異世界ライ   作:isizu8

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神界の静寂と、素直な女神の本音

 

いつもの賑やかな居酒屋での大騒ぎを終え、疲れ果てて眠りについたライ。彼がふと目を覚ますと、そこはアクセルの宿屋の安ベッドではなかった。一面に広がる、どこまでも白い床と、神秘的な青い空。そこは、この世界で命を落とした者が最初に訪れる場所——神界だった。

 

「……あれ? 僕は、死んでしまったのかな」

 

ライが戸惑いながら自分の身体を見つめていると、目の前に、まばゆい光と共に一人の少女が姿を現した。透き通るような白磁の肌に、波打つ美しい銀髪。胸元に大きな青い宝石をあしらった、神聖な羽衣をまとった美少女。この世界の人々が崇拝する国教の女神――エリスだった。

 

「――おかえりなさい、ライさん」

 

エリスは慈愛に満ちた、天上の鈴を転がすような声で微笑みかけた。だが、その可憐な顔には、どこか隠しきれない疲労と困惑がにじみ出ている。

 

「貴女は……エリス、様? 僕はまた死んでしまったのかい?」

 

「いいえ、安心してください。あなたはただ眠っているだけです。これはあなたの魂を一時的に私の空間へと引き寄せた、少し特別な『夢』のようなものですよ」

 

「夢……。良かった。まだやり残したことがたくさんあるから」

 

ホッと胸をなでおろすライを見て、エリスはふわりと歩み寄り、彼の前にしゃがみ込んだ。ライは気づいていない。目の前の麗しい女神が、昼間に「ギャル斧ー!!」と叫んで地団駄を踏んでいた、あの泥臭い盗賊の少女・クリスと同一人物だということに。

 

「ライさん。こちらの世界での暮らしには慣れましたか? お怪我はありませんか? 無茶な戦い方をしていないか、私、ずっと心配で……」

 

エリスの言葉には、神としての哀れみを超えた、ひどく個人的な熱がこもっていた。ライは少し照れくさそうに頭をかく。

 

「うん。記憶はないけれど、アクセルの街の人はみんな優しいよ。それに、ゆんゆんや……そう、クリスっていう頼もしい友達もできたんだ。彼女にはいつも助けられてばかりで、頭が上がらないよ」

 

「……クリス、ですか」

 

エリスは一瞬、きょとんとした後、嬉しそうに目を細めた。しかし、すぐに昼間の『ギャル斧』の件を思い出したのか、頬を小さく膨らませる。

 

「クリスは……その、とても良い子だと思います。でも! あの子がいくら頼もしいからって、ライさんは少し女性と距離が近すぎませんか? その……不埒な喋り方をする黒い斧を腰にぶら下げて、デレデレしたりして……」

 

「えっ、エリス様、どうしてフレイヤのことを……?」

 

「め、女神ですから! 地上のことは何でもお見通しなんです!」

 

エリスは慌てて取り繕うように胸を張った。だが、その耳たぶはクリスだった時と同じように、ほんのりと赤くなっている。

 

「ライさん、あのような素性の知れない怪しい武器に、簡単に心を許してはいけません。ましてや『磨いてあげる』だなんて……! 武器は武器らしく、もっと硬派に扱わなければダメです。……あんなふうに、女の子をヤキモキさせるのは、ライさんの悪い癖ですよ?」

 

「ヤキモキ……?」

 

ライが首を傾げると、エリスはハッと我に返り、両手で顔を覆った。

 

「あ、今のは女神としての一般的なアドバイスです! とにかく! ライさんにはもっと、自分を大切にしてほしいんです。あなたの代わりなんて、どこにもいないのですから。あなたが傷ついたら……私は、本当に悲しいんです」

 

エリスは覆っていた手をそっと下ろし、真っ直ぐにライの瞳を見つめた。その真摯で、切ないほどに温かい眼差しに、ライの胸がドクンと小さく跳ねる。

 

「……ありがとう、エリス様。僕のような、過去もない人間にそこまで言ってくれて。貴女に悲しい思いをさせないためにも、僕はもっと強くなるよ」

 

「はい。約束ですよ、ライ」

 

エリスは満足そうに、世界を包み込むような優しい笑顔を咲かせた。神界の白い光が、徐々に強くなっていく。夢の終わりが近づいているのだ。

 

「さあ、地上へ戻る時間です。明日も美味しいご飯を食べて、仲間を大切にして、健やかに過ごしてくださいね」

 

「うん。……また、会えるかい?」

 

「ふふ、もちろん。私はいつでも、あなたのすぐ近くで見守っていますから」

 

悪戯っぽくウインクする女神の姿が、光の中に溶けていく。――パチリ、とライは目を覚ました。窓から差し込むアクセルの朝陽。いつもと変わらない、宿屋の天井。

 

「……不思議な夢だったな。エリス様、優しそうな方だった……」

 

ライがベッドから起き上がると、枕元に置いてあった漆黒の斧が、ピカピカと光を放ちながら不機嫌そうな声を上げた。

 

「ちょっとライたん、寝言で『エリス様』とかウケるんだけど! 朝イチから浮気とか、あたしマジ激おこぷんぷん丸なんだけどー!」

 

「うわっ、フレイヤ、起きてたのかい……」

 

「当たり前じゃん! っていうか、今日のライたん、なんかいつもよりちょっと顔がカッコよくてムカつく! あたしのこと、早く朝イチのギザギザ磨きしてよ!」

 

相変わらずのギャル斧の騒がしさに、ライは苦笑しながらベッドから立ち上がる。夢の中の女神の温もりを胸に抱きながら、彼の新しく賑やかな一日がまた始まろうとしていた。

 

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