撮影スタジオは地獄の様相だった。
発生源が結界に閉じ込められているにもかかわらず、あちらこちらにハエとウジが蔓延り。
ところどころに元人間だった人形が転がっている。
「ひどい・・・・!」
「ビビってる場合じゃないぞ!!油断すりゃ同じ末路だ!!」
ジェットは恐怖に何度も足を止めようとするあんな達に激を飛ばし、とにかく走らせ続ける。
「っここに!」
そして、蟲達の姿が見えなくなったころ。
ちょうど限界を迎えていた二人を休ませるためにも、近くの部屋に逃げ込んだ。
「は、は、は、は・・・・!」
「はっ、はっ、はっ・・・・うう・・・・!」
落ち着いた事で、逃げる直前の光景がフラッシュバックしたのだろう。
あんなもみくるも、酷い顔色だ。
目の当たりにした後輩二人の様子に、ジェットは一度目を細めて心配すると。
手の中で保護していた、しるくを見下ろした。
「・・・・戻るんですよね?」
「戻る」
不安げなみくるの問いかけに、即答するジェット。
「けど、ここじゃ無理だ」
「じゃあ、なんとか脱出しないと!」
「あの蟲の群れを?どうやって?」
問いかけに、あんなの言葉が、ぐ、と詰まる。
しるくや、撮影スタッフ達。
何より、ここにいるキュアット探偵事務所の面々の命がかかっている。
失敗は出来ないし、何より身を案じてくれている。
それがよく分かっただけに、不用意に発言出来なくなってしまう。
「・・・・ロビンが持っていた札」
心が折れそうになっていた二人を引き止める様に、ジェットが再び口を開いた。
「同心の妖精が携帯しているそれだった」
「・・・・それって」
「ああ、近くに同心の妖精がいる可能性がある」
『同心の妖精』。
今回の脱獄囚の様な、凶悪な犯罪者に対応できる強力な存在。
それが近くにいると断言されて、一瞬虚を突かれたあんなとみくるの顔が。
みるみる明るくなっていくのが分かった。
「だが!可能性の話だ!どこにいるのかはまだ分からない!」
『油断は出来ない』と、改めて警告する一方で。
持ち直した彼女達に安堵も覚える。
「とにかく今は持ちこたえる!同心は絶対に来てくれるから・・・・!」
「うん!」
「守ろう!みんなを!」
気合を入れなおす彼女達に、ジェットもまた、出来る事がないかと思考を巡らせ始めた。
そのタイミングで、耳が音を拾う。
弾かれるように扉を見れば、鍵穴や隙間から噴出してくるウジ虫。
「ひっ・・・・!」
「っ奥へ!」
気を持ち直したとはいえ、ウジのビジュアルには怯まざるを得ないあんな達へ喝を入れ。
とにかく扉から距離を取らせる。
「みくる!」
「ええ、やるしかないわね・・・・!」
ジェットに激励を受けたばかりであることもあり、すぐに精悍な顔つきを取り戻したあんなとみくるは。
それぞれの首元から、同じアイテムを引き出す。
「「オープン!ジュエルキュアウォッチ!!」」
彼女達の声に応えて、アクセサリが懐中時計に変化。
「「プリキュア!ウェイクアップタイム!!」」
さらに唱えて、秘められた光を解放した。
「3!見つける!」
「6!向き合う!」
「9!奇跡の二人!」
髪が変わる、服が変わる。
「クルっと回して・・・・!」
「キュートに決めるよ!」
アクセサリを付け、踵を鳴らせば。
「どんな謎もはなまる解決!名探偵!キュアアンサー!」
「重ねた推理で笑顔にジャンプ!名探偵!キュアミスティック!」
妖精と共に並び、ウソを暴いて真実を守る。
『キュアット探偵事務所』の、特別な探偵。
「「名探偵プリキュア!」」
プリキュアが、降り立った。
「最悪オレを見捨てたっていい!!自分を守れ!!」
「うん!守るよ!」
「ジェット先輩も!みんなも!」
扉を吹き飛ばし、大蛇の様なウジが顔を出す。
あんなが変身した『キュアアンサー』と、みくるが変身した『キュアミスティック』は。
果敢に拳を構えて、前を見据える。
「――――アレェ?」
大蛇ウジの間から、『照間』に乗ったままのゾーゲインが現れる。
「君達、プリキュアだったのォ?もー!早く言ってよォ!」
視線でプリキュア達を舐めまわしたゾーゲインは、心底嬉しそうな笑みを浮かべると。
「――――絶対コレクションに加えるからッ!!」
両脇の大蛇ウジに、指さしで号令をかけ。
大量のハエを召喚した。
「――――プリキット・ライト!!」
もう怯みもしなくなったミスティックが取り出したのは。
光で書いたものを具現化するライト、『プリキット・ライト』だ。
「アンサーも手伝って!」
「うん!」
大群が迫る中、二人係で素早くライトを描いたのは。
「大きな、ザル?」
「蚊帳よ!即席だけどね!」
「かや・・・・テレビで見た!すごい!」
『蚊帳』。
古き良き時代の、蚊を始めとした虫対策グッズだ。
有名なアニメ映画で見たことを思い出し、アンサーは素直に賞賛を口にした。
「さらに、ッミスティックリフレクション!」
ミスティックはそこへダメ押しとばかりに、自らの防御技を大きく広げて展開。
これで蟲達は容易に入ってこれなくなった。
「おおー!どれだけ耐えられるかなー!?」
ゾーゲインは歓声を上げながら、向かわせる蟲の量を増加。
ぶちぶち、ぐちぐちと。
バリア一枚を隔てた先で、わっと群がったハエとウジが。
バリケードを蝕み始めた。
「ううう・・・・!」
「やっぱりきもちわるい・・・・!」
見た目が見た目なだけに、再三怯みそうになるプリキュアだったが。
「――――でも!」
「負けない!」
今は後ろに守る者がいる。
バリケードを抑える手と、踏ん張る足に力が籠り。
瞳に『炎』が灯る。
「あははっ!頑張れ頑張れ!」
そんな二人を嘲笑ったゾーゲインは、さらに大蛇ウジも動かして。
バリケードを直接攻撃し始めた。
「ああ・・・・!」
「きゃあっ!!」
力任せに、そして執拗に。
何度も何度も叩かれて、バリケードが悲鳴を上げ始めた。
「まずい・・・・お前達・・・・ッ!!」
後ろで攻防を見守っていたジェットは、一瞬『逃げろ』と口にしかけたが。
部屋を覆いつくさんばかりの蟲達を前に、あまりにも軽率な気がして。
言葉を呑み込んでしまう。
「ハハハハッ!ほらほら、シニアンに教わったんだろう!?なんとかして見せろよ!後輩!!」
その様が見えたらしいゾーゲインが、ジェットを存分に嘲笑った。
アンサーもミスティックも、悔しさに奥歯を噛む中。
とうとうバリケードにひびが入った。
――――刹那。
「――――
ドカン、と。
壁に大穴が開けられる。
誰かが、部屋に飛び込んで来る。
「――――インダラヤソワカッ!!」
続けて雷鳴が轟き、ハエもウジも一瞬で消し炭になった。
そうやってすっきりした部屋の中。
入って来た人物の姿が、やっと見えた。
「すっ・・・・」
『すごい』と声に出しかけた目の前。
バリケードが破れてしまい、あふれ出る様にして蟲が侵入してきてしまう。
どちらともなく、悲鳴を上げかけてしまうが。
「――――あらよっと!!」
次の瞬間には、そろって別の場所にいた。
「ギリギリだったな、嬢ちゃん方!」
「えっ」
「あっ!?」
何事かと混乱している頭上から声が降って来て、揃って見上げれば。
ネズミの様な顔をした男が、にまっと笑いかけてきていた。
誰だろうかと、一瞬困惑した面々だったが。
アンサーは、顔の痣に気が付いて。
「・・・・ロビン・ラットさん!?」
「おっ!正解!」
「ええーっ!?」
パンダ模様のモルモットのイメージが強かっただけに、急に人間の姿を目の当たりにして。
驚愕に声を上げる探偵事務所の面々。
「っていうか、ここ・・・・」
「廊下!?」
ここにきてやっと、自分達が部屋を出てすぐの廊下にいることに気が付く。
「いつの間に・・・・」
「へへへっ、盗むのは大得意なんでね!」
助け出されたことに驚きっぱなしのジェットの、呆然とした呟きに。
ロビンは得意げな笑みを浮かべて見せた。
「盗むってレベルじゃないぞ・・・・」
『大盗賊』だというのはよくよく知っていたし、理解していたつもりでいた。
しかし、たった今目の当たりにした、絶技とも言うべき盗みの技術の前では。
どんな言葉も、価値を失う。
「――――逃がすかァッ!!」
そうこうしている内に、ゾーゲインが壁をぶち破って来た。
廊下いっぱいにうごめく大蛇ウジが、飛び掛かろうとしてきたが。
「――――喝ぁつ!!!」
「――――雄ォッ!!!」
同じく飛び出して来た同心達が、気合の一声を放った途端。
炎と雷に容赦なく焼かれてしまう。
「任せた」
「押忍」
生き物が焼ける臭いが充満する中。
フクロウの様な姿をした女性に答えて、旅の侍の様な格好をした青年が飛び出す。
「このッ・・・・!」
ゾーゲインは新たな大蛇ウジを呼び出したが。
炎を纏わせた刀で、あっという間にぶつ切りにされてしまう。
追従してきたハエも熱気で焼け落ち、足止めにすらならない。
「ま、待っ・・・・!」
「待たん」
あまりにも容易く肉薄して来た同心に、手を向けるゾーゲインだったが。
もちろん、効果があるわけもなく。
「――――漁火斬りッ!!」
刀がギリギリ届かない位置で、思い切り振り降ろせば。
放たれた炎の斬撃が、『照間』ごとゾーゲインを叩き切ったのだった。
「す、ご・・・・!」
今しがたの攻防と、危機が去った安堵で。
アンサーとミスティックが、呆然と座り込んでいると。
「ぁ・・・・」
「・・・・雨?」
今の戦闘に反応したのだろう。
起動したスプリンクラーが、室内を一気に水浸しにしていく。
「・・・・あれ?」
しばし水を浴び続けていたミスティックは、ふと。
その色と匂いに違和感を覚えた。
あまり詳しくない彼女でも分かる。
何か、薬品が混ざっている・・・・?
「――――被害があまりにも大きかったからね」
そんな彼女の疑問に気付いたからか。
同心の片方である、フクロウの様な姿の女性が歩み寄って来た。
「スプリンクラーに、元に戻すための薬を仕込んでいたら。遅くなっちゃった」
『本当にごめんなさい』、と。
深々頭を下げられて、アンサーと一緒に慌てふためく。
「い、いや、そんな・・・・!」
「こちらこそ、来てくれて助かりました!」
揃って、頭を下げ返すと。
女性は、心の底から安堵した顔で。
静かに微笑んだのだった。
「――――お嬢さん、お嬢さん!」
「うぅん・・・・?」
体を揺らされて、しるくは目を覚ます。
ぼやけていた視界のピントが合ってくると。
「大丈夫ですかい?」
目の前、ネズミの様な顔をした男が。
心配そうにのぞき込んで来ていた。
「うわっ!?」
「ああ、すまねぇ!怪しい者じゃねぇんだ!ホントに通りがかりのもんで・・・・!」
思わずびっくりしたしるくと同じタイミングで、男も跳ね上がりながら距離を取る。
「お嬢さん、こんな道端で倒れて・・・・一体何があったんでぇ?」
「道端って・・・・」
両手をバタバタさせる男に言われて、ようやく周囲を見渡したしるくは。
自分が、撮影スタジオの裏通りにいることに気が付いた。
「私、いつの間に・・・・?」
・・・・直前の記憶が思い出せないことも有って、うすら寒いものを覚えるしるく。
「お嬢さん、具合が悪いんじゃないですかぃ?顔色が悪いですよ?」
「ぁ・・・・え、ええ・・・・大丈夫、です・・・・」
「・・・・すまねぇが、大丈夫にゃあ見えませんよ」
眩暈を覚えながらも、なんとか立ち上がろうとすると。
男にやんわり止められてしまう。
・・・・初対面のはずなのに、妙に安堵を覚える。
「・・・・ぁ」
何故だろうかと、困惑している時に。
男の顔の、パンダ模様にも見える痣に気が付いた。
「――――豆大福ちゃん?」
するり、と。
その名前が出て来る。
「や、やだ・・・・ごめんなさい・・・・なんでかしら」
即座に、何を言っているんだと口元を抑える。
初対面に向けて、ペットの名前で呼びかけるなんて。
知りもしない名前で呼ばれる相手にとっても、迷惑でしかなかろうに。
「――――ハハッ」
だと、言うのに。
男は、少年の様な顔で。
嬉しそうに笑い声を上げると。
「・・・・お元気で」
――――まるで。
父親が向けるような、温かい眼差しで。
別れを告げると共に、背を向ける。
「・・・・っあなたも!」
マネージャーが、駆け寄ってくれる中。
居ても立っても居られなくなったしるくが、その背中に呼びかけると。
男は背を向けたまま、ひらりと手を振ってくれたのだった。
おまけ
照間
実はしるくのストーカーはこいつだった。
部屋中に盗撮写真を貼ったり、彼女の名前を書いた婚姻届を額縁に飾ってニヤニヤしたりする程度だったが。
半月ほど前、ゾーゲインに鉢合わせたばっかりに・・・・。
死臭は誤魔化せなかった為、香水を強めに振りかけられていた。
前回みくるが嗅ぎ取った匂いはそれである。