魔法学院を落第した俺、『遊び人』を経て『賢者』へと至る   作:匿名

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第3話 覚醒の夜

 

 

 魔法学院を追放されて村に戻ってきた俺は、ニーナの家族や村の大人たちに対して、正直に全てを話した。

 学院で『遊び人』という才能を宣告されたこと。そして、そのせいで追い出されてしまったこと。

 皆は俺の言葉を遮らず、真剣な顔つきで最後まで聞いてくれた。

 

 説明をし終えて深く頭を下げると、集まった大人たちは怒る事もなく、うんうんと頷いている。

 そして口々に声をかけてきた。

 

「そうかぁ、一人で大変だったんだなぁ」

「都会は恐い所だな。この村じゃ、才能一つで追い出すなんて事はないのになぁ」

 

 責められる覚悟をしていた俺は、少し戸惑った。

 だが、俺にはさらに重要な、謝らなければならない事があった。

 

「皆から預かった大事なお金を、無駄にしてしまって……本当にごめんなさい……」

 

 俺の絞り出した謝罪に、村の人たちは顔を見合わせ、きょとんとした顔をしていた。

 そして……

 

「あっはっは! 何をしょぼくれているのかと思ったら、お金のことか!」

「グレイらしいなぁ! そんな事で思い詰めていたのか?」

「お金なんて何も気にしなくていいんだぞ! こうやって無事に村へ戻ってきてくれたんだから!」

 

 誰一人として俺を責めない。

 口々に、ただ俺の身を案じ、帰ってきたことを喜んでくれた。

 

 疑われることも、落胆されることもない。

 温かい言葉が胸に染み込んでいく。

 

 気がつくと、俺の頬を涙が伝い落ちていた。

 拭っても拭っても、村のみんなへの感謝と申し訳なさで、涙は止まらなかった。

 

 

 ——————

 

 

 それから、あっという間に1年が経った。

 俺の身体は一回り大きくなり、村の仕事を手伝えることがずっと多くなった。

 

 重い鍬を振るう畑仕事はもちろん、家畜の餌やりや小屋の修繕、大人たちと一緒に森へ狩りに行くようにもなった。

 

 何より、今の俺は魔法が使える。

 たった半年とはいえ、魔法学院で必死に勉強した知識は無駄になっていなかった。

 薪に火をつけたり、ちょっとした力仕事を魔法で補ったりと、村の生活に役立てることが出来たのだ。

 

 今では魔法学院の石造りの校舎や、王都の騒がしさに居たことが嘘のように、平穏な毎日を過ごしている。

 だが定期的に俺を、過去の絶望へと引きずり込む出来事が起きていた。

 

 夢を見るんだ。

 魔法学院で、あの学院長に追放を言い渡される夢だ。

 

 気がつくと、俺は学長室に立っている。

 もう何度も、何十回も、何百回も見た。

 いつもの夢。

 

 俺の目の前には、眉間に皺を寄せた学長が座っている。

 俺が追放される、あの日の状況だ。

 そして冷たい声で追放を言い渡される。

 

 目が覚めるたびに息が切れ、ひどく汗をかいている。

 本当に嫌な夢だ。

 

 何度も見て、何度も絶望する。

 村の皆の期待を裏切ってしまった、あの無力な自分を突きつけられる。

 

「ねえグレイ、大丈夫?」

 

 ハッと気がつくと、ニーナが俺の顔を覗き込んでいた。

 いつの間にか、朝になっていたようだ。

 窓から差し込む朝の光が、ニーナの心配そうな顔を明るく照らしている。

 

「あ……ああ。ごめん、ニーナ。起こしちゃったか」

「ううん、平気。でも大丈夫? 隣の私の部屋まで聞こえてくるほど、うなされていたよ」

「大丈夫。……たぶん」

 

 ニーナはいつも俺を心配してくれている。

 この1年で一番大きく変わったことといえば、ニーナと一緒に過ごす時間が増えたことだ。

 

「ねえねえ、グレイ! 今日は村の仕事が終わったらさ、釣りに行こうよ! どっちが大きい魚を釣れるか勝負ね!」

「ああ、分かった。負けないよ、ニーナ」

 

 俺は村に戻ってきてから、ニーナと色々なことを経験した。

 森で木の実を集め、暑い日は冷たい川で泳ぎ、草木が枯れる頃には落ち葉を集めて焼き芋を作った。

 ニーナの好きな釣りも、すっかり俺の得意な遊びになっている。

 

 今日も畑仕事を終えた後、お昼ご飯をニーナと食べてから、夕方までニーナと川へ釣りに出かけた。

 水面に糸を垂らし、じっと浮きを見つめる。

 

 結果はニーナの勝ちだった。

 二人で三匹の大きめの魚を釣り上げたので、満足して夕方まで川の水に入って遊んだ。

 

 水しぶきを上げながら、キャッキャと騒ぐニーナ。

 笑い声が川原に響き渡る。

 

 俺はニーナに、ニーナの家族に、そして村の皆に救われた。

 両親が死んで孤児になった俺の命も、どん底に落ちた人生も、人間としての心も。

 

 その日の夜。

 ベッドに入り、目を閉じて眠ろうとした時に、ふとそのことを考えていた。

 

 俺がもし、あのまま魔法学院で過ごしていたら、こういった温かい経験は絶対にできなかったはずだ。

 狭い部屋でずっと勉強し、貴族の生徒たちからずっと陰湿な嫌がらせを受けていたのだろう。

 

 この故郷の村で過ごす時間は、学院とは真逆だ。

 今も俺は魔法の勉強を続けているとはいえ、机に向かう時間は学院の時よりはるかに少ない。

 その分、豊かな自然に触れ、人の心の温かさを知り、色々なことを肌で感じ取れている気がする。

 

 ……もしかしたら、俺は『遊び人』でよかったのかもしれないな。

 

 初めて、そう思った。

 そう思うと肩の力が抜けて、身体の中から重い物が外側へと出て行く感じがした。

 代わりに、外側から身体の中に何かがなだれ込んでくるのを感じる。

 

 それが何なのかは分からなかったが、俺はそのまま深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 ……ああ。

 

 まただ。

 また、あの夢だ。

 

 やめてくれ。

 せっかく、今日はニーナとの楽しい思い出のまま終わるはずだったのに。

 

 また、俺は魔法学院に立っていた。

 

「……あれ、ここは講堂か?」

 

 いつもなら、学院長の部屋だ。

 だが、今日は違う。

 あの才能の判定を行なった、だだっ広い講堂の壇上に俺は立っていた。

 

 周囲を見渡すが、ずらりと並んだ木製の椅子には誰も座っていない。

 しんと静まり返る講堂には、俺一人だけだ。

 

 だが、不意に背後から気配がした。

 コツコツ、という微かな足音が聞こえる。

 

 すぐに振り返ると、そこには一人の老人が静かに立っていた。

 

「……あなたは?」

 

 俺は警戒しながらも、老人に問いかけた。

 白いヒゲをたくわえ、古びたローブを羽織っている。

 どこかで見た事がある顔だが、学院の教師ではないはずだ。

 

「グレイよ」

 

 老人は、低く落ち着いた声で俺の名前を呼んだ。

 そして、真っ直ぐに俺の目を見て口を開く。

 

「ついに……成したようだな」

 

 老人の口角がわずかに上がり、微笑んだ。

 

 その厳格そうでありながらも、温かみのある深い瞳を見て、俺はハッと思い出した。

 図書室で(ほこり)を被っていた、あの肖像画。

 

 この老人は……初代学院長であり、唯一の『賢者』だ。

 

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