魔法学院を落第した俺、『遊び人』を経て『賢者』へと至る 作:匿名
魔法学院を追放されて村に戻ってきた俺は、ニーナの家族や村の大人たちに対して、正直に全てを話した。
学院で『遊び人』という才能を宣告されたこと。そして、そのせいで追い出されてしまったこと。
皆は俺の言葉を遮らず、真剣な顔つきで最後まで聞いてくれた。
説明をし終えて深く頭を下げると、集まった大人たちは怒る事もなく、うんうんと頷いている。
そして口々に声をかけてきた。
「そうかぁ、一人で大変だったんだなぁ」
「都会は恐い所だな。この村じゃ、才能一つで追い出すなんて事はないのになぁ」
責められる覚悟をしていた俺は、少し戸惑った。
だが、俺にはさらに重要な、謝らなければならない事があった。
「皆から預かった大事なお金を、無駄にしてしまって……本当にごめんなさい……」
俺の絞り出した謝罪に、村の人たちは顔を見合わせ、きょとんとした顔をしていた。
そして……
「あっはっは! 何をしょぼくれているのかと思ったら、お金のことか!」
「グレイらしいなぁ! そんな事で思い詰めていたのか?」
「お金なんて何も気にしなくていいんだぞ! こうやって無事に村へ戻ってきてくれたんだから!」
誰一人として俺を責めない。
口々に、ただ俺の身を案じ、帰ってきたことを喜んでくれた。
疑われることも、落胆されることもない。
温かい言葉が胸に染み込んでいく。
気がつくと、俺の頬を涙が伝い落ちていた。
拭っても拭っても、村のみんなへの感謝と申し訳なさで、涙は止まらなかった。
——————
それから、あっという間に1年が経った。
俺の身体は一回り大きくなり、村の仕事を手伝えることがずっと多くなった。
重い鍬を振るう畑仕事はもちろん、家畜の餌やりや小屋の修繕、大人たちと一緒に森へ狩りに行くようにもなった。
何より、今の俺は魔法が使える。
たった半年とはいえ、魔法学院で必死に勉強した知識は無駄になっていなかった。
薪に火をつけたり、ちょっとした力仕事を魔法で補ったりと、村の生活に役立てることが出来たのだ。
今では魔法学院の石造りの校舎や、王都の騒がしさに居たことが嘘のように、平穏な毎日を過ごしている。
だが定期的に俺を、過去の絶望へと引きずり込む出来事が起きていた。
夢を見るんだ。
魔法学院で、あの学院長に追放を言い渡される夢だ。
気がつくと、俺は学長室に立っている。
もう何度も、何十回も、何百回も見た。
いつもの夢。
俺の目の前には、眉間に皺を寄せた学長が座っている。
俺が追放される、あの日の状況だ。
そして冷たい声で追放を言い渡される。
目が覚めるたびに息が切れ、ひどく汗をかいている。
本当に嫌な夢だ。
何度も見て、何度も絶望する。
村の皆の期待を裏切ってしまった、あの無力な自分を突きつけられる。
「ねえグレイ、大丈夫?」
ハッと気がつくと、ニーナが俺の顔を覗き込んでいた。
いつの間にか、朝になっていたようだ。
窓から差し込む朝の光が、ニーナの心配そうな顔を明るく照らしている。
「あ……ああ。ごめん、ニーナ。起こしちゃったか」
「ううん、平気。でも大丈夫? 隣の私の部屋まで聞こえてくるほど、うなされていたよ」
「大丈夫。……たぶん」
ニーナはいつも俺を心配してくれている。
この1年で一番大きく変わったことといえば、ニーナと一緒に過ごす時間が増えたことだ。
「ねえねえ、グレイ! 今日は村の仕事が終わったらさ、釣りに行こうよ! どっちが大きい魚を釣れるか勝負ね!」
「ああ、分かった。負けないよ、ニーナ」
俺は村に戻ってきてから、ニーナと色々なことを経験した。
森で木の実を集め、暑い日は冷たい川で泳ぎ、草木が枯れる頃には落ち葉を集めて焼き芋を作った。
ニーナの好きな釣りも、すっかり俺の得意な遊びになっている。
今日も畑仕事を終えた後、お昼ご飯をニーナと食べてから、夕方までニーナと川へ釣りに出かけた。
水面に糸を垂らし、じっと浮きを見つめる。
結果はニーナの勝ちだった。
二人で三匹の大きめの魚を釣り上げたので、満足して夕方まで川の水に入って遊んだ。
水しぶきを上げながら、キャッキャと騒ぐニーナ。
笑い声が川原に響き渡る。
俺はニーナに、ニーナの家族に、そして村の皆に救われた。
両親が死んで孤児になった俺の命も、どん底に落ちた人生も、人間としての心も。
その日の夜。
ベッドに入り、目を閉じて眠ろうとした時に、ふとそのことを考えていた。
俺がもし、あのまま魔法学院で過ごしていたら、こういった温かい経験は絶対にできなかったはずだ。
狭い部屋でずっと勉強し、貴族の生徒たちからずっと陰湿な嫌がらせを受けていたのだろう。
この故郷の村で過ごす時間は、学院とは真逆だ。
今も俺は魔法の勉強を続けているとはいえ、机に向かう時間は学院の時よりはるかに少ない。
その分、豊かな自然に触れ、人の心の温かさを知り、色々なことを肌で感じ取れている気がする。
……もしかしたら、俺は『遊び人』でよかったのかもしれないな。
初めて、そう思った。
そう思うと肩の力が抜けて、身体の中から重い物が外側へと出て行く感じがした。
代わりに、外側から身体の中に何かがなだれ込んでくるのを感じる。
それが何なのかは分からなかったが、俺はそのまま深い眠りへと落ちていった。
……ああ。
まただ。
また、あの夢だ。
やめてくれ。
せっかく、今日はニーナとの楽しい思い出のまま終わるはずだったのに。
また、俺は魔法学院に立っていた。
「……あれ、ここは講堂か?」
いつもなら、学院長の部屋だ。
だが、今日は違う。
あの才能の判定を行なった、だだっ広い講堂の壇上に俺は立っていた。
周囲を見渡すが、ずらりと並んだ木製の椅子には誰も座っていない。
しんと静まり返る講堂には、俺一人だけだ。
だが、不意に背後から気配がした。
コツコツ、という微かな足音が聞こえる。
すぐに振り返ると、そこには一人の老人が静かに立っていた。
「……あなたは?」
俺は警戒しながらも、老人に問いかけた。
白いヒゲをたくわえ、古びたローブを羽織っている。
どこかで見た事がある顔だが、学院の教師ではないはずだ。
「グレイよ」
老人は、低く落ち着いた声で俺の名前を呼んだ。
そして、真っ直ぐに俺の目を見て口を開く。
「ついに……成したようだな」
老人の口角がわずかに上がり、微笑んだ。
その厳格そうでありながらも、温かみのある深い瞳を見て、俺はハッと思い出した。
図書室で
この老人は……初代学院長であり、唯一の『賢者』だ。