綾小路 side
昨日の夜、櫛田から連絡がきた。曰く、佐倉とカメラの修理に行くことになったが、別件でオレに付いて来てほしいそうだ。デカグラマトンの預言者の一人である佐倉のことは実のところ、よく知らない。それを知るためのチャンスでもあるため、オレは喜んで承諾した。堀北達には後で伝えよう。
そして、現在。オレは彼女達との待ち合わせのためにショッピングモールへ来ていた。ベンチには先客が座っており、オレは誰も座っていないもう片方のベンチに座ることにする。見覚えのない人だが、誰かと待ち合わせだろうか。そういう人はオレの他にもいるんだなと当たり前のことを思いながら櫛田を待つ。
「あの、綾小路君……ですよね?」
「あぁ、そうだが」
突然、隣に座っていた人が話しかけてきた。オレの名前を知っているということは知り合いだろうかと思ったが、顔を見ても分からない。
「私は佐倉愛里です。初めまして、で良いのでしょうか?」
「実際、ろくに会ったことがないわけだしな。これが初めましてってことで良いんじゃないか?」
彼女がケセドか。そんな雰囲気も感じない。つまり、人間社会に溶け込むのが上手なのだろう。どうしよう、これで櫛田までもが預言者の一人だったら。オレは今日、敵に囲まれながら生活することになるぞ。やっぱり、事前に連絡を入れておいた方が良かったか。
「何故、オレの名前を? ろくに話したことがないだろう」
「櫛田さんから綾小路君という人が来ることは教えられていましたから」
普通、誰が同行するかは教えておくか。よくよく考えてみたら当たり前のことだったな。そんなことを思いながら、同時に警戒もする。この状況は預言者とろくに装備もせずに会っていることになる。これで櫛田とかがいれば、体面のために何もしない可能性が高いが、今ここにいるのはオレ一人だ。カメラだってハッキングが可能だろう。つまり、オレは命の危機という状態であるわけだ。
「お待たせ! どうしたの綾小路君。緊張してる?」
「あぁ、女子二人とお出かけとなるとな。でも、オレで良かったのか?」
「うん。本当はもう一人呼びたかったらしいんだけど、連絡先知らなくて」
「もう一人?」
「葛城君っていう人なんだって」
その言葉を聞いた途端に背筋が凍りついたような感覚がした。つまり、ケセドは目撃者だと思われる人をまとめて始末するために櫛田を利用してオレを呼び出したいうわけだ。やっぱり、今からでも連絡を入れておくか。
「でも葛城君の周りにはボディーガードかのように神室さんが付いているし、葛城君だけを呼び出すのはどのみち難しかったかもね」
「よく知っているな」
自分にもボディーガードが欲しいと言ったことはあったが、まさか切実にそう思う日が来るとは思わなかった。櫛田には申し訳ないが、早く一日が終わらないだろうか。
「それじゃあ、行こう!」
◇
オレは堀北達にメールで連絡を入れて、櫛田達と共に修理コーナーまでたどり着いた。誰からも連絡が返ってこないということはまだ、見ていないのだろう。
「綾小路君、ここで第一の試練だよ。このカメラの修理を受付のところまで持って行って」
「何故、オレが?」
「佐倉さん、あの店員が苦手みたいでね。だから、代わりに行ってほしいんだって」
店員が苦手なのではなく、あの店員が苦手ときたか。つまり、あの店員と何かがあったのだろう。ケセドであれば、始末をするのは容易なはず。それをしないということはそこまでするほどのことではないということか。そんなことを考えながら、オレはカメラと保証書を持って修理受付の場所へと向かう。
幸いにも保証書があるおかげで無償で修理を受けられるとのことだった。あとは必要事項を記入して終わりなのだが、これはオレのことを記入しておいた方が良さそうだな。わざわざ、苦手な店員の前に呼び出してトラブルになったら面倒だし。
「終わったぞ。修理には二週間ほどかかるらしい」
「まぁ、それは仕方ないかな。ちょっとだけ、落ち込むけど」
あれはケセドにとっても大切なものであったらしい。てっきり、カメラの修理はオレ達を釣るための餌だとばかり思っていたからこれは予想外だ。
「綾小路君、第一の試練はパーフェクトだったよ」
「第一の試練と言っていたが、第二の試練や第三の試練もあったりするのか?」
「それはご想像にお任せするよ」
櫛田の言う試練をクリアしたらどうなるのだろうか。二人きりでデートに行くみたいなものを想像してしまうが、二人きりではないにしろ実現できている時点で違うのだろう。我ながら少し浮かれてしまっているな。その後、見たいものを見ていると誰かから電話がかかってくる。
「堀北からか。珍しいな」
オレは電話に出ると慌てた様子で今はどこにいるのか尋ねてきた。ケセドと出かけているのが、そんなに心配になってしまったのだろうか。まぁ、堀北が心配しているのはオレという存在そのものではなく、オレという戦力が減ってしまうことなのだろうが。
「今は電化製品を扱っているコーナーにいるが、それがどうかしたのか?」
『そこから動かないで! 一度だけしか言えないからよく聞きなさい! 櫛田さんは━━』
堀北の言葉を聞き終わる前にオレの胸を何かが貫通した。周囲を見ると周りには誰もいない。いつの間にこんなとこに来ていたのか。いや、オレが見たい物は人が寄りつくものではない。しくじったか。
「あれ、胸を貫いたのにまだ立てるの? 流石は特異現象捜査部だね」
この発言から撃ったのはおそらく、ケセドだろう。周りにある監視カメラもおそらくハッキングされて、偽の映像が流されているはずだ。つまり、今のオレにできることは堀北が来るまで耐えることのみ。
「櫛田はどうした?」
「さぁ? トイレにでも行ってるんじゃない? だから、その間にケリをつける」
どうやら、櫛田がどこに行ったのかはケセドも知らないようだ。そういえば、堀北が櫛田について何か言いかけていたが、胸を貫かれたことで聞き漏らしたな。後でもう一度聞くか。
そんなことを考えている間にケセドは銃を取り出して、オレに向かって発砲。なんとか避けることに成功するが、それもいつまで続くか分からない。オレは胸に風穴を開けられている状態だ。満足に動けそうにもない。
だが、オレだって銃は持ってきている。銃を取り出してケセドがいた場所に向けるが、その場所にケセドがいない。突然、消えるなんて瞬間移動でもない限り……そうだ、人型の時には瞬間移動ができるのだったな。冷静になれ。ケセドが移動している場所はオレをすぐに狙える場所。つまり、後ろ!
「残念、上だよ」
その言葉と同時に発砲音が聞こえ、近くに置いてある商品で頭を守る。ここは電化製品が数多く置いてあるから、ただの銃であれば身を守ることはできるはずだ。その予想は正しかったようで、電化製品に弾丸は当たり、見事に弾いた。
地面に着地したケセドが舌打ちをする。確実に殺せたと思ったのだろう。すると、ケセドは何かに気付いたのか、瞬間移動をする。さて、次は何処から来るのか。おそらく、上から来ることはもうないはずだ。不意打ちは先ほど行ったばかり。すぐには使えないだろう。
「綾小路君!」
声が聞こえた方に振り返るとそこには堀北がいた。どうやら、ケセドはこれに気がついて逃げたらしい。瞬間移動したのに攻撃をしてこないのが、良い証拠だろう。
「はぁ、ケセドに近づいて情報を得ようとするのは良いことだけどせめて防弾チョッキくらいは着けていなさいよ」
「あぁ、悪かった。そういえば、櫛田についてだがあの時に胸を貫かれてしまってな。あまりよく聞いていなかった。もう一度、聞かせてくれないか」
「その前にまずは病院に行くことを優先しなさい。そんな怪我ではどのみち足手纏いよ」
オレが怪我をすることについては分かっていたらしい。というよりも反応を見るとそれくらいの怪我で済んで安心したという顔だ。それくらい、預言者は危険だということか。分かっていたつもりなのだが、どうしても慢心が出てしまったらしい。
「綾小路君、お待たせ……ってどうしたのその傷!?」
「これは色々あってな。まぁ、察してくれ」
「いや、無理だよ!?」
◇
あの後、病院に行って治療を受けたオレは自室で横になりながら、今日起きたことについて考えていた。いくつかの疑問が出てきたためだ。
まず、ケセドがオレを殺そうとしたのは間違いないと思う。葛城も呼ぼうとしていたわけだし、そもそも上からの不意打ちの際に頭を狙ってきてるし。
それならば何故、最初の不意打ちの時に頭を狙わなかったのかが気になってしまう。ケセドは多分、狙った的を外さないタイプだ。オレが弾丸を避けることができたことからその推測は間違いないだろう。まぁ、もしかしたら胸を貫けばそれで終わりだと考えていた可能性もあるが。
二つ目の疑問は銃声が聞こえても全く騒ぎにならなかったことだ。人目がなかったのもあるが、あそこは店内。であれば、店員が逃げる音がしてもおかしくはない。しかし、そういうことは全くと言っていいほどなく、怪我をしているオレに大丈夫かと駆け寄ることもなかった。流石に店員まで軍人ということはないはずだし、軍人だったとしたら加勢をしてくれるはずだ。
「ダメだな。一つ目に関してはともかく、二つ目に関してはまだ情報が足りない」
一つ目に関してはありえないことではあるが、自分の中で答えは出ている。ケセドが銃を取り出したのは二発目からだ。一発目は銃を取り出してすらいなかった。銃を取り出さずに銃を撃つことは不可能。つまり、ケセドは一発目を撃っていないということになる。となると、誰が撃ったのかというと別の人物ということになる。
それで考えられるのは櫛田だけだが、あいつはあの時にはその場にいなかった。だからこそケセドがチャンスだと思っていたわけだしな。堀北は櫛田について何か知っているらしいし、聞いてみるのも良いだろう。だが、堀北が答えてくれるだろうか。一度しか言わないではなく、一度しか言えないと言っていたわけだし、何も話してくれない可能性の方が高い。しかし、堀北に何も聞かないよりは良いだろうと考えて電話をかける。
『今、何時だと思っているの?』
「そのことについては悪いと思っている。でも聞いておきたいことがあってな」
『櫛田さんについてでしょう』
堀北も何を聞きたいのかは分かっていたようだ。まぁ、一度同じ質問をしているわけだし、分かっていてもおかしくはないか。
『そのことよりも貴方は今、何処にいるの?』
「自分の部屋だが、それがどうした?」
『だったら、今すぐ部室に避難しなさい。部屋の鍵はポイントを使えば容易に手に入るの。そして、貴方の部屋は知られている可能性があるわ』
つまり、オレが寝静まった頃に部屋に侵入されて殺される可能性があるということか。確かにその可能性も捨て切れない以上、必要な物を持って移動した方が良さそうだな。
「忠告は助かった。今すぐに移動しよう。それで櫛田の件だが」
『それは後! いいから、急いで!』
その言葉と共に電話が切れるとオレも急いだ方が良さそうだと思い、必要なものだけを持って部室に向かう。幸運にも誰とも出くわすこともなく、部室に行くことに成功した。誰かに出くわすと説明が面倒だからな。その夜、寮内では銃声が聞こえたらしく教室中で騒ぎになっていたらしい。
優しさの欠片もないと思うかもしれませんが、ここで戦ったこと自体が優しさなのです。