君の不在証明   作:讀茸

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第五十六話 青い太陽

 曇天、燃える蒼炎はさながら青い太陽。

 その絶望的なまでの威容を、アトリは大通りに立って見上げていた。

 

「まさか、あれを落とす気か……?」

 

 遥か上空に浮かぶ青い太陽は、異様なまでに莫大な魔力を放っている。

 いや、その魔力探知など使わずとも、それがどれだけの火力を放つかは簡単に理解できるだろう。

 圧倒的な熱量と質量を秘めた青い太陽。

 それが地上に衝突したならば、どれだけの被害が出るかは想像に難くない。否、想像も及ばないほどの惨状となるだろう。

 見渡す限りの土地を焦土と化し、横たわる命という命を焼き尽くす大量殺戮の完成だ。

 

「何か手は――――」

 

 絶望的なまでに莫大な蒼炎を見上げ、アトリはその側で落空する竜人を見つける。

 巨大な蒼炎の隣にありながら、強烈な存在感を放つ彼女。曇天に舞う青髪の長身は、ただ空を落ちているにも関わらず、自由に宙を舞っているように見えた。

 シャルナ・エイジブルー。

 この世界に二人といないであろう竜種と人間のハーフ。純粋な戦闘能力で言えば、アルカナン最強とも謳われる怪物。

 自由。横暴。鮮烈。

 宙に青い太陽を浮かべた彼女は、笑っているように見えた。

 アトリは一縷の望みをかけ、占星魔術を起動。シャルナを魔術の対象として規定。彼女との運命力に右腕をチャージする。

 眩い光を放つアトリの右腕。

 今までにないほど輝く右手に、アトリは苦悶と笑みをないまぜにしたような表情を浮かべる。

 

「全く……運命の相手だな! シャルナ・エイジブルー!」

 

 ローストン・ゴートウィストの実質的な殺害。ダラス・モノトロームの殺害。スウェードバーク刑務所陥落。ロウリ・ゴートウィストがアルカナンに加入する手引き。その他、アトリの部下である騎士達を数え切れないほど殺したことは語るまでもない。

 アルカナンにおける最高戦力として、アトリの親しい人間を悉く殺し回ってきたシャルナ。

 彼女との間に結ばれた運命は、皮肉なまでに莫大だった。

 シャルナとの間に発生させた引力を頼りに、アトリは上空へと跳ぶ。

 弾かれるように跳ねたアトリは、光を湛える右腕を大きく振りかぶっていた。

 

     ***

 

 ソルノット南東部、上空。

 蒼炎の噴出によって空高くへと飛び上がったシャルナは、空中を落ちるまま、規格外の大きさと熱量を誇る蒼炎を生成。

 太陽と見紛うほどに膨れ上がった蒼炎を、地上へと落とそうとしていた。

 

「指揮系統がどうこう言ってたけどよー……」

 

 曇り空を照らす青い太陽。

 眩いまでの蒼炎は雲に覆われたソルノットの空を、青い光で照らし出した。

 誰もが空を見上げる。

 何が起こったのか分からずに困惑しながら、それが自分達を焼く焔であると理解して絶望しながら、あまりに現実離れした光景に唖然としながら。

 誰もが見上げた蒼太陽。

 それを解き放たんとするシャルナは、快活に笑っていた。

 

「全部ぶっ飛ばせば、関係無ぇよなァ!」

 

 そして、落ちる。

 地上までの距離およそ三キロメートル。

 凄まじい速度で放たれた太陽が地上に着弾するまで、約三十秒間を要する。

 三十秒後、ソルノットは灰燼に帰す。

 蒼炎を放つと同時にシャルナは、眼下の景色が青い爆裂を最後に焦土と化すことを確信した。

 

「……ん? なんだ、ありゃ?」

 

 確信が疑念に変わったのは、高速で接近する水色の光をその碧眼で捉えた時。

 地上から飛来するそれは、まるで彗星。

 尾を引く光粒の正体が、幼女の右腕に宿った光の残滓であるとシャルナが気付いた時には、アトリは腕を振りかぶっていた。

 響く轟音は、拳の衝撃で空気が震えた音。

 アトリがシャルナとの運命力を全て消費して放った拳は、腕の一振りで竜巻と見紛うほどの風圧を巻き起こす。

 スピードに乗る前の蒼炎は、アトリの拳一撃で霧散した。

 形を失った蒼炎は火花となって散り、曇天に青いオーロラを描き出す。

 

「おいおいマジかよ!」

 

 突如として上空まで到来し、青い太陽は打ち消したアトリ。

 それを行ったのは、十歳前後にしか見えない幼女。

 シャルナはアトリを知らない。ソルノットに住んでいる者なら、誰もが知っている騎士団長にもシャルナは興味が無い。

 故に、彼女にとっては初めての邂逅。

 自身の蒼炎を正面から突破するほどの使い手との邂逅。

 

「面白ぇのがいるじゃんよ! 騎士団!」

 

 シャルナは背面に向けた掌から蒼炎を放ち、アトリのいる下方へと加速。

 一気にアトリへと肉薄していく。

 

(空中で移動! 速い!)

 

 アトリは運命力を全消費した時点で、占星魔術を解いていた。

 その時点でアトリには二つの選択肢がある。

 占星魔術を再起動するか防御魔術を起動するかの二択。

 占星魔術による攻撃か。防御魔術による守りか。

 高速で迫るシャルナを前にして、アトリは反射的に防御を選択していた。

 展開する魔力壁。幾何学模様を描く光の障壁は、アトリとシャルナを隔てるように出現する。

 そこへ叩きつけられるシャルナの拳。ピキ、と音を立てて防御魔術に罅が入った。

 その瞬間、アトリは悟る。

 防御魔術を選択したのは、致命的な間違いであったと。

 

「魔術出すの速ぇな。ロウリもこんくらいだったか」

 

 ダメ押しとばかりに、シャルナは防御魔術に当てた拳から蒼炎を発生。

 青い焔と共に魔力壁を粉砕し、アトリに灼熱の拳を叩き込む。

 

(重い……っ! 純粋な筋力に加えて蒼炎の火力! あと数発もらえば致命傷になる!)

 

 凄まじい熱と衝撃を受け、アトリは地上へと叩き落とされる。

 痛みを堪えて落下する最中、アトリは視界の端を青い影が掠める。

 それは自ら叩き落としたアトリよりも速く、蒼炎の爆風に乗って追いかけて来たシャルナの姿だった。

 

「ほい、もう一発!」

 

 側面から蒼炎で追撃するシャルナ。

 防御魔術の発動が間に合ったのは、アトリの過剰速度認知の恩恵。

 逆に言えば、過剰なまでに速い認知速度を持つアトリでさえ、焼け石に水の防御しかできなかった。

 

(速い! これが竜人! 魔術を切り替える余裕が無い! くそっ、こんなことなら、初動で占星魔術を再起動しておくべきだったな!)

 

 蒼炎の爆風を利用して移動できるシャルナは、地上空中問わず高い機動力を誇る。

 蒼炎も魔術ではなく、シャルナの竜人としての身体機能。魔術特有の魔力を練り上げるタメは存在しない。

 速さという点で、シャルナはアトリに対して圧倒的なアドバンテージを持っている。

 シャルナはアトリに連続で蒼炎を浴びせ続け、アトリは防御魔術で致命傷を何とか避けることしかできない。

 二分間に及ぶ空中戦。

 アトリはシャルナの連続攻撃を、防御魔術によってひたすら耐えていた。

 そして、伺っていた。

 占星魔術を再起動し、シャルナへ反撃を打ち込める一瞬の間隙を。

 その時がやって来たのは、意外にも早かった。

 

(粘られてんなぁー。そろそろ終わらすか)

 

 一方的な攻勢に退屈を感じたシャルナは、勝負を決めに動いた。

 シャルナの蒼炎は身体機能の一つ。魔術のようにタメを必要とせず、手足のように自然に扱える。

 しかし、意図的にタメを作ることで火力を上げることは可能。

 人間も素早くパンチを打てるが、より強いパンチを打つ時は大きく体を振りかぶる。

 シャルナの蒼炎も同様に、長く大きいタメを作るほど、火力と威力は上昇していく。

 

「グッバイ。お子様にしちゃ悪くなかったぜ」

 

 シャルナはアトリを地上の方へと叩き落とした後、すぐさま高火力の蒼炎を生成する。

 アトリの防御魔術も、魔力による身体防御も、全て焼き貫けるほどの火力を込めて。

 一秒間。

 シャルナがアトリにトドメを刺すための蒼炎を生成するまでにかかった一秒間。

 

「悪いが、お子様なんでね」

 

 一秒。

 アトリが防御魔術を解除し占星魔術を再起動するには、十分すぎる時間だった。

 

「まだまだ遊んでくれ」

 

 地上に叩き落とされたアトリ。

 空中戦での劣勢で満身創痍の彼女だが、未だ二本の足で強く地面を踏みしめていた。

 占星魔術を再起動した彼女の右腕には、星の如き光が再帰していた。

 

(またさっきの光だ。一体あれはなん――――)

 

 シャルナの思考を断ち切るように、アトリは引力で彼女を引き寄せる。

 踏ん張る大地の無い空中。加えて、シャルナとアトリの間にある運命力の強さ。

 シャルナは一瞬でアトリの下まで引き寄せられた。

 高速で落ちてくるシャルナ。自由落下に引力まで上乗せしたスピードは、到底人間の目で捉えられる範疇を逸脱している。

 しかし、彼女には見えている。

 過剰速度認知を持つアトリにとっては、常人にとっての高速はスローモーション。

 タイミングを合わせるなど造作も無い。

 ドンピシャで顔面に打ち込まれる拳。凄まじい魔力放出と共に炸裂した打撃は、シャルナを吹き飛ばし、近くの家屋に叩きつける。

 家屋に叩き込まれたシャルナ。

 その衝撃で家屋は倒壊。シャルナはその下敷きになった。

 

「くっそ。やってくれんじゃねーかよ、このガキ」

 

 瓦礫の山を押し退けて、シャルナはゆっくりと立ち上がる。

 ペっと吐き出したのは血。先の衝撃で受けた傷は、シャルナの口内にも及んでいた。

 アトリは依然として運命力の残る右腕を回し、彼女の青い長身を睨む。

 

「さて、反撃開始といくか」

 

 アトリ・トーネリウムとシャルナ・エイジブルー。

 アルカナンと騎士団ソルノット支部。

 それぞれの最高戦力が、ぶつかろうとしていた。

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