――――脱獄囚の名は、『ヘイヘイ』。
文明的なコミュニティから遠く離れた山奥で、狩人として生活していた妖精だ。
山に生まれ、山に生き、山に生かされてきた。
彼にとって、文字通り山が全てであった。
山の掟こそが、彼にとっての法律だったのだ。
そんな中、とある強盗グループが、よりにもよってヘイヘイの住む山に逃げ込んで来る。
逃げることに、何より生きることに必死だった強盗犯達は。
人の法のみならず、山の掟すらも破っていった。
見事、堪忍袋の緒と言う緒を引きちぎられたヘイヘイは。
彼らを動物と同じように追い立て、仕留めて行った。
そして、体はもちろんのこと、臓物に至るまでさらし者にしたのだ。
「やつの犯行と言える犯行は、その一件だけだったが・・・・あまりの残虐性と、かけ離れた倫理観故に、投獄されておったのだ」
「で、それが例の脱獄騒ぎで世に解き放たれたと・・・・迷惑なもんだ」
――――現場の山を伺える雑木林。
同心やプリキュアに変身を済ませた一行は、モンドの説明を真剣な面持ちで聞いていた。
安全を始めとした様々な理由で、妖精の姿でミスティックの肩に乗ったジェットのコメントに。
待機していた面々は、揃って頷いた。
「今回は、二手に分かれて行動するわよ」
「俺達がヘイヘイの相手をして」
「その間に、わたし達が健司さんを探して保護!」
「そういうこと」
作戦をおさらいして、気合を入れていると。
オミネが『特に!』とプリキュア達を指して。
「探偵のみんなは、自分の命を大事にすること!最悪、人質もアタシ達もほっぽって撤退することも視野にいれなさい」
「ええっ、でも・・・・」
「心配は嬉しいけど、退くのもまた勇気よ」
役目のある大也達だけではなく、人質までおいて逃げる様に言われて。
戸惑いを見せるアンサーとミスティックへ、オミネは茶目っ気たっぷりにウィンク。
「まあ、ここはお言葉に甘えよう」
「ジェット先輩」
「前にも言った通り、脱獄囚は揃いも揃って厄介な連中ばかりだ・・・・それは、この前のゾーゲインでよく分かっただろう」
「・・・・それは」
「確かに・・・・」
まだ気が引けている様子の彼女達に、ジェットがゾーゲインのことを踏まえて説得すると。
やっと呑み込んだ様だった。
「さて、流石に時間がもったいないわ・・・・行きましょう」
「
「オスッ!」
「「はいっ!!」」
オミネの音頭に、一同気合の入った返事をした。
「でも、警察からこそこそするのって、ドキドキする・・・・」
「分かる・・・・悪いことしてないのに、悪いことしてる気分になるよね・・・・」
「まあ、そこは割り切りましょ。お巡りも言ってたんでしょ?『専門家以外は入れない』って!」
「確かに!」
「わたし達専門家だ!」
「スゥーッ・・・・ハァーッ・・・・!」
――――深呼吸一つ。
山の空気をたっぷり取り込んで、見下ろす先。
蔓を編んで作られたロープに縛られた、たぬき。
「ごめんね・・・・ん"っ!!」
「ギュッ・・・・!」
覚悟を決めて、胸に小刀を突き立てれば。
生暖かい血が噴き出して、たぬきの体が痙攣する。
・・・・ここ数日。
何度やっても慣れない感覚。
だが、これはただの殺戮ではないとはっきり理解していたから。
なんとか作業を進める。
「――――出来た」
そうして、小刀をあてがい続ける事しばし。
無事に肉と内臓に解体できたたぬきが出来上がった。
「師匠!出来ました!」
達成感と充実感に喜びながら、健司が後ろを振り向けば。
「――――んむ、『半勃ち』くらいにはなったの!」
「へへ、師匠が教えてくれたお陰です!」
見守ってくれていた、イノシシ面の狩人は。
にかっと笑ってくれた。
――――あの夜出会った、この不思議な狩人『ヘイヘイ』。
始めこそ、明らかに人間離れした容姿や、粗暴な態度に慄いていたが。
「今日は、お前が捕ったたぬき鍋だ!」
「はい!」
自分を信じて、熱心に指導してくれたことや。
大自然に囲まれて生活を共にしていったことで。
健司はいつしか、彼を『師』と仰ぐようになっていた。
「「――――かんぱーい!!」」
拠点の洞窟に戻って、捌いたたぬきに野草とキノコ。
ヘイヘイがどこからか調達してきた、ごぼうやネギなどの香味野菜に、塩で味付けたシンプルな鍋を囲う。
ヘイヘイは山ブドウを醸した果実、対する健司は同じものを絞っただけのジュースだ。(※酒にチャレンジしてみた健司だが、一口で倒れてしまった)
「んぐっ、ぐっ、ぐっ・・・・ガハハハハ!勃起ィッ!」
豪快に飲み干し、豪快に笑いながら口癖を叫ぶヘイヘイ。
・・・・彼がちょくちょく口にする言葉、『勃起』。
あまり公共の場に相応しくない言葉だが、そこにはヘイヘイなりの美学が込められている。
『――――男には、時に奮い立たねばならぬときがあるッ!』
『例え見苦しくとも、後ろ指をさされようとも!雄々しく在らねばならぬのだ!』
『これを《勃起》と呼ばずして!なんとするッ!!』
・・・・毎日のように虐げられて。
自尊心と言う自尊心を踏み躙られ続けた少年にとって。
その言葉は、劇薬レベルで効いたのだ。
「はふっ・・・・」
鍋を頬張る健司。
始めは慣れなかった獣臭いこの味も、すっかり慣れて来た。
大自然に揉まれて、獣たちと命をやり取りして、命を頂いて。
自分が身を置いている世界が、如何に小さかったかを。
ほんの数日だけで、思い知らされていた。
(あの夜、師匠に出会えてよかった・・・・)
向いで同じく鍋をかき込むヘイヘイを見ながら、健司は再びたぬき肉と野草を一緒に食べたのだった。
「――――そういえば」
ふと、健司は思い出す。
「この頃、麓の方が騒がしいみたいですけど、何かあったんでしょうか?」
「ん?ああ・・・・」
口にした疑問に、酒を煽ったヘイヘイはさも煩わしそうに眉を潜めて。
「『ケーサツ』だのなんだのとかいう連中が、お前さんを連れ戻しに来とるようだ」
「ええっ?」
「まあ、全部追い払っとるんだがな!」
「ええ・・・・」
前者は驚愕に、後者はちょっと引いた顔でリアクション。
それから、警察が自分を探していることを少し考えて。
「・・・・今更、なんだよ」
――――一度、助けを求めた時。
『子供同時のもめごとだ』と、一蹴されたことを思い出して。
刺々しく吐き捨てるのと。
「――――ッ」
ヘイヘイが猟銃を引っ掴んだのは、同時だった。
「師匠?」
「黙れ」
低い声で一蹴され、口をつぐむ健司。
怯みかけたが、ヘイヘイの表情を見て違うとすぐに察する。
・・・・師の、この顔を見たことがある。
確か、その時は。
(・・・・熊?)
遅れて、健司も傍らの猟銃を手にした。
暗闇に銃口を向けて、睨む。
何が起こっているか分からないからこそ、いつでも動けるように神経を研ぎ澄ませる。
「――――ハ」
――――どれくらいそうしていたのか。
気が付けば、ヘイヘイが笑っていた。
「妖精と・・・・その縁者か」
「・・・・ぇ!?」
『妖精』。
ヘイヘイの種族だと聞いていたが、まさか彼以外にいるとは思わず。
健司は驚きの声を上げる。
「しかもこの気配・・・・同心だな・・・・」
教え子の反応を知ってか知らずか、ヘイヘイは舌なめずりして。
「勃起が止まらんのぅ・・・・!!」
獰猛に、破顔した。
「ふ、ふ、ふ・・・・!」
――――作戦は、至極単純なものだった。
大也とモンドが表立って進軍。
隠密行動が得意な、遊撃班のオミネと連携して。
ヘイヘイの目を向けさせる。
対してプリキュア達は慎重に行動。
モンドお得意の結界術で、音と気配を極力まで消して、健司を捜索。
見つけて保護次第、即撤退する手筈となっていた。
「気を抜くなよ、奴は山と言う山を知り尽くした狩人。今この時も狙いを定められていると心得よ」
「ああ・・・・!」
木々を揺らし、草むらをかき分け。
如何にも『撃ってください』とばかりに全力疾すること、しばし。
「――――ッ!?」
大也の耳が、何かを拾う。
危機感に従い、急停止して飛びのけば。
立っていた場所が爆ぜた。
続けて、二発、三発と発砲音が轟き。
なんとか木立に身を潜める。
「ヘイヘイか?」
「間違いない、奴だ!」
暗闇で、相手の姿は見えない。
が、いる。
この銃弾が飛んでくる先。
確定的に、いる・・・・!
刹那。
夜空が白く瞬いたと思ったら、ビシャーン!と空気が裂ける音。
オミネが牽制の雷撃を放ったらしい。
銃声が一旦止んでから、再び響き始めた。
どうやらターゲットがオミネに移ったようだ。
「・・・・動くなら、今か?」
「好機ではあるが、気を抜くなよ。罠ということもある」
モンドの言葉も踏まえ、思案、束の間。
「・・・・行く」
「気を付けろ」
限界まで姿勢を低くして、隠れていた木立から飛び出す。
「――――ッ!」
音を立てぬよう細心の注意を払って、二回以上はジグザグになるように走り。
時折拾い上げた枝や石を投げてフェイントをかけながら、次の木立へ。
雷鳴も銃声も聞こえない。
だが、敵意と殺意は依然として首根っこを炙っていた。
(ヘイヘイはどこにいる?明智達は無事か?オミネさんは?)
目まぐるしく思考を巡らせながら、銃撃のあった方向を頼りに暗闇へ進撃する。
焦りは禁物。
前へ前へと出そうになる体をなんとか制しながら、ヘイヘイを探して駆け回った。
――――その時だ。
「――――きゃああああああああああああッ!!」
夜闇を、悲鳴が引き裂く。
「これは・・・・みくる殿!?」
「ッ行こう!!」
撃たれるのも構わずに、木々や茂みを派手に音立てながら。
夜闇を突き進んだ。
時を、少し遡る。
「大也さん達、大丈夫かな・・・・?」
「心配なのは分かるけど、だからこそ目の前のことに集中するように」
「う、うん・・・・!」
「ポチ・・・・!」
銃声と雷鳴が響く中。
それぞれの肩に張られた、結界術の札で隠されたお陰で。
あまり気を張らずに移動出来ている名探偵達は。
夜の山中を、足元や枝葉に注意しながら、やはり慎重に進んでいた。
「お前達、見てみろ」
「見てって・・・・」
「・・・・普通の地面だよ?」
と、ミスティックの肩から、ジェットが地面を指さす。
一見何もない様に見えたが・・・・。
「暗いから分かりづらいだろうけど・・・・ここだけ、土の色味が周囲と違う」
「そうなの?」
「そーポチ?」
「こんな時は・・・・オープン!プリキットミラールーペ!」
一緒に首を傾げるアンサーやポチタンとは対照的に、冷静にミラールーぺを起動させたミスティック。
一緒になってレンズを覗き込んでみれば、確かに痕跡がある反応。
「本当だ!」
「足跡・・・・すごい、巧妙に隠されてるわね」
「ああ、更に言うとこれはダミーだな」
「「ダミー!?っむぐ!」」
防音の結界があるとはいえ、大声を出してしまい。
お互いにお互いの口を塞ぐアンサーとミスティック。
見破ったジェットも、『ミラールーペが無いと分からなかった』と補足して続ける。
「動物もよく使う手だ。こうやって自分の行き先を誤魔化して、上手く逃げるんだよ」
「ふえぇ、すごい・・・・!」
「って、感心してる場合じゃない!」
アンサーが解説に慄くのもつかの間、ミスティックは頭を振って気を取り直す。
「速く健司さんを見つけ出さないと!」
「そうだった・・・・!」
『忘れるとこだった、ありがとう!』と、礼を述べたアンサーが。
自らもミラールーペを起動させて、周囲を探る。
すると、
「――――はなまる発見!これじゃない!?」
ダミーに比べて大分うっすらとしていたが、確かに足跡だ。
注意深く観察すれば、続いているのも見つける。
「これを追っていったら・・・・」
「健司さんの手掛かりが見つかるかも!」
ヘイヘイに鉢合わせるリスクもあったが、人の命がかかっているのだ。
足踏みし過ぎるのも良くない。
頷き合って、前に進む。
枝葉を避け、茂みをかき分け。
探索すること、しばし。
「――――これは」
やがて、開けた場所に出た。
二人の目の前には洞窟。
生活の跡がある。
「アンサー」
「ミスティック」
コンビを組んで、もう数か月。
名前を呼ぶだけで、意志疎通は出来た。
「――――すみません!」
「どなたかいらっしゃいませんか!?」
防音が効いたままでは、こちらの声は届かない。
意を決して、結界の札を外して。
声をかける。
「・・・・誰だ!?」
洞窟の傍ら、木の上から。
声が降って来た。
「健司さん!?」
「近橋健司さんですか!?」
「なんで名前・・・・」
「わたし達、キュアット探偵事務所の探偵で・・・・!」
「ゆみに依頼されたんです!」
「・・・・ゆみが?」
畳みかける様にゆみの名前を出すと、明らかな反応が返ってくる。
「一緒に帰ろう!健司さん!」
「ゆみが心配してるよ!」
ダメ押しだ!と、二人はそろって捲し立てた。
樹上で猟銃を構えた健司は、言葉が響いたのか。
一瞬怯んだ様子を見せたが。
『解決か』と、顔を明るくしたアンサー達へ。
再び険しくした顔で、銃口を向け直して。
「・・・・帰らない!」
力強く、宣言する。
「ええっ!?」
「依頼で来たあんたらには悪いけど、僕は僕の意志でここにいる!だから帰らない!」
思っても見なかった健司の反応に、困惑のまま互いを見合うプリキュア。
「――――間違いないんだな」
そんな彼女達を見かねて、ジェットが助け舟を出した。
「それがお前の意志で、間違いないんだな?」
「・・・・ああ!間違いない!」
大人に騙されたわけじゃないのか、流されたわけじゃないのか。
ジェットの念押しに悪意が感じられなかったからこそ、健司は正直に頷いた。
「戻ったところで、あいつらが反省の一つもしてるはずがない!『お前のせいだ』って逆ギレして、また元通りになるに決まっている!」
チリ、とかすかな音。
指が引き金にかかった。
「人を見下してばかりで、努力の一つもしない『短小』共のところに!ノコノコ戻るメリットなんて、欠片もないんだよ!!」
「そんな・・・・」
実質的な救助拒否。
アンサーもミスティックも動揺する。
「・・・・ッ」
特にキュアアンサーは・・・・明智あんなは。
この1999年に比べていじめ被害への理解が深くなった、2027年からやってきている。
故に、健司の言い分にも一理あると、怯んでしまうが。
「――――それじゃあッ!」
対して、珍しく声を荒げたのはミスティックだ。
「ゆみはどうなるの!?」
たった今、ゆみの想いが踏みにじられたことに、肩を震わせた彼女は。
一歩踏み出し、毅然とした態度で健司を見上げる。
「依頼に来た時・・・・ゆみ、泣いてた!あなたが怪我をしてるんじゃないかって、酷い目に遭ってるんじゃないかって、心配してた!!」
転校して間もないあんなですら、大切な友達だと胸を張って言えるのだ。
付き合いの長いみくるの胸中は、押して図るべし。
「名探偵は諦めないッ!首根っこ引っ張ってでも連れて帰るわよ!」
「・・・・やってみろッ!!」
言うが早いか、銃声が轟いた。
当然の様に飛びのいて回避したアンサーとミスティックは、健司を確保するべく前へ。
対する健司も、捕まるわけには行かないと背を向ける。
「落ち着けよ、ミスティック。向こうには凶暴な狩人がいるんだぞ」
「ジェット先輩の言うとおりだよ!それに、わたしだって気持ちは同じなんだから!」
「二人とも・・・・ええ、ありがとう」
一度激昂してしまったミスティックだったが、ジェットとアンサーのお陰で平常心を取り戻していた。
「とにかく追いましょう!」
「うん!」
「ポチ!」
夜闇と草木にに紛れようとする健司を見失う前に、駆けだそうとして。
「――――ッ!?」
銃声が、轟く。
同時に、ミスティックが大きく前転した。
「ッ?・・・・ッ!?」
何が起こった、どうして今ひっくり返った。
混乱する頭で、なんとか足元を見ると。
「――――ッ」
――――右のふくらはぎ。
出血で真っ赤に染まっていて。
「――――きゃああああああああああああッ!!」
やっと自覚した痛みに。
悲鳴を上げた。
おまけ
ヘイヘイ
イノシシの姿をした、狩人の妖精。
一般的な倫理感ではなく、山のルールの法を絶対視し過ぎるところを危険視され。
逮捕・投獄されていた。
口癖は『勃起』。
モデルは『シモ・ヘイヘ』と『二瓶鉄造(ゴールデンカムイ)』。
近橋健司
あんな達のクラスメイト、依田ゆみの幼馴染。
静かで大人しい性格だったのが災いし、いじめのターゲットにされてしまっていた。
ひょんなことからヘイヘイに出会い、大自然と生きる彼の生き方に憧れる。
モチーフは『チカパシ(ゴールデンカムイ)』と『谷垣源次郎(ゴールデンカムイ)』。