妖精犯科帳   作:数多 命

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くれあさんとの絡み回です。
久々のヒロイン!()


拾弐

――――そのお客が、初めて来た時のことを。

よく覚えている。

店主『浅井たいら』の計らいで、パティスリーで働き始めて間もない頃。

たまたまやって来たらしい彼は、こちらを見るなり酷く驚いた顔をした。

 

「あのっ・・・・!」

 

・・・・名前以外の、何の記憶もなく。

製菓と接客の感覚を、なんとか思い出しかけていた当時の自分にとって。

まさしく溺れているところに差し出された、一本の藁だった。

 

「私のことを、知っているんですか・・・・?」

 

・・・・我ながら。

あんまりな質問だったと思う。

 

「・・・・すみません」

 

案の定、彼はもう一度驚いた顔をすると。

その次の瞬間には、どこか寂しそうな、ほっとしたような顔をして。

 

「昔亡くなった知り合いに似てて、びっくりしたんです」

「そんな・・・・こちらこそごめんなさい・・・・なんて無神経なことを・・・・!」

 

『ごめんなさい』と、頭を下げる彼に。

こちらもまた、とんでもないことを聞き出してしまったと頭を深く下げる。

 

「いえ、いいんです・・・・懐かしくて、嬉しい気持ちになりましたから」

 

そう、寛大な言葉をくれた彼は。

どこか、くすぐったそうにはにかんで。

 

「――――ッ」

 

――――その、表情に。

何とも言えない電流が流れたのを。

今でもありありと思い出せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まあ、恋かどうかと言われると微妙なんだけど)

 

そうやって、くれあは一人で苦笑いを零した。

どうして、大也との初対面を思い出したのかと言うと。

休みである今日、本人を見かけたからだった。

 

(・・・・何してるんだろう?)

 

進行方向の少し先。

道路の向こうを、落ち着かない様子で伺っている。

視線の先を追ってみると、とても賑わっている様子のカフェ。

店名を見て、くれあも聞いた事があるのを思い出す。

確か『パンケーキがおいしい』と、カップルのお客が話していたのを覚えていた。

 

「ああ、なるほど」

 

つい、口に出してしまいながら、納得する。

パンケーキが気になるが、店に入りにくいのだ。

件のカフェのお客は、カップルや女性がほとんど。

男性一人が突撃していくには、いささかハードルが高いだろう。

 

「・・・・ふふっ」

 

普段から、チュチュでケーキを味わっていることから。

甘いものが大好きなのは明確。

どちらかと言えば物静かな彼の、思いがけず見かけたかわいらしい一面に。

こらえきれず笑みを零したくれあは、大也へ歩み寄った。

 

「こんにちは、中村さん」

「うぉっ!?アッ、帆羽さん!?」

「はい」

 

よっぽどカフェを気にしていたらしい。

お手本の様に肩を跳ね上げた彼は、背後にきゅうりを置かれた猫の様に振り向く。

 

「こ、こんにちは・・・・すみません、周りが見えていなかったもので・・・・」

「ふふっ、すっごく夢中で見てましたもんね」

「そこまでバレてましたか・・・・」

 

平謝りする彼に、道向こうのカフェを指し示してみせれば。

今度こそ恥ずかしそうにうなじを掻く。

 

「・・・・ねえ、中村さん」

 

そんな微笑ましい様子に、くれあは『きらめき』のままに提案する。

 

「よかったら、一緒に行きませんか?」

「・・・・ええっ?」

 

思っても見なかったのだろう。

 

「それに」

 

またびっくりする大也へ、一歩近づいて。

 

「この前、慌ててお帰りになった時に頂いた分がありますから」

「・・・・え、は!?いや、そんなつもりで追いてったんじゃ・・・・!」

 

押し付けられた『諭吉さん』のことを引き合いに出すと、更にわたわた慌てだす彼。

もちろん、『そんなつもり』じゃないのは百も承知だ。

 

「そちらに『そんなつもり』がなくても、こちらにはあるんです」

 

・・・・それでも。

やっぱり放っておくなんてことは出来なくて。

 

「・・・・」

「それに、チュチュでパンケーキを出そうかって、店長さんと話している所だったんです。だから・・・・」

 

『ね?』と、覗き込む様に顔を伺えば。

なおも唸った大也は、やがて観念したらしく。

 

「・・・・お願いします」

 

絞り出すような声に、思わずガッツポーズを決めたくれあだった。

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題(いらっしゃいませ~!)

 

 

 

 

 

 

「ふおお・・・・!」

「わぁ、おいしそう!」

 

そんなこんなで入店したカフェ。

無事に注文したパンケーキを前に、二人は目を輝かせていた。

研究も兼ねてやってきたくれあだったが、期待以上のものが出てきて。

年相応の反応をしてしまう。

それは、対面にいる大也も同じで。

 

「んっん・・・・いただきましょうか」

「はい!」

 

何ともかわいらしい一面に癒されながら、両手を合わせて食べ始める。

くれあはいちご、大也はブルーベリーに。

生クリームがデコレーションされた、シンプルな見た目だったが。

だからこそ、パンケーキの生地の素朴さと、フルーツとクリームのハーモニーが引き立っている。

 

(小麦粉は、多分うちと同じ・・・・この香りはバニラオイル・・・・いえ、エッセンスの方かしら・・・・ベーキングパウダーとの配合も気になる・・・・!)

 

パティシエとしての興味が勝り、真剣に分析するくれあ。

そのまま咀嚼し続けていたが、一人ではないことを思い出す。

含んでいた一口分を呑み込みながら顔を上げる。

 

「ん・・・・ん・・・・」

 

向かい側の大也もまた、幸せそうにもぐもぐと食べていた。

チュチュで過ごしている時か、それ以上のマイナスイオン的な何かがあふれ出している。

 

(・・・・かわいい)

 

嫉妬よりも先に、その感想が出て来た。

仕事柄、誰かがおいしそうに食べていると嬉しくなる。

 

「中村さん、中村さん」

 

・・・・ふと。

胸がきらめいた。

 

「んぐ・・・・はい?」

「そっちのを一口もらってもいいですか?こっちのもあげるので」

 

提案した途端、大也の目が輝いた。

パティスリーでもよく見かける、子どもの笑顔と。

全く同じリアクションだ。

 

「・・・・いいんですか?」

「っ・・・・ええ、そっちの味も気になって・・・・ダメですか?」

「いえ、そんな」

 

一人悶絶しかけたくれあが、なんとか持ち直して前を見ると。

我に返ったらしい大也が、パンケーキを一口分切り分けてくれているところだった。

慌ててくれあも同じ分を切り分け、交換する。

口に入れれば、やはり期待を裏切らないおいしさが広がった。

 

「~~~ッ、うまい・・・・!」

「本当に!」

 

同じタイミングで『おいしい』が口に出て、笑い合う。

今食べているいちごのパンケーキもおいしかったが、大也の頼んだブルーベリーも最高だった。

 

(チュチュで出すとしたら、どうしようかな)

 

そんなことを考えながら、再び自分のパンケーキを味わい始めたくれあ。

向いの大也もまた、相変わらず幸せそうに頬張っている。

 

(どちらにしても、中村さんならおいしそうに食べてくれそう)

 

笑みを零しながらアイデアを練っていた、くれあの脳裏。

 

 

――――おいしいね!■■ちゃん!

――――ん!

 

 

――――何かが、過ぎった様な気がした。

 

 

 

 

 

閑話休題(ありがとうございました~!)

 

 

 

 

 

最後の一口までしっかりじっくり味わった二人は。

大満足で店を出たのだった。

 

「――――帆羽さん、改めてありがとうございます」

「そんな、こちらこそありがとうございます」

 

佇まいを正し、頭を下げて来る大也に。

同じく頭を下げ返すくれあ。

 

「前から気になっていたので、いい機会でした」

「はは、お互いwin-winだったということですね」

「そうですねぇ」

 

おいしいパンケーキを食べた直後だったからだろう。

ほこほこ、のほほんとした会話が交わされる。

と、なにかの着信音だ。

 

「ん・・・・ちょっと失礼」

 

目の前の大也が、袖の下から取り出したそれに。

くれあは見覚えがあった。

確か、この頃お店に来てくれるようになった、『名探偵』の二人の通信機だったはず。

 

「ああ、もしもし?どげんした(どうした)?」

『ひ、大也さん!実は――――!』

「うん、うん・・・・分かった、俺も行くけん」

 

『いつの間に仲間になったのか』と思う一方で、又聞きを気にして距離をとったくれあ。

お陰で会話内容はよく聞こえなかったが、どうやら誰かが迷子になったらしい。

 

「・・・・いつの間に、探偵事務所のお仲間に?」

「え?ああ・・・・その、用心棒の様な役割を引き受けることになりまして」

「わあ!なんだかすごそう!」

「いやいや、見た目だけですよ」

 

どこか照れくさそうにうなじをかきながら、通信機を手に入れた経緯を話してくれた。

『用心棒』という言葉に、なんだかロマンを感じて。

くれあは思わず歓声を上げると、大也は再び照れくさそうに笑った。

 

「って、だったらいつまでも足止めするわけには行きませんね」

「ええ、すみませんがそろそろ・・・・」

 

何度もぺこぺこ頭を下げながら、去っていく彼を。

くれあは変わらずニコニコ笑いながら、手を振って見送った。

 

 

 

――――またね!

 

 

 

――――また。

何かが過ぎった気がして。

 

「――――ッ」

 

くれあは小さく息を呑んだ。

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