「……なんだい? これは」
アクセル近郊の遺跡。崩れた石畳の奥で、それは異様な存在感を放っていた。漆黒を基調とした、片手で扱うことを想定された斧。この世界のいかなる金属とも違う。未知の素材。未知の技術。傷一つない、圧倒的な頑丈さを誇っている。
「お、そこのお兄さん! アンタ、超ヤバくね? マジ運命感じちゃうんだけど!」
「——うわああっ!?」
突然、斧から響いたのは軽いノリの女性の声。今どきのギャルそのものの口調だった。
「しゃ、喋る斧……!? 魔剣の類、でしょうか!?」
ゆんゆんが杖を構えて怯える。
「いや、魔力は感じない。だけど、確かに喋っているね……」
ライは冷や汗を流しながら、柄を握った。
「てか、あたし何者?名前とかマジ忘れたし!ウケるんだけど!」
「自分が分からないのかい?それは不便だな……。じゃあ、僕が名付けよう。『フレイヤ』、というのはどうだい?」
「フレイヤ? なんか響き可愛くね? おっけー、それ気に入った! よろしくね、えーと……」
「ライだ。よろしく」
「オッケー! それじゃライたん! これからもよろー☆」
フレイヤは即座にライに猛烈に懐いた。その様子を、クリスが複雑な顔で見つめる。
「……ライ、それ本当に大丈夫? 呪いの武器とかじゃないよね?」
「大丈夫そうだけど……別の意味で、頭が痛くなりそうだ」
ライは賑やかな斧を抱え、深くため息をついた。
「よーし、ライたん? 今日もバチコンいっちゃおう!」
アクセル近郊の平原に、場違いなほど軽い女子高生のトーンが響き渡る。ライの左手に握られているのは、いつも愛用している片手剣。そして右手には、漆黒の怪しげな輝きを放つ片手斧――フレイヤだ。
「……ライ、本当にその斧使うの?」
クリスが引きつった笑顔で、ライの右手の斧を指差した。
「うん。フレイヤは僕にすごく馴染むんだ。重心のバランスも悪くない。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと、うるさいくらいかな」
「ちょ、ウケる! うるさいとかマジ失礼しちゃうんだけど! あたし、ライたんのために超がんばるって決めてんのにっ!」
斧の刃がピカピカと明滅しながら喋る光景は、何度見ても異様だった。ゆんゆんは杖をぎゅっと抱きしめ、おそるおそるフレイヤを見つめる。
「あ、あの、フレイヤさん……。ライさんはその、あんまり『ライたん』とか呼ばれるの、慣れていないというか、その……」
「えー? ゆんゆん、もしかして嫉妬? かわいー! てかゆんゆんも『ライたん』って呼びなよ、マジ世界変わるから!」
「せ、世界!? む、無理です、そんな恥ずかしい呼び方……っ!」
ゆんゆんが顔を真っ赤にしておたおたしていると、前方の茂みが激しく揺れた。現れたのは、巨大な牙を持つ獰猛な魔物――『一撃クマ』の群れだ。
「……お喋りはここまでだ。二人とも、下がってて!」
ライが鋭い踏み込みで地を蹴る。失った記憶の代わりに、彼の身体に染み付いている圧倒的な戦闘センス。それが二刀の構えとなった瞬間、空気が一変した。
「いっけえええ! マジウケるーーー!!」
ライが右手のフレイヤを振り下ろした瞬間、斧自身が鼓膜を突き破らんばかりの大音量で叫んだ。――キィィィィン!!凄まじい金属音が響く。一撃クマの、鋼鉄並みに硬いと言われる毛皮と肉体が、まるでバターのように一瞬で両断された。魔力の光も、刃こぼれも一切ない。ただ、未知の超技術がもたらす圧倒的な「切れ味」だけが、空間そのものを切り裂いたかのようだった。
「ひえっ!?」
クリスが思わず声を上げる。女神としての知識を持っても、その斧が何で作られているのか、なぜそれほどの威力を誇るのか、一切見当がつかなかったからだ。
「まだまだァ! コンボいっちゃってライたん! 今の超エモい!」
「わ、分かったから、技を出すたびに叫ぶのはやめてくれ……ハッ!」
ライは素早く身を翻し、背後から襲いかかってきた二頭目のクマの爪を左手の剣で受け止める。火花が散る。すかさず右手のフレイヤを横一文字に薙ぎ払った。
「ウケるー! チョベリグーーー!!」
風を切り裂く漆黒の軌跡。フレイヤの叫び声と共に、一撃クマの巨体が信じられない軽さで吹き飛び、光の粒子となって消滅していく。
「すごい……。ライさんの剣技だけでも凄いのに、あの斧、一撃クマの突進を完全に無効化して切り裂くなんて……」
ゆんゆんは感嘆の声を漏らしつつも、攻撃のたびに響き渡る「マジウケるー!」のボイスに、どう反応していいか分からず頬をひきつらせていた。
「ふぅ……。これで最後だね」
流れるような動きで二つの武器を鞘とホルダーに収め、ライは額の汗をぬぐった。戦闘能力は間違いなく跳ね上がった。一国の騎士団をも凌駕しかねない、神速の二刀流。だが、ライの表情はどこか疲れ切っている。
「ライたん、超イケてた! あたしマジ惚れ直したわー、ま、最初から惚れてるけどね!」
「ありがとう、フレイヤ。でも、次からはもう少しボリュームを抑えてくれると助かるな……」
「えー、これがウチの基本だしー!」
ケラケラと笑う斧を前に、ライはガックリと肩を落とした。その様子を見ていたクリスは、フレイヤの常軌を逸した「頑丈さと切れ味」に驚きつつも、どこか呆れたようにため息をつく。
「……まぁ、ライが強いのはいいことだけどさ。あの武器、別の意味で精神攻撃力が高すぎない?」
「う、羨ましくなんてありません、けど……うぅー、やっぱり私も、ライさんとエモい?コンボとか、決めてみたいです……っ!」
ゆんゆんが一人で対抗心を燃やす中、アクセルの平原には、相変わらずフレイヤの陽気なギャル語が響き渡るのだった。