「おはよう……明星」
「おはようございます、葛城君。随分と疲れていますね」
「あぁ、全く容赦してくれなくてな。望んだのは俺だが、流石にキツイな」
「まぁ、命がかかっているのです。無理もありません」
弾一つで致命傷になるキヴォトスの外の人にとって、デカグラマトンの預言者との対決はまさに命懸けなのです。そのくらい厳しいのが常識的なのかもしれません。
「今日は体育、しかも水泳がある日ですが大丈夫そうですか?」
「あぁ、問題ない。というよりも今日は出ろと神室から言われていてな。そのくらいの体力がないと預言者との戦いは無理だそうだ」
「それなら、仕方ありませんね」
預言者との戦いは疲れていたとしても続きます。相手は機械であるため、よほどのことがなければ撤退はしないでしょう。そのよっぽどのことを起こすために軍の方々は色々なことをしているのですね。私が呼ばれたのもその一つなのだと思います。
「それにしても意外でした。男女合同の水泳なのですから、もう少し浮ついているかなと思ったのですが」
「そんなことを考える余裕がなかった俺はともかく、他の奴らは内心では浮ついているだろうな。ただ、それを態度に出さないだけだ。多分な」
「そういうものですか」
流石に高校生にもなれば、周りからの目を気にしますよね。まぁ、誰がどのくらいデカいかなどの下品な話題を教室でする人は高校生にはいないと思います。そんなことをしたら、クラス内での女子からの評価は急降下していくでしょう。
「ところで、預言者について何か分かったことがあるか?」
「いいえ、今のところは何も。ただ、少し気になることがありまして」
「気になること? 何だそれは?」
「それは━━」
「何を話しているの?」
おや、神室さんが登校してきました。せっかく、私が気になっていることを話そうとしていたところだったのですが。まぁ、いいです。話していた内容を説明して、さっさと話してしまいましょう。
「預言者について気になることがあるという話をしていたのですよ」
「あのさ、人が大勢いる教室でそんなことを堂々と話していいわけないでしょう。何のために私が濁して言っていたと思っているのよ」
「おや、それは初耳ですね」
「そりゃ、政府が軍に秘密裏に出している命令だもの。なるべく隠し通せってね。まぁ、あんた達には関係ないかもしれないけど」
なら別にいいじゃないですか。いえ、もしかしたら政府や軍が口を塞ぎに来る可能性もありますね。神室さんはそれを危惧してわざわざ言ってくれたのかもしれません。
「気を使ってくれてありがとうございます。これからはなるべく人の少ない場所で話すようにします」
「そう、そうしてくれると助かるよ」
まぁ、危惧したようなことはあまり起こらないとは思います。政府はともかく軍の方々はデカグラマトンのことを生徒達に知ってもらい、避難してほしいようですから。真嶋先生の反応から推察しただけなので、もしかしたらそうでもないのかもしれませんけど。
◇
葛城side
明星は普段、車椅子に乗っている都合で体育には参加できないそうだ。これがサボりであれば説教をしたのだが、明星の場合は参加したくてもできないだろうからな。見学用の建物の二階を見ると、明星は一人でそこにいた。おそらく、話す相手もいないので退屈しているだろうと思ったのだが、意外と楽しそうに笑っている。俺達の水泳の授業を見るのがそんなに楽しいのだろうか。
「あら、言いつけ通り休まなかったのね。偉いじゃない」
「神室か。この程度で休むようであれば、足手纏いにもなれない。そう言ったのは神室だろ」
「確かにそうは言ったけど、普通の人だったら疲れが残るくらい鍛えたのにね。もっと負荷を上げてみようかしら」
勘弁してくれ。そう言いたい気持ちが湧いてくるが、決して口には出せない。何故なら、トレーニングのメニュー自体は真剣に考えてくれている神室に失礼だと思うからだ。神室は自分の自主トレを俺のトレーニングを一緒に行った後に追加で行っているらしい。それでも疲れを見せていないのは流石と言ったところだろうか。俺も見習いたいところだ。
「葛城さん。最近、疲れが溜まっているみたいですけど大丈夫ですか?」
「最近、筋トレをしていてな。その疲れがまだ残っているようだ」
「なら、いいですけど」
今、俺を心配してくれた人は戸塚弥彦と言って、俺のことを慕ってくれている友人だ。今朝、明星にも言われたことだが、そんなに俺は疲れて見えるということか。もっと精進が必要だな。
「よーしお前ら集合しろ」
体育の教師が集合の合図を出したので、そろそろ授業が始まるようだ。その教師はマッチョというべき人だが、本業が軍人だと言われれば不思議と納得せざるを得ない。やはり、デカグラマトンの預言者達を相手にするにはこのくらい鍛えないとダメなのだろうか。
「見学者は一人か。まぁ、仕方がないな。早速だが、準備運動をしたら泳いでもらうぞ。お前達の実力を見たい」
「あの、俺はあんまり泳げないんですけど」
「俺が担当するからには必ず夏までには泳げるようにしてやる。泳げるようになっておけば後で必ず役に立つ。必ず、な」
泳げるようになっておけば、必ず役に立つとはどういう意味なのだろうか。まさか、夏に遠泳せざるを得ない状況になるんじゃ……いや、流石にないか。最近、非日常的なことに出会ったせいであらゆることを警戒してしまうな。学生生活くらいは安全安心のものであると考えておかなければ、流石に体力や精神がもたない。
準備体操を終えた俺達は五十メートルほど流して泳ぐように指示される。泳げない生徒は足をつけても構わないらしい。随分と優しく感じるが、初回ならこんなものか。泳ぎ終えた俺達は上にあがり、教師からの指示を待っていた。
「とりあえず、ほとんどの者が泳げるようだな。早速だが、これから競争をする。男女別五十メートル自由形だ。一位になった生徒には俺から特別ボーナスとして五千ポイントを支給しよう。ただし、一番遅かった生徒には補習を受けさせるから覚悟しておけよ」
歓声と悲鳴が同時に聞こえてきた。前者は特別ボーナスについて、後者は補習についてだ。タイムの早かった五人がそれぞれ決勝に行き、そこで優勝を決めるという流れらしい。泳げない者は不参加でもいいらしいが、後で補習は確定だそうだ。さてと適度にやるかと思っていた時、神室が声をかけてきた。
「水泳の競争、手を抜いたと判断したらトレーニングの量を倍にするから。いいわね?」
「分かった。そう言うのなら、全力でやらせてもらう」
「よろしい」
どうやら、適度に流そうとしていたことがバレていたらしい。疲れが溜まっている中で全力を出すというのは相当な苦痛なんだが、仕方ないか。それにどうやら、女子からスタートするとのことなので、少しの間は休むことができるはずだ。
第一レースでは早速、神室が泳ぐことになるのか。水泳ではどのくらいの実力があるのか見ものだな。笛が鳴り、一斉にスタートする。神室は序盤でリードをすると、そのままトップを維持。そのまま、誰かに抜かれることもなく五十メートルを泳ぎ切った。タイムは二十六秒ほどであり、相当速いことが分かる。神室は少し息を切らしながら、プールサイドに上がると俺に近づいてきた。
「どう、見本になった?」
「あぁ、充分だ。それにしても、そのくらい速いなら決勝に行けるんじゃないか?」
「どうだろうね。私よりも速い人がこのクラスにはたくさんいるかもしれないし、それは分からない」
いや、流石にいないと思うぞ。女子の日本記録が二十三秒ほどであり、それよりも三秒遅いとはいえ高校生が出せる記録としては充分すごいものだと思う。そう思っていると、レースが終わったのか歓声が聞こえてくる。
「すげぇ、二十四秒だってよ」
「あいつ、何で名前だ?」
「確か、山村って子だったと思う」
山村か……そういえば、いたな。息を切らしていない様子を見ると、まだ全力を出していないというところか。この速さからすると神室と同じ軍の関係者なのだろうか? そう疑問に思っていたが、どうやら違うようだ。
「葛城、忘れないうちに伝えておくけど、あいつは忍者よ」
「忍者? 軍の人間ではないのか」
「えぇ、私も気づいたのはついさっきだけどね。忍者っていうのは軍とも連携していない独自の思想を持つ組織なの。山村は間違いなくその組織の一員よ」
「何故、分かる?」
「簡単な話よ。忍者っていうのはね全てにおいて存在感がなく、記憶や記録からも忘れられていく存在なの。その上で自分の仕事はきっちりと果たすから、対応が難しいのよ。山村は今でこそ目立っているけどそれは私たちに対する警告。忍者はここにいますよってね。やがて、忍者がいることは記憶に残るけど誰が忍者だったかは記憶にも記録にも残らない。だから、覚えているうちに忍者が山村だってってことは伝えておこうと思ったのよ」
なるほど、忍者か。そのような存在までいるとはな。デカグラマトンや預言者達と比べたら些細なことかもしれないが、それでも驚いたぞ。この情報は明星とも共有しておいた方がいいだろう。もっとも、俺も覚えていられるかどうかは怪しいがな。山村の参加したレースが最後だったようで、女子の予選は終わって決勝に進出した人が発表される。当然ではあるが、神室と山村が入っていた。
「女子の決勝は男子の予選が終わってからみたいね。さっきも言ったと思うけど、手を抜いたと判断したらトレーニングの量を倍にするから」
「あぁ、覚えているさ」
「なら、いいけど。ほら、そろそろあんたの番よ」
俺のやるレースには運動部の所属だと思われる人が揃っていた。おそらく、それぞれの人が本来のスピードを出すことができるように割り振られた結果だろう。誰かを意識してペースを崩されては本来のスピードは出せないからな。しかし、これは参った。なるべく、一位を取らなければ、後でどんなことを言われるか分かったものじゃない。そんなことを考えながら、俺はスタート台から飛び出した。俺は出来る限りの力を出して五十メートルを泳ぎきり、自分のタイムを見る。結果は二十六秒と神室と同じくらいであった。
「やるじゃない。私と同じタイムなんて。手は抜いていなかったみたいだし、約束は守ってあげる。ただし、決勝に行けたとしたらその時も全力でやるのよ」
「あぁ、分かった」
決勝に行けたとしても優勝は難しいと思うがな。俺はレースで三位だったようだ。つまり、上に二人いるということである。先ほど、忍者がいたというので上位二人を確認してみたが、俺はその二人のことを普通に覚えていた。つまり、忍者ではないということである。予想だが、軍人でもないだろう。軍人であれば、早々に明星と接触しているはずだ。
「葛城さん、すごいじゃないですか! 二十六秒ですよ、二十六秒! 上はまだいるとはいえ、かなり接戦でしたし、決勝では逆転できるかもしれません!」
「そう言ってくれるのはありがたいが、俺はまだ決勝に出れると決まったわけじゃないぞ」
「またまた。葛城さんの記録なら、大丈夫です。それに、これ以上速い選手が出るとも思えませんし」
「だといいのだがな」
弥彦とそんなことを話していると、再びプールの方から歓声が聞こえてくる。今度は誰がどのような記録を出したのだろうか。タイムを切った先生が驚いた顔でストップウォッチを見つめているが。
「二十二秒九五……だと」
「……」
その無口そうな男は自分のタイムに興味がないかのように息も切らさず、プールサイドに上がった。確か、名前は鬼頭隼だったか。彼のレースで男子の予選が終わり、俺は無事に決勝に進むことになった。俺では鬼頭には勝ち目はないだろう。それでも、レースを諦めることはできない。
「大丈夫です! 葛城さんなら勝てます!」
「あぁ、俺もそのつもりだ」
弥彦は俺を慰めるために言っているのかもしれないが、今の俺に負けるつもりはない。そう考えているうちに女子の決勝戦が始まった。この勝負はおそらく、神室と隣にいる女子生徒との一騎打ちになるだろう。だが、あの女子生徒の名前を忘れてしまった。いかんな、記憶には自信があるはずなんだが。
笛が鳴り、女子五人が一斉にスタートする。神室は先頭にいる女子生徒に食いつこうとしているが、追いつけていない。このまま、女子生徒の優勝かと思ったが、女子生徒は速度を落としていった。突然の行為にプールサイドで見ていた者からは驚きの声が出てくる。そのまま、神室に抜かれて二位となって決着。神室の優勝が決まった。
「あんた、どういうつもり? いきなり手を抜いたりなんかして」
「これ以上は……記憶に残ってしまいます。だから、今回はここまでです」
「あっそう。それが貴女達の流儀なんだものね。なら、今回は好きにしなさい。ただし、私達の邪魔はさせないから」
「ふふ……肝に銘じておきます」
女子生徒はそういうとプールサイドに上がり、そのまま人混みに紛れていった。なんてことだ、人混みに紛れた途端に姿が見えなくなった。
「誰を探しているんですか? 葛城さん」
「いや、先ほどのレースで二位だった女子生徒が見えなくなってな」
「あの人じゃないんですか?」
「いや、あれは三位だった子だな」
忍者とは本当に認識できなくなるものなのか。現に弥彦は忍者とされている女子生徒を認識できていない。俺も顔はまだ覚えているが、もう名前は覚えていないようだ。忍者、恐るべし。おっと、そんなことを考えている場合じゃないな。そろそろ、決勝が始まる。
スタート台に並ぶと隣には鬼頭の姿が見えた。鬼頭に勝つほどの勢いで俺は行かせてもらう。鬼頭は途中でいきなり手を抜くような真似はしないはずだ。つまり、四秒差の俺では距離を離された瞬間に終わる。俺は距離を離されないように食らいつかなければ、勝利はないだろう。
作戦を練りつつ、スタート台に立って飛び込みの準備をする。笛が鳴らされると俺達は一斉に飛び込んだ。泳いでいる最中は前の人の状況は見えない。だからこそ、最後まで全力でやるしかない。最後まで全力で泳いだ俺に対して神室から送られた言葉は残念ながら祝福ではなかった。
「二位だって。惜しかったね」
「負けたのか……勝つつもりでやっていたから、少しショックだな」
「実力が離れている相手に対して勝とうと思っただけでも、本気でやってたって分かるよ。ご褒美として後でなんか奢ってあげる」
あれだけ、速いということは鬼頭は軍の関係者なのだろうか? そう思ったが、人が大勢いるここで神室に聞くのはダメだろう。おそらく、神室も答えてくれないはずだ。トレーニング中などの人が少ない場所で聞くようにしよう。ちなみに明星はというと、見学用の建物からスポーツ観戦をする気分で楽しんでいたらしい。
山村さんはこの書き方で良いのでしょうか。キャラ崩壊してしまっていたら、そこは目をつぶってください。