異世界ライ   作:isizu8

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ゼロの使い魔篇スタート


ゼロの使い魔篇
万象の使い魔


 

トリステイン魔法学院の広場は、春の暖かな日差しと興奮に包まれていた。教室内で行われる退屈な講義とは違い、年に一度の「使い魔召喚の儀式」は生徒たちにとって己の魔法の才を示す最大の舞台である。広場の中央では、一人の桃色吐息の少女が爆煙のなかに立ち尽くしていた。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。あらゆる魔法を成功させられず、失敗の身代わりに爆発を起こすことから「ゼロのルイズ」と揶揄される少女だ。

 

「またやったわね、ゼロのルイズ」

「本当に見事な爆発だわ」

 

周囲の生徒たちから容赦のない嘲笑が浴びせられる。ルイズは悔しげに唇を噛み締め、爆煙が晴れた地面に倒れている奇妙な衣服を着た黒髪の少年を睨みつけていた。どうやらそれが彼女の召喚した使い魔であるようだった。その様子を、少し離れた位置から冷徹な、しかしどこか不愉快さを孕んだ瞳で見つめている美少女がいた。

 

ユーリア・シャルロット・ド・ラ・ボーム……。段の入った美しい金髪をハーフアップに結い上げ、襟足の髪だけをしなやかに肩口へと下ろした彼女は、学院内でも一目置かれる天才だった。火、水、風、土の四大元素すべてを操るスクウェア・メイジであり、その圧倒的な才能から「万象」の二つ名を与えられている。ルイズとは友人関係にあったが、ユーリアにはどうしても許せないことがあった。それは、周囲がルイズを「ゼロ」と呼ぶことだ。

 

ゼロ……その響きは、ユーリアの前世における忌まわしい記憶を呼び覚ます。神聖ブリタニア帝国の軍人「ユーリア・アインベルク」として生きていた頃、仮面を被り漆黒のマントに身を包んだその存在は、エリア11を混乱の極みに陥れた黒の騎士団の総帥。大切な祖国をそして多くの同胞を脅かしたテロリストの首魁と同じ名を、大切な友人の蔑称として聞かされるのは、彼女にとって耐え難い不快感だった。

 

 

「次はユーリア・ド・ラ・ボーム。前へ」

 

 

高名な教授であるコルベールの声に促され、ユーリアは静かに思考を切り替えた。凛とした足取りで広場の中央へと進み出る。彼女の美貌と「万象」の噂に、先ほどまでルイズを嘲笑っていた生徒たちも静まり返り、固唾をのんで見守った。

ユーリアは愛用の杖を構え、天を仰いだ。前世の記憶を持ったままこの世界に転生し、貴族として生まれ変わっても、彼女の胸の奥にある想いは一つだけだった。かつて、コーネリア親衛隊で出会い、撃墜の危機から自分を救ってくれた人。アッシュフォード家の養子となり、類稀なる手腕でナイトオブラウンズの第八席(ナイトオブエイト)にまで上り詰めた、我が上官。

 

 

(ライ様……)

 

 

記憶喪失でありながら、誰よりも優しく、誰よりも毅然としていた彼の背中を思い出す。ライがラウンズとなった際、真っ先にその親衛隊「グラウサム・ヴァルキリエ隊」の隊員および副官に志願したのは、忠誠心だけではなく、彼に抱いた密かな恋慕の情ゆえだった。この世界でどれほど強い魔法を得ようとも、あの人のいない世界はどこか虚しい。ユーリアは雑念を振り払い、呪文を紡いだ。

 

 

「我が呼び声に応えよ、宇宙の万物、四大の理……」

 

 

「万象」の魔力が杖の先から迸り、広場全体に柔らかな、しかし濃密な光の奔流が満ちていく。ルイズのような不格好な爆発ではない。完璧にコントロールされた魔法の光が地面に複雑な魔法陣を描き、まばゆい輝きとともに視界を白く染めた。

 

やがて光が収まり、周囲の生徒たちから感嘆の吐息が漏れる。魔法陣の中心には、一人の青年が片膝をついていた。仕立ての良い、しかしこの世界のどこの国のものでもない衣服。整った容姿に、どこか憂いを帯びた独特の雰囲気を纏っている。ユーリアはその姿を見た瞬間、息をすることさえ忘れた。

 

 

(嘘……でしょ……?)

 

 

見間違うはずがなかった。髪のひと房、体躯のバランス、そして醸し出される気配のすべてが、彼女が前世で心から慕い、尊敬し、そして恋い焦がれた「ライ・アッシュフォード」その人だった。なぜここにいるのか。これは幻覚なのか。頭のなかが激しい混乱に支配され、クールな彼女の表情がわずかに強張る。

前世のライは記憶喪失であり、過去の出自や何か秘密を抱えている様子はあったが、ユーリアはその詳細を何も知らない。ただ、目の前にいる存在の輪郭だけが、彼女の記憶と完全に一致していた。

 

召喚された青年は、ゆっくりと頭を上げた。衣服についた土を軽く払いながら、周囲の様子を観察するように見回す。そして、石造りの学院の建物や、杖を持ったマント姿の生徒たちに戸惑いの表情を浮かべた。青年の視線が、正面に立ち尽くす金髪の少女へと移る。

 

その瞬間、彼の藍色の瞳が驚きに大きく見開かれた。青年――ライは、自身が辿った歴史を鮮明に記憶していた。行政特区日本において、ユーフェミアにかけられた悲劇のギアスを、自分のギアスで上書きして未然に防いだこと。特区の成立を見届けた後、自身のギアスの暴走によってすべての過去を思い出し、周囲を巻き込まないためにCの世界の遺跡の奥で眠りについたこと。

 

目覚めれば見知らぬ異世界。しかし、その目の前に立っているのは、かつてコーネリアの親衛隊として戦いに身を投じていた頃、同じ部隊で背中を預け合った見知った少女の姿だった。ライはゆっくりと立ち上がり、信じられないものを見るように彼女を見つめながら、その口唇を開いた。

 

 

「……ユーリア? どうして、君がここにいるんだ?」

 

 

聞き慣れた、低く穏やかな声。その言葉を聞いた瞬間、ユーリアの胸のなかで確信が弾けた。彼には転生したという自覚はないのかもしれない。それでも、目の前にいる青年は、間違いなく自分が狂おしいほどに焦がれ続けた、ライ本人なのだと。

 

 

「ライ……様……」

 

 

教職員や生徒たちが注視するなか、ユーリアは震える声を辛うじて押し殺し、ただただ驚愕と、歓喜の混ざり合った感情で胸を詰まらせていた。

 

 

 

 

 

 

ユーリアの召喚した使い魔が、かつて心から慕った主であり恋焦がれた青年、ライであるという事実は、広場を埋め尽くす生徒たちのなかで彼女一人だけを激しい動揺の渦に叩き落としていた。

 

 

「ミス・ボーム? 早く契約の儀式を済ませてください。まだ儀式の途中ですよ」

 

 

コルベール教授の催促の声が、呆然と立ち尽くすユーリアの意識を現実へと引き戻す。使い魔の契約。それは、対象の唇に自らの唇を重ね、魔力を通わせることで主従の証を刻む儀式に他ならない。

 

 

(ライ様と、口づけを……?)

 

 

周囲には多くの教職員や生徒たちの目が光っている。高貴な貴族としての矜持や、公衆の面前であるという羞恥心が頭をよぎる。しかし、それ以上にユーリアの胸を支配したのは、前世では決して果たすことの出来なかった、我が主との至上の触れ合いに対する烈しい歓喜だった。

ユーリアは自身の高鳴る鼓動を必死に抑え込み、冷徹な仮面を取り繕ってライへと歩み寄った。驚きに目を見開いているライの前に立つと、彼女はそっと爪先立ちになる。

 

 

(申し訳ございません、ライ様。ですが、これはこの世界の絶対の掟なのです……! 決して、私がしたいだけ……という訳ではありませんからね?!)

 

 

心の中で深く謝罪の言葉を唱えながら、ユーリアは静かに目を閉じ、ライの唇へと自身の唇を重ねた。柔らかく、温かい感触が伝わると同時に、ユーリアの体内から濃密な魔力がライへと流れ込んでいく。ライの左手の甲に微かな光が走り、使い魔のルーンが刻まれる。儀式が完了し、唇が離れた瞬間、ユーリアは顔が火を吹くほどに熱くなるのを自制し、ただ一言「私の部屋へ」とだけライに告げた。

 

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