佐倉の従兄弟に転生した 作:メガラティアス
佐倉の性格が変わっているのはバタフライエフェクトです。
高度育成高等学校への入学を明日に控えた、前日。
学校の指定する敷地近郊にあるホテルの一室で、俺はベッドの端に腰掛けながら、目の前で頬を膨らませている愛里となだめるような会話を交わしていた。
「……友達連れてくるなら、早く言ってよ」
不満を隠そうともせず、むっとした表情で抗議してくる従姉妹。
普段かけている大きな眼鏡は外し、すっぴんの素顔で腕を組んでいる。部屋着のTシャツ越しでもはっきりと分かる豊かな胸が、腕組みによって強調されて煽るように強調されていた。
「すまん……。けどほら、高校に入る前に少しでも知り合いを作っておいた方が、この先楽だろ?」
「そうかもしれないけど……。私、陽斗君と2人で泊まるものだと思ってた……」
消え入るような声で本音を漏らし、愛里は上目遣いに俺を盗み見てくる。
「悪いって。でも部屋も十分に広いし、ベッドだって余るくらいだろ? 良いじゃないか」
「そういう事じゃなくて……う〜」
理屈の問題じゃないらしく、愛里はベッドの上にぽすんと腰を下ろし、小さく唸っていた。
男女で同じ部屋に泊まることへの警戒というよりは、俺との二人きりの時間を邪魔されたのが不満なのだろう。
そこへ、パタパタと軽い足音と共にバスルームのドアが開き、湯気と共に波瑠加が戻ってきた。
「お待たせ〜。風呂空いたよ〜。えっと、愛里ちゃんだっけ?先に入ったら?」
湿気を含んだ柔らかい髪をタオルで拭きながら現れた波瑠加。
持参したダボッとしたジャージ姿だが、持ち前のスタイルの良さと胸の主張は隠しきれておらず、風呂上がりのほてった肌が健康的な色気を漂わせている。
愛里は慌ててベッドから立ち上がり、少し緊張した様子で首を振った。
「あ、ううん! 全然待ってないよ。オーケー、じゃあ私、お風呂入ってくるね」
どこか波瑠加の大人びた雰囲気に圧倒されたのか、愛里は逃げるようにバスルームへと向かい、ドアを閉めた。
パタン、とドアが閉まる音を見届けてから、俺はあらかじめ買っておいた冷えたペットボトルを一本、波瑠加に向かって差し出す。
「カフェオレじゃんこれ、二度寝出来なくなるよ」
「そうか? でもまだ寝ないだろ?」
「普通のジュースが良い」
「了解」
苦笑しながらジュースのペットボトルを渡すと、波瑠加はそれを受け取った。
そして俺のすぐ隣、ベッドの縁にトントンと腰を下ろすと、キャップを開けて一気に喉を鳴らす。
「ふうっ、はあ〜、風呂上がりのジュースって最高っ」
「波瑠加のジャージ姿似合ってるな」
「ん〜、また褒めてる、手でも握って欲しいの〜?」
波瑠加はジュースのボトルを膝の上に置き、いつものように俺をからかうような魅力的な笑みを浮かべて覗き込んできた。
「ハグして欲しい」
「……! 急に飛んだねっ」
予想外のストレートな要求だったのか、波瑠加は一瞬だけ目を丸くし、それから楽しそうにクスッと笑う。
「ん〜、本当にしてあげよっか?」
冗談めかしたトーンの中に、どこか本気とも取れる甘い熱を含ませて、波瑠加が体をこちらへ寄せてくる。
「……手で我慢する」
「ふふ、素直でよろしい」
俺がそう言うと、波瑠加は嬉しそうに微笑んだ後にギュッと手を握ってきた。
自分の手に重ねられた、女の子特有の柔らかさと温もり。
「陽斗の手、本当大きくなったね」
俺の手を握ったまま、波瑠加がしんみりとした、でもどこか愛おしそうな声で呟いた。指を絡めた手のひらを見比べると、確かにその差は一目瞭然だ。
「小学校の時はあまり差が無かったけどな」
「ふふ、あの頃の陽斗可愛かったなぁ。私より背も小さかったのに」
懐かしそうに目を細める波瑠加。確かに当時の俺は、成長期の波瑠加に見下ろされる側だった。
「波瑠加は先に大人になってたからな。あの時は正直、越えられる気がしなかったよ」
「私もだよ。私、陽斗っていうか……当時の男子みんなより大きかったからさ。自分の身体のこと、色々気にしてたんだよね。周りの男子なんて中も外も幼い奴ばっかりだったし。でも……陽斗がこんなに大きくなるなんてね」
吐露された昔の小さなコンプレックス。それを乗り越えさせた俺の今の体躯に満足するように、波瑠加はコトンと俺の肩に頭を預けてきた。柔らかな髪の毛とシャンプーの香りが心地よく鼻腔をくすぐる。
俺は躊躇うことなく、その細い背中にそっと手を回した。引き寄せた身体の温もりがダイレクトに伝わってくる。
「陽斗……」
「ん?」
「陽斗は、これからまだ努力を続けるん?」
背中に回した俺の手の上に自分の手を重ねながら、波瑠加が静かに尋ねてきた。かつて傷つき、一匹狼として過ごした彼女が、俺に求める唯一無二の答え。
「するに決まってるだろ」
迷いなく告げると、俺は抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
「だってそうしないと……他の男子に波瑠加を取られちゃうから」
俺の言葉を聞いた瞬間、波瑠加は下から俺の瞳をじっと見つめてきた。その瞳には甘い熱と強い感情が宿っている。波瑠加は先ほどよりもさらに深く、俺の胸元へと身体を預けてきた。
その時、パチャンとバスルームから水音が響いた。
「あ……」
一瞬で雰囲気を察した波瑠加は、少し名残惜しそうにしながらも素早く姿勢を戻し、俺の手を離した。タイミングよく脱衣所のドアが開き、湯気と共に愛里が出てくる。
「出たよ。陽斗君で最後だから、ゆっくり入ってきてね」
大きめのジャージに身を包んだ愛里が、少し火照った顔でこちらに声をかけてきた。Tシャツの上からでもわかる豊満な胸元を隠すようにタオルを首にかけ、眼鏡のない素顔で、俺の方を見てふんわりと嬉しそうに微笑んでいる。
「ありがとな」
俺はベッドから立ち上がり、愛里と入れ替わるようにバスルームへと向かう。
すれ違いざま、愛里の笑顔と、後ろでジュースのボトルを弄りながらこちらを熱っぽい視線で見つめる波瑠加の姿が視界に入った。
湯上がりの火照りを覚ましながらバスルームのドアを開けると、部屋の中から賑やかな笑い声が聞こえてきた。
「それでね、陽斗君が私に料理の手本を見せるために調子に乗っちゃって……叔父さんたちが私達への手土産用に買ってきたすごく良い料理酒、勝手に使っちゃったの。それで叔父さんに滅茶苦茶怒られて……夕食中も一人だけ部屋の隅っこでしょんぼり正座してて……」
「あははははっ! なにそれ〜! 超笑えるんだけど! やだ、その陽斗見てみたい!」
愛里が楽しそうに明かした俺の黒歴史に、波瑠加がお腹を抱えて大爆笑している。どうやら俺がお風呂に入っている間、二人で俺の昔話で盛り上がっていたらしい。
「……どうした?」
髪をタオルで拭きながら近寄ると、愛里が眼鏡のない素顔をこちらに向けて、えっへんと言わんばかりに微笑んだ。
「あ、陽斗君。波瑠加ちゃんに教えてあげたんだよ、陽斗君がどんな人か」
「ぷっ……あはは、陽斗、愛里の事好き過ぎでしょっ!」
波瑠加はまだツボから抜け出せないらしく、目元に小さな涙を浮かべながら笑い声を必死に堪えている。前世の知識と努力で完璧なハイスペックを目指してきた俺だが、愛里の前では昔から調子に乗って失敗することもしばしばあった。それを波瑠加に暴露されるのは、なかなか堪えるものがある。
「……笑いすぎだろ、波瑠加」
「だって本当のことじゃん〜。あ〜可笑しい……」
波瑠加はジュースのペットボトルを手に取ると、ふうっとひとつ息を吐き、どこか遠くを見るような優しい目になった。
「……あんたら良いね。家族が、それで……」
「波瑠加ちゃん……?」
急に哀愁を帯びた波瑠加の言葉に、愛里が不思議そうに首を傾げる。
波瑠加にとって、俺が転校していた時期に孤独な「一匹狼」として過ごしていた経験は伊達じゃない。だがそれ以上に、彼女が実家の親や家庭というものに対して、昔からどこか一線を画した冷めた視線を向けていたことを俺は知っている。干渉のなさすぎる家庭環境か、あるいは「親」という存在への期待を早くに捨てざるを得なかった事情か——波瑠加が深く語ろうとしないその背景にある寂しさを、温かい「家族」の輪の中にいる俺と愛里の姿が、ほんの少しだけ刺激したのかもしれない。
「ふふっ、何でもないよ。それに……」
波瑠加は自嘲気味な笑みを小さく首を振って消すと、ゆっくりと俺の方へ視線を向けた。その瞳には、自分の寂しさを埋めてくれた男に対する、真っ直ぐで強い愛着と信頼だけが宿っている。
そのまま波瑠加は愛里の方へと向き直り、柔らかく、けれど心からの言葉を口にした。
「愛里、これからもよろしくね」
「え、あ……う、うん……!」
突然の改まった言葉に一瞬驚いた愛里だったが、波瑠加の温かい雰囲気を察して、どこか嬉しそうにこっくりと頷いた。
二人のやり取りを眺めながら、俺は明日から始まるクラスでの波乱に満ちた生活を想像していた。