渡り廊下、戦況はあまりに一方的だった。
赤黒い鎌を振り回すロウリに、看守達は防戦一方。
一見して滅茶苦茶に振り回している鎌の刃先は、的確に看守を牽制し、ロウリへの接近を許さない。
ローゴンが打ち込む大槌を容易く弾き返し、接近の機会を伺うコニアを翻す刃で牽制する。
(近付けない。だったら――――)
心中で呟くディセイバー。
ロウリへの決定打を打てずにいる前衛陣も、彼と同様の戦略を立てていた。
アイコンタクトで取り合う連携。
タイミングを合わせて、全員一斉にロウリから距離を取る。
ロウリから距離を取った一同。
一時的に孤立したロウリに向けて、ナウリアが魔術の照準を合わせる。
(魔術で打ち抜く!)
前衛で打てない決定打は、後衛の魔術師が補う。
魔術の巻き添えを食わないように飛び退いた前衛。
取り残されたロウリ一人に向けて、水の砲撃は狙いを定める。
「単調だね」
しかし、ロウリはナウリアに先んじて魔術を起動。
赤黒い剣を射出し、ナウリアが攻撃魔術を撃つよりも早く、彼女の右肩を抉り取った。
「――――づう、ッ!」
切断された右腕が舞う。
シンプルな魔術の発動速度でナウリアを圧倒したロウリ。
飛来する剣によって右腕を失ったナウリア。
その衝撃によって術式は霧散し、暴発した水属性攻撃魔術は、指向性を持たない洪水となって溢れ出す。
「ナウリアっ!」
仲間が負った重傷。
その精神的なショックによって生じた隙。
リスタルが晒した間隙を、ロウリの目は見逃さない。
一歩、大きく踏み込んだロウリ。
リスタルの頭上に振り上げられる、赤黒い鎌。
そこへすかさずフォローに入ったコニア。
リスタルの前に割り込み、振り下ろされる鎌を短刀で受け止めようと構える。
フッと、嘲るように笑ったロウリ。
思い切り振り下ろす鎌の一撃が、コニアの短刀を直撃。
その衝撃をモロに受けたコニアの両腕は、内部の骨ごと粉砕した。
(細身のくせして、なんてパワーだよ……っ!)
腕を砕かれたコニア。
その掌から短刀が零れ落ちる。
同時、その衝撃に耐え切れなかったのか、ロウリの鎌も刃先が欠ける。
「下がれ! コニア!」
負傷したコニアに指示を出しつつ、ローゴンがロウリへと攻め込む。
(刃先の欠けた鎌。再生成の暇は与えない。反撃に出る……!)
(武器壊れた! いける!)
大槌を振りかざして、攻勢に出るローゴン。
コニアはウーズの下へと後退し、リスタルもここぞとばかりに距離を詰める。
左右から攻め入る前衛二人。
二人が反撃に移るまでのペースは早かった。
ロウリの魔術発動が速いとはいえ、新しく武器を構成するほどの余裕は無い。
ここに来て、千載一遇のチャンスが降ってきたかに見えた。
(ダメだ)
やや離れた位置から駆け込むディセイバーだけが、危機感を覚えていた。
ぽいと鎌を投げ捨てるロウリ。
その灰色の視線が、コニアが落とした短刀に注がれていることに、ディセイバーは気付いていた。
(誘い込まれてる。あいつはコニアさんの短刀を拾って、二人を迎撃するつもりだ。この位置、この角度、綺麗に二人纏めて斬って捨てられる)
刹那の内に巡る思考。
ディセイバーただ一人が、ロウリの戦術に追い縋る。
(フォローは間に合う。……いや、それじゃダメだ。それだけじゃ現状維持にしかならない。何か、何かこいつを崩せる何かを――――)
この瞬間、ディセイバーに熟考する時間的余裕は無かった。
思考を言語化することも、理論を体系立てることもなく、正当性を証明することもない。
ただ、彼の目が絶えず吸収する視覚情報が、彼の中に蓄積された経験と記憶が、直感という形で芽吹く。
ヒントは敵が持っていた。
攻撃に意識が向けば、それは防御面での隙になる。
今なら獲れる。そう思わせることが、カウンターの肝であると。
(届け……!)
流れるようにコニアの短刀を拾い上げ、ローゴンの懐へと踏み込むロウリ。
美しいまでの足捌きと体捌き。
斜め下から振り上げる短刀が、ローゴンの首筋へと迫る。
それを遮る物は何も無い。
遮る物は何も見えない。
空を裂いた短刀は、ローゴンの命さえも刈り取っていく――――ように見える。
「……は?」
響く金属音。
初めて、ロウリが戸惑いの声を上げた。
一見して、遮る物は何も無い。
しかし、そこには透明の壁がある。
ディセイバーが光学魔術をかけた上で突き出した剣は、ローゴンの急所を守る透明の壁。
ロウリが振り抜いた短刀は、透明の剣に弾かれた。
見えない防御とは、反撃の機会を生むのに向いている。
攻撃が防がれるその瞬間まで、攻める側は攻撃が失敗したことが分からないのだから。
「ローゴンさん!」
「任せろ」
透明の剣でローゴンを救ったディセイバー。
彼の呼びかけに応じ、ローゴンは大槌を横薙ぎに振り抜く。
絶好のカウンターチャンス。
ローゴンの一撃は回避の暇を与えずに打ち込まれる。
迫る大槌をロウリは右足の靴裏で受ける。
膝のクッションで衝撃を吸収。そのまま勢いに乗って跳躍することで、衝撃を完全に殺し切る。
(膝の柔軟性で衝撃を殺された。いや、単純な受け身だけじゃない。こいつの目的は跳ぶこと。跳躍で距離を取って、武器を再構築する時間を稼いでる。黙って見過ごす道理は無い!)
ロウリの戦術を見切るディセイバー。
跳躍した彼女を追うように跳び、空中でロウリに追撃する。
(追ってきた。さっきより動きが良いな)
ディセイバーの跳躍を確認し、ロウリは短刀での防御に切り替える。
そこへ叩き込まれるディセイバーの斬撃。
上から振り下ろすように放つ一撃は、短刀で受けたロウリを、床へと叩き落とす。
叩き落とされたにも関わらず、ロウリは軽やかに両足から着地。
着地点にリスタルが走っていく。
(落とした。空中から地上。めくるめく状況の変化。こいつだってマシーンじゃない。処理速度にも限界がある。しかも、そこは――――)
着地、同時に至近距離で向き合うロウリとリスタル。
リスタル・グリアントの瞳が、水晶のように煌めいた。
(リスタルさんの絶対領域)
ロウリが繰り出す短刀の刺突。
至近距離から放たれるそれを、リスタルは見てから回避して見せた。
(躱された? この距離で?)
ロウリが連続で放つ短刀。
至近距離から放たれる斬撃の雨を、リスタルは反射神経と動体視力で避け続ける。
リスタル・グリアント。
魔術はからっきし、フィジカルは貧弱、武器の扱いは下手くそ。
しかし、異常に眼が良く、その動体視力を活かした近接戦闘ではズバ抜けた才能を誇る。
腕を伸ばせば、拳が当たる間合い。
そこはリスタル・グリアントにとって、絶対領域とも呼べる場所だった。
(当たらない。私のスピードに反応してる。それほどまでに優れた眼――――)
ロウリの猛攻を躱し切ったリスタルは、素早く反撃に転じる。
短刀を握るロウリの右手に左の掌底を当てつつ、一歩踏み込む。右の拳で左肩を狙う。僅かに身を引いて避けたロウリに対し、さらに深く踏み込みつつ、右の肘で追撃する。一撃当てた肘鉄を皮切りに、大きく腰を入れた左の拳を打ち込む。
流れるような連携で、ロウリに連続で打撃を叩き込んでいく。
(この人の言う通りなのかな。弱いって迷惑だし。本当はいなくなった方が良いのかも)
打ち込む打撃の雨中、リスタルの頭を不思議な思索が横切っていた。
それは、意識して思考せずとも、自ずと浮かんでは消えていく泡沫の情念。
(でも、
静かな想いと共に打ち込む拳。
一撃一撃は軽く、ロウリにとって致命打とはならない。
けれど確実に、一つ一つ、彼女の肉体に打ち込んでいく。
(すごく、幸せだなって思うんだ)
下から振り抜く手刀で、ロウリの両腕を弾き上げるリスタル。
ガラ空きの胴体。
振りかぶった拳は、鳩尾に狙いを定める。
(崩された。いや、良い。パワーは並以下。魔力で守れば大したダメージじゃない)
魔力で強化した肉体の強度で、リスタルの拳を受けると決めたロウリ。
ノーガードでも問題無いとばかりに拳を待つロウリに、リスタルは一気に踏み込む。
その背後、ナウリアが残った左手をかざす。
ウーズに支えながら、何とか膝立ちの体勢を保つナウリア。
揺れる薄桃色の髪の中、闘志を失わない瞳がリスタルの背を見つめていた。
「エンチャント・アクアリウム」
リスタルの拳が水を纏う。
渦巻く水の威力を乗せて、ロウリの鳩尾に叩き込む拳。
水属性の魔術付与で強化された一撃は、ロウリを強く後方へと吹っ飛ばす。
吹っ飛んだ先、その軌道を読んでいたディセイバーが追走。
横合いから振り抜く透明の剣でトドメを狙う。
ロウリが反射的にかざした短刀によって、致命傷こそ逃したが、衝撃で短刀を跳ね飛ばし、ロウリを柵に叩きつけた。
(まだだ。まだトドメは刺せてない。考えろ。考えて、考える前に動け。剣の腕で敵わなくたって良いんだ。俺には強い仲間がいるだろ。状況を読んで、現時点での最適を導き出せ。俺にはある。俺自身の剣以外にも、俺を助けてくれるカードが。準備しろ。緊張を解くな。こいつはすぐに武器を作って反撃してくるぞ)
思考を止めないまま、ディセイバーは剣を構える。
味方の存在を強く意識した結果、ディセイバーの視野は自然と広がり、集団戦への適正を開花させていた。
広い視野に加え、高速化する思考。
剣に固執するディセイバー・オルティクスは、もうどこにもいない。
「なんだ、面白くなってきたじゃん」
看守陣の連携により、手傷を負ったロウリ。
起き上がった彼女の体には、幾ばくかの傷が刻まれていた。
度重なる連戦の影響もあり、少し疲労が見え始めたロウリだが、その口元には不適な笑みが浮かんでいた。
まるで、ここからが本番だと言わんばかりの笑みを浮かべ、ロウリはモーニングスターを構築。
棘のついた鉄球を振り回しつつ、看守達への距離をゆっくりと歩いて潰す。
こうして、戦いは第二ラウンドへと移る。
その瞬間だった。
「あ゛あ゛ー……」
第六層に続く扉から、一人の老人が現れる。
風体はまるで浮浪者。
ボサボサの髪は白髪混じりで、髭は不清潔に伸び放題。体付きは見るからにみすぼらしい。
押すのか引くのか分からなかったらしく、力ずくで鉄の扉をこじ開けている。
「酒」
元アルカナン中核メンバー、ヘイズ・トラッシュ。
第六層で厳重に拘束されているはずの彼の首に、罪人の石環は無かった。