この幻の美形に祝福を!
「きゃあああ! ちょっと、何でそっちに逃げるのよ!?」
紅魔族の少女、ゆんゆんの悲鳴がアクセルの平原に響く。彼女の目の前には、怒り狂ったジャイアントトードの群れ。魔法の詠唱が間に合わず、完全に囲まれていた。
「――『ウィンドブレス』!」
激しい風の弾丸がカエルの脳振盪を誘い、ゆんゆんの前に割って入る。
「大丈夫かい、ゆんゆん。怪我はない?」
僕は愛用の剣を構えながら、彼女に背中を向けた。
「ラ、ライさん!? どうしてここに……!?」
「君が一人でクエストに出かけたと聞いてね。放っておけるわけがないだろう」
僕は苦笑する。記憶を失っていた僕を、この街で最初に気にかけてくれたのがゆんゆんだった。友達がいないと嘆く彼女だけど、僕にとっては大切な恩人だ。
「ふん、相変わらずお人好しね、あんたは!」
上空から鋭い声がした。軽装の盗賊服をまとった銀髪の少女――クリスが、鮮やかに木の上から飛び降りてくる。彼女は手際よく短剣でカエルの隙を突き、僕の隣に並んだ。
「クリス! 手伝ってくれるのかい?」
「当たり前でしょ! ライったら、危なっかしい戦い方ばっかりするんだから。ほら、さっさと片付けるよ!」
クリスはなぜか、いつも僕の行く先に現れては手助けをしてくれる。ぶっきらぼうだけど、その瞳の奥にはいつも、僕を深く心配するような、言葉にできない温かさがあった。
「ありがとう、クリス。……ゆんゆん、いけるかい?」
「はい! ライさんが道を切り開いてくれるなら……! 我が名はゆんゆん! アークウィザードにして上級魔法を操る者! 『ライトニング』!」
激しい雷撃が平原を焦がしカエルの群れを消し去っていく。僕の風魔法とクリスの神速の短剣、そしてゆんゆんの大魔法。即席のチームワークで、僕たちはあっという間に魔物の群れを討伐した。
◇
「ふぅ……。ライさん、本当にありがとうございました。私、また一人で空回りしてしまって……」
アクセルの酒場。ゆんゆんはエール(のぶどうジュース)のグラスを両手で握りしめ、申し訳なさそうにうつむいた。
「気に病む必要はないよ。ゆんゆんの魔法は今日も凄かった。僕はただ、君のサポートができて嬉しいんだ」
「ラ、ライさん……っ。そんなことを平然と言えるなんて、やっぱりライさんは私の生涯の友、いえ、それ以上の——」
ゆんゆんの顔が真っ赤に染まり、湯気を吹きそうになる。
「ちょっとそこ! ゆんゆんをからかわないの!」
カツカツと足音を響かせ、果実酒の入った木製ジョッキを片手にクリスが僕の隣の席に割り込んできた。
「からかってなんていないさ。本心だよ……もちろん、いつも助けてくれるクリスにも心から感謝している。君がいてくれるとなんだかすごく安心するんだ」
僕が微笑むとクリスは一瞬だけ、ひどく悲しそうで、それでいて愛おしそうな複雑な表情を浮かべた。その表情は、どこか神聖な祈りを捧げる聖女のようでもあった。
「……バカ。あんたはさ、もっと自分の身を大事にしなよ。記憶がないからって、自分の価値を低く見積もりすぎ。あんたが傷ついたら泣いちゃう人だっているんだからね」
「僕のために泣いてくれる人……?」
「そうだよ! ……もう、これだからライは!」
クリスはぷいっと顔を背けたが、その耳たぶはほんのり赤かった。彼女が時折見せる、この包み込むような優しさは一体何なのだろう。まるで、僕のすべてを天から見守ってくれているような——。
「あの、クリスさん。ちょっとライさんと距離近くないですか……? ライさんはその、私の大事な……」
「へぇ……ゆんゆん、言うようになったじゃん? でもライの危なっかしさは私が一番よく知ってるんだから!」
「な、なんですってー!」
賑やかに言い争いを始める二人を見ながら、僕はそっと胸をなでおろす。過去の記憶は失ってしまったけれど、この世界で僕を必要としてくれる人たちがいる。窓から差し込むアクセルの夕日は、僕たちの未来を祝福するように、暖かく街を照らしていた。