5、
今、ぼくの隣で眠っているのは……あの怪物。
目もなく、耳もなく、ただ人をむさぼり食うための口だけある、あの化け物。
そんなものの隣で眠れるなんて本当にどうかしている。
でも、こいつがぼくを襲うことはないと自信を持って言える。
それが、どうして? と訊かれても困るけれども、だけど、ぼくはそれを胸の奥底で確信している。
だからこうやって怪物の背中を擦ってやることすらできる。
柔らかな毛がまばらに生えて、まるで不格好な、その姿……。
涙が出るのは、逝ってしまった人のことを想うからこそ?
それとも、こいつの哀れな境遇に?
あるいは、どっちもなの?
自分でもどちらなのか見当もつかない。
通り過ぎていく風に訊ねてもいらえはない。
耳をつんざく風の音は悲鳴にも似ている。
ぼくが聴くこともなかった彼らの悲鳴を、風は知っているだろうか?
そうしていると怪物はぼくに身を寄せてくる。
「ウー」
赤ん坊のような声。しかも、日を追うごとにその響きには甘えが交じってくる。
彼――あるいは彼女――はぼくを何だと認識しているのだろう?
父親? 母親? 子供? 息子? 祖先? いやいや……ひょっとして、恋人?
ねぇ、どれ? きっと問いかけても答えてくれやしない。
だってこの大きな口はそんなことのためにあるんじゃない。
ぼくは、その、薄く開いた口から覗く歯を、なぞってみる。
まだ臭うツンとした血の臭い。
いくら経っても慣れない、『死』という概念。
それなのにぼくはこの怪物を恐れていない。
もちろん、殺されるのは嫌だけど、でも、そうじゃなかったら憎むこともない。
ようするに、ぼくは既に逝ってしまった人たちのことをどうとも想っていない?
そんなことはないはずだけど、人から見たらそう思われるかもしれない。
わからない。
ねぇ、お前は……ぼくのこと、どう思ってる?
好きなの? 嫌いなの? 憎い? 愛してる? それとも……どうでもいい、のかな?
どうにかして知りたいよ。このままじゃ、ぼくは自分を失って狂ってしまいそうだ。
ううん? 実はもう狂っているのかもね?
ねぇ、本当にどう思う? ぼくの……隣で……静かに眠る……×××××ひと。
6、
赤い空、夜明け。ぼくは彼女を抱いて眠っていた。
その白い肌は滑らかで、朝日を浴びて金色に輝いていて、ぼくの手のひらを温めていく。
それがあんまり心地いいので離れがたい。身をよじると、ベッドのスプリングがぎしと鳴った。
それが、彼女を浅い眠りから目覚めさせる。
ぼくを見る黒曜石の瞳に、寝ぼけ眼の情けないぼくの顔が映っていた。瞬きすらせず、彼女は紅い唇の横にえくぼを作って笑った。
「おはよう……今日も、どこへも行かないでね」
彼女のいつもの言葉に、ぼくは毎日やっているように頷く。そう、これこそが幸せな日々。
「ね、朝日を見ようよ?」
ぼくはシーツをかけたまま、上体を起こした。さらり、と彼女の肌の上をシーツが滑る。
それがくすぐったかったのか、彼女はううん、と身を縮める。
「こっちおいで」
そう言ったら、彼女はいたずらっぽい顔をしてぼくへ突進してきた。
どん、と自分で言いながら、勢いをつけて、ね。
だから二人してベッドから床へ落っこちてしまった。
尻に冷たい感触がして、思わず飛び上がるぼく。それを見て手を叩く彼女。
その姿が愛おしくて、ちょっと乱暴に引き寄せるぼく。身を固くする彼女。
重なり合う鼓動。
一つの生きものになったみたいだ。
「遭難したときも、人肌で温めるって言うものね」
彼女が言った。ぼくは口を歪めて笑った。
「じゃあ、ぼくら、遭難しているみたいだね」
でも悪い気はしなかった。
ぼくと彼女、遭難したら二人きり。
他に誰もいない、邪魔も入らない、外は見知らぬものばかりだから信じられるのは本当に二人だけ。
そうだったら、どんなにいいことか。
ぼくは朝日に目を細め、空想に耽る。
「遭難ごっこしよう」
と、言ったら、彼女は首を横に振った。
どうして? と訊こうとしたら口を塞がれる。
その体勢のまま、彼女はこんな素敵な提案をしてきた。
「遭難なんて、いつ誰に見つかるか知れない。だからアダムとイブにしましょう。そうすれば、本当の本当に、二人以外に誰もいない、ってことになるでしょ」
彼女の唇が動くと、ぼくの唇もそう動く。