妖精犯科帳   作:数多 命

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犯科帳3

「――――ああ、もうこんな時間」

 

その夜。

無事に帰宅していたくれあは、勉強ノートから時計を見上げた。

 

「さすがに寝ないと・・・・」

 

ノートを閉じて、いそいそと寝支度を始める。

――――名前以外の、何もかもを忘れて。

このマンションで目覚めたのが、数か月前のこと。

足元がおぼつかないまま、果てしない濃霧に放り出された様な不安の中。

パティスリー・チュチュの店長に受け入れてもらえたのは、不幸中の幸いだっただろう。

 

(恩を返すためにも、たくさん頑張らないと・・・・!)

 

改めて気合を入れなおしながら、まずは明日の為にしっかり休むことにして。

静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――彼には、使命がある。

美しいものを、美しいままに保つ責務がある。

理解を求めるつもりはない、共感を求めるつもりはない。

元より、凡夫がこの崇高な理念を呑み込むことなど。

始めから期待などしていかなった。

一度は力及ばず断たれてしまったが・・・・。

 

「――――素晴らしい」

「君の手は、何人もの乙女達を救ってきたんだね」

 

やはり、天は己を見捨てはしなかった。

 

「まだまだ、この世の儚き者達を救う気があるのなら・・・・私と、来るかい?」

 

断わる理由など、始めから存在しない。

枷から解き放たれてすぐに、行動を開始した。

もう、何人も救ってきた。

――――そもそも。

乙女と言うものは実に儚い。

16という早いうちに盛りを迎え、それ以降はただただ老いていくだけの悲しい存在だ。

『それもまた良し』とする思想があるのも理解はするが、己は我慢がならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今日もまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごぼり、ごぼり。

『影』から伺う。

静かに寝息を立てている、今日の救済対象を。

間違いがあってはならない。

今年16になることは、きちんとリサーチ済みだ。

 

(大丈夫、大丈夫)

 

ごぼごぼ、ごぼごぼ。

『影』を広げていく。

ナマズの様な生き物を、食べたことで手に入れた『力』を。

存分に発揮していく。

 

「――――今、救ってあげるからね」

 

――――口を、塞ぐように。

くれあを、『影』の中へ引きずり込んだ。

 

「――――ッ!?」

 

寝入り始めたところに、呼吸もままならない場所に引き込まれたものだから。

くれあの眠気が、弾くように吹き飛ばされた。

何が起こっているのか、分からないまま。

とにかくなんとか浮上しようとするも。

 

「――――大丈夫だよ」

「ッ・・・・!」

 

怖気の奔る手つきで、体を撫でられて。

動きを阻害された。

・・・・誰か、いる。

自分を、ここに引き込んだ何者かが。

耳元に、生臭い息を吹き付けている・・・・!

 

(いやだ・・・・はなして・・・・!)

「ああ、ほら・・・・暴れない、暴れない」

 

藻掻けば藻掻く程、抗えば抗う程。

拘束は強固になっていく。

 

(だれか・・・・だれか・・・・!)

「ごぼッ・・・・!」

 

とうとう、大きく息を吐き出してしまったくれあ。

一気に意識が遠のき、視界が暗く閉ざされていく。

 

(たす・・・・け・・・・)

 

――――完全に。

ブラックアウトする直前。

誰かの顔が、見えた気がした。

 

(――――だれ?)

 

幻だと分からないまま、手を伸ばしたのを最後に。

蒼い光の中で、意識を手放す。

 

「――――ガアアアアアアアアアアッ!!!??」

 

――――彼が。

リサキジャが。

『影』から吹き飛ばされた。

 

「な、何故だ・・・・!?」

 

自分のテリトリーである『影』から、追い出された衝撃。

使命を邪魔された苛立ち。

何より、

 

「何故、妖精がここにいいいぃぃぃぃ!!!??」

 

アスファルトに投げ出された。

くれあの傍ら。

蒼く、ちいさな妖精が。

その体をめいいっぱい広げて、彼女を守らんと立っていた。

あの閃光が精いっぱいで、それ以上の戦う力など持たないのだろう。

震える足に、涙を溜めた瞳。

怖くて仕方ないのが、手に取る様に分かる。

 

「・・・・あっちいけでシュ」

 

それでも、そいつは逃げることなく。

 

「くれあには、手出しさせないでシュ・・・・!」

 

震える声で、くれあを必死に庇っていた。

 

「こ、この・・・・屑畜生めがアアァッ!!」

 

――――『崇高な使命』を。

こんなちっぽけな存在に邪魔されたのが。

よほど頭に来たのだろう。

先ほどまでの、比較的丁寧だった態度はどこへやら。

リサキジャは獣の様な咆哮を上げながら、妖精に飛び掛かって。

 

「――――させんッ!!」

 

――――くれあ達を囲む様に、突き刺さった。

無数の羽根に、たたらを踏まされる。

 

「オンキリキリッ!!」

「なぁっ!?ぐああああッ!!」

 

勢いを殺せないまま、展開された結界に頭から突っ込んでしまう。

 

「ああっ・・・・ぐうぅ・・・・!」

 

眼前に星を散らしながら、ふらつくリサキジャは。

懐に飛び込んで来たそいつに気付いてはいたが。

結局、防御も回避も取れないまま。

 

「――――ッ!!」

「ガッハァッ!?」

 

大也の回し蹴りを、もろにくらってしまった。

 

「モンド!」

「息はある、無事じゃ!」

「頼んだ!!」

 

言葉少なに、くれあの安否を確認した大也は。

 

「――――殺してやる」

 

怒りのままに、刀に手をかけて。

 

「ヒロヤ!待てッ!」

「ッ何や!?」

 

モンドの制止する声に、荒々しく返してしまう。

 

「そやつは人間だ!十手の方で相手しろ!!」

「ッソが!!」

「・・・・ハ、ハハッ!同心様は、随分とお優しいことだ!罪人を斬るなと仰せか!」

 

盛大に舌打ちしながらも、十手を抜き放つ大也。

それを見たリサキジャは、思いっきり嘲笑する。

 

「そんな体たらくだから、集団脱獄な、ボォッ!?」

 

言葉が、文字通り踏みつぶされた。

入念に鼻血ごと踏みにじられた後、再度蹴りを叩き込まれた。

吹っ飛ぶ前に頭を引っ掴み、腹に膝を突き刺す。

 

「――――十手なら、勝つっ(勝てる)とでも?」

「あ・・・・がッ・・・・!」

 

追い打ちとばかりに、横っ面を十手で殴り飛ばしてやると。

骨が砕ける感覚がした。

 

「あああああ・・・・!」

「・・・・痛かか?」

 

痛みにもんどりうつリサキジャへ。

一歩、一歩。

踏みしめるように。

大也はゆったりと迫る。

 

「痛かよな?あぁっ?」

「ひ・・・・ひっ・・・・!」

 

陣笠の下から、鋭く睨まれて。

リサキジャは情けなく尻を引きずって後退した。

 

「――――ぶちくらす(ぶちのめす)

 

足を踏み鳴らし、とうとう目の前にやってきた大也を。

震えながら見上げて。

 

「――――馬鹿がッ」

「・・・・ッ!?」

 

獰猛な笑みを浮かべて、能力を発動させる。

抵抗する間もなく、ドボン、と『影』に呑み込まれる大也。

 

「この影の中は水と同じ抵抗だ!!その十手で、俺に打撃を与えられるかな!?」

 

相手の言葉を受け、試しに動いてみると。

確かに、水の中と同じような感覚だ。

打撃の威力は、望み薄だろう。

 

「ハハハッ!お返しだ!!」

「ぐ・・・・!」

 

対する相手は、自在に動けるらしい。

まるで空を飛ぶように動いて接近したリサキジャは。

大也の懐へ急接近して、右ストレート。

怯んだところへ掴みかかって、首を締め上げる。

 

「さっきはよくもやってくれたなぁ・・・・!」

「・・・・っ」

 

ただでさえままならない呼吸が、さらに遮られて。

流石に苦悶の表情になる大也だったが。

しかし、おもむろに十手を手放すと同時に、刀に手をかけて。

リサキジャの手首を、深く斬りつけた。

 

「なぁっ・・・・!?」

 

まさか、反撃の余力があるとは思わなかったのだろう。

流れ出る血を見て、驚愕の表情を浮かべるリサキジャを嘲笑いながら。

隙を突いて、今度は首を斬りつけてやる。

 

「が、ぁ・・・・!?」

 

重ねた反撃に動揺するリサキジャ。

狼狽えている間にも、血はだくだく流れ出ている。

・・・・このままでは。

大也が窒息する前に、リサキジャが死ぬ。

『影』の中にいようと、いるまいと、だ。

 

「う、ぐ・・・・!」

 

どれほど『崇高な理念』を持とうが、死の恐怖に耐えられるかと言えば。

答えは、否だ。

さしもの連続殺人鬼であっても、それほどの精神性は持ち合わせていなかった。

 

「く、クソッ!!」

 

助かる方法は、一つだけ。

大也の持つ、同心妖精の十手の力で。

監獄に送還されることだけ。

 

「・・・・ッ」

 

何もかもを見越してのことだろう。

目の前の大也は、獰猛に笑っている。

 

「ぐ、ぐ・・・・ぎぎぎ・・・・!!」

 

多量の出血、遠のく意識、迫り来る死。

立て続けにやってきた危機を前に、追い詰められたリサキジャは。

最終的に、能力を解除した。

 

「――――っは!!」

 

解放された大也は、思い切り息を吸い込んですぐに。

転がっていた十手を拾い上げる。

そして、リサキジャに飛び掛かって。

 

「オラァッ!!」

「ギッ・・・・!」

 

柄で、脳天をかち割ると同時に。

『送還』と書かれた刻印が刻まれた。

 

「が・・・・ぐおお・・・・!」

 

送還の光の中、文字通り頭を抱えてもんどり打つリサキジャに。

ふと、黙って歩み寄った大也。

見せつけるように、片足を振り上げると。

 

「――――ふんっ!!」

 

躊躇なく。

股間を踏みつけた。

 

「――――ヒロヤ」

「モンド」

 

悲鳴を上げることなく、監獄に送還されたリサキジャを見送っている大也に。

渋い顔をしたモンドが歩み寄る。

 

「ようやったが・・・・やりすぎじゃ」

「・・・・」

 

小言を言われた大也は、バツの悪そうに目を逸らすのみ。

反省はしているようだが、納得のいっていない彼の態度に。

モンドがため息を禁じ得なかった。

 

「――――あの」

「おお、お主」

 

そこへ、もう一人。

いや、一匹歩み寄ってくる。

くれあを庇っていた妖精だ。

 

「ありがとうございまシュ・・・・お陰で、くれあは無事でシュ」

「良い良い、人を防人(さきも)ることこそ、我らの本懐・・・・何より、くれあ殿には常日頃から世話になっておる故のう」

「いつも美味そうに食ってるもんな、チュチュのケーキ」

「お主もな」

 

すっかり胃袋を掴まれている野郎二人を見て、妖精は微笑まし気にくすくす笑う。

 

「迷惑ついでで、申し訳ないでシュが・・・・くれあをお部屋に戻したいでシュ」

「おお、そうじゃな、このまま寝かしとくわけにもいくまい」

 

それから、気を取り直してくれあを部屋に運び込むことになった。

妖精の案内で、鍵を開けてもらったベランダから室内へ。

依然、気を失ったままのくれあをベッドに寝かせる。

 

「・・・・す・・・・っ」

 

つい先ほどまで襲われていたことなど、忘れてしまった様に。

静かに寝息を立てるくれあ。

 

「お主、名は?何故くれあ殿と共に?」

「シュシュタンは、シュシュタンでシュ。知識の妖精でシュ・・・・どうして、くれあといるかは・・・・」

 

その寝顔をしばし見下ろして、大也が安堵している後ろで、モンドが最もな質問を妖精に投げかけると。

対する妖精、『シュシュタン』は。

名乗りこそしてくれたものの。

それっきり、口をつぐんでしまった。

 

「ああ、言えぬならそれでも良い・・・・事情は、それぞれじゃ」

「・・・・ありがとうでシュ、あんまり言えなくて・・・・助けてもらったのに、ごめんなさいでシュ」

 

事情があると察したモンドの言葉に、シュシュタンは深々と頭を下げる。

 

「・・・・こちらも、礼を言わんばならん」

「シュ?」

 

会話が一段落したところで。

大也もまた、口を開いた。

 

「お前が守ってくれたから、俺達が間に合った・・・・ありがとう」

「・・・・シュシュ~」

 

そうやって、頭を下げると。

シュシュタンは、照れくさそうに尻尾を揺らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あ、いらっしゃいませ!」

 

――――翌日。

パティスリー・チュチュ。

いつものように大也が店を訪れると、くれあがいつもと変わらぬ笑顔で出迎えてくれる。

営業スマイルであることを踏まえても、変わらぬ様子にほっとしながら。

今日はいつものチョコレートケーキを注文し、席に着く。

 

「中村さん、昨日はありがとうございました」

「ただ一緒に歩いただけですよ・・・・その後は?」

「ええ、特に何とも・・・・と、言いたいんですけど」

 

ケーキを持ってきてくれた彼女に、それとなく調子を伺ってみると。

くれあは、苦笑いを零す。

 

「昨日、誰かに引きずり込まれて、溺れかけちゃう夢を見ちゃって・・・・」

「・・・・それは、災難でしたね」

「はい、疲れてたのかも・・・・」

 

心当りしかない夢の内容に、大也が改めてリサキジャへ殺意を抱いていると。

『ああ、でも』と、くれあは明るい声を取り戻して。

 

「誰かが助けてくれたんですよ」

「・・・・ほう?」

「残念ながら、『青かった』ってことしか、覚えていないんですけど・・・・でも、何だか安心したんですよね」

 

・・・・そう言って。

守ってくれた誰かを想いながら。

くれあは、空になったお盆を抱きしめた。

 

「って、嫌だわ。お客様にこんなお話」

「いえいえ・・・・いつも美味しいケーキ、ありがとうございます」

「ふふっ、ごゆっくり」

 

一礼して、去っていく彼女の後ろ。

長い髪を、作業の邪魔にならないようまとめたシュシュが。

確かな意志を持って、ふわりと光を灯したのが見えて。

大也は一人、静かに微笑んだ。




おまけ

リサキジャ
『16歳の少女』に執着するシリアルキラー。
妖精を喰らうことで奪った、『影』を操る能力を持つ。
純潔を汚したうえで殺すという、尊厳を蹂躙する残虐な方法で。
何人もの犠牲者を出していた。
モチーフは『切り裂きジャック』と『沼鬼(鬼滅の刃)』


ナマズの姿をした妖精
影の中を自在に泳ぎ回る能力を持っていた、いたずら好きの妖精。
暗がりからにゅっと顔を出して、びっくりさせるのが大好きだった。
ある日脅かした人間が、キチガイだったばっかりに・・・・。
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