11、
化物は死んでしまった。
ぼくが執拗にナイフで切り刻んだせいだ。
失血死? よくわからない。そんなこと、ぼくは知らない。
とにかく死んでしまった。
こうして見ると、真っ赤な肉塊と化した化物は周囲の人肉と何ら変わりない。
本当に化物だったのかすら、もうあやふやになってくる。
ひょっとしたら、ぼくが勘違いしていただけなのかもしれない。
化物は、可愛い女の子、だったのかもしれない。
でも、もう遅い。ぼくがすべてを終わらせてしまった。
化物は、そこに転がるのみ。死んだものからは何も聞き出せない。
だから、化物が本当に化物だったのかは永遠にわからない。
そこまで考えて、ぼくはどうしようもない虚無感に苛まれた。
ぞ、と背が凍りつく。
初めて、取り返しのつかないことをしてしまった、と思った。
ぼくは、化物の肉片をまさぐりはじめた。
そうすることで、何かがわかる気がした。
全身をなお血に濡らし、血の中でもがくことで。
何か、何か、何かが!
そして、ぼくは探し当てた。
あいつの、目玉を。
初めはないとばかり思っていた。そう決めつけていた、その器官。
だってあいつは人の目玉を自分の顔に押し当てていたから。
でも、本当はちゃんとあった。
あいつは、ぼくのことをちゃんと見つめていた。
じゃあ、ぼくは?
ぼくは、どうだった? あいつのこと、ちゃんと見てた?
「ウウウ」
と、低くくぐもった声がする。
これは、ぼくの声?
もうそれすらわからない。
もしかしたら化物の死体が唸ったのかもしれないし、周囲の腐敗した死体が唸ったのかもしれない。
もう、すべてが『かもしれない』という推測にしかならない。
だって、だって、ここにはもうぼくしかいない。
他はみんな死んでしまった。だから、ぼくがどうだったのか、と決めるしかない。
でも、それって、結局はいつまでも堂々巡りってこと?
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア」
と、ぼくは全身から声を振り絞った。
そして、あいつの目玉をぼくの瞳のある場所へ。
でも、ぼくには既に目があって、いくら押し込んでもあいつの目玉が入らない。
そんなことをしても、ただただ痛いだけ。それ以外に何もない。何も起こらない。
すべて終わってしまった。
ぼくが、すべて葬り去った。
そして、墓場には風が吹くばかり。
12、
すべて終わった。何もかも。
ぼくはこれから新しい世界に行くことができる。
あの子を葬り去り、新しい誰かを愛することができる。
それでも。
「あなたのことが好きだったの。わたし以外見てほしくはなかったの」
彼女は、最期にそう言い遺した。
背に朝日を浴びながら、何も覆い隠すことなく。
白い肌は無残にも切り刻まれ、真っ赤に染まっていた。
とても美しいとは思えなかった。
綺麗だった顔も片目はつぶれ、歯も折れ、見る影もない。
だって、ぼくが壊し尽くしたから。
彼女はバルコニーに立ち、手すりに全身を預けていた。
「あなたは、私のことをどう想っていた……?」
彼女の頬に赤い涙が伝う。
それを、ぼくはどこかで見たような錯覚に陥る。
「……本当の君なんて、どうとも想ってなんかいないよ。
ぼくは綺麗な君が好きだった。
言ったろ? 殺人鬼だと知っていたなら、好きになんてならなかった」
軽蔑をこめて言い放ったぼくに、彼女は何故か飄々と返した。
「本当に? じゃあ、黙って見ていてね」
もうぐちゃぐちゃになったというのに、心底嬉しそうに。まるで安堵しているかのように。
歌うような口調で、彼女は言った。
「わたし、あなたの手で殺されたくないの。だって、そうなったら恨んじゃいそうじゃない?
未練がましく呪って出るなんて嫌なの。だから、このまま……」
どこにそんな力が残っていたのか、彼女は手すりに腰かけた。
ぎい、と一際大きな音が鳴る。
そういえば、このバルコニーは朽ち果てる寸前だった。でももう直すこともない。
何せ、今日から住人も誰一人いなくなる。
彼女の果てるところを見てから、ぼくは屋敷を出るつもりだった。
こんな辺鄙な山奥で起きたことなんて知られることもあるまい。
「さようなら。愛していた……」
なのに、ぼくは駆け出した。
今にも落ちそうな彼女の身を、強く押した。
自らの手でけりをつけた。ぐちゃり、と何かがひしゃげる音。
ぼくはぎい、とバルコニーが鳴るのにハッと息をのみ、咄嗟に部屋まで走った。
すると、バルコニーは落下した。
かつてそこにあったという、ただそれだけを示す残骸を遺して。