ヒロインなのに本筋に絡まなさすぎるのはどういうこった!?オォン!?()
――――あれから数日。
健司はプリキュアや妖精のことを固く口止めをされた後、無事家族の下に帰ることが出来た。
警察には、もう居もしない『立てこもり犯』を追いかけさせてしまうことになるが・・・・。
何はともあれ、これで湖の周辺を調査出来るようになるだろう。
前述の通り、もう少し警察が捜査することと。
足を撃たれたみくるや、モンドとの無理な
大也達同心一派と、キュアット探偵事務所の面々は。
しばしの休息を取ることになった。
(久しぶりだな・・・・)
そんなこんなで、大也は久しぶりにパティスリー・チュチュへの道を歩いていた。
いつも肩に乗っているモンドも、今回はオミネと一緒に事後処理に回っているため。
一人で行くという意味でも久しぶりだ。
(・・・・くれあは、元気にしてるやろうか)
キュアアルカナ・シャドウ改め、るるかのこともあって。
くれあの安否を気にする一方で。
久しぶりのチュチュに、少しばかり心を躍らせていると。
「――――さっきの子、大丈夫かな」
「だいぶ具合悪そうにしてたよなぁ・・・・」
すれ違った、大学生らしき男性二人組。
しきりに背後を気にしているのが気になって、大也は思わず聞き耳を立てる。
「病院なり、連れてったがよかったかな」
「でも、あんまり構うと痴漢になりそう・・・・」
「分かるけど・・・・ううーん、後ろ髪を引かれるとはこのことか・・・・」
・・・・何となく、胸騒ぎがして。
彼らが気にしていた方向に、足を進めた。
いつもより注意深く周囲を見渡しながら歩き回っていると、
「・・・・ッ」
いた。
建物の陰に、隠れるようにして蹲っている。
「大丈夫ですか!?」
「――――ッ!?」
飛び掛かる様に駆け寄って、気が付いた。
「帆羽さん!?」
「ぁ、かむ・・・・っひゅ・・・・!」
件の体調不良者が、今まさに考えていたくれあだったことに一度。
その必死に抑えた口元から、びょうびょうとふいごの様な呼吸が漏れていたことに、二度仰天しながら。
大也は彼女の背中をさする。
「ご、ぉ・・・・め・・・・」
「無理に
迷惑をかけていると思っているのか。
謝罪を絞り出そうとするくれあの口を、大也は着物の袖で塞いだ。
過剰過ぎる呼吸をなんとか制しようと試みたからだ。
「ゆっくり、ゆっくりでよか・・・・無理すんな」
「ぜ、は・・・・ぜ、は・・・・!」
それを知ってか知らずか、くれあもまた縋る様に袖を口元に押さえつける。
「は・・・・は・・・・は・・・・」
果たして、大也の選択の効果はあったらしい。
やがて、呼吸が落ち着いてきたくれあは。
呆然としている様にも、安堵している様にも見える顔になると。
「――――」
「あ、ちょ・・・・!?」
まるで、電源を落とされた機械の様に。
意識を失ったのだった。
「はい、もしもし」
「・・・・ああ、中村君!どうしたの?」
「――――ええっ!?帆羽さんが!?」
「――――何かあったみたいね」
「・・・・うん」
「――――ぅ」
意識が浮上した時。
『ああ、またか』と、くれあは息を吐いた。
――――記憶を失って以来。
時折あるのだ。
記憶が、思い出がないことに。
言いようのない、底なしの不安を感じて。
足元のおぼつかない恐怖に、呼吸がままならなくなってしまうことが。
これまで自宅でしか起こらなかったのだが、まさか道端で倒れてしまうとは・・・・。
「・・・・ここは?」
自分の体調管理の至らなさに、頭を抱えたくれあは。
次に、見慣れぬ天井に気が付いた。
周囲を見渡すと、やはり知らない家具に、知らない内装。
ぱっと見たところ、アパートの一室の様だった。
畳の香ばしくも爽やかな匂いに交じって、誰かが動いている音も聞こえる。
(誰かの家なのかしら・・・・?)
やや警戒しながら、寝かされていた布団から出ようとした。
まさにそのタイミングで、寝室の襖が開いて。
「帆羽さん!起きたんですね」
「中村さん・・・・?」
お茶を持ってきたらしい大也が、目に見えてほっとした顔をしていた。
「ここは俺の自宅です、帆羽さんが倒れているのを見つけたものですから、やむを得ず・・・・すみません」
「そんな、こちらこそお手間を取らせてしまって・・・・!」
知らぬ仲ではないとはいえ、家族でもない男の家に連れ込んだことを謝る大也に対し。
くれあは、『店のお客様』の手を煩わせてしまったことを謝る。
「ひとまず、チュチュには連絡してて、店長さんも今日は休んでていいと言ってました・・・・俺も、同じ意見です」
「・・・・そう、ですか」
さらに、職場にまで迷惑をかけていたと知って、くれあはとうとう項垂れてしまった。
「・・・・お茶、飲みます?」
「・・・・いただきます」
ひとまず、大也が出してくれた緑茶を口にするくれあ。
日本茶ならではの、苦みの中にあるほのかな甘みが。
気持ちを落ち着かせてくれた。
「おいしい・・・・」
「ええ、ばあちゃん仕込みです」
「ふふっ・・・・」
ほ、と息を吐いたくれあは、大也の言葉に笑みを零す。
悪かった顔色も、少しだけ血色を取り戻していた。
「・・・・どうして、倒れることになったか。心当りはありますか?」
ひとしきり笑い合って、黙してお茶を味わって。
沈黙が、少し辛くなってきた頃。
大也が口火を切った。
「・・・・ッ」
最もな問いかけ、しかし踏み込んで来る問いかけ。
「ぁ、あの・・・・言いたくないのなら、別に・・・・」
「――――いいえ」
数瞬、緊張に強張ったくれあを気遣い、問いを撤回しようとする大也だったが。
他でもない彼女が、首を横に振った。
「――――聞いてくれますか?」
「・・・・俺で、よければ」
浮かんだ笑みと、湯呑を握った手が震えているのを目の当たりにして。
大也は、こっくり頷いた。
「・・・・ありがとう」
手にした湯呑に、目を落としたくれあは。
とつとつ、話し始める。
「・・・・私の記憶がないのは、ご存じですよね」
「ええ」
――――記憶喪失のことは。
初めてパティスリーを訪れた時のやり取りで、大也も把握していた。
・・・・そのことに安堵してしまったから、店に通い続けているのだ。
「その所為だと思うんですけど・・・・たまに、怖くなるんです」
「・・・・怖くなる?」
「はい」
オウム返しを肯定して、くれあは続ける。
「店長は、学生の頃に見た、芸術品の様なケーキに憧れて・・・・自分もそんなケーキを作りたいって、今チュチュで頑張っています」
「常連のエリザさんは、自分の作品でたくさんの人を笑顔にしたいって言ってました・・・・少し前には賞も取って、もっと頑張ってます」
「この頃来てくれるようになった、あんなちゃんとみくるちゃんは、困っている人を助けたいって、力になりたいって・・・・一生懸命で・・・・」
一つ、一つ。
丁寧に上げられていく、身近な人物。
大也は黙って、耳を傾ける。
「・・・・私には、ないんです」
ぎゅ、と、湯呑を握った手元が鳴る。
白魚の様な指先が、さらに白くなる。
「名前以外の、何もない私には・・・・なんにも、無いんです・・・・本当に・・・・何も・・・・」
俯いているため、表情はうかがえない。
ただ、聞える声は。
笑っている様にも、泣いている様にも聞こえた。
「体は覚えています・・・・お菓子の作り方も、接客の仕方も・・・・だけど・・・・そのきっかけはなんだったのか・・・・一番最初に抱いたはずの『きらめき』が、まるごとないんです」
湯呑を置いて、自らの手のひらを見るくれあ。
大也の目には、何の変哲もない少女の手に見えたが。
「――――怖くなるの」
彼女には、別のものが見えていたらしく。
「どうしてパティスリーで働こうと思ったのか・・・・そもそも、どうしてパティシエだったのか・・・・今でこそ、お客さんの笑顔を見て、やっててよかったって思うことはあるの」
『だけど』、と。
敬語が外れてしまっていることに、くれあは気付かない。
「やっぱり、自分に何も無いって・・・・空っぽだなって、思い知らされることが、たくさんあって・・・・」
何かが、落ちた。
雫、否、涙。
「それだけじゃないの」
こぼれるそれらを抑えるべく、顔を覆ったくれあ。
しかし、口は止められないようで。
言葉が途切れる様子は見えない。
「すごく、おかしな話だけど・・・・頭が、変だっていわれても・・・・しょうがないけど・・・・」
「・・・・
大也が、思わず背中をさする中。
手の温もりにほだされたくれあは、嗚咽を大きくして。
「――――思い出すのも、怖い」
指の間から。
涙と一緒に、零す。
「今ここで、あなたと話している私は、偽物で・・・・この『私』は・・・・仮初の・・・・その場しのぎでしか、ないんじゃないかって・・・・」
抱え込んで来た、不安を。
「思い出したら、消えちゃうんじゃないかって・・・・!!」
呼吸を過剰にしてきた、要因を。
「――――怖い」
はらはらと、涙を流すその顔は。
まさしく、帰る場所を見失った迷子のそれ。
「怖いよ・・・・!」
そのまま、崩れる様に顔を覆って。
くれあは泣き出してしまった。
しばらく、押し殺すような泣き声が響く。
――――『自分』という存在そのものを疑わねばならない、恐怖と孤独。
それに一人で耐え続けることしか許されない彼女の、すっかり弱り切った姿。
「――――ッ」
それらを目の当たりにしてしまった大也に、『何もしない』など出来るはずもなく。
気付けば、くれあの頭を抱え込む様にして、抱きしめていた。
「な、かむら、さ・・・・」
「――――寝ろ」
涙があふれ続ける両目を、まるく見開いた彼女の頭を。
まるで、幼子をあやす様にとんとんと叩き始める。
「
「で、も・・・・」
「
この期に及んで、まだ迷惑はかけられないと思っているのだろう。
離れようとする彼女を捕らえるべく、大也は肩にかけられた手を払いのけた。
「ねん、ねん、ころりよ・・・・」
なおも身じろぐくれあの頭を軽く叩きながら、ダメ押しとばかりに子守唄を歌い出した。
完全に幼子の様にあやされている状況に、くれあは未だ困惑しっぱなしだったが。
「・・・・・す・・・・す・・・・」
一度過呼吸で弱っていたこともあるのだろう。
段々と身じろぎが小さくなっていくと、やがて、静かな寝息を立て始めた。
「・・・・何度もあったのか」
完全に寝入ったくれあを寝かし直し、毛布を掛けてやりながら。
背後でしゅんとしているシュシュタンに話しかける。
「・・・・こんなにひどいのは、今回が初めてでシュ」
「・・・・そうか」
隈の残る目元に、爪が当たるか当たらないかの距離で触れながら。
寝息を立てるくれあを、しばし見つめた大也は。
おもむろに、音を殺しながら立ち上がる。
「どこか行くでシュ?」
「ああ・・・・一時間ばかり、散歩でもしてくる・・・・少し、寝かせてやろう」
「シュ・・・・」
立ち去る前に、もう一度くれあを見つめてから。
今度こそ、その場を跡にした。
「――――まだか」
アパートを出てすぐ。
大也は湧きあがった気配へ、低く話しかける。
鋭くもあり、重くもある。
声に込められた感情は、怒りだ。
「あいつは、まだ
目を吊り上げ、剣呑に見上げた先には。
街路樹に腰掛けたるるかが。
何を考えているか分からない顔で、見下ろしてきていた。
「嗚呼、決めた・・・・決めたぞ」
「・・・・何を?」
――――大人たちの怒号、追悼のモノクロ、むせ返る線香。
見られなかった顔。
それらを思い出しながら、大也は射殺さんばかりにるるかと向き合って。
「――――俺は、くれあの記憶を取り戻す」
静かに、はっきり。
宣言してやる。
「俺がどうなろうと、もう知っちゃこっちゃ無か・・・・」
明らかに顔色を変えたるるかへ。
「これ以上、あいつから
畳みかける様に、断言すると。
束の間、耳鳴りが聞こえる様な重圧が、辺りを支配して。
「――――そう」
敵意を滾らせたるるかが、街路樹から飛び降りた。
「だったら、私も加減しないわ」
「・・・・ッ」
同じく闘志を滾らせて身構える大也だったが。
すぐに背を向けられたことで、拍子抜けする。
「――――精々足掻くことね」
最も。
首だけ振り向いた目の鋭利さに、十手を抜きかけてしまったが。
とはいえ、ここで事を構えるつもりはないらしい。
大也をしばし睨みつけた彼女は、今度こそ踵を返して立ち去っていく。
対する大也もまた、るるかが完全に見えなくなるまでその背中を睨み続けていた。
「まったく、随分大口叩いちゃって・・・・るるか、気にしちゃダメよ!」
「・・・・うん、ありがとう」
「・・・・でも、不思議ね」
「・・・・どうしたの?」
「私・・・・確かに腹立たしく思っている」
「でも、同じくらいに」
「――――安心もしてるの」
おまけ
くれあ「すみません・・・・ご飯までごちそうになっちゃって・・・・おうどんおいしい・・・・」
大也「良いんですよ。倒れちゃったんですから、これくらいは甘えて下さい」
くれあ「・・・・ありがとうございます」