綾小路 side
今日はポイントの支給日のはずだが、一ポイントも支給されていない。まぁ、後で支給されるのだろう。そう思っていたのだが、どうやらそれは違ったらしい。
「……お前達は本当に愚かだな」
この言葉から茶柱先生はこの学校の仕組みについて語り始めた。途中で不満の意見も出たが、授業態度や生活態度で当たり前のことができていなかったとして一蹴。そして、Aクラスから順に優秀な者を入れていくということや、オレ達Dクラスが不良品だということが告げられる。
このことに堀北は特に興味もなさげに話を聞いていた。プライドの高そうな堀北は絶対に眉を顰めると思ったのだが、顔に出さないだけでショックを受けていたりするのだろうか。
「これが小テストの結果だが、良かったなお前達。これが本番だったら六人が入学早々に退学になっていたところだ」
「た、退学ってどういうことですか?」
その後、茶柱先生は一科目でも赤点があれば退学になることを告げるとクラス内が阿鼻叫喚となった。特に三馬鹿の内の一人と言われている池は大パニックだ。一番点数が低い須藤も見る限りでは慌ててはいないが、内心では焦っているだろう。山内は何故か赤点ラインにはいなかったので、不思議に思って堀北に話しかける。
「なぁ、赤点組に山内がいないのは変じゃないか?」
「山内って誰だったかしら?」
「は? 山内を知らない? ほら、クラスが騒ぐようになったきっかけのあいつだよ」
「クラスが騒ぐようになったきっかけ?」
堀北は気づいていないようだが、このクラスが騒ぐようになったのにはきっかけがある。それが山内だ。授業中に大声で話したり、クラス内で賭けをやったりしてそれでも注意されないのを見た他のクラスメイトが好き勝手に振る舞い始めた。そうでなくても、このクラスであればいずれ好き勝手に振る舞っていたような気もするが。
「……」
「おい、どうした?」
堀北は考え込んでいるようで話しかけても返事がない。いや、話しかけても返事がないのはいつものことではあるが、今までよりも深刻そうな顔で考え込んでいる。本当にどうしたのだろうか。
堀北が考え込んでいる間にも話はかなり進んでいたようで、先ほど将来の望みを叶えてほしければAクラスに上がるしかないという話が出る。そのことに激昂する生徒も現れるが、高円寺が唯我独尊の姿勢を示したことで反撃の言葉を失ったのか一度気持ちを抑えた。中間テストまで残り三週間、退学を回避するように努めろと言い残し、茶柱先生は教室を去る。
そんな話を終えた放課後。平田は教壇に立ち、対策会議の準備を進めていた。このままではプラスにならないので、どうにかする方法を模索するらしい。堀北は茶柱先生に聞きたいことがあるらしく、いつの間にか教室からいなくなっていた。オレも会議が始まる前に教室から出るかと考えたその時、アナウンスが教室に鳴り響く。
『一年D組の綾小路くん。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください』
それは、担任からの呼び出しであった。オレは特に注意を受けるようなことはしたことがない。しかし、行かないということでクラスの成績に響いたら、後が怖い。行くしかないな。職員室まで来るとちょうど、三人の生徒が職員室から出てくるところだった。一人は車椅子に乗っており、耳も尖っている。ついでに頭の上に輪っかのような物が浮かんでいるが、あれは何だろうか。
「どうか、されましたか?」
気がついたら、車椅子に乗っている女子生徒に話しかけられていた。しまった、見過ぎでいたか。そう後悔しつつも話しかけられた以上、話を返さないと失礼になる。
「いや、すまない。珍しいと思ってしまってな」
「珍しいとは、この車椅子のことですか?」
やってしまった。返し方が失礼だったな。何と言い訳しようか、と考えていたところ車椅子の生徒から笑い声が聞こえてきた。
「ごめんなさい。少し、からかってしまいました。珍しいと感じたのは頭の上にあるヘイローのことですよね?」
「あ、あぁ」
ヘイローというのか、それは。今まで見てきた人のどの頭の上にも無かった物なので困惑している。こんな人がいるとは思わなかった。耳も尖っていることが些細なことのように思える。
「私のことご存知ありませんか? 病弱美少女のお手本のような存在ですとか、高育に咲く一輪の花ですとか一つくらい聞いたことはありませんか?」
「すまない。一つも聞いたことがない」
「なっ……そんな。まさか……」
「入学して一ヶ月しか経っていないんだから聞いたことあるわけないでしょ。悪いね。困らせちゃって」
車椅子の生徒の後ろにいた女子生徒に謝られるが、特に気にしてはいないことを伝える。オレが交流関係がないせいで聞いたことがないものだと思っていたのだが、どうやらそれは気のせいだったようだ。
「ところで、職員室には何をしにきたのですか? まさか、今朝のことを抗議しにきたのでしょうか」
「いや、そんなんじゃない。ただ、呼び出しを受けただけだ。呼び出されることをした記憶はないのだがな」
「まぁ、そうでしたか。でしたら、邪魔になってしまいましたね。どうぞ、お入りください」
そういうと、三人の生徒はオレの前から去っていった。そういえば、ヘイローについて聞き忘れたな。今度会った時にでも聞いてみるか。
「あの、茶柱先生居ます?」
「え? サエちゃん? えーっとね、さっきまでいたんだけど。あっ私は星之宮知恵っていうの。よろしくね〜。ところで、サエちゃんにはどうして呼び出されたの?」
「それが、オレにもさっぱり」
「分からないのに呼び出したの? ねぇ、君の名前は?」
「綾小路清隆です」
何だこの先生は。聞いてもいないのに名前を名乗ってくるし、今もグイグイ質問してくるし。この先生は教師というよりも生徒に近いな。学校にいたらモテるタイプの。
「何やっているんだ、星之宮」
「あっサエちゃん。良かったね、綾小路君。サエちゃん来たよ」
「待たせたな、綾小路。ここじゃ何だ、生活指導室にまで来てもらおうか」
別にここでも大丈夫なのだが。聞かれたらマズい話でもする気なのだろうか。それよりも指導室に呼び出されるとは、目立たないように学生生活を送ってたつもりだったのだがな。程なくして職員室の近くにあった生活指導室に入ると、オレは呼び出した要件を聞く。
「話をする前にちょっとこちらに来てほしい」
指導室の中にあった扉を開くとそこは給湯室になっていた。茶でも沸かしてこいということなのだろうか。
「いいか、黙ってここに入っていろ。私が出てきて良いと言うまで物音を立てるなよ。破ったら殺す」
「は? 言っている意味が全く━━」
オレの抗議を受け付けないかのように扉が強く閉められる。それにしても殺すって冗談でも生徒に言って良い言葉じゃないと思うのだが。程なくして、生活指導室の扉が開かれた音がした。
「それで、私に話とは何だ、堀北? まさか、Dクラスであることが不満などと言い出すのではないだろうな?」
「いいえ。そのことについては仕方のないことです。率直にお聞きします。何故、忍者がこの学校にいるのですか」
「忍者?」
「惚けないでください。先生ならとっくのとうに気づいているでしょう。名前はもう忘れてしまいましたが、工作をしたと思われる生徒がいることは分かっています」
忍者って何のことだ。堀北が名前を忘れていた生徒といえば、山内くらいしか思いつかないが。茶柱先生はオレに一体、何を聞かせたいんだ? すると突然、茶柱先生が笑い始めた。
「何がおかしいのですか?」
「いや、すまんな。実はな忍者と我々は手を組んでいる。騙していたことはすまなかった」
「何故、教えてくれなかったのですか?」
「上は訓練になると思ったそうだ。勿論、お前達のな。気づいたのはお前が最後だ」
「でしょうね。一ヶ月間気が付かないなんて我ながら、情け無い。でも何で綾小路君は気づいたのでしょうか?」
おっと、オレの話になったぞ。事なかれ主義を掲げて目立たないように生活してきたオレだが、こんなことで注目されるとは思わなかった。
「あぁ、忍者からメールが来た時には驚いたぞ。まさか、軍の人間でもない人に気づかれるとは思わなかったと書いてあったな」
「まさか、あの会話が聞かれていたなんて。クラス中が大騒ぎだったのに。いや、忍者ならそのくらいのことはできますか」
どうやら、山内が何かしていたようだな。それにしても二人は山内の名前を言わずに忍者と呼び続けているのは何故だ?
「忍者の件は分かりました。上が決めたことでしたら、それに従うまでです」
「不服そうだな」
「軍人であれば、当然です」
今度は軍人か。察するに堀北と茶柱先生は軍人なのだろう。そして、忍者である山内とは普段は敵対関係にあるということか。それにしても、軍人がこんなところで何をしているのだろうか? そもそも、オレにこんな話を聞かせて何がしたいんだ?
「お聞きしたいことは以上です。それではこれで失礼します」
「あぁ、そうだ。もう一人指導室に呼んでいたんだった。お前にも関係のある人物だぞ」
「なら、何故ここで話をしたのですか!? 他の生徒には絶対に聞かれちゃいけない話ですよ!」
「まぁ、そう言うな。そいつはきっとお前の役に立つぞ。出て来い綾小路」
絶対に聞かれちゃいけない話か。オレは山内や堀北と今後、どう接すれば良いんだ。とりあえず、このタイミングでは出たくない。聞かなかったことにして出ないようにしようかな。すると、何かを取り出す音が聞こえた。
「ちょっと、先生!?」
「出てこないのなら、こちらから開けるぞ。それでもこちらに来ないのならのなら今すぐ、お前を殺す」
何を取り出したかにもよるが、軍人であろう茶柱先生に勝つことはできない可能性が高い。殺すというのは流石に冗談だろうが、体罰は受けそうだな。仕方ないので大人しく出ると、そこには銃を構えた茶柱先生と慌てている堀北がいた。
「何をしてるんですか?」
「お前を殺すつもりだったといえば、納得してもらえるか? 安心しろ、これはエアガンだ」
「じゃなかったら大問題ですよ」
おそらくだが、堀北の慌てようから推測するに本物の銃は持っているのだろう。軍人がエアガンを他人に向けるのも大問題ではあるが、それを言ったところで開き直られるだけだ。
「……先生、何故このようなことを?」
「それは綾小路を呼んだことか? それともエアガンを他人に向けたことか?」
「どちらもです。後者については後で聞きますけど、綾小路君を呼んだのは何か理由があってのことですよね?」
「当然だ。手短に言おう。綾小路をデカグラマトンの調査部隊に加えたい」
「また、素人を巻き込むつもりですか?」
「この学校にいる時点で既に巻き込まれているようなものだろう」
デカグラマトンとは何だろうか? そう考えているのを察したのか茶柱先生は事の経緯を話してくれた。なるほど、この学校にいる時点で巻き込まれているというのはそういうことか。しかし、分からないこともある。
「先生、キヴォトスって何ですか?」
「貴方、義務教育は受けたの?」
「そこまで言われることか?」
「そこまで言われることだ」
茶柱先生もそう言うということはよほど、常識的な話なのだろう。呆れた様子の茶柱先生からは銃撃戦が日常である学園都市とだけ教えてもらった。銃撃戦が日常であるということが気になるが、詳しくは自分で調べろと言われたので後で調べてみよう。図書館に資料は置いてあるかな?
「それで? デカグラマトンの調査に加わるか?」
「その前に何故、オレなんですか? 他にも適任の人はいるはずです」
「お前が忍者の存在に気づけたからだ。しかもしっかりと名前を覚えていた。お前のその優れた洞察力を私は買っている」
なるほど、山内の存在に気づいていたことや覚えていたことがそれだけでありえないことだったということか。そしてその能力を有効活用したいと……目立ちたくないんだけどな。
「勉強の方が大変ってことで断れたりしないですかね?」
「勉強か。綾小路、お前は面白い生徒だな。入試の成績を元に個別の指導方法を思案していたのだが、お前のテストを見て興味深いことに気付いたんだ」
クリップボードから見覚えのある解答用紙が並べられていく。それは入試問題の解答用紙だった。
「入試の成績は全教科五十点。おまけに今回のテスト結果も五十点。これが意味するものは分かるか?」
「偶然って怖いっすね」
「偶然だったと? 普通の生徒になりきりたいのなら、平均点を取るようにしろ。全く、全て五十点にするために正解率が三%の問題に完璧に正解し、正解率が七十六%の問題をわざと落としたな」
「あくまでそれは偶然ですよ」
しかし、普通の生徒になりたいのなら平均点を取れというのはハッとしたな。次からはそうするか。すると、堀北が驚いた表情で質問をしてくる。
「貴方はどうしてこんなわけの分からないことをしたの?」
「だから、偶然だって。言っておくが、隠れた天才とかそんなんじゃないからな」
「どうだか、頭脳だけでいえば堀北よりも上かもしれないぞ。というわけで勉強面の心配はいらないということが分かったな」
この人はどうしてもオレをデカグラマトンとやらの調査に加えたいようだ。目立つ仕事ではないことは分かるのだが、危ない仕事であることは間違いないだろう。だが、未知のものに対しては興味がある。
「分かりました。具体的に何をするのか分かりませんが、調査とやらに協力させていただきましょう」
「それで良い。詳しい話は堀北に聞いてくれ。私はそろそろ職員会議があるので、失礼する。ここは閉めるからお前達も出ろ」
背中を押されて、生活指導室から廊下へと放り出された。分からないことだらけだが、そのことは堀北に聞くことにしよう。
前書きが少しだけ生意気でしたので、反省いたします。山内については今後、戦闘に加えようか迷っています。