7、
ぼくは怪物のことを好きになりかけていた。
それは、疑いようのない事実だった。
あんな惨殺をした怪物のことを「悪い奴じゃないのかもしれない」と本気で想った。
でも、ぼくたちはやはり相容れないもの。偶然にも見てしまった。
あいつが、人肉を貪り食うところを。
辺りには腐臭が漂い、虫が大量に沸いていた。
それにも関わらず、あいつは巨大な口をあんぐりと開けて腐敗しきった肉を咽喉へと次々に押しこむ。
口の端から黒々とした血が幾重にも流れる。
そうして、あいつはにやりと笑った。
「アアアアアアアア!」
心底、満足したように哄笑した。
あんなあいつは初めて見た。あんなに、楽しそうに食事をするあいつなんて、見たことがなかった。
ぼくは、音もなくその場に崩れた。
悲鳴もあげず、ただただあいつを見つめていた。
巨体を打ち震わせ、ぶるぶると歓喜に浸る様を。
やがて、その姿は滲んでいき、ぼくの目は熱を持ち、心のかけらがつうと落ちた。
身を抱いた手は極限まで冷たくなり、触れた箇所から凍りつくようだった。
嗚咽が、漏れる。
同時に怪物がびくんと巨体を引きつらせた。
そして、おそるおそる、ぼくへと振り返る。
「ア……?」
その声が、まるでひとみたいで。
気づけば、ぼくは憎悪すら孕んだ声で叫んでいた。
「お前なんか嫌いだ! この、化物め! ぼくを騙していたんだな!」
そして、すぐ傍にあった枯れ木を拾い、立ち上がった。
全身に訳のわからない力が満ちていた。
眼前の怪物が後ずさる。
それをぼくはじりじりと追い詰めていった。
どうして、あのとき、ぼくは裏切られた気分になったんだろう?
最初から、あいつはそうだった。
ただ、ぼくに好意を持ったから本性を隠していただけだ。
それが露呈しただけのこと。なのに、どうしてぼくは泣いたのだろう。
みんなが殺されたことには心を痛ませたこともなかったくせに!
自分が傷つくのが嫌だっただけなんだ!
だから、あいつを傷つけた。それのどこがおかしいというのだろうか?
8、
「朝食は肉とホワイトアスパラガスのソテーよ」
美味しそうな香りと共に、彼女はテーブルの上に皿を置いた。
肉は軽く焼いただけで、断面はまだ赤い。滴る血が陶器の皿に溜まり、ソースと絡む。
その上に盛られたホワイトアスパラガスも朱色に染まっていた。
「いいにおい」
と、ぼくはすうう、と香りを吸い込む。
朝から肉なんて豪勢な、と思わないでもなかったが、空腹には抗えない。それにせっかく彼女が作ってくれたんだから文句だなんて滅相もない。
ナイフとフォークを持つと、さっそく肉を一口大に切る。
新たな血がじわり、と滲む。香りが強くなる。
口に含むと香ばしさと生々しさが広がっていく。
唾液と入り交じり、どろどろに溶けていく。
「美味しい」
ぼくがにこりと笑えば彼女も満足そうな笑みを浮かべた。
その唇もぬらぬらと照り、肉の血を帯びて真っ赤に染まっている。彼女はいったん、その口を拭う。
ぼくはその間にもう一口。あんまり美味しいので黙々と食べ進める。
そう、彼女は料理上手だ。
特に肉料理は絶品で、これまで口にした肉とは全く違う歯触り。繊維がきめ細やかで、甘い汁が零れおちる。
どうして、こんなに美味しい料理が作れるのだろう? と不思議でならない。
素材からして特別のような気もする。
使用する肉が、違うのだろうか?
「ねぇ」
とぼくは彼女に声をかける。
彼女は肉を咀嚼しているところだった。
規則正しく噛み進め、その速度は一定。表情からも特別なことは何一つ見当たらなかった。
だから、ぼくの問いかけもごくごく自然なものだった。
「これは、何の肉を使っているの?」
それなのに。
次の瞬間、その「自然」が崩壊した。
彼女は黒曜石の瞳を目尻が裂けんばかりに見開くと、大きな音をたてて立ち上がった。
しかし、立つこともままならないのか椅子に手をかけ、寄りかかっている。
その細い身体はオコリにでもかかったかのように震えている。
「どうしたの?」
ぼくは再度問いかけた。それでも彼女は答えようとしない。
変だな、と首を傾げた。
ぼくの更にはまだソテーが数切れ残っており、絶え間なく肉汁が紅く赤く零れおちている。