドットを見て、ロウリが思い浮かべたのはとある本の一節。

 前衛戦闘職の中でも特に肉体制御に優れた者は、姿勢制御によって空中でもかなり動きの融通が利くという。

 それは、素人目に見れば空を泳いでいると錯覚するほど。

 かつて伝え聞いた前衛の絶技を目の当たりにしつつ、ロウリは戦闘方針を近接戦闘に切り替える。

 跳躍によって渡り廊下に舞い戻ったバーンドットが狙ったのは、ロウリではなく地上三階の高さにある渡り廊下そのもの。

 

「ルルぁアア――――ッ!」

 

 叩き込むは蟻噛。

 バーンドットが渡り廊下の床に叩き込んだ二刀は、渡り廊下そのものを崩落させる。

 瓦礫となって崩れ落ちていく渡り廊下。墜落する瓦礫の一つに立ったロウリは、両手にそれぞれ二本の剣を生成。

 瓦礫を蹴って空中のバーンドットへと接近する。

 衝突する二刀と二刀。

 空中で鍔迫り合った両者は、そのまま中庭へと落ちていく。

 着地の寸前、ロウリは空中で身を捻り、バーンドットの太腿の辺りを蹴りで打ち抜く。

 踏み込む足場も無い空中で放った蹴りは、バーンドットへの致命打にはならない。

 しかし、着地の体勢を僅かに崩すことには成功した。

 着地に際して、二、三歩よろめくバーンドット。

 対するロウリは音も無く着地し、滑らかに攻撃動作へと入る。

 

(着地を乱した。今なら――――)

 

 大きくバーンドットへと踏み込むロウリ。

 這うような姿勢。両手に持った二本の剣を、重ねて低く振りかぶるような構え。

 細部は違う。それはロウリが自分に合った形へと無意識に改良した構えなのだから。しかし、大まかにはほとんど同じ。

 バーンドットの目は既視感を訴えていた。

 それは、彼女自身が得意とする――――

 

「蟻噛」

 

 無意識的に漏れた呟きと共に、叩き込むは二重の斬撃。

 衝撃波にも似たそれは、剣でガードを試みたバーンドットを、その絶大な威力を以て弾き飛ばす。

 中庭を転がったバーンドットは、自身の技に襲われた心理的衝撃を噛み殺しつつ、受け身を取って立ち上がる。

 その左腕には、ガードを貫通した斬撃の余波によって、浅い裂傷が刻まれていた。

 

(オレの技を真似たのか? そう何度も見せてねぇだろ。……いや、こいつはもう、それほどまでに洗練された――――)

 

 バーンドットに蟻嚙を打ち込んだロウリは、退屈そうな顔で自らが持つ二刀を見下ろしている。

 本家ほどの威力ではないにせよ、相手の技を真似て逆に叩き込んでやったにしては、あまりにもあっさりとした様子だった。

 

「私に二刀流は合ってないな」

 

 ロウリはポイっと二本の剣を投げ捨てる。

 代わりに構築したのは、巨大な二枚のチャクラム。

 両手に持ったそれを投擲したロウリは、間髪入れずに自らも駆け出す。

 疾走と同時に作ったのは、片刃の片手剣。シンプルだが、それ故に鋭く、赤黒く光る刀身は命を刈り取る形をしている。

 

「チィ……ッ」

 

 バーンドットの舌打ち。

 ロウリが投げたチャクラムは緩やかな弧を描き、バーンドットの左右を通り抜けるような軌道を描く。

 左右のチャクラムを追い越すように、中央からバーンドットへと駆けていったロウリ。

 彼女はチャクラムによってバーンドットが左右に避ける道を塞ぎつつ、正面から攻撃を仕掛けたのだ。

 回避を封じられたバーンドットはロウリを正面から迎え撃つしかない。

 片手剣という比較的軽い部類の武器を選んだロウリの走りは速い。

 一瞬でバーンドットとの間合いを潰し、疾走の勢いを乗せて、そのまま跳躍。速さだけに任せた直線軌道で、バーンドットへと飛びかかった。

 馬鹿正直に飛びかかって来るロウリ。

 左の剣で受けてから右の剣で斬り返す算段を立てたバーンドットだったが、ロウリの剣を受けた途端、その衝撃に圧される。

 

(なんだ? この感触は、蟻嚙……?)

 

 受けた斬撃の手応えは、どちらかというと衝撃に近い。

 蟻嚙に近い感覚だが、そこまでの威力を誇るわけでもない。

 正体不明の重く響くような手応えに、バーンドットは気圧される。

 その間隙に捻じ込むように、ロウリは跳躍の勢いのままに飛び蹴りを食らわせる。

 ロウリに蹴り飛ばされて、数メートルのノックバックを強いられたバーンドット。

 そこはロウリの掌の上。彼女が一連の攻防前に投げた、チャクラムの軌道上だった。

 

「……っ!」

 

 左右から迫る二枚の巨大なチャクラム。

 バーンドットの胴を切り裂くかに思われた円形の刃だが、バーンドットは天性の反射神経で上へと跳躍。

 軽やかな宙返りで、迫る刃を躱して見せた。

 しかし、そこは身動きの取れない空中。

 地面には大地をしっかりと踏みしめたロウリが控えている。

 

(来い)

 

 追撃に備え、宙空ながら剣を構えたバーンドット。

 そこへロウリは横薙ぎの一閃を叩き込む。

 二本の剣をクロスさせて、ロウリの斬撃を受けたバーンドット。監視塔付近まで吹っ飛んだ彼女は、ロウリの攻撃が持つ奇妙な手応えの正体に気付く。

 

(こいつ……ッ! 蟻嚙を自分用のコンパクトな技に落とし込んでやがる! オレとの戦闘の中で、オレを食って成長している!)

 

 監獄最強。

 それはロウリを仕留め得る戦力でありながら、ロウリにとっては絶好の練習相手でもある。

 魔術や呪術を得手としながらも、ロウリのフィールドは近接戦闘。二刀の使い手であるバーンドットから学べる点は多い。

 手始めに学習したのは、蟻嚙。

 切り裂くことよりも、重い衝撃で砕くことに特化した剣技。

 本来、大振りな奥の手である蟻嚙を、ロウリは威力を抑えつつコンパクトに使える小技へと変容させて学習していた。

 まさに天才。天井知らずの戦闘センス。

 

(ここで逃せば……)

 

 バーンドットは確信する。

 ここで仕留められなければ、ロウリは誰にも止められない死神へと進化する。

 少し遠くに見えるロウリ。

 赤みを帯びた黒髪が、風に吹かれて揺れている。

 

「……悪いな、ダラス。殺すしかねぇらしい」

 

 バーンドットは哀れむように呟いた。

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