【⚠ 注意書き ⚠】
まず第一に、
グロテスクな場面があるので苦手な方はご遠慮ください。
描写としては手ぬるいと思いますが、血やケガの表現が多く出てきます。
ゆえに『R-15G』とします。
『大丈夫!』という方のみ次のページへお進みください。
1、
目覚めると、そこは別世界だった。
血のような生々しい赤い空に、枯れた大地つきさす黒い墓標群。
吹きぬける風が死骸のツンとした匂いを運んでくる。
ふと足先に触れるものを見下ろす。
目のない人間の頭で、口元に血が乾いてこびりついており、皮膚を剝がされた額から筋肉と神経が見える。
何が起きたんだろう。
見渡しても死人の肉塊ばかりで、ちっともわからなかったから、生きている人間を探そうと赤い虚空に足音ひびかせて歩きはじめた。
地面のところどころに乾燥していない血が流れて、足を踏み入れるたびに赤い空を映す真紅に波紋がひろがる。
地面にはぼくの赤い足跡が残った。
しばらくして墓標がぱったり消える。
ひらかれた先に、うごめく巨体。薄汚れた毛の下にアメーバのような黄緑の肌が覗くそいつは人間を食らっている。
無我夢中で肉をしゃぶる。
しかし、何故か眼球だけ綺麗に残していた。
なんでだろ、とぼんやり眺めていると怪物が天を振り仰ぎ、右は二本、左は三本しか指がない手で二対の眼球を顔面へと押しあてるのを見た。
そこに眼が入るような窪みなどないのに同じことを繰り返す。ぼくは小さく頷いた。
そうして怪物が眼のない顔をこちらへ向けてくる。
背に怖気が走る。
あいつには眼どころか、耳も鼻も、なかったからだ。
二つに裂けた赤い舌がだらしなく垂れ、ぼたぼたと血が混ざった唾液が落ちる口以外、なんにも……ああ、近付いてきた…………。
「ウウ」とか「アア」とか発する怪物とぼくは向き合う形となる。
見上げた顔の、先ほど眼球を押しつけていた場所から血が流れていた。
「ウウウ」と怪物の喉がかすかに鳴るのを聞くと、ぼくは言ってやる。
「そんなことをしても、お前の眼はどこにもない。どんなに人の眼を欲しても、その人の見るものは、その人だけのもので、お前には決して見ることができないんだ……」
だけれど、こいつには耳もないから、それを聞くこともできない。唯一存在する口で、肉を噛み砕き、すする血の味でしか誰かを感じられない。
ぽっかりと開いた口内には無限の闇がひろがっている。
ぼくがそこに行ったとしても闇が払われることは決してないだろう。
2、
涙伝った頬が乾くのに気付いて目が覚めた。
椅子に預けた背が硬く突っぱった感覚からうたた寝してしまったのだとわかって、まだ溶けたような眼球で橙混じりの薄闇を見る。ふ、と溜息をつく。
もう夕方だ。何だか時間を無駄にしたようで悔しくなった。
がちゃり、とドアを開く音が後方からした。
別に驚きもせずに振り返れば黒髪の彼女が立っている。
「あら。せっかく毛布を持ってきてあげたのに」
甘くも凛とした声に非難するような響きがあった。
彼女の白雪の肌は夕陽を浴びて神々しく輝き、髪と同じ漆黒の睫毛で縁取られた灰色の瞳はやがて来る夜を映す。赤の布地に白の文様を描かれた布を持つ手の指は常人と比べてほんの少し長かった。
「困ったひと」
そう言ってぼくの膝の上に腰かけたときに見えた表情は、どことなく微笑んでいた。
胸のあたりに毛布をひらりと乗せてから赤い唇が軽く開く。
「泣いていたの?」
言われて頬の筋に何気なく触れたが、彼女はその手を引っ掴んでどかせる。かすかに潤んだ灰色の瞳でじっと見つめてきた。
しばらくして唇よりも紅い舌をちろりと覗かせてから、ぼくの瞳を軽く舐めあげる。涙の下の角膜まで突き抜けたかのようにピリと痛んだ。
だが、すぐに止める。
彼女は少し離れると紅い舌を見せたまま言った。
「苦くて、塩辛かったわ。悪い夢でも見たのね」
ぼくの頬にある涙の筋を人差し指でなぞりながら、彼女は続ける。
「あなたの眼が取り外しできれば良いのにね。そうしたら、それを口に含んで悪い夢の跡だなんて飲み干してあげるわ。わたしがあなたの悲しみをすべて受け止めて、あなたは綺麗な眼で綺麗な景色だけを見ることができる。ね、素敵でしょ」
なかなか斬新な発想だが、ぼくは首を横に振った。
「馬鹿だなあ。そんなことをすれば角膜に傷がついて逆に何も見られなくなっちゃうかもしれないじゃないか。もしそうなったら、ぼくは哀しい」
そう言いながら夕陽が傾いてきたのを見やった。腕の中の彼女も夜の匂いにしっとり濡れて肌の色を白銀に変えようとしている。
「顔を洗ってらっしゃい。夕飯の支度をしてくるわ」
彼女の胸にかけてあった毛布が空気を包んでふんわり落下し、床へと伏した。