異世界ライ   作:isizu8

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天才少女の余興

 

その日の放課後、ライの端末に一通のメッセージが届いた。差出人は坂柳有栖。指定された場所は、特別棟の奥にある滅多に人が立ち入らない空き教室だった。

 

ライが扉を開けると、夕暮れ時の赤い光が差し込む室内に、一つの机と二つの椅子が用意されていた。机の上には、美しく磨き上げられた黒と白のチェスボード。その前に座る坂柳は、手元で白のポーンを転がしながら、ライを迎え入れた。

 

「ようこそ、皇君。突然の不躾なお誘い、応じていただけて光栄です」

 

「構わないよ。それで、僕に用というのは?」

 

ライが対面の椅子に腰掛けると、坂柳は楽しげに目を細め、ボードの上の駒を指先で示した。

 

「ちょっとした余興です。貴方のその『頭脳』の深淵を、ほんの少し覗かせていただきたくて。私と一局、お付き合いいただけないかしら?」

 

「チェス、か。いいよ、やろう」

 

ライは微笑みながら、黒の駒を自分の手元へと引き寄せた。チェス。それは前世において、ルルーシュやシュナイゼルといった稀代の天才、戦略家たちと幾度となく盤面を挟んで戦った、ライにとって最も馴染み深いゲームの一つだった。

 

「先手は私から。……始めましょうか」

 

坂柳の白のポーンが静かに進められ、対局が始まった。序盤、坂柳は定跡に忠実でありながらも、随所に相手の反応を窺うような罠を仕掛けてきた。ライの思考の癖、攻めの積極性、あるいは守りの堅実さ。盤面を通じて、彼の本質を丸裸にしようとする明確な意図が感じられる。

 

しかし、ライの指し手は驚くほど淀みがなかった。ト、ト、と小気味よい音だけが静かな教室に響く。ライの打つ手は、派手さこそないものの、坂柳が仕掛けた網の目をことごとく、最も無駄のない最小限の動きで切り抜けていく。

 

(おや……?)

 

数手進んだところで、坂柳の眉がわずかに動いた。彼女が驚いたのは、ライの強さそのものよりも、その「異質な打ち筋」だった。高校生はおろか、プロであっても、これほどまでに『戦場』を俯瞰したような指し方はできない。

ライの布陣は、チェスのルールに則っていながら、まるで何万、何十万という軍勢を動かす大将軍のような、圧倒的な大局観に基づいていた。

 

「……面白いですわね。貴方の駒の動かし方には、一国の軍隊を統率するような規律と、冷徹なまでの最適解を感じます。一体どのような環境で育てば、これほどの戦術眼が身につくのかしら?」

 

「さあね。ただ、昔からこういう盤上ゲームでは、負けられない戦いが多かっただけさ」

 

ライは前世での、文字通り命や国の命運を賭けたチェスを思い出し、苦笑した。ギアスが無くとも戦況を瞬時に分析し、敵の裏をかく頭脳は完全に身体に染み付いている。

 

対局は中盤を迎え、激しい駒のぶつかり合いが始まった……。坂柳の鋭い攻めがライの陣形を切り裂こうとするが、ライはその一歩先を読み網を絞るように坂柳のキングを追い詰めていく。坂柳の額に、微かに汗がにじむ。彼女は自他共に認める天才だ。人の思考を読み、手玉に取ることを至上の喜びとしてきた。しかし今、目の前にいる皇ライという少年は、自分の思考のさらに三手、四手先を当然のように歩いている。

 

(これが……皇ライ。やはり、私の見立てに狂いはありませんでした。この男は本物です)

 

そして、ライの手によって黒のナイトが鋭く進められた瞬間、坂柳はピタリと手を止めた。

 

「……チェックメイト」

 

ライが静かに告げる。盤面を見つめれば、坂柳のキングはどのルートを選んでも、あと数手で確実に仕留められる完璧な詰みの状態に陥っていた。坂柳はしばらく盤面を凝視していたが、やがて小さくため息をつくと、自らのキングをそっと横に倒した。

 

「参りました。まさか、これほど完璧に叩きのめされるとは思いませんでした。私の負けです」

 

その表情に悔しさはなく、むしろ極上の玩具を見つけた子供のような、狂おしいほどの歓喜が満ちていた。坂柳は椅子の背もたれに身を預け、拍手を送る。

 

「素晴らしい。貴方の頭脳は、私の想像を遥かに超えていました。皇君、貴方はやはり、この退屈な箱庭に舞い降りた最高のイレギュラーです」

 

「ただのゲームだよ。僕の方こそ、坂柳さんの鋭い攻めには何度も肝を冷やした」

 

ライは駒を片付けながら、いつもの穏やかな少年に戻る。だが、坂柳の瞳の奥にある熱い光は消えていなかった。

 

「ふふ、これだけのものを見せられて、ただのゲームで済ませられるはずがありません。これからの特別試験とクラスの運営。貴方のその頭脳、存分に Aクラスの……いえ、私のために使っていただきますよ?」

 

ライは夕日に染まる彼女の笑顔を見つめながら、これから始まる学校生活が、より一層一筋縄ではいかないものになることを確信するのだった。

 

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