ゼインの剣。
僕はそれを服の下に隠すように入れて見つからないようにした。
実際、刃物がなくて困ったこともある。
変にこれ見よがしに見せて別の男たちにとられたり、トロイに見つからないようにしないと。
とは言え、この世界で僕が手に入れた初めての物。
貸してくれているだけかもしれないけれど、それでも僕のこの世界で手に入れたまともな道具だった。
鞘から抜いてみる。
不思議と手に馴染む感覚に首をかしげる。
ただ、体の動くままに剣を振る。
一度も剣なんて振ったことはない。いや、現代日本では剣を持つなんて状況には基本的にならない。
でも、僕の身体はこれが最適だと言うように一刀を放った。
空気が震え何かを切った。
何もないを切った気がした。
そして、そのまま体は背後に翻り、刃をぶつけた。
「何をする!?」
そして、放たれた剣は刀に阻まれていることに気付いた。
目を見開いた視界には、剣士ジルがいた。
「……」
「なんだ貴様。……ああ、皆が言っていた喉無しか」
僕が剣を引くと、自身の刀を鞘に戻しつつそんなことを言った。
この男は僕の存在をぼんやりしか知らないらしい。
確かに、ここの男たちが僕に向ける関心を考えれば、態々事細かに僕のことを説明することはないだろう。
「だが、不思議なものだ。立ち姿は素人のそれ、だが、剣だけはそれなり……」
男たちならば僕を失跡して、ボコボコにした後に剣を取り上げることくらいするだろう。
しかし、予想に反してジルは、考え事をするように顎をさすっていた。
「喉無し、もう一度振ってみろ。我にだ。打ち込め」
「……」
僕は、わけもわからずままに見返した。
だけれど、彼らの言葉にすぐに行動に移さねば、酷い目にあう。
そんな身体に染み付いた思考が、僕を動かした。
僕は、剣を繰り出していた。
逆手に持ち直されたそれは、ジルの刀に止められている。
ギリギリと、金属が音を立てる前に、ジルの蹴りが僕の腹部を強打した。
「衝撃の瞬間に身を引いたか。とても、山賊に飼われる喉無しには思えん。……だが、落ちれば皆同じ山賊。奪い犯し、酒を飲むアヤツ等、下劣な存在と変わらない」
「……」
ジルは独り言を言うようにそれだけ言って去っていった。
でも、彼が下劣と呼んだのは仲間であるだろう男たちのこと。
それに少し疑問を覚えた。
だけれど、もっと不思議なのは、翌日見たジルは男たちと楽しそうに談笑している様子だったことだ。
それに、なんだか今までよりも輪の中心にいるような気がする。
日本で僕がクラスの中心にすこしだけでもいることが増えたように、彼も何か原因があって皆に認められたのかもしれない。
それは、きっとみんなが力を認めていたゼインと対決をしたことが原因だろうと予想した。
決着は見ていないけれど、もしかしたらジルが勝ったのかも知れない。
ジルの剣が頭に浮かぶ。
ゼインと戦っていた時。
そして、僕と一合だけ打ち合ったとき。
鮮明に浮かぶ剣、そして次に来る蹴り。
次は躱せる。
「オイ!喉無し!突っ立ってないで働け!」
気を抜いていた。
トロイの蹴り僕に当たる。
よろけた視界に、もう一発。
ただ、それを僕は咄嗟に避けて、トロイは体勢を崩してその場に倒れた。
「どフぅ!……お前ぇ」
変な声を洩らして、地面に伏したトロイは僕を睨んだ。
初めてトロイを見下ろしたかもしれない。
「喉無しのくせに見下ろすなァ!」
「……」
トロイが襲い掛かる。
また僕は避けてしまう。
そのせいでトロイはまた体勢を崩すが、何とか踏みとどまる。
しかし、息が切れて睨むばかりだ。
「おい。トロイ!喉無しにやられてんじゃねぇか」
「違う。こいつが!」
周りで見ていた男に野次を飛ばされてトロイは吠える。
一層顔を真っ赤にしたトロイは僕を目だけで殺せてしまうのではないかと言うほど睨んでいた。
それから、僕は小屋に戻る。今日は、まだ夕暮れで日は暮れていない。
その途中、またジルに会った。
今度は僕を待っていたように見えた。
「ああ。喉無し。来たか」
「……」
「貴様に役割を与えることにした」
ジルの言葉に疑問を抱く。
男たちのように酒を持ってこいだとか、アレを運んでおけだとか、そういうことを頼む時とは違う気がした。
「貴様が何者か知らないが、今の待遇に満足しているわけではないだろう。ならば、此処を抜け出す手助けをしてやる」
淡々と続けられるその言葉に耳を疑った。
僕に話すような内容ではない。
それどころか、ここから抜け出す?
長い間ここに居て、そんなことを考えたことはなかった。
いや、とっくに諦めていた。
だからこそ、すぐに頷き返すことが出来なかった。
「我の目的は、ここに居る山賊を一人残らず殺すこと」
ジルはそう言った。
◆
ここから出られる。
その言葉を聞いてみても、現実味がない。
本当に出られるのか。
いや、そもそも、此処から出られたとして僕はこの世界で生きられるのか?
でも、それでも、暴力を振るわれることもなくて、自由に生きるだけの時間を得ることができるのなら……。
僕はここから出たい。
ジルがここに来たのは、男たちの拠点を抑えるためらしい。
男たちは各地で盗みと殺しをしていて、なかなか対処を出来なかったらしい。
すぐに逃げられてしまうから拠点を特定しようと、ジルは仲間の振りをしてここに来たと言う。
そして、特定した拠点を仲間に知らせて、一気に奇襲をかけると言うのがジルが僕に教えた作戦だった。
それでも、何故僕なんかにと思ったけれど、喉無しの僕が裏切っても告げ口すらできないからだと言われた。
「奴らは、我を少しは認めたようだが、実際のところ監視するように動いている。恐らく今まで同じ手段で瓦解を防いできたのだろうが、まあ、それはどうでもいい。とにかく貴様に任せたいのは、ここの頭であるダット、そして右腕のリッヒ。こいつらをやってもらいたい。この二人が居なくなれば統率が取れなくなってあとは残党を狩るだけになる。……腕のたつゼインもいるが……アイツは指揮官向きではないだろう」
「……」
「わかっている。直接殺せと言っているわけではない。二人が一緒に集まっているときに、こいつを上げろ。狼煙だ。目印にして遠距離爆撃を行う」
それだけ言うと僕に筒の様なものを押し付けた。
「日が沈んでからだ。必ず、至近距離でな」と念を押したジルの言葉が頭に残るままに僕は筒を握った。
僕は気持ちの整理のつかぬままに、小屋に戻った。
ジルに呼び止められたのは夕方だったけれど、少し考え事をしてしまったからだろうか、小屋についたのは日が沈んでからだった。
ジルの提案に乗ればここから出られるかもしれない。
だけど、それは間接的に人を殺すことに変わりない。
何度考えてもどうしてもそこが引っ掛かってしまっていた。
一度気持ちを落ち着けよう。
僕がこの世界に来てから大変なことは沢山あったけれど、
だけど……。
「……っ!?」
隠していたはずの場所に
おかしい。ここにあるはずだ。
僕は、藁をかき分けて血がにじむほど地面を指で抉った。
血の気が引いた。
背筋を嫌なものが走った。
これだけが、僕の支えだったのだ。
それがなくなった。
息が浅くなる。それでも、パニックになりそうになる自分を押さえつける。
今すべきは、
考えられる可能性は一つだけ。
誰かに持ち出された。
僕はそんな考えに思い到って、背中に声が向けられた。
「お前の隠していたお宝ならないぞ!」
子供の声だった。
ここに居る子供は僕ともう一人だけ、トロイだ。
振り向いた視界には、いやらしい笑みを浮かべた少年が写る。
「お前、いつも怪しいと思っていたら、
「……っ!」
どこだ?
そんな声すら出ないこの喉を忌々しく思う。
僕の目は自然とトロイの身体を這った。
手には持っていない。首にもかけていない。
服の中にもなさそうだ。
「お前が悪いんだぞ!喉無しの分際で立てついたりするから」
昼間のことを根に持っての犯行だろう。
そんな簡単な道筋すらも立てることなく、僕は
ただ、そんな様子に困惑するようにトロイは言葉を吐いた。
「なんだよ。あの首飾りなら、ジルさんに渡したぞ。ジルさん、
その言葉を聞いた途端、最後まで聞き届けることなく、僕はトロイを押しのけて走り出していた。
ジルが僕の
どこにいる。
明かりを目指して走る。
この辺りはよくジルを含む男たちがたむろしている場所だ。
男たちの中にはいない。
酒を飲む姿もない。
男たちを押しのけて、見渡してもいない。
いない。
「……っ」
どこにもいない。
無理に押し通り酒や食事を落とす。
男たちが何かを叫ぶがそんなものは耳に入らなかった。
そして、やっとジルがここに居ない可能性が頭に浮かぶ。
いや、奇襲をかけるのだからここにはいないのは当然の話と言えた。
そもそも、僕に狼煙を出させるのだからこの場にいることの方がおかしい。
頭に血が上っていて冷静な思考が出来ていない。
「おい。何の騒ぎだ」
「ダット、リッヒ。喉無しがいきなり暴れまわって」
「ああ?んなの殴って言う事聞かせりゃいいだろうが!」
僕がジルの居場所に思考を割いていると、ダットとリッヒの二人が姿を現して「作戦」の二文字が頭に浮かんだ。
その一瞬が、命取りだった。
僕の右腕に熱が走った。
「……っ!?」
「テメェ。なんてもん持ってやがる!」
リッヒの脚が僕の手ごと蹴り上げた筒が宙に打ち上げられる。
そして、更にダットの投擲したナイフが中空で突き刺さると爆風と閃光をあたりに振りまいた。
揺さぶられる身体。焼かれる肌。わけもわからず、その場に立つ。
しかし、その間に男たちは僕に原因があると考えを帰結させていた。
「喉無し。お前、俺たちを爆弾で殺す気だったな!」
いいや、違う。
そんなつもりない。
ただ、さっきの筒は狼煙でジルに渡されたものをそのまま持ったままここに来ただけで……。
そんないい訳すら僕の口からは出ない。
代わりに更に機嫌を悪くしたリッヒの拳が僕を撃つ。
「お前、自分が世話してもらっておいて何様のつもりだ?ああ?」
左頬がぶたれて、血が飛んだ。
それによろける間もなく反対側も殴打される。
拳は止まない。
僕はジルから
「どこで爆弾なんか手に入れやがった!ずっと狙ってたんだろ!」
痛い。
どうしてこんな目になんか。
この世界に来たから?
僕が悪いのか?
いや違う。
そもそも、僕は爆弾だなんて知らなかった。
狼煙を上げようとすることもまだ決心していなかった。
だが、これは爆弾で……。
ジルはこれを知っていた。
至近距離でと念押しした。
なら僕が知らずに使っていたら、どうなっていた?
僕もろとも爆弾で死んでいたんじゃないか?
「おい!聞いてんのか?」
僕はジルに騙されていたんだ。
ここにはそう言う人間しかない。
今も僕を殴るリッヒも、周りで嗤う男たちも。それを束ねるダットも。
弱いモノから、奪うんだ。
「おい!おい!」
痛い。
うるさい。
なんで僕は殴られているんだ。
弱いから?
でも、それはおかしい。
この剣を使えば簡単に壊れてしまう相手より僕が弱いなんて。
「おら!……あ?…………ぉああァ!う、腕……腕がァあああ!!!!……オイ!何しやがった!?喉無しィ。……くそぉ血が止まらねぇ!」
僕を殴っていたはずのリッヒは何かを喚く。
腕の先のなくなった手を抑えて、血を落とす。
なぜ?と疑問が浮かびそうになって思い出した。
僕が斬ったんだ。
あまりに遅い攻撃だったから。
「リッヒ。テメェ!」
周りの男たちが騒がしい。
剣を抜き放って僕を切り付けんとする。
遅い。
剣を持つすべての腕を切り落として、無効化した。
大きな声を上げて騒ぐので喉も潰した。
「喉無し。お前、なんだそりゃ。剣が使えたのか?……はあ、分かった。悪かったよ。だから剣を仕舞え。剣が使えるなら、俺がちゃんと雇ってやる。な?」
「……」
「ほら、信じられんか?」
地面に蹲るリッヒを見下ろして何でもないように僕に話しかけたダットは、一枚のコインを僕に差し出す。
お金。だろうか?
それに、目を引き付けられそうになった瞬間、影から銀色が飛び出した。
剣だ。
いつか僕が勝手に触っていて引き換えに短剣をもらったときの物だ。
そんな風に観察できるほど、奴は遅かった。
ダットの腕を叩き切った。
それと同時に、腰につけた袋を投擲される。
それも叩き切るが、中からは砂の様なものが飛び出した。
目を開けてられない。
そこにダットの蹴りが繰り出されるのを確認して、僕は体を屈めて懐に潜り込んだ。
動きの遅れるダットの顔を掴み、短剣を顎の下から突き刺せば、動かなくなった。
まだ、動いているのはリッヒだけだ。
「……の、喉無し。俺のことは助けてくれよ。覚えているか?お前がここに来たばかりの時にトロイの服をお前にやっただ──」
僕は剣を突き刺した。
トロイの服が同じくらいだからとリッヒはここに来たばかりの僕に服を与えた。
だが、そもそも、僕の服を売れそうだからと奪ったのはこいつだ。
血でぬれすぎて、切れなくなってきた短剣を捨てる。
ダットの使っていた剣が一番良さそうなので、それを持った。
そうしているこの場に脚を踏み入れる音がした。
他にも誰かいたと思い返してみれば、そう言えばゼインの姿がなかった。
そして、ゼインの顔が現れた。
文字通り顔だけが。
「ん?喉無し、これか?便所の最中に奇襲をかけてやっと無傷で殺せた。やれやれ手間をかけさせてくれる」
ゼインの首を転がして、剣の柄に手を置いた。
「しかし、生きていたとはな。……いや、まさか己で斬ったのか?」
爆発を聞いてここに来たのだろう、あたりを見渡して少し驚いてジルは見せた。
仲間を引き連れていない所を見ると僕に言った作戦は嘘だろう。
ここにある金目の物をいくつか拝借して身に着けているところを見ると、ダットとリッヒを僕に殺させてその騒ぎの内に金品を奪うことが目的だったのだろう。
結局こいつも山賊と変わらないと言う事だ。
ジルが体に身に着けているものの中に
どこにやった?
「……」
「なんだ?その顔は?貴様ににらまれるいわれなど……ああ、もしやトロイ少年が持ってきた遺物と言っていたものだな。アレであれば、
剣が刀に阻まれていた。
そして繰り出される蹴り。
あの時見たものと同じだ。僕は避ける。
だが、それは奴の狙いであったのだろう。
避けた先に刃が迫る。
そして、僕はそれを剣で防ぎ、もう片方の手で持った短剣をジルの首に突き立てていた。
ゼインの剣は捨ててしまったが、ダットがもっと良さそうな短剣を持っていたためそれを拝借していた。
「……」
何かを言おうとして押し出される自身の血液に言葉を紡ぐことも出来ずに、ジルは動かなくなった。
僕は剣を捨てて、刀を回収した。
これはこんな奴が持っていていいモノじゃない。
なんとなくそう思った。
潜伏させたジルの仲間とか言うのが、近くにいるだろう。
早く
僕はふらりと足を進めた。