そろそろ夕暮れ時という頃、ようやく水没地区に辿り着きました。堀北さんの言う通り、結構な距離がありましたね。ですが、それほど歩いたというのに誰も疲れを見せません。やはり、日々の鍛錬の成果というものなのでしょうか。
「ここが水没地区か。何だか不気味な場所だな」
「そろそろ夜になるからというのもあるのでしょうね。念のために聞いておくけど、疲れている人はいないかしら? ケテルと遭遇するかもしれないという時にそういう人ほど足手纏いになるの。だから、ここで少し休憩するわよ」
「ここで休んでも大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないわ。誰かが警戒していないとケテルに襲われた時に全滅するもの。だから、疲れている人は遠慮なく言ってちょうだい。真っ先に休ませるから。ただし、時間はあまりないから少しだけだけど」
堀北さんがテキパキと指示を出しています。ここで休むというのは賛成ですが、体力的な疲れは癒せても精神的な疲れまでは癒せないでしょうね。
「誰もいないなら、私が決めるわよ。私と明星さんが警戒。葛城君と神室さんが休憩。以上よ」
「神室と組んでも良いのか? 堀北が神室と組んだ方が良いんじゃないのか?」
「貴方達素人を組ませるわけにはいかないのよ。それくらい少し考えれば分かることじゃない?」
「それは……すまない。俺の考えが足りなかったようだ」
かなり厳しいことを言う方ですね。私も軍に所属していないと言うだけで戦闘は素人というわけではないのですが、彼女からすれば軍人以外は素人なのでしょう。
「明星さん、警戒と言っても周囲を注意するだけでいいわ。情報通りだと奥に行こうとした場合、ケテルが現れるはずよ。偵察とかはしなくて大丈夫だから」
「お気遣い感謝いたします」
他人に対して厳しいことを言う方ではありますが、他人を気遣うことはできるのですね。もしかしたら、気遣いというよりは余計な手間を増やしたくないから言ったのかもしれませんが。
「それにしても何故、こんな場所があるんだ? 学校に立入禁止区域があることとかよく考えなくてもおかしいと思うのだが」
「学校の敷地自体は何故か広がっているらしいけど、ここはなんていうか放棄されてから相当な年数が経過しているよね」
「一つの学校の敷地が小さな都市並の大きさというのも変だな」
一つの学校の敷地が小さな都市ほどの大きさがあるというのは、キヴォトスでは常識的なことだったのであまり疑問に思いませんでした。しかし、今も何故か敷地が広がり続けていることに関しては私も疑問に思います。それにここが相当古いことから見て、広がっている方向は現在の校舎がある方なのでしょう。立入禁止区域は預言者が現れるようになったから放棄されたのでしょうか?
「それを調べるための特異現象捜査部でしょう。ここに来ているのもそのためなのよ。それと、あまり時間もないからそろそろ交代してほしいのだけど」
「おっと、それはすまない。すぐに交代しよう」
もう、交代時間ですか。時間が経つのはあっという間ですね。まぁ、夜になるまで時間があまりないのも考えると、あえて短くしているのでしょう。
「ところで、堀北さん。特異現象捜査部に入るつもりはありませんか? 神室さんも入部していることですし、もう少し戦力が欲しいのですが」
「いやよ。自由時間くらい一人でいたいもの。それにまともに授業を受けられていないから、その復習もしたいしね」
「まともに授業を受けられない?」
「うちのクラスは騒がしいのよ。学級崩壊レベルでね。そっちのクラスは違うの?」
「えぇ、皆さんしっかりと授業を受けていらっしゃいます。どうやら、クラスによって違うようですね」
「なら、私は最悪のクラスを引いたことになるわね」
どうやら、堀北さんのクラスは騒がしいみたいですね。高育はエリート校だと思っていましたが、生徒のレベルに差があるのでしょうか? だとしたら、普通は均等になるようにクラス分けをすると思うのですが。
「先生方は注意されないのですか?」
「それが全くしないのよ。勉強についてこれなかったとしても自己責任って感じで」
「それは不思議というよりも不気味ですね」
「全くね。そろそろ、時間かしら」
そう言うと、堀北さんは神室さんと葛城君を呼びにいくために立ち上がりました。私もそろそろ出発の準備をしますかね。
◇
「そろそろ夜になるわね。もう少し進んだら帰るわよ」
「葛城、途中でケテルに出会ったらどうするか分かる?」
「逃げるしかないだろう。少なくとも撤退すれば、見逃してくれるみたいだからな」
まぁ、それしかないでしょうね。葛城君は銃を持たされていませんし、この人数ではどうあがいても多脚戦車には勝てるとは思えません。
「それにしても、ここに来るまで誰も見かけなかったわね。本当に私達四人で調査させる気なのかしら?」
「どういう意味だ?」
「私はね、調査するのは四人だけど他に防衛してくれる人がいるんじゃないかって思っていたの。四人だけだと危険すぎるじゃない」
「今日は案内だけの予定だったからじゃないか? 真嶋先生も今日は場所を把握してくれれば良いって言っていたしな」
そういえば、そんなことも言っていましたね。私は明日以降に伸ばしたくないので、今日で終わらせるつもりでいました。堀北さんもそのつもりだったのでしょう。まぁ、堀北さんはその時には来ていなかったので仕方ないと思いますが。
「そんなことを言っていたのね。なら、今日はもう帰りましょう。明日もあるのなら、私も付き合うから」
堀北さんは明日も来てくれるのですね。少し意外でした。てっきり、自分の任務は果たしたからということでついて来ないのだとばかり思っていましたから。なら、お言葉に甘えて今日はもう帰りましょうか。
「ねぇ、あれは何だと思う?」
神室さんが指を指した先には何かがこちらに向かってきているようでした。こんなところに戦車は来れないでしょうし。なんて、呑気に考えている場合ではありませんね。ここで出てくる何かといえば、一つしかありません。
「あれがケテルか」
「まぁ、ここで来るってことはそうなんでしょうね」
「どうする? 逃げるか?」
「本当にケテルかどうか確認するまで逃げるわけにはいかないわ」
「だろうな」
ケテルの情報は奥に進もうとすると現れるということや撤退すれば、ケテルも去ることが分かっています。ですが、ケテルが攻撃をしてきたかどうかということは確認が取れていません。攻撃をしてこないのであれば忍者は撤退しないでしょうし、おそらくしてきたのでしょうね。そう考えている間にケテルが目の前にやってきました。外見は情報通りですね。
「神室さん、堀北さん。預言者の信号を判別する機械は持っていますか?」
「あるけど、まだ反応してない。それに私達が持っている機械はどの預言者かは分からないから、あれがケテルである確証がない」
「まさか、機械に反応しないとはね。通りで忍者との遭遇で信号をキャッチできなかったわけだわ」
機械に反応するには何かしらの条件が必要なのでしょうか? 例えば、攻撃を開始するみたいな行動を取らなければ反応をしないとか。ビナーの場合は移動だけでも攻撃みたいなものでしたから、真相はどうなのか分かりませんが。
「おや、ヘイローが見当たりませんね」
「知らなかったの? ビナーが特殊なだけで預言者にヘイローがつくのは基本的に戦闘する時だけよ」
「そういうことは資料に載せておいてほしいものですが」
「必要なかったのよ。基本的に私達を見ただけで戦闘を開始するから。でも、そう言うのならしっかりと貴女が書いておけば?」
どうやら、そうするしかありませんね。それにしても何故、ケテルは戦闘状態ではないのでしょう? 私達を追い払いたいのであれば、力ずくでやった方が良いに決まっています。しかし、ケテルは私達の目の前に現れて以降、戦闘どころか何か行動をしようとはしません。
『我が名はケテル。「最もきらびやかに輝く至高の王冠」なり』
ケテルがようやく話し始めました。私達と交渉することができると考えたのでしょうか。いずれにせよ、私達はケテルの情報が真実であったことを真嶋先生に報告しなくてはいけません。どうにかして、撤退しなくては。
『これより先に進めば、汝らを敵として排除せねばならん。大人しく引き返すことを勧めよう』
情報通り、何かを守っているようですね。そして撤退すれば見逃してくれることも情報通りです。このまま、撤退する意思表示をすれば戦うことなく見逃してくれるのでしょう。
「一つ質問しても良いかしら? 前にもここに人が来たことがあるかしら?」
『ある。その者は我の言葉を聞き、撤退することを選んだ』
「なるほどね」
忍者がここに来たと言う情報は嘘ではないようですね。そしてそのまま撤退したことで探知機には反応しなかったということでしょう。私達ですら気づけなかった忍者に気づくことができる辺り、気づかれずに通り過ぎることはできないと思います。
『それで、どうするつもりだ?』
「私達は撤退するわ。その代わり、覚えておきなさい。私達はもう一度、ここに来るわ。今度は奥に向かうためにね。それまで、首を洗って待っておきなさい」
そこまで、正直に言わなくてもいいじゃないですか。自分たちを逃がそうとしている相手に対してそのようなことをしてしまえば、今すぐ戦闘になるかもしれません。戦わないという選択を提示したケテルに対して敬意を表しているのか、それとも取り繕えないだけか。どちらかは分かりませんが、私達は堀北さんの発言に冷や汗をかいています。すると、ケテルが突然、笑い始めました。
『いいだろう、気に入った。次に会う時、我に勝てるだけの兵力を用意するが良い。その時には我が全力で迎え撃とう』
「えぇ、楽しみにしているわ。じゃあ、帰りましょう……皆、どうしたのかしら?」
「いえ、なんでもありません」
自分がしたことを分かっているのでしょうか。ケテルが次に会う時には容赦なく本気で攻撃してくるのですよ。まぁ、今まで本気でなかった預言者などいないと思いますが。
◇
その後、私達は水没地区から撤退。現在は制服に着替えて真嶋先生に報告している最中です。真嶋先生は最初から全てを知っていたようで疑問を持つことなく報告を聞いてくれました。
「それにしても真嶋先生、何故私達の事情を知っていたのですか?」
「簡単なことだ。堀北に小型のカメラを持たせておいた。そのカメラを服につけてもらい、カメラから送られてくる映像を我々は見ていたということだ。流石に声までは拾えないのでこうして報告してもらっている」
「これのことね」
全く気づきませんでした。そんなことをしていたのですね。堀北さんは真嶋先生に小型のカメラを返却したことでようやく、カメラがどんな物であったのかを知りました。私が堀北さんと初めて会う前に既に渡していたのでしょう。
「それとケテルの件だがな、しばらく様子見をしようと思っている」
「様子見ですか?」
「ケテルは積極的に攻撃を仕掛けてこない以上、他の預言者よりも優先度が低い。他の預言者が襲ってくる心配がなくなってから、改めて調査をしようと上は思ったそうだ」
「それなら、仕方ありませんね」
確かにケテルの攻略最中にビナーなどが現れた場合は対処が難しくなります。ケテルは撤退する者を深くは追わないでしょうが、預言者との戦闘中に撤退すること自体が困難でしょう。上の方々が慎重になるのも無理はないと思います。
「それにしても今日で調査が終わるとは思っていなかったぞ。少なくとも明日まではかかると思っていた。お前達は俺が思っていた以上に優秀なようだ」
「もったいなきお言葉、ありがとうございます」
堀北さんが代表してお礼を言いました。今回の作戦のリーダーは結局、堀北さんでしたからね。彼女にもまた、組織を束ねる素質があるのかもしれません。もっとも、彼女がいるDクラスを束ねることができるかどうかは分かりませんが。
「もう報告はないか? それじゃあ、解散」
「では、失礼します」
その言葉と共に私達は職員室を出ました。外を見ると日は既に沈んでいます。他の職員や学生もそろそろ帰宅している時刻でしょう。私達も一緒に帰っているところです。
「堀北、本当に特異現象捜査部に入るつもりはないの?」
「えぇ、今のところはね。ただ、ケテルの攻略には参加するつもりだから、それまでに入学している訓練生と接触しておいてちょうだい」
「えぇ、かしこまりました」
クラスに一人の軍人がいると考えると、あと出会っていないのは二人だけですね。四月が終わるという時期になっても接触してこないということは余程のことがない限り、様子見ということでしょうか。なら、余程のことが起きるのを静かに待つとしますかね。
ヒマリ視点で書いているのに、全く自画自賛をしていないのは常に緊張感を持っているからなのと、私の実力不足です。