魔法学院を落第した俺、『遊び人』を経て『賢者』へと至る 作:匿名
窓から差し込む朝の光が眩しい。
目を覚ますと、部屋の中はすでに明るくなっていた。
夢に出てきた初代学長——『賢者』は一体なんだったんだ?
初代学長は俺に向かって『成した』と言っていたけど……
その言葉の意味が分からず、ベッドに寝転がったまま首を傾げていた。
少し考えてみたが、どうせ夢なんだし意味なんて考えても仕方がないだろう。
朝だから起きねばと、すっくと上半身を起こした。
するとコンコンとノックの音が鳴り、ニーナが部屋に入ってくる。
「グレイ、おはよう! 今日は森へ狩りに行くんでしょ?」
「おはよう、ニーナ。うん、今日はエルデと二人でね」
「その前にさ、今日は久しぶりに行商人が来るらしいから、お昼になったら一緒に見に行かない?」
行商人が来るという事に、俺は少しだけ驚いた。
あの時、俺に魔法を教えてくれた護衛の魔法使いのおじさんとは、あれから一度も会っていない。
魔法使いのおじさんに推薦状を書いてもらわなければ、俺は魔法学院で勉強するという機会すらなかった。
あのおじさんは元気にしているだろうか。
そうして、昼頃に俺はニーナと一緒に広場へと向かった。
やがて、大きな荷馬車が広場にやってきた。
ゴトゴトと車輪が土を擦る音が響く。荷馬車が止まると馬がいななきを上げた。
あの魔法使いのおじさんが、俺の姿を見つけると馬車から慌てて降りて駆け寄ってくる。
「坊主……すまないことをした。まさか魔法学院があんな事をするとは思わなかったんだ。推薦した俺の責任だ」
魔法使いのおじさんは、苦しそうな表情で深く頭を下げた。
どうやら、俺が学院を追放された事情をすでに知っているらしい。
大人が本気で謝っている姿を見て、俺は慌てて首を横に振った。
「いえ、いいんです。おじさんのおかげで、俺は魔法を使えるようになりましたから。本当に感謝しています」
「そうか……本当にすまなかった」
おじさんは少しだけ安堵し、もう一度頭を下げて仕事に戻っていく。
それからニーナと一緒に珍しい商品を眺め、俺は弓矢を背負って約束の場所へと向かった。
狩りに一緒に行くエルデは、俺たちの村一番の狩り名人であり、戦士でもある。
身体が大きく、今年で三十歳になる頼れる大人だ。
「おう! グレイ、弓矢は持ったか?」
「うん、ほらこれ。ちゃんと手入れはしているよ」
「よし! じゃあ、森へ入るぞ。いつも通り、俺の後ろに続いてくれ」
エルデは使い込まれた剣を腰に下げ、手には大きな弓矢を持っている。
過去に狩りの途中で何度か魔獣に出くわしたことがあった。
その時もエルデが剣を抜き、難なく魔獣を倒してくれたのだ。
森の中は薄暗く、湿った土と青臭い草の匂いが漂っている。
足元の枯れ枝を踏んで音を出さないように気をつけながら、俺はエルデの大きな背中を追って慎重に歩を進めた。
しばらく進むと、茂みの奥でガサリという音。
エルデが片手を上げて合図を送り、俺は息を潜める。
見ると、遠くに小さな角を持つ動物の姿が見えた。
エルデが素早く弓を構え、矢を放つ。
ヒュッという風切り音が鳴り、見事に獲物を仕留めた。
そのようにして、俺たちは順調に狩りを進めていた。
だが……状況は突然変わる。
草をかき分ける大きな音が響き、いきなり大型の魔獣が茂みから飛び出してきたのだ。
狼のような鋭い牙を剥き出しにし、唸り声を上げてとびかかって来る。
エルデが咄嗟に剣を抜いて防いだが、魔獣の体躯が大きすぎる。
魔獣の勢いにエルデが倒れて、魔獣がそのままエルデの上に重くのしかかった。
「ぐっ!? くそっ……逃げろ! グレイ!」
エルデが必死に叫ぶ。
ここで俺が逃げたら、エルデが魔獣に殺されてしまうのは分かりきっていた。
エルデを置いていくなんて、絶対にできない。
俺は弓矢を構えたが、魔獣は激しく暴れている。
もしも下敷きになっているエルデに当たれば致命傷だ。
他に俺が出来ることは——魔法だ。
だが、俺の攻撃系の魔法なんて微々たるもの。
火の魔法を使ったところで、薪に火をつけるのがやっとの威力しかない。
それでも、今はやるしかない……!
俺がやるとしたら、火炎魔法に全ての魔力を振り絞り、手の平を直接魔獣にあてて放出することだ。
そうすれば絶対に外すこともないし、威力の減衰も極力減らせるはずだ。
すぐに策は決まり、構えていた弓矢を放って俺は魔獣に向かって駆け出した。
身体中の魔力を、限界まで右手に集める。
「ぐあ、手が熱い!?」
思わず声が漏れた。
手の平が焼け焦げるように熱い。今までこんな感覚になったことはなかったのに。
「グルアアァァ!!」
「ぐうッ!」
エルデの苦しげな声が聞こえる。
魔獣の爪がエルデの肩に食い込み、牙を剣で抑えているがジリジリとエルデが押されている。
もう時間がない。俺は魔獣の硬い毛皮に右手の平を押し当てた。
「炎よ! 顕現しろ!」
溜め込んだ魔力を、一気に全力で放出した。
——ズドオオオオォォォォォンッ!!
とてつもない爆発音が森を揺らした。
目の前が眩しい光に包まれる。
俺は衝撃で後方へと吹き飛んで地面に転がってしまった。
何が起きたのか、自分でも分からない。
辺りの土煙が晴れると、そこには信じられない光景が広がっているのが見えた。
俺の目の前には、直線状に黒く焼け焦げた森の跡。
ずっと遠くの山肌に火炎魔法が衝突し、まだモクモクと黒い煙を上げているところだった。
「なっ……なんだこれは……?」
エルデが地面に倒れ込んだまま、目を丸くして驚いている。
俺は呆然としながらも、倒れているエルデの手を引いて起こした。
「おいグレイ、今のはなんだ?! あれって魔法だよな?!」
「……た、たぶん」
果たして魔法という威力なのだろうか?
これはもしや魔力の暴走などによる事故、または魔獣が魔力で爆発したのだろうか。
自分の手を見つめるが、火傷一つ負っていない。
ただ、エルデが魔獣の爪で怪我をしていたので、今は思案するをやめ俺たちは狩りを切り上げてすぐに村へと戻った。
「エルデたちが帰ってきたぞ!」
村の人たちが俺たちを見るなり声を上げた。
「エルデが怪我をしているんだ! 治療を頼む!」
俺が村の人にそう伝えると肩を貸していたエルデが、大人たちに連れられて治療へ向かう。
村の広場に着くと、大騒ぎになっていた。
「グレイ! 大丈夫だったの!?」
ニーナが涙目で駆け寄ってきた。
俺の無事を確認して、ホッと胸をなでおろしている。
「大きめの魔獣が襲ってきてね。俺は大丈夫だけど、エルデが怪我をしたんだ」
「すごい大きな音がしたけど、あれはなに?」
「ああ、それなんだけどね……」
俺が説明するまでもなく、村ではすでに森の方向から響いた轟音が話題になっていた。
俺とエルデが、大型の魔獣に襲われた事を大人たちに説明した。
そして、その時に俺が使った魔法が、あの轟音の原因だということも正直に話した。
魔法の轟音の事もあったが、村は大型の魔獣を心配する声が多い。
その日の内に村の男たちが集まり、森の周辺に他の大型魔獣がいないか山狩りを行なう事になった。
もしあんな魔獣が群れで大勢いたら、村が壊滅する大変な事態になるからだ。
山狩りを行なったが、魔獣の群れは確認できなかったので、ひとまず安堵する村の人たち。
その代わり、俺の放った魔法が残した破壊の跡を、山狩りに行った皆が確認して帰ってきた。
すでに夜になっており、村の広場に皆が集まっていた。
松明の火がパチパチと音を立てて燃え、周囲を明るく照らしている。
その中で、俺は村人たちに囲まれていた。
「グレイ、あの魔法の跡はなんなんだ? お前、あんなすごい事ができたのか?」
「いや、あんなのを出したのは初めてだよ。エルデを助けるので、とにかく精一杯で……」
村のみんなも、あまりの威力に混乱している様子だった。
森を焼き、山の一部を吹き飛ばしていたのだ。俺だっていまだに混乱している。
すると、包帯を巻いたエルデが皆の前に進み出た。
「まあ、そうグレイを問い詰めるな。グレイだって混乱しているようだし。それに俺はグレイに命を助けられたんだ。うちの村で、あんな強力な魔法を使えるなんて凄く頼もしい事じゃないか?」
「たしかに……そうだな!」
「ああ! もし魔獣が村を襲ってきても、グレイがいれば安心だな!」
エルデの言葉に、皆が次々と笑顔で頷き始めた。
すると、行商人の護衛の魔法使いのおじさんが、人混みをかき分けてずいと前に出てくる。
「なあ、お前さん。この判定の水晶をつかってみてくれないか?」
おじさんの手には、いつか学院で見たものと同じ、透明な水晶が握られていた。
「え? 俺は『遊び人』だけど……」
「分かってる。だけど俺の勘が騒ぐんだ。あの威力の魔法は、はっきり言って異常だ。どうか一度だけ試して貰えないか?」
真剣な表情のおじさんに押され、俺は水晶に手をかざすことになった。
俺の後ろには、
静まり返る広場で、俺は両手を水晶にあてた。
ひんやりとした感触に、あの日の嫌な思い出が蘇る。
ゆっくりと、水晶の中に文字が浮かび上がる。
『賢者』
そこには、はっきりとそう記されていた。
「け、賢者だとッ!?」
魔法使いのおじさんが、裏返った大きな声を上げた。
その手がブルブルと震えている。
「なんだ、『遊び人』じゃ無いじゃないか」
「賢者ってなんだ?」
村の人々は意味がわからず、不思議そうに首を傾げている。
だが、魔法使いのおじさんは興奮した様子で俺の肩をガシッと強くつかんだ。
「これは……これは本当にすごいぞ! お前さんは数百年に一度の逸材じゃないか!」
興奮している魔法使いのおじさん。
それを見て、何やら凄い事が起きているのかもと見守る村の皆。
俺はというと、驚き過ぎてポカンと口を開いたままだった。
「……俺が『賢者』ですか? 『遊び人』の俺が?」
「才能というのはな、何かしらの要因で変わる事があるんだ! だから今、お前さんは正真正銘の『賢者』なんだよ! 水晶は嘘がつけないし、間違う事もないからな!」
ポカンとした俺を置いたまま、興奮した魔法使いのおじさんが更にひときわ大きい声で叫んだ。
「あっ! しまった! この水晶の判定結果は王都に共有されるんだった!」
「へっ? 共有ということは、俺に『賢者』の判定が出たことが知れ渡ってしまうんでしょうか?」
「ああ、といっても魔法学院や王族、貴族などの一部だがな。こりゃ、王都から使者がすっとんでこの村に来るだろうなぁ……」
王都から使者が来る、という話しを聞いて嫌な予感が広がる。
あの学院長や、同級生だった貴族の生徒の顔が浮かんだのだ。王都には悪い思い出しかないから、使者といえど出来れば顔さえ見たくない。
しかし四日後、俺の思いなど関係なく王都からの使者が村へと到着したのだった。