綾小路 side
特別試験のことを聞いた人達の反応は様々だった。クラスポイントを増やすチャンスだと喜ぶ者や参加しないことに安堵する者、参加できないことを悔しがる者まで様々である。
「綾小路、そして堀北。ちょっと、話したいことがある」
「須藤か。真剣な顔をしてどうしたんだ?」
と言ってもオレは須藤が何を話したいのかをある程度悟っていた。それは須藤が参加できないことを悔しがっていた側の生徒だからである。
「俺を特異現象捜査部に入れてくれないか?」
「ダメに決まっているでしょう」
須藤の真剣な頼み事をバッサリと断った堀北であるが、それだけじゃ納得しないであろうことを考え、きちんと理由を説明するらしい。
「まず、第一に今の特異現象捜査部に素人を入れるわけにはいかないの。審議会の後ならともかく、今の段階で入部されても射撃訓練とかはできないのよ」
須藤は一つ目の理由の説明で既に納得しかけていたが、それは今の入部できない理由だ。もしも、試験が終わった後も入部したいという気持ちがあるのなら、話は変わってくる。
「そして、第二にウチの部活動は兼部をする余裕なんてないわ。つまり、貴方にはバスケ部を辞めてもらわないといけないわけだけど、プロのバスケ選手を目指している貴方にそれができるのかしら?」
確かにオレ達は誰一人として兼部をしていない。理由は簡単で堀北の言った通り、そんな余裕などないからだ。オレ達の日常は出撃か訓練かの二択なのだから。
「そして、最後に」
「いや、もう分かった。俺のことを考えての判断だということはな。ただ、一つ聞かせてくれ。オカルトは殺すのか?」
「討伐できるかどうかは用意する道具次第でしょうけど、撃退で終わらせたら、今度は別の島が被害に遭うだけでしょうね。だから、討伐はするつもりよ」
「もしも、その正体が親しい人だとしてもか?」
「私はそのつもりよ」
そのように断言する堀北を見て須藤は複雑な感情を見せる。殺すことを許したくはないが、それで救われるものがあるのも理解しているからだろう。
「お前の覚悟はよく分かった。ただ、後悔だけはするんじゃないぞ」
「貴方に言われなくても分かっているわ」
須藤はそう言うと、池のいる場所に戻っていった。あいつは堀北に惚れたとか言っていたから、堀北が心配だったのかもしれない。
「さて、私達は何を買うのかについて、話し合いましょうか」
「堀北さん、ちょっと良いかな?」
堀北と話そうとしたタイミングで何人かのクラスメイトがオレ達のところへやってきた。須藤のようにオレ達の部活に入りたいという雰囲気ではなさそうだが。
「買う道具の話し合いについて、私達も混ぜてくれない?」
「ルールを聞いていなかったの? この特別試験に参加する資格のある者は特異現象捜査部とその関係者のみなのよ」
「勿論、聞いてたよ。でも、特別試験はオカルトの撃退もしくは討伐のことであって、買う道具の話し合いは含まれていない。さっき、先生に確認したら、そう答えが返ってきたの」
「それに買わなかった分はクラスポイントになる以上、お前達だけに任せておけん。クラスポイントに余裕はないんだ。この機会を利用して一気にポイント差を縮めたい」
彼らの言い分は理解できる。Dクラスはこの前、行われた審議会で50ものクラスポイントを失ったばかりだ。Aクラスになるためにも出来るだけ、ポイントを使わせたくないのだろう。
「そういうわけでマニュアルを私達にも見せてくれないかな?」
「……分かった。ただし、こちらのことも考えて発言してくれ」
そう言ってマニュアルを渡すと、肘で小突かれる。小突いた相手は現在、俺のことを睨んでいる堀北であった。
「どういうつもり?」
「見たらわかるだろ。渡さなくても取られていた可能性が高い。そして、それがなければ注文ができないのだとしたら、マニュアルを盾に要求を飲ませようとしてくるはずだ。そうなるくらいなら、初めから話し合いに参加させた方が良い」
オレ達が小声で言い合っていると、マニュアルを見終えたのか、マニュアルを持った生徒達が対面に座り始める。
「初歩的な質問をするが、武器は持っているか?」
「あぁ、護身用の銃を一応」
「じゃあ、武器は必要ないな。それと防護服だが、これの購入は認めよう。流石に俺たちも鬼ではない。二着だけなら、それなりにコストも抑えられるしな」
「いや、一応は山内をメンバーに誘おうと思っているから三着は欲しい」
「山内? 誰だったか忘れたが、関係者というのならこの場に出席してほしいものだな」
その生徒の言っていることは正しいように思えるが、オレからすればそうではない。先程から黙っているだけで、山内はこの場にはいるからだ。
「それで、堀北さん達は何が欲しいのかな? 擦り合わせのためにも確認しておきたいんだけど」
「ロケットランチャーはどのクラスが買うか話し合うから保留として、やっぱり人員は欲しいわね。それも最大限に」
「百ポイントも使うじゃないか。ダメに決まっているだろ。許可できたとしても一人までだ。二十ポイントは大打撃だが、防護服と合わせても五十ポイント。残りを考えれば、充分な額だ」
「それだけじゃ、私達は四人だけになるじゃない。相手は火山を噴火させるほどの力を持ったオカルトよ。最大限、警戒するべきだわ」
「他のクラスも含めれば、相当な人数になると思うんだ。だから、私達が多くの人数を出さなくても良いんじゃないかな?」
「他のクラスも同じことを考えていたら、人数は不足したままよ。そうなったら討伐はおろか、撃退もできないじゃない」
やはり、ぶつかるところは出てくるか。それにこの分だと、ロケットランチャーをウチのクラスで買うことは無理そうだな。というよりも、武器を買うことも無理そうだ。
「そこはさ、他のクラスを言い含めれば良いじゃないか。特にBクラスには特異現象捜査部の部員はいないんだろ? そいつらに払って貰えば良いじゃん」
「馬鹿も休み休み言ってほしいわね。Bクラスには部員がいなくても関係者がいる。その人は頼まれなくても絶対に参加するはずよ」
先程とは別の男子生徒が堀北に意見するが、堀北に反論される。堀北の言う関係者というのは忍者のことではなく、軍人のことなんだろうな。堀北は忍者全体を信頼していなかったはずだし。
「参加するはずって……それは可能性の話じゃん。そんな正義感を持っているなら、とっくに特異現象捜査部に入っているはずでしょ」
「そうだ、馬鹿なのはそっちじゃねぇか!」
取り巻きのリーダーらしき女子生徒が反論すると、先程意見した男子生徒が堀北を罵倒する。そろそろ見苦しくなってきたし、この茶番は終わりにさせるか。
「堀北、こいつらのことなんだが」
「分かっているわ。だから、さっき小突いたのよ。綾小路君の意見も一理あるのだと思っていたのだけど、無駄な時間を過ごしたわね」
「さっきから、何をコソコソ話しているんだ?」
「何でもないわ。それよりもちょっと聞きたいのだけど、貴方達を招集した人の名前を言える? その人と話したいことがあるのだけれど」
「それなら私だけど、話したいことって何?」
あえて、自分が呼び出した人物であることをアピールすることによって、名前を言わせる機会を奪ったか。動揺を一切、見せていないのはこういうことに慣れている証拠だろう。
「貴女、名前は?」
「橋本だけど、それがどうかした?」
「そう。なら、単刀直入に聞くけど貴女、スパイでしょ。橋本なんてクラスメイトはいないもの」
「貴女が山内君を覚えてなかったみたいにクラスメイトの名前を全員分、把握していないだけじゃないの? 山内君の名前を出した時に『誰だったかしら』って顔をしたのを見たよ」
話を誘導しようとしているな。確かにクラスメイトである山内を覚えていなかったというのは指摘する上では致命的だ。橋本と仮称する女子生徒が言った通り、クラスメイト全員の名前を覚えていないことの証明だからな。
「山内君のこともそうだけど、貴女のことを知っているクラスメイトはどれくらいいるかしら。今、ここで質問しても良いのよ」
堀北がオレにアイコンタクトをしてくる。見てるだけじゃなくて手伝えということか。あまり、目立ちたくはないのだが、あの部活に入っている時点で今更か。
「それにだ、橋本。堀北が先程言ったことの証明として、オレ達はある理由で茶柱先生からクラスの名簿をもらっている。そこにはお前の名前はなかった。今、見せてやっても良い」
「いい加減、認めなさい。すんなりと周りに溶け込めるその能力があるのだもの。名簿を確認していないはずがないわよね? その上でこのクラスにいない橋本をあえて名乗ったのだもの。バレることが前提でやっているのでしょう?」
周りの生徒はすっかりと堀北の話を信じ込んでいるようで、黙り込んだ橋本に対して厳しい視線を向けていた。
「まぁ、ここまで引っ張れば充分か」
「認めるのね?」
「あぁ、認めるよ。私はスパイだ。もっとも、素顔を明かす気はないがな」
どうやら、素顔は違うらしい。もしかしたら、女子でもないかもしれない。そんなことは後で、山内から聞けば良いか。
「お前の目的は何だ? 何故、俺達に有利なことをした?」
「有利? 違うね。これはお前達にとって、不利になる行動だ。それが分からないのは、流石は不良品って感じだな」
「聞き捨てならねぇな。今の言葉」
「とりあえず、捕まえろ。話はそれからでも遅くはない」
橋本は先ほどまで味方だった生徒達に取り囲まれる。それでも橋本は余裕がありそうだ。オレでもここから何とかなる方法はあるから、こいつらが突破されたらオレの出番だな。
「お前はもう囲まれている。これで逃げ場はないぞ」
「甘い、甘すぎる。この程度で私を捕まえた気になっているとはな。そんなお前達に面白いものを見せてやろう」
橋本は何か球状の物を取り出し、それを地面に叩きつける。すると、辺り一面が眩しくなり、視界が完全に塞がれる。そのため、すぐに耳に頼ることにした先ほどの道具から発せられた音がうるさくて、ろくに聞こえない。しかし、出口はドアしかないため、ドアに向かって走る。
視界は塞がっているが、何がどこに置かれているかは大体、覚えている。ぶつからないように動くこと自体は簡単だ。そうしてドアの付近にたどり着き、橋本と思われる人物の腕を掴む。その細く、柔らかい腕は女子のもので間違いなかった。
「綾小路君?」
掴んでいる女子生徒から聞き覚えのある声が聞こえた。勿論、先ほどまでの橋本の声ではない。ようやく目が見えるようになった時、オレが目にしたのは手を掴まれている櫛田と開いているドアだった。
「どうしたの? いきなり、手なんか掴んで」
「お前、本当に櫛田か? 櫛田はここにはいなかったはずだが」
「あまり人に言えるようなことではないんだけど、綾小路君と堀北さんが相談している場所に何人かが押しかけるのを偶然見ちゃって。それで気になって近くで話を聞いていたの」
一応、筋は通っているようだな。それならば、ドアの近くにいたことにも説明がつく。しかし、橋本の変装である可能性は捨てきれない。
「櫛田、ここの近くにいたのなら事情は知っているな? 一応ではあるが、顔を引っ張ってくれないか?」
「えっと、こう?」
「違う。オレの顔じゃなくて、櫛田の顔をだ」
櫛田は指示通りに自身の顔を引っ張るが、マスクがズレる音などは聞こえない。どうやら、櫛田本人で間違いなさそうだ。
「疑って悪かったな。ここから出て行った奴はいないか? 何の目的で潜入したのか吐かせようと躍起にやっている奴らがいてな」
「ここから、出て行った人はいなかったよ。ドアを開けたのも私だし。窓が開いているから、そこから逃げたんじゃないかな?」
ここは崖だぞ。普通の人なら、こんなところから飛び降りて無事で済むはずがない。いや、忍者ならそうでもないのか? それとも相手は預言者か……どちらにせよ普通の人じゃなさそうだ。
「くっ、逃げられたか!」
「念のため、ペンションの中を探せ!」
手遅れであることを悟りながらも、オレ達の周りにいた人達は橋本を探し始めた。オレはそんな中、ずっと黙っていた山内に声をかける。
「おい、山内。お前は気づいていて黙っていたな。どういうつもりだ?」
「悪いが、あれは忍者の技能である変化の術というやつでな。掟で協力関係にある忍者は工作をしている時には干渉してはいけないというものがある。ただ、俺は嘘つきだからな。信じるかどうかは一之瀬にでも聞いてからにしておけ」
「……明日、一之瀬に聞いてみよう」
山内はクラスのポイントがゼロになるように工作していたことがあった。そのため、クラスの益になるようなことはしないだろうと思っていたから、このように言ってくれるのは驚きだ。
「橋本は忍者なのか」
「あぁ、それも本名だ。あいつの名前は橋本正義っていうらしい。名前から分かると思うが、正真正銘の男だ」
「忍者ってのは異性にも変装できるんだな。それも違和感なく。お前にもできるのか、山内?」
「やらないだけでこの程度は基礎中の基礎だからな。当然、できる。命令してくれれば、橋本のように内輪揉めを起こしてやっても良いぜ」
「いや、今回は遠慮しておく。別の試験で必要になったら、その時は頼む」
「あぁ、分かった。一之瀬がリーダーをやっているクラスになら、潜入しやすそうだからな」
山内のことは信用できないが、利用するだけの価値はある。オレはそう判断し、山内と協力をすることにした。後で堀北にも伝えておこう。
これから、Dクラスは他のクラスから見てのお荷物となってしまうのでしょうか。それは、綾小路達の頑張り次第……というより、作者の技量次第だと思います。