魔法学院を落第した俺、『遊び人』を経て『賢者』へと至る 作:匿名
俺は両親の顔をうまく思い出せない。まだ幼い頃に、流行り病で亡くなってしまったから。
それでも俺が今日まで生きてこられたのは、村の人たちが俺のことを育ててくれたおかげだ。
今は幼馴染のニーナの家に住まわせてもらっている。
俺とニーナの家族に血の繋がりは無い。それなのに、本当の家族のように温かく接してくれるニーナや、ニーナの両親にはいくら感謝しても足りない気持ちでいっぱいになる。
だからこそ、毎日の畑仕事を手伝うのは俺にとって当然の義務だった。
重い
手のひらには硬い豆がいくつも出来ていて、
決して楽な作業ではないが、これが恩返しだと思えば、この痛みはちっとも苦にはならないのだ。
そんな変わらない日常を過ごす中で、たまに村へやってくる行商人の存在は、俺や村の人たちにとって大きな楽しみの一つとなっている。
広場に大きな荷馬車が到着すると、俺たちは一目散に駆け寄った。荷馬車に積まれた珍しい品々や見たこともない道具。これはいったい何に使う道具だろうか。まったく分からないが、それらを眺めるだけで胸が踊る。新しい世界に触れた気がして、ワクワクする気持ちが抑えきれない。
もちろん、俺にはそんな物を買う金なんて有りはしない。だから、じっと見ているだけだ。ただ、俺の本当の目的は行商人の並べる商品ではなかった。行商人を護衛している、魔法使いのおじさんだ。
魔法使い。
その不思議な力をつかうおじさんは、村の子供たちにとって無条件に憧れの的だった。
村の大人たちが品定めをしている隙に、俺たち子どもは護衛のおじさんのもとへ元気よく駆け寄っていく。
「おじさん、またアレを見せてよ!」
せがむ子どもたちを見て、おじさんは困ったように眉を下げて苦笑いする。
そして、仕方ないなというふうに右手に持った杖を軽く振るった。
空中に小さな火の玉がぽっと浮かび上がり、ふっと一瞬で消える。
「おおーっ!」
歓声が上がり、微かに焦げた匂いが風に乗って漂ってきた。
「ねえねえ! 魔法ってどうやって使うの?」
子どもの一人が、好奇心から尋ねた。
魔法使いのおじさんは、しばらく考えたような顔をしたが静かに口を開いた。
「魔法はね、残念ながら誰でも使えるってものじゃないんだ。生まれついての魔法の才能が必要になるんだよ」
「へー! じゃあ、どうやったら魔法の才能があるか分かるの?」
「それはな、目を瞑って、身体中に張り巡らせている魔力を感じるんだ。それが感じられれば、まず第一段階は達成だな。それから集中して、その魔力を手に集めて、一気に放出できること。それができれば、魔法の才能があると言えるな」
子どもたちは一斉に目を瞑り、真似をし始めた。
「うわー、出来ない!」
「魔法、でないなぁ」
「才能なかったかぁ」
あちこちから残念そうな声が漏れてくる。
才能という言葉は残酷だ。どんなに欲しくとも手に入らないのだから。
俺も同じように、試しにそっと瞼を閉じてみた。
身体中に張り巡らせているもの……?
静かに息を吸い込む。
土の匂いに混じって、自分の脈打つ血の巡りが感じられた。
その奥に、じんわりとした熱のようなものが腹の底からゆっくりと這い上がってくる感覚がある。
……もしや、これが魔力というものだろうか?
不思議な感覚に戸惑いながらも意識して、その感覚を右手に集めていく。
じんわりとした熱のようなものが手のひらに留まる。
俺は目を開けて、その手を上空に掲げた。
そして集まった『熱』を一気に手のひらから放出する。
——ボンッ!
空気が弾けるような爆発音が広場を揺らした。
俺の手から魔力が射出され、空中の空気を震わせたのだ。
土埃が舞い、何事かと子どもたちが驚き、大人たちも騒ぎを聞きつけてゾロゾロと集まってくる。
だが、一番驚いた顔をしていたのは魔法使いのおじさんだった。
「こりゃ驚いた……坊主、凄いぞ! お前さんには魔法の才能があるらしいな! 王都の魔法学院に行って卒業したら、魔法使いになれるぞ! そうすりゃ、この村も
おじさんの興奮した言葉をきっかけにして、俺の運命は大きく動いた。
なんと、魔法使いのおじさんに推薦状を書いてもらい、俺は王都にある魔法学院へ進学できることになったのだ。
おじさんの一言と一枚の推薦状で、俺の立ち位置は『村の孤児』から『王都の魔法学院への進学生』に変わってしまった。
だが問題は……決して安くない学費だ。
俺自身は魔法学院に行くことを諦めるつもりだった。自由にできるお金など少しだって持っていない。
しかし村の人たちが少しずつお金を出し合って、親もいない俺のためになけなしの金を集めてくれたのだ。
皆の手は土にまみれ、着ている服はすり切れている。それが何を意味するのか、嫌でも理解できた。
ずっしりと重い皮袋を手渡され、目から涙がこぼれ落ちそうになったのを覚えている。
「グレイ。頑張るんだぞ」
村の大人たちからの期待の声に、俺はこの恩を絶対に忘れないと深く心に誓った。
両手で皮袋を大事に抱え込み、何度も深く頭を下げた。
——————
それから魔法学院へ行くまでの数年間、魔法使いのおじさんの好意もあり、俺は文字の読み書きや初級魔法の鍛錬を続けた。
そしていよいよ魔法学院の入学の時期となり、行商人の馬車に乗せてもらい数日。
俺はついに王都へと到着した。
王都の街並みや魔法学院の建物は、俺の育った村とはすべてが違っていた。
高くそびえ立つ灰色の石造りの校舎、平らに綺麗に舗装された広い道、そしてひっきりなしにすれ違う馬車の数々。
圧倒され、ただただ周囲の景色を見回すことしかできなかった。
これから三年間、俺は魔法学院の寮で暮らしながら魔法の勉強をしていく。
俺は村の皆に報いたい一心で、がむしゃらに努力を続けた。
だが、学びの場には魔法や勉強とは別の障害が待ち受けていたのだ。
「おい、平民。くせーんだよ!」
廊下を歩いていると、すれ違いざまに背中をドンと押された。
俺は体勢を崩しかけ慌てて振り返ると、制服を着崩した貴族の生徒が数人、こちらを見て嘲笑っている。
ツンとしたきつい香水の匂いが鼻をついた。なんとか爵という由緒ある家柄の子息らしい。
こいつらだけではない。だいたいの生徒が俺に対して同じような見下した態度をとってくる。
無理もない。この魔法学院において、平民出身者は俺一人しかいないのだ。
日常的に続く、言葉の暴力や陰湿な嫌がらせ。教師に分からぬよう、執拗に続けてくる。
悔しくてたまらない。それでも、俺はぐっと拳を握りしめて耐え抜いた。
村のみんなのためだ。お金のない村の人たちが、俺のために絞り出してくれた大切なお金。
こんな事で逃げ出すわけにはいかない。
そして入学から半年が経った頃、人生を左右する日がやってきた。
今日は、新入生の魔法の才能を判定する重要な儀式の日だ。
広い講堂の壇上には、透明な水晶が置かれている。
その水晶に手を触れるだけで、その人間の才能がはっきりと分かるらしい。
才能の判定自体は、あちこちの村や街の教会などでも行うことができる。俺の村にも同じような形の水晶が置かれていた。
だが、十五歳になると身体や魔力が安定し、より正確な才能が測れるようになる。そのため、この時期に学院で正式な判定を行なう決まりになっている。
この結果によって、今後の魔法使いとしての優劣や社会的な待遇が激しく変わるという。
炎魔法や水魔法は日常生活や戦闘で需要が高く、当たりの分類とされている。
だが当たりじゃなかったとしても、魔法使いは何かしら魔法関係の才能に恵まれており、魔法の力を使える職種に就けるため需要はある。全員に恩恵が約束されているのだ。
そして、一番の大当たりとされる才能がある。
それが『賢者』だ。
魔法学院の初代学長が持っていたとされる特別な才能。これが出れば、将来は絶対に安泰だろう。村の皆にも最高のお返しができるはずだ。
といっても、今まで『賢者』が出たのは歴史上で初代学長だけらしい。もう何百年も前の話しだ。
講堂には才能を判定するために生徒が集まり、重苦しい緊張感が漂っていた。
全員が、『賢者』になりたいという強い野心を抱いているのが空気で伝わってくる。
俺だって同じ気持ちだ。緊張で握った両手にじわりと汗がにじんでしまう。
壇上に一人の生徒が上がり、水晶に手を当てた。
水晶が淡く光り、教師が結果を大きな声で読み上げる。
「炎魔法!」
「操作魔法!」
「浮遊魔法!」
「生活魔法!」
次々に、様々な才能が読み上げられる。
そのたびに周囲から歓声やヤジ、落胆のため息や安堵の声が飛び交った。
俺は他の生徒の結果を聞きながら、自分の番が近づくにつれて心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。
そうして、とうとう俺の出番がやってくる。
教師に名前を呼ばれ、俺はゆっくりと椅子から立ち上がった。
静まり返る講堂の中、俺の足音だけがコツコツと響き渡る。
極度の緊張で、自分の心臓の音がドクンドクンと耳の奥で鳴っているのがわかる。
俺は壇上に上がり、目の前に置かれた水晶をしっかりと見据えた。
どうか、村の皆に恩返しができる才能であってくれ……
俺は心の中で強く祈りながら、両手を水晶に押し当てた。
ひんやりとした感触が、手のひらから伝わってくる。
俺の願いに応えるように、水晶がゆっくりと眩しい光を放ち始めた。
教師が水晶の奥に浮かび上がった文字を確認し、大きく息を吸い込む。
それから、俺の才能を読み上げた。
そうして俺は、この学院ではじめての——『落第者』となったのだ。