久々のヒロイン!()
――――そのお客が、初めて来た時のことを。
よく覚えている。
店主『浅井たいら』の計らいで、パティスリーで働き始めて間もない頃。
たまたまやって来たらしい彼は、こちらを見るなり酷く驚いた顔をした。
「あのっ・・・・!」
・・・・名前以外の、何の記憶もなく。
製菓と接客の感覚を、なんとか思い出しかけていた当時の自分にとって。
まさしく溺れているところに差し出された、一本の藁だった。
「私のことを、知っているんですか・・・・?」
・・・・我ながら。
あんまりな質問だったと思う。
「・・・・すみません」
案の定、彼はもう一度驚いた顔をすると。
その次の瞬間には、どこか寂しそうな、ほっとしたような顔をして。
「昔亡くなった知り合いに似てて、びっくりしたんです」
「そんな・・・・こちらこそごめんなさい・・・・なんて無神経なことを・・・・!」
『ごめんなさい』と、頭を下げる彼に。
こちらもまた、とんでもないことを聞き出してしまったと頭を深く下げる。
「いえ、いいんです・・・・懐かしくて、嬉しい気持ちになりましたから」
そう、寛大な言葉をくれた彼は。
どこか、くすぐったそうにはにかんで。
「――――ッ」
――――その、表情に。
何とも言えない電流が流れたのを。
今でもありありと思い出せる。
(まあ、恋かどうかと言われると微妙なんだけど)
そうやって、くれあは一人で苦笑いを零した。
どうして、大也との初対面を思い出したのかと言うと。
休みである今日、本人を見かけたからだった。
(・・・・何してるんだろう?)
進行方向の少し先。
道路の向こうを、落ち着かない様子で伺っている。
視線の先を追ってみると、とても賑わっている様子のカフェ。
店名を見て、くれあも聞いた事があるのを思い出す。
確か『パンケーキがおいしい』と、カップルのお客が話していたのを覚えていた。
「ああ、なるほど」
つい、口に出してしまいながら、納得する。
パンケーキが気になるが、店に入りにくいのだ。
件のカフェのお客は、カップルや女性がほとんど。
男性一人が突撃していくには、いささかハードルが高いだろう。
「・・・・ふふっ」
普段から、チュチュでケーキを味わっていることから。
甘いものが大好きなのは明確。
どちらかと言えば物静かな彼の、思いがけず見かけたかわいらしい一面に。
こらえきれず笑みを零したくれあは、大也へ歩み寄った。
「こんにちは、中村さん」
「うぉっ!?アッ、帆羽さん!?」
「はい」
よっぽどカフェを気にしていたらしい。
お手本の様に肩を跳ね上げた彼は、背後にきゅうりを置かれた猫の様に振り向く。
「こ、こんにちは・・・・すみません、周りが見えていなかったもので・・・・」
「ふふっ、すっごく夢中で見てましたもんね」
「そこまでバレてましたか・・・・」
平謝りする彼に、道向こうのカフェを指し示してみせれば。
今度こそ恥ずかしそうにうなじを掻く。
「・・・・ねえ、中村さん」
そんな微笑ましい様子に、くれあは『きらめき』のままに提案する。
「よかったら、一緒に行きませんか?」
「・・・・ええっ?」
思っても見なかったのだろう。
「それに」
またびっくりする大也へ、一歩近づいて。
「この前、慌ててお帰りになった時に頂いた分がありますから」
「・・・・え、は!?いや、そんなつもりで追いてったんじゃ・・・・!」
押し付けられた『諭吉さん』のことを引き合いに出すと、更にわたわた慌てだす彼。
もちろん、『そんなつもり』じゃないのは百も承知だ。
「そちらに『そんなつもり』がなくても、こちらにはあるんです」
・・・・それでも。
やっぱり放っておくなんてことは出来なくて。
「・・・・」
「それに、チュチュでパンケーキを出そうかって、店長さんと話している所だったんです。だから・・・・」
『ね?』と、覗き込む様に顔を伺えば。
なおも唸った大也は、やがて観念したらしく。
「・・・・お願いします」
絞り出すような声に、思わずガッツポーズを決めたくれあだった。
「ふおお・・・・!」
「わぁ、おいしそう!」
そんなこんなで入店したカフェ。
無事に注文したパンケーキを前に、二人は目を輝かせていた。
研究も兼ねてやってきたくれあだったが、期待以上のものが出てきて。
年相応の反応をしてしまう。
それは、対面にいる大也も同じで。
「んっん・・・・いただきましょうか」
「はい!」
何ともかわいらしい一面に癒されながら、両手を合わせて食べ始める。
くれあはいちご、大也はブルーベリーに。
生クリームがデコレーションされた、シンプルな見た目だったが。
だからこそ、パンケーキの生地の素朴さと、フルーツとクリームのハーモニーが引き立っている。
(小麦粉は、多分うちと同じ・・・・この香りはバニラオイル・・・・いえ、エッセンスの方かしら・・・・ベーキングパウダーとの配合も気になる・・・・!)
パティシエとしての興味が勝り、真剣に分析するくれあ。
そのまま咀嚼し続けていたが、一人ではないことを思い出す。
含んでいた一口分を呑み込みながら顔を上げる。
「ん・・・・ん・・・・」
向かい側の大也もまた、幸せそうにもぐもぐと食べていた。
チュチュで過ごしている時か、それ以上のマイナスイオン的な何かがあふれ出している。
(・・・・かわいい)
嫉妬よりも先に、その感想が出て来た。
仕事柄、誰かがおいしそうに食べていると嬉しくなる。
「中村さん、中村さん」
・・・・ふと。
胸がきらめいた。
「んぐ・・・・はい?」
「そっちのを一口もらってもいいですか?こっちのもあげるので」
提案した途端、大也の目が輝いた。
パティスリーでもよく見かける、子どもの笑顔と。
全く同じリアクションだ。
「・・・・いいんですか?」
「っ・・・・ええ、そっちの味も気になって・・・・ダメですか?」
「いえ、そんな」
一人悶絶しかけたくれあが、なんとか持ち直して前を見ると。
我に返ったらしい大也が、パンケーキを一口分切り分けてくれているところだった。
慌ててくれあも同じ分を切り分け、交換する。
口に入れれば、やはり期待を裏切らないおいしさが広がった。
「~~~ッ、うまい・・・・!」
「本当に!」
同じタイミングで『おいしい』が口に出て、笑い合う。
今食べているいちごのパンケーキもおいしかったが、大也の頼んだブルーベリーも最高だった。
(チュチュで出すとしたら、どうしようかな)
そんなことを考えながら、再び自分のパンケーキを味わい始めたくれあ。
向いの大也もまた、相変わらず幸せそうに頬張っている。
(どちらにしても、中村さんならおいしそうに食べてくれそう)
笑みを零しながらアイデアを練っていた、くれあの脳裏。
――――おいしいね!■■ちゃん!
――――ん!
――――何かが、過ぎった様な気がした。
最後の一口までしっかりじっくり味わった二人は。
大満足で店を出たのだった。
「――――帆羽さん、改めてありがとうございます」
「そんな、こちらこそありがとうございます」
佇まいを正し、頭を下げて来る大也に。
同じく頭を下げ返すくれあ。
「前から気になっていたので、いい機会でした」
「はは、お互いwin-winだったということですね」
「そうですねぇ」
おいしいパンケーキを食べた直後だったからだろう。
ほこほこ、のほほんとした会話が交わされる。
と、なにかの着信音だ。
「ん・・・・ちょっと失礼」
目の前の大也が、袖の下から取り出したそれに。
くれあは見覚えがあった。
確か、この頃お店に来てくれるようになった、『名探偵』の二人の通信機だったはず。
「ああ、もしもし?
『ひ、大也さん!実は――――!』
「うん、うん・・・・分かった、俺も行くけん」
『いつの間に仲間になったのか』と思う一方で、又聞きを気にして距離をとったくれあ。
お陰で会話内容はよく聞こえなかったが、どうやら誰かが迷子になったらしい。
「・・・・いつの間に、探偵事務所のお仲間に?」
「え?ああ・・・・その、用心棒の様な役割を引き受けることになりまして」
「わあ!なんだかすごそう!」
「いやいや、見た目だけですよ」
どこか照れくさそうにうなじをかきながら、通信機を手に入れた経緯を話してくれた。
『用心棒』という言葉に、なんだかロマンを感じて。
くれあは思わず歓声を上げると、大也は再び照れくさそうに笑った。
「って、だったらいつまでも足止めするわけには行きませんね」
「ええ、すみませんがそろそろ・・・・」
何度もぺこぺこ頭を下げながら、去っていく彼を。
くれあは変わらずニコニコ笑いながら、手を振って見送った。
――――またね!
――――また。
何かが過ぎった気がして。
「――――ッ」
くれあは小さく息を呑んだ。