魔法学院を落第した俺、『遊び人』を経て『賢者』へと至る 作:匿名
「グレイの才能は——『遊び人』! ……あ、遊び人? なんだそれは……?」
教師の
背後からは、他の教師や生徒たちのざわめく声が騒々しく聞こえてくる。
「と、取り合えず、グレイは席に戻りなさい」
教師は額に汗を浮かべ、慌てた様子で俺に指示を出した。
『遊び人』。
今まで学院の授業で聞いたこともない才能だ。
他の生徒の中にも、そんな適性を持つ者は誰一人として居なかった。
教師の激しい動揺を見る限り、おそらく過去にも例がない結果なのだろう。
俺自身もその『遊び人』という名前を聞いて、立派な魔法使いにはなれないとすぐに直感した。
期待で膨らんでいた気持ちが、一気に冷え込んでいく。
重い足取りで自分の席につき、腰を下ろす。
すると、少し離れた席から刺々しい声が飛んできた。
「おい平民! なんだその才能はよ! てめえがくせえからカスみたいな才能なんだよ!」
その暴言を合図に、周囲の生徒たちのギャハハと下品な笑い声が上がった。
この才能が魔法使いとして何の役にも立たないことくらい、誰だって分かる。
目の前が真っ暗になり、頭がクラクラした。
それからの事は、ショックが大きすぎてよく覚えていない。
才能の判定が終わり、午後の授業の時間。
しかし、俺は教室の入り口で教師から呼び止められ、授業にでなくてよいと告げられてしまった。
なぜ授業に出られないのかと問い詰めても、はっきりとした答えを返してくれない。
胸の奥で、嫌な予感がどんどん強くなっていく。
このまま立ち尽くしているわけにもいかず、他に何かするべきことはないかと俺は尋ねた。
教師から提案されたのは、『掃除』だった。
そういうわけで、俺はいつも世話になっている図書室で、一人で
昨日までは、がむしゃらに机にかじりつき魔法の勉強をしていた。
それなのに、なぜか今は
この図書室は普段からあまり人が寄り付かず、静かで勉強するには最適な場所だった。
ふと顔を上げると、目の前の壁には初代学長の肖像画が飾られていた。
白いヒゲをたくわえた、威厳のある老人の姿だ。
厳しそうな表情をしているが、不思議とその瞳からは深い優しさが伝わってくる。
肖像画の額縁に白い
俺は以前、初代学長が書いたという分厚い本を読んだ事がある。
古い紙の匂いがするその本には、こんな一文が記されていた。
『魔法は自分のためでもなく、国家のためでもなく、人々のため、困っている者のために使うものだ』
俺はこの言葉が気に入っていた。
俺自身が平民であり、助けを必要とする側の人間だからだろうか。
掃除を続けていると別の教師に呼び出され、連れて行かれた場所は学長室だった。
緊張しながら、学長室に足を踏み入れる。
部屋の奥の大きな机には、痩せて神経質そうな中年の男性が座っていた。
眉間に深いしわを寄せ、その鋭い目つきからは明らかな苛立ちが伝わってくる。
「お前が、あの『遊び人』か」
学長はそう吐き捨てると、「はー……」と大きくため息をついた。
「まったく、やってくれたな。何が『遊び人』だ。ふざけおって!」
怒鳴り声と共に、学長の拳が机に叩きつけられた。
ドスンという鈍い音が部屋に響く。
事情が飲みこめず、俺は混乱して肩をビクッと震わせた。
「す、すみません……」
か細い声で謝罪を口にするのがやっとだった。
俺だって、別に『遊び人』になりたくてなった訳じゃ無い。
一生懸命勉強して、魔法使いになるためにこの学院へ来たんだ。
そんなこと、少し考えてくれれば分かるはずなのに。
「まあいい。お前の処遇はすでに決定済みだ。すぐに身支度をまとめろ。そして、すぐに学院から出て行け」
「……へ?」
学長の口から出た言葉の意味が、頭の中でうまく処理できなかった。
出て行く、とはどういうことだろうか?
「なんだ、その顔は? まさか、あのような恥さらしな才能を出しておいて、由緒ある魔法学院に居られると思っていたのか? 魔法というものはな、高貴なものなのだ。貴様のような薄汚い平民を、特別に入れるべきでは無かったな。おい、こいつを早くつまみ出せ!」
魔法は高貴なもの……?
その言葉は、初代学長の言っていた事と全然違う。
目の前にいる学長と、初代学長が思い描く魔法は、まったくの別物なのだろうか?
その学長の一言で、俺は反論する機会も与えられないまま、職員に両腕を強く引っ張られ自室へと連れていかれた。
ただでさえ少ない荷物。それを両手で抱え込み、学院をどうやって出たのかは覚えていない。
俺は学院が用意した馬車に乗せられ、また数日掛けて故郷の村へと戻ることになった。
ガタガタと激しく揺れる狭い馬車の中で、俺はずっと考え続けていた。
村のみんなの期待に、応えられなかった。
俺は、なんて取り返しのつかないことをしてしまったのだろう。
どんな顔をして、村の人たちに会えばいいのだろうか。
貧しい村の生活の中で、みんなが切り詰めて溜めてくれた大切なお金を、ただ無駄にして捨ててしまったのだ。
胸が締め付けられるような情けない思いから、馬車の中で涙が止めどなく溢れてくる。
しかし数日後、俺の悲しみとは無関係に、馬車は無慈悲にも村の入り口へと到着した。
馬車から降ろされ、俺は村の前でただ立ち尽くしていた。
一歩を踏み出して、村の中に入る勇気が無かったのだ。
頭の中が混乱と不安の重圧でいっぱいになって、何も考えられない。
下を向いて、じっと
だが、不意に声が掛けられる。
「おや、グレイじゃないか?」
聞き慣れた声に反応して、俺は顔を上げた。
視線の先には、使い込まれた鍬を肩に担いだ、ニーナのお父さんが立っている。
「どうしたんだ。そんな所に立って。ここにいるってことは、長い間、馬車に乗っていたんだろう? 身体が疲れているはずだ。さあ、こっちに来なさい」
ニーナのお父さんが、その温かい手で俺の手をしっかりと握る。
そのまま、俺はニーナの家の中へと導かれた。
「あっ! お帰り! グレイ!」
ドアを開けるなり、ニーナがいつものように元気な声で駆け寄って抱き着く。
「お帰りなさい、グレイ」
奥から出てきたニーナのお母さんも、いつもと変わらない穏やかな笑顔を向けてくれる。
「え、えっと……あの……」
俺は、何も言えなかった。
何を言えばいいのか、どうやって謝ればいいのか分からなかったのだ。
ただ、込み上げてくる涙を必死に抑え込むので必死だった。
すると、ニーナのお父さんが俺の肩に手を置いた。
そうして、震える俺の身体を力強くギュッと抱きしめてくれる。
「大丈夫だ、グレイ。色々あったんだろう。でも何も気にするな。お前の事は、俺たちが誰よりも知っているから。……よく頑張ったな」
その言葉を聞いた瞬間、無理に張り詰めていた感情が限界を迎えた。
もう、涙を止めることができない。
ただボロボロと涙を流し続ける俺を、ニーナの家族は優しく受け入れてくれた。