普通に人体錬成しちゃった錬金術師   作:ヤキブタアゴニスト

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傷の男と賢者の石

それから数か月。

 

エドワードとアルフォンスは、ヘレシアの自宅兼研究所に籠って、人体錬成についての勉強……というか普通に人体の構造についての勉強を続けていた。

 

その日の昼食時、アルフォンスが新聞を広げながら言った。

 

「そういえば兄さん。最近、変な男がうろついてるんだって」

 

「変な男?」

 

「ほら、これ」

 

アルフォンスが新聞をエドワードの方へ向ける。

 

小さな記事だった。東部を中心に、国家錬金術師を狙った襲撃事件が相次いでいる。

犯人の素性は不明。目撃証言によれば、褐色の肌に赤い瞳を持ち、額に大きな傷がある男だという。

 

「『傷の男』……?」

 

エドワードが読み上げる。

 

「国家錬金術師ばっか殺してんのか、こいつ」

 

「軍もかなり探してるみたいだよ」

 

向かいで本を読んでいたヘレシアが顔を上げる。

 

「ああ、それね。最近よく言われるよね。私も殺された人を錬成させられたよ」

 

「それって、ヘレシアさんも危ないんじゃないですか?」

 

アルフォンスが心配そうに尋ねた。国家錬金術師を専門に狙っているのなら、彼女も当然標的になり得る。

 

ところがヘレシアは平然としていた。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

「なんでだよ」

 

「私、一般知名度ほぼゼロだから」

 

「……そうなのか?」

 

「国家錬金術師って言ったって、普通の人が全員知ってるわけじゃないでしょ。それに私は軍の宣伝に出ないし」

 

「本は町中にばら撒いてるじゃねえか」

 

「著者の顔まで覚えてる人は少ないよ」

 

「禁制になって軍に回収されてるけどな」

 

「ひどい話だよねえ」

 

「自業自得だ!」

 

ヘレシアは新聞を畳んで端へ追いやった。

 

「そんなこと気にしてないで勉強しなさい。来週は試験だからね」

 

エドワードの顔が固まる。

 

「……試験?」

 

「うん」

 

ヘレシアは嬉しそうに机の引き出しを開けた。そして、分厚い紙束を二つ取り出す。

 

「じゃーん」

 

「なんだよ、それ」

 

「昔作った人体錬成技術認定試験。いやあ、これが活躍する日が来るとは思わなかったなあ」

 

ヘレシアはしみじみと紙束を眺めた。

 

「人体錬成のできる錬金術師を錬成するのは禁止されちゃったけど。育てるのは禁止されてないからね」

 

満面の笑み。

 

エドワードは額を押さえた。

 

「絶対、次の禁則事項に追加されるぞ……」

 

「その前に合格してね」

 

「抜け道が閉じる前提で教育すんな!」

 

 

 

 

ヘレシアの研究所は、セントラル郊外にあった。

 

研究所といっても、実態はかなり大きな屋敷である。

 

住居、実験室、診療室、標本室。地下には危険な錬成を行うための専用錬成室まであり、さらに周辺にはいくつもの倉庫と書庫が建てられている。

 

当然、それだけの施設を一人で維持できるはずもない。

 

研究助手、司書、医師、看護師、事務員、料理人、警備員。それらを合わせればかなりの人数がここで働いており、職員用の住宅や日用品を扱う売店まで敷地内に存在していた。

 

もはや研究所というより、小さな集落に近い。

 

その日の夕方、ヘレシアはタッカー一家を夕食に招いていた。

ショウ・タッカーには、研究所にある私用図書館の管理を任せている。

 

生体錬成を専門とする数少ない同志でもあり、実験中の事故でキメラ化した彼の妻を元に戻すのを手伝って以来、付き合いが続いていた。

 

エドワードとアルフォンスも、すっかり一家と顔馴染みになっている。

 

「ところで」

 

ヘレシアが食堂へ向かいながら辺りを見回した。

 

「ニーナとアレキサンダー、どこ行ったの?」

 

タッカー夫人も振り返る。

 

「さっきまで廊下にいたと思ったけど」

 

「またどこかで遊んでるのかな」

 

広い屋敷だ。

 

二人がかくれんぼを始めると、探すだけでも一苦労する。

ヘレシアが階段を下りて玄関の方へ向かうと、すぐに見つかった。

 

大きなクッションの上。

 

アレキサンダーを枕代わりにして、ニーナがすっかり眠り込んでいる。

アレキサンダーの方も目を閉じていた。

 

「いたいた」

 

ヘレシアはしゃがみ込む。

 

「ニーナ」

 

「んぅ……」

 

「ご飯だよ。リビング行くよ」

 

少女の肩を軽く揺する。

 

ニーナが眠そうに目を開いた。

 

「……ヘレシアおねえちゃん?」

 

「そうだよ。ほら、起きて」

 

「アレキサンダーも?」

 

「もちろん」

 

「わん……」

 

アレキサンダーまで眠そうに返事をした。

その時だった。

 

轟音。

 

玄関扉が、内側へ吹き飛んだ。

 

「――!」

 

木片が廊下へ飛び散る。

 

ヘレシアは反射的にニーナを抱え、アレキサンダーとともに床へ伏せた。

煙の向こうから、一人の男が姿を現す。

 

褐色の肌。

 

額を横切る大きな傷。

 

そして右腕に刻まれた、異様な錬成紋。

 

ヘレシアの表情が変わった。

 

「……ああ」

 

最近、新聞で見た顔だった。

男が低い声で告げる。

 

「『禁則の錬金術師』、ヘレシア・シュタイン」

 

「私のこと知ってるの?」

 

「神の領域を侵し、命を弄ぶ者」

 

男が右腕を構える。

 

「貴様を生かしておくわけにはいかん」

 

「待って待って」

 

ヘレシアは両手を上げた。

 

「私、そんな酷いことしてないよ」

 

「人体を作り、魂を弄び、死者すら錬成する者が何を言う」

 

「いや、死者をわざわざ錬成しないよ!」

 

「問答無用」

 

男が踏み込んだ。

 

速い。

 

「ニーナ!」

 

ヘレシアは少女を突き飛ばす。

 

「アレキサンダー、ニーナを連れて奥へ逃げて!」

 

「え――」

 

「早く!」

 

ニーナがアレキサンダーへしがみつく。

 

男の右手がヘレシアの顔面へ触れた。

 

一瞬。

 

ヘレシアの頭部が崩れた。

 

乾いた破裂音。

 

血と組織が飛び散り、その身体が力を失う。

 

ニーナが悲鳴を上げた。

 

「ヘレシアおねえちゃん!」

 

男は倒れた身体を見下ろした。

しかし、その身体が、倒れなかった。

首から上を失ったまま、両脚で立っている。

 

「……?」

 

男の目が細くなる。

 

次の瞬間。

 

聞こえるはずのない場所から、ヘレシアの声がした。

 

「危なかったぁ」

 

男が振り向く。

声は――下からだった。

 

白衣の裾。その背後から、ひょこりと金色の髪が覗く。

 

「……何?」

 

腰の後ろ。正確には臀部の少し上から、人間の頭部が一つ生えていた。ヘレシアの顔だった。

 

「なんとか間に合ったよ」

 

男が絶句する。

 

ニーナですら泣くのを忘れていた。

 

「ヘレシアおねえちゃん……?」

 

「大丈夫だから、早く逃げて!」

 

「う、うん!」

 

ニーナがアレキサンダーとともに廊下の奥へ走っていく。それを確認すると、ヘレシアは自分の身体を見下ろした。

 

「さて」

 

腰から生えた腕を一本伸ばす。

 

パンッ。

 

手を合わせる。青白い光が走った。

 

崩壊した頭部の残骸が動き始める。

 

床に飛び散った血液。骨片。筋肉。皮膚。それらが一斉に身体へ戻り、首の上で再構築されていく。

 

骨格。血管。筋肉。眼球。皮膚。金色の髪。数秒後には、元通りの頭が肩の上に乗っていた。

 

ヘレシアは首を左右へ振る。

 

「うん。問題なし」

 

そして腰の後ろにあった予備の頭を引っ込める。

男はそれを凝視していた。

 

「……貴様」

 

「あ、今のは簡単なんだよ」

 

ヘレシアは説明する。

 

「壊されただけなら材料は全部その辺に残ってるから。新しく作る必要ないし」

 

男が再び踏み込む。

 

「だからこそ、貴様は――!」

 

右手がヘレシアの胸へ触れる。

錬成反応。肉体が崩れ始める。

 

「おっと」

 

ヘレシアの胴体が突然伸びた。

 

「!」

 

骨格そのものが蛇腹のように変形し、上半身が後方へ1メートル以上移動する。男の右手が空を切った。

 

「人体って結構便利なんだよ」

 

伸びた胴体の側面から腕が一本生える。

さらにもう一本。

 

脇腹から伸びた腕が、男の右腕を掴んだ。

 

「捕まえた」

 

男が振り払おうとする。

 

だが、その瞬間。

ヘレシアの指先が男の皮膚へ触れた。

 

青白い錬成光が走る。

 

「――!」

 

右腕の形が崩れた。

 

いや、壊れたのではない。

骨格そのものが組み替わっていく。

 

肘の向きが変わり、手首が縮み、指がまとまる。肩から先が次第に太くなり、数秒後には腕だったものが、人間の脚に近い形へ変わっていた。

 

「なっ……」

 

男が左腕を動かそうとする。

しかし遅い。

 

次の錬成光。

左腕も同じように形を変え、脚となる。

男の身体が大きく傾いた。

 

「貴様……!」

 

「んー」

 

ヘレシアは男の右腕――だった脚を眺める。

 

「なんか、この腕に仕込んでそうなんだよね」

 

男の表情が変わった。

 

「だから、とりあえず腕じゃなくしておけば安全かなって」

 

「ふざけるな!」

 

「ふざけてないよ?」

 

さらに錬成。今度は男の首元だった。

 

「――ぐっ!」

 

首の位置がずれる。頸椎から胸郭、肩の骨格までが一体となって組み替えられ、頭部がゆっくりと下へ移動していく。

 

肩の間から。胸の中央へ。さらに下へ。最後には、腹部の上あたりで止まった。

そこに残ったのは、四本の脚が胴体から伸び、その中央近くに頭が載っているという、到底人間とは思えない姿だった。

 

「うんっ……ぷふっ」

 

ヘレシアが口元を押さえる。

 

「……ご、ごめん。ちょっと待って」

 

肩が震えていた。少し離れて全体を見る。

ヘレシアは一度顔を逸らしたものの、もう一度男の姿を見る。

 

「ぷっ……ふふっ」

 

とうとう耐えきれず吹き出した。

 

「何を……した……」

 

「ごめんごめん。ちゃんと真面目にやったんだけど、思ったより面白い形になっちゃって」

 

「……殺す」

 

男は声を絞り出した。

 

「その状態で言われても怖くないよ」

 

ヘレシアは目尻を拭いながら、少し離れて全体を眺めた。

 

「でもまあ、これならどれが右腕だったか分かりにくいね」

 

男は動こうとする。だが、四本の脚はぴくりとも動かない。

 

意識はある。呼吸もできる。心臓も動いている。

ただし、身体の大部分が命令を受け付けなくなっている。

 

「運動神経だけ切ったの」

 

「……!」

 

「殺す必要ないでしょ?」

 

ヘレシアは伸ばしていた身体をゆっくり元へ戻していく。余分に生やした腕も、体内へ吸収されるように消えていった。

 

「というか、私を殺すなら」

 

首を軽く回す。

 

「頭一個壊すくらいじゃ足りないよ。いろいろ予備もあるからね」

 

 

その時。

 

上階から激しい足音が響いた。

 

「今の音なんだ!」

 

「兄さん、下だ!」

 

階段の手すりを飛び越え、エドワードが一気に玄関ホールへ降りてくる。アルフォンスもその後に続いた。

 

「ヘレシア!」

 

エドワードは構える。

 

そして止まった。

床一面に残る血痕。壊れた玄関。

 

明らかに奇妙な改造された人間。

 

その前で、血だらけの白衣を着たヘレシアが首を回している。

 

「……何があった」

 

ヘレシアが振り返った。

 

「あ、エドワード君」

 

 

何事もなかったように手を振る。

「ちょうどいいところに」

 

エドワードは床を見る。次にヘレシアを見る。もう一度床を見る。

 

「掃除、お願いね」

 

「待て待て待て待て!」

エドワードが叫んだ。

 

「説明しろ! 何がどうなったらこうなるんだよ!」

 

「説明?」

 

ヘレシアは少し考え、それから足元の奇妙な姿になった男を指差した。

 

「私じゃなくて、こっちに喋ってもらった方が早いよ」

 

「こっちって……」

 

アルフォンスが男を見る。

四本の脚。腹の上に移された頭。そのうえ身体はぴくりとも動かない。

 

「この人、喋れるんですか?」

 

「喋れるようには残してあるよ」

 

ヘレシアは男の前にしゃがんだ。

 

「ね?」

 

「……貴様に……話すことなど……ない……」

 

「あ、そっか」

 

ヘレシアは納得したように頷く。

 

「じゃあ、ちょっと待ってね」

 

「嫌な予感しかしねえんだけど」

 

ヘレシアは気にせず男の頭へ手を置いた。

パンッ。

もう片方の手を合わせる。青白い錬成光が頭部を包んだ。錬成光が消える。

見た目に変化はない。

男も意識を失ってはいなかった。

 

ただ。先ほどまで怒りと憎悪に歪んでいた表情が、すっと消えていた。目から感情だけが抜け落ちたように見える。

 

「……」

 

アルフォンスが警戒する。

 

「何をしたんですか?」

 

「嘘をついたり、話すのを我慢したりするところを少し弄っただけ」

 

「それ少しって言うの!?」

 

「質問されたら、知ってることをそのまま答えるようにしただけだよ!」

 

エドワードの顔が引きつった。

ヘレシアはそんなことを気にする様子もなく、男の前で指を一本立てた。

 

「じゃあ質問」

 

そこから先、男は驚くほど素直に答えた。

 

名は捨てたこと。イシュヴァールの出身であること。殲滅戦で家族や同胞を失ったこと。

そして、その復讐として国家錬金術師を狙い、これまで何人も殺してきたこと。

 

どうやら彼にとって国家錬金術師とは、単なる軍人ではないらしい。イシュヴァールを焼いた錬金術師。神の領域を侵す者。そして、神の名のもとに裁かれるべき存在。そんな認識で動いているようだった。

 

「……それで私も?」

 

「人体を作り、魂を弄び、生命の形を変える者。最も神を冒涜する錬金術師の一人だと判断した」

 

「へえ」

 

ヘレシアは感心したように頷いた。

 

「私、そんな扱いなんだ」

 

「そこじゃねえだろ」

 

エドワードが呆れたように言う。

 

男の顔には、感情を抑えられているにもかかわらず、わずかな嫌悪だけが残っていた。

ヘレシアはそれを面白そうに眺める。

 

「まあいいや」

 

それからさらにいくつか質問を重ねた。

 

これまで襲撃した国家錬金術師。今後狙う予定だった人物。各地での移動経路。協力者の有無。隠れ家。軍がまだ把握していなかった情報まで一通り聞き出したところで、ヘレシアは満足そうに立ち上がった。

 

「こんなもんかな」

 

「この後どうするんだ?」

 

エドワードが尋ねる。

 

「軍に渡すよ」

 

「……あっさりだな」

 

「だって犯罪者でしょ?」

 

ヘレシアは当然のように答えた。

数時間後。

 

研究所へ到着したマスタングは、玄関ホールに横たわる奇妙な物体を見て、その場でしばらく動かなかった。

 

四本の脚。腹の上にある頭。その上で何事もなかったように書類を書いているヘレシア。

 

「これは例の……説明してもらおうか」

 

「襲撃犯です」

 

「それは分かる……いや分からないが分かる」

 

マスタングはこめかみを押さえた。

 

「なぜこの形なんだ」

 

「右腕に危ない錬成陣があったから、腕をなくしました」

 

マスタングは深く息を吐いた。

 

「……元に戻せ、今すぐだ」

 

「はーい」

 

錬成光が走る。

 

数分後、男は元の人間の姿へ戻され、拘束された状態で軍へ引き渡された。

ヘレシアはそう言って手を振った。

 

「大佐さん、あとはよろしく」

 

マスタングは男を連行する兵士たちを見送ったあと、振り返った。

 

「君は後で報告書を提出しろ」

 

「えー」

 

ヘレシアは露骨に嫌そうな顔をする。

 

「これは別に腕を脚に変えただけで、新しく生やしてないのに」

 

「そういう問題ではない」

 

「禁則事項には『腕を増やしてはならない』とは書いてありますけど、『腕を脚に変えてはならない』とは――」

 

「その続きを言うな」

 

マスタングの声が低くなった。

ヘレシアは口を閉じる。

 

「……はい」

 

「人体の四肢を意図的に別の器官へ作り替え、頭部の位置を移動させ、神経系まで改変したんだ。報告が不要だと思う理由を聞かせてもらいたいものだな」

 

「でも全部戻せますよ?」

 

「戻せるかどうかは問題ではない。これが良いということになれば、来週には街に六本脚の人間が闊歩することになるからだ」

 

ヘレシアは少し考えた。

 

「でも、私の頭を先に壊したのは向こうですよ」

 

「正当防衛そのものを問題にしているんじゃない」

 

マスタングは額を押さえた。

 

「君が正当防衛の途中で、なぜ人体改造の新しい実例を増やす必要があったのかを聞いている」

 

「あー」

 

ヘレシアは納得したように頷いた。

 

「実戦で試せる機会って少ないですから」

 

「報告書を二部提出しろ」

 

「増えた!」

 

 

 

 

床に飛び散った木片や瓦礫を片付けていると、アルフォンスが小さなものを見つけた。

 

「兄さん、これ」

 

「ん?」

 

床の隅。砕けた木片と細かな石屑の間に、何かが埋もれている。

 

アルフォンスが指先で瓦礫を退けると、そこから細い銀色の指輪が現れた。台座には、いくつかの小さな薄青色の石が埋め込まれている。

 

どれも爪の先ほどの大きさしかない。けれど、安物の装飾品には見えなかった。

 

「ヘレシアさんのかな」

 

「頭吹っ飛ばされた時に落としたんじゃねえか?」

 

「言い方……」

 

アルフォンスは呆れながら、そっと指輪を拾い上げた。

鎧の指先でつまむと、小さな指輪はいっそう華奢に見える。

 

銀色の台座には細かな傷がいくつも付いていた。長く使われているものらしい。

それに対して、埋め込まれた石だけは妙に澄んでいた。アルフォンスは窓から差し込む光にかざす。

 

「……」

 

青い。

けれど、ただ青いというだけではない。ほとんど無色に近い薄青色で、角度を変えるたびに水面のような淡い光が石の奥を流れていく。

 

透明な宝石なら、光が反射して輝く。これは少し違った。光そのものが石の内部に閉じ込められていて、その奥でゆっくりと揺れているように見える。

 

一瞬。

 

小さな石の中で、青白いものが脈打ったような気がした。

 

「……変わった石だね」

 

「あとで本人に聞けばいいだろ」

 

掃除を終えた二人は、研究室へ戻ったヘレシアのところへ向かった。

 

「ヘレシアさん」

 

「ん?」

 

アルフォンスが指輪を差し出す。

 

「これ、玄関に落ちてましたよ」

 

「あ」

 

ヘレシアは自分の右手を見た。

 

「あー、なくしたと思った。ありがと」

 

受け取ると、そのまま人差し指にはめ直す。

 

「ヘレシアさん、その指輪って何なんですか?」

 

ヘレシアはこともなげに言った。

 

「あー、賢者の石ってやつ」

 

「…………」

 

エドワードの動きが止まった。

アルフォンスも固まる。

 

「……今、なんつった?」

 

「賢者の石」

 

ヘレシアは何でもないことのように答える。

 

「ちょっと小さいけどね」

 

「それは……まさか……」

 

エドワードが椅子から身を乗り出した。ヘレシアは指輪をくるくる回す。

 

「あー、有名だよね」

 

「有名とかそういう話じゃねえ!」

 

「あれ、そんなに驚く?」

 

「驚くだろ!」

 

エドワードは青い石を睨んだ。

 

「それが本物なら、等価交換を無視して錬成できるっていう――」

 

「無視っていうか、あらかじめ貯めてあるものを使ってるだけだけどね」

 

「それでもだ!」

 

アルフォンスが恐る恐る聞く。

 

「それがあるから、ヘレシアさんはあんな錬成ができるんですか?」

 

「んー」

 

ヘレシアは少し考えた。

 

「どっちかというと、面倒な時に便利だから持ってる感じかな」

 

「面倒な時?」

 

「手近に錬成の材料が足りない時とか」

 

指輪を軽く叩く。

 

「でも……それがあれば」

 

少し躊躇してから続ける。

 

「人体錬成だって、難しくなくなるんじゃないですか?もしかして、賢者の石があったから」

 

ヘレシアが首を傾げた。

 

「いやー」

 

指を左右に振る。

 

「それは逆かな」

 

「逆?」

 

「人体錬成ができると、賢者の石を作れるんだよ」

 

エドワードとアルフォンスが同時に黙った。

 

「……何?」

 

ヘレシアは平然と続ける。

 

「だって賢者の石って、生きた人間を材料にするでしょ?」

 

エドワードの表情が一変する。

 

「お前……」

 

「待ってください」

 

アルフォンスの声も硬くなる。

 

「じゃあ、その石……」

 

二人の視線が、ヘレシアの指輪へ集まる。

 

ヘレシアは「ああ」とようやく気づいたように声を出した。

「これ?」

 

指輪を外す。

 

青い石を光に透かして見る。

 

「材料は私だよ」

 

「…………は?」

 

「私」

 

自分を指差す。

 

「前に話したでしょ? 自分を十人くらいに増やしたって」

 

「ああ……」

 

「最後に統合した時、身体と魂が結構余ったんだよね」

 

エドワードの顔が嫌そうに歪む。

 

「余ったって言うなよ……」

 

「捨てるのももったいないし」

 

「もっと言い方あるだろ!」

 

「で、せっかくだから賢者の石にしてみた」

 

「せっかくで作るもんじゃねえ!」

 

アルフォンスが信じられないように尋ねる。

 

「作り方……知ってたんですか?」

 

「うん」

 

ヘレシアはあっさり頷く。

 

「真理のところに書いてあったから」

 

「書いてあった!?」

 

「というか見れば分かるよ。人体をどう分解して、魂をどうまとめて、どういう形で固定するか」

 

指輪を再びはめる。

 

「一回やればそんなに難しくない」

 

エドワードは呆然としていた。

 

「あんまりおすすめはしないけどね」

 

ヘレシアは指輪を眺めた。

 

「それに自分を材料にすると、なんか変な感じするんだよね」

 

「当たり前だ!」

 

ヘレシアは少し笑った。

 

「でも綺麗でしょ?」

 

指輪を光にかざす。

 

「かっこいいから指輪にしてる」

 

長い沈黙。

 

エドワードが顔を覆った。

 

「……賢者の石をアクセサリー扱いする奴、初めて見た」

 

アルフォンスが小さく答える。

 

「僕も……賢者の石も初めて見たけど」

 

ヘレシアは不思議そうに二人を見る。

 

「え、でも指輪にした方が失くさなくない?」

 

「そういう問題じゃねえ!!」

 

 

 





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