夢の余韻に浸る暇もなく、僕がフレイヤを背負ってアクセルの冒険者ギルドに足を踏み入れた瞬間、そのトラブルは向こうから歩いてきた。
「ちょっとライたん! 今日のギルド、美形多めでマジ眼福なんだけど! あ、でもライたんがナンバーワンだから安心して☆」
「フレイヤ、声が大きいってば……」
僕が慌てて斧の頭を布で隠そうとした時、目の前に大きな影が立ちはだかった。
「おいおいおい、朝っぱらから何だその浮ついた声は。……ん? そこのお前、初めて見るな。なんか俺と同じ『巻き込まれ体質』の匂いがする優男じゃねえか」
呆れたような目で僕らを見下ろすのは、緑のジャージ風クロークを羽織った少年――カズマだった。彼の後ろには、いかにも一癖も二癖もありそうな、奇妙な三人組が控えている。
「あ、カズマさん。彼はライさんです! 私の……その、大事なお友達で……」
いつの間にかギルドにいたゆんゆんが、顔を真っ赤にして僕の前に割り込む。
「ちょっと待ちなさい! ゆんゆんの紹介なんてどうでもいいわ! それよりカズマ、聞こえた!? 今、あの黒い斧、私のことを『美形』って言わなかった!?」
青い髪をなびかせ、自信満々に胸を張ったのはアクアだった。彼女は僕の腰のフレイヤを指差し、ドヤ顔を決めている。
「は? あんた何勘違いしてんの? あたしが言ったのは、あっちのシュッとしたイケメン騎士のことだし! あんた、顔はマシだけど中身がマジ地雷臭ぷんぷんでウケる!」
フレイヤが布の隙間から一刀両断のギャル語を放つ。
「な、何よこの生意気な斧ーーー!! 私を誰だと思ってるの! 水を司る美しき女神、アクア様よ! そんな呪いのアイテム、私の神聖な力で今すぐ浄化してあげるわ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! これは呪いの武器じゃないんだ!」
アクアが本気で泣きべそをかきながら手をかざし、光を放ち始める。僕は慌ててフレイヤを庇うように一歩引いた。
「ふむ……。未知の鉱石、そして喋る武器。素晴らしいですね。ですが、私の爆裂魔法の威力と美しさに比べれば、その斧の輝きなど、ただの泥団子も同然! 我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔術師にして——」
「あ、紅魔族の子だ! てかその眼帯マジ中二病入っててウケる! エモ〜い! 写真撮ってイ〇スタあげたいレベル!」
「ちゅ、ちゅうにびょう……!? い、い〇すた……!? 何を言っているのか分かりませんが、私の至高の魔力を愚弄するとは、いい度胸です!」
めぐみんまで杖をギリギリと鳴らし始め、ギルド内の温度が急速に上がっていく。
「……ま、待て。その斧、持ち主を罵倒したり、手荒に扱われたりすると、喜ぶタイプなのか……? もしそうなら、私を代わりにその特等席にぶら下げて、朝から晩までギザギザに磨き上げてはくれないだろうか……っ!」
頬を紅潮させ、ハァハァと荒い息を吐きながら身を乗り出してきたのは、重騎士のダクネスだった。
「ひえっ……! ライたん、あの金髪の女、マジでガチな方の変態なんだけど! あたし、ギャルだけどあっちの世界線にはついていけない! マジ無理、ぴえん!」
さすがのフレイヤも、ダクネスの常軌を逸した妄想にはドン引きして刃を小刻みに震わせている。
「おい、お前らやめろ。初対面のやつに迷惑かけるな」カズマがため息をつきながら仲間を引き離し、僕に向き直った。その目は、深い同情に満ちている。
「……ライ、だったか。苦労するな、お前も。そんな喋るギャル斧なんていう、一見当たりに見えて最大級のハズレ枠を引き当てちまうなんてさ。お前の胃に穴が空かないか、俺が一番心配だよ」
「あはは……。ありがとう、カズマ。でも、フレイヤは悪い子じゃないんだ。ただ、ちょっと賑やかなだけで……」
「ライ、お待たせ! ……って、なんでカズマたちと絡んでるのさ!」
そこへ、息を切らせたクリスが駆け込んできた。彼女はカズマたちのメンツを見るなり、すぐに僕とフレイヤを背中に隠すように前に出る。
「ちょっとカズマたち! ライに妙な絡み方しないでよ! その斧は……その、確かにうるさいし、生意気だし、ライたんだなんてふざけた呼び方するけど、ライの大事な武器なんだから!」
「ちょっとクリスさん、それ私のセリフです! ライさんの武器の管理は、私が——」
「えー? ゆんゆんもクリスも、あたしを守ろうとしてくれてるわけ? マジ神。てかクリス、昨日の夜、なんか神々しいドレス着てライたんの夢に——」
「わあああああーーー!! 喋るな、このギャル斧ーーーー!!」
クリスが顔を限界まで真っ赤にして、フレイヤの口(刃)を強引に布でぐるぐる巻きにし始めた。その必死すぎる姿に、僕は昨夜の夢の中の女神の姿を重ね合わせそうになり、首を振る。
「おいクリス、お前なんでそんなに焦ってんだよ?」
カズマが不思議そうな目でクリスを見ている。アクアはまだ「浄化してやるー!」と泣き叫び、めぐみんは杖を構え、ダクネスは「私を磨いてくれぇ!」と悶えている。記憶を失った僕の日常は、この騒がしい冒険者たちのおかげで、退屈する暇だけは一切なさそうだった。