13、
「おじーちゃまーぁ」
と、椅子の上で眠っていた私をメアリが起こしてくれた。
もうすぐ五つになる彼女は、こうして座っていても背丈が私の腰にも届かない。
ふっくらとした小さな手を向けて、きゃっきゃっと無邪気に笑っている。
「おじーちゃまは、怖い夢を見たのねー」
そう指摘するメアリは手を振り、何かを振り払うような仕草をする。
それが愛らしくて、思わず目尻が垂れ下がる。ああ、また笑いじわが増えて息子にからかわれてしまう。
でも、それを気にかけなくなったことに、自分も歳を取ったものだと実感する。
「何をしているんだい?」
「悪魔払い」
メアリは、私の脚についた埃をぱっ、ぱっ、とはたく。
私の目には、飴色の空気の中で白い埃が舞う様子しか見えないが、メアリには何か他のものが見えているのだろうか?
「どうして、そんなことをしているんだい?」
私が訊ねると、メアリはぱっと顔をあげて黒曜石の瞳で見つめてきた。
「だって、おじーちゃま、泣いてるから」
言われて、私は初めて気づいた。
しわ枯れた手で水気を失った頬に触れる。
そこには涙の跡が確かにあった。ただし、それもパリパリに乾いて既に古い。
メアリは相変わらず不安そうな顔で私を見上げている。口を尖らせて、小さく唸っている。
私はそれに微笑み、このように告げた。
「大丈夫だよ。もう、何十年も前のことだからね」
それにメアリは「ほんと?」と返してくる。
私は力強く頷いてみせた。
「ああ、ああ。本当だとも! さて、メアリは他に何の用事で来たのかな」
その言葉に甲高い声があがった。
慌てた素振りを見せてはいるが、どこかはしゃいでいる。
「あー、あのねーぇ、ママがねーぇ、もうお夕飯だからおじーちゃまを呼んできなさい、って言ったの。
だから、おじーちゃま、早く来てねっ」
メアリはにこにこと笑いながら、そう教えてくれた。
「わかった、すぐに行く。先にいっていなさい」
と小さな背を押した。
メアリは「はあい」と間延びした声で返事をしてそそくさと扉の向こうに消えていく。
ぱたぱた、と慌ただしい靴音が遠のいていく。
しかし、私はふう、と深く溜息をつくと椅子に深く腰掛けた。視線が宙を舞う。
そこにはあの日々のように紅い太陽が部屋に差し込んでいた。
そろそろ日暮れだ。夜が来る。
私はまた眠りに落ちることだろう。何度でもあの夢を見るだろう。
愚かしくも愛おしい、後悔するばかりのあの日々を。
それはいつまで経っても、こうして半世紀が過ぎても、私から決して離れることがない紅い赤い世界。こことは違う、別世界。
私自身が終わらせた……すでになくなった世界。
そう、そのときの手の感覚は私の手のひらに未だ生々しくこびりついている。
私は立ち上がるとバルコニーに出た。
足を乗せただけでぎい、と音が鳴る。
そろそろここも息子に建て替えてもらわねばならない。そんなことを考えつつ、眼下に広がる世界を見つめる。
何千もの墓標が黄昏にさらされていた。
完