佐倉の従兄弟に転生した 作:メガラティアス
中間試験まで残り二週間となったこの頃、学内では現Bクラスに関する不穏な噂が激しさを増していた。
匿名の書き込みに始まり、今や一年生全体を巻き込むほどの熱を帯びている誹謗中傷。他クラスの事情にさほど詳しいわけではない私だが、正直に言えば、その不正疑惑に関しては「極めて現実に近い推論」なのではないかと思えていた。
現Bクラスは、元を正せば旧Cクラス——つまり入学時に素行や学力で問題があると評価された生徒たちの集まりだ。そんな彼らが、私達のDクラスはともかく、あの旧Bクラスより高いポイントを保持しているなど、普通に考えればあり得ない話だった。
裏付けを得るため、私は確認として隣の教室である現Bクラスの様子を遠目から観察してみた。だが、やはり私の見立ては間違っていないように思えた。教室内を見渡しても、まともな知性や理性を持ち合わせているように見える人間など、ほとんど見当たらなかったのだから。
何より——もし本当に彼らが不正をしていたのなら、これは私にとって絶好のチャンスだった。
彼らが不正の告発によってペナルティを受け、私達と同じ「0pt」の底まで落ちてくれれば、Aクラスを目指す上で脅威となるクラスがひとつ自動的に脱落することになる。どこか浮足立ち、Bクラスを引きずり落とすことばかりに意識が向いているクラスメイトたちを冷ややかな目で見ながら、私は自分のやるべき仕事へと意識を切り替えた。
このままでは、クラスから脱落者が出る。
私は隣の席の綾小路君を仲介役として利用し、Dクラスの中でも最も危うい成績に位置する三人——須藤君、池君、山内君を放課後の勉強会へと誘わせた。
しかし、結果は散々だった。
須藤君は「部活でどうしても勝ちたい奴がいるから」と一蹴し、池君と山内君に至っては「テストなんて一夜漬けでどうにでもなる」と吐き捨てて、私の提示した勉強会を一顧だにせず去っていってしまった。
自分の置かれている立場も理解せず、目先の感情や怠惰に流される愚か者たち。私深く溜め息をつき、彼らの浅はかさに強い頭痛を覚えるのだった。
不本意ではあったが、私はクラスで人望のある櫛田さんの協力を得ることにした。彼女の仲介もあって、どうにかあの三人——須藤君、池君、山内君を再び図書館の勉強会に呼び出すことには成功した。
……だが、結果は惨惨たるものだった。
彼らの学力は私の想像を遥かに絶するほど酷く、義務教育すら疑わしいレベルだった。私はただ客観的な事実として彼らの無能さを指摘し、正しい勉強法を提示したに過ぎない。しかし、プライドだけは一人前に高い彼らは私の言葉に激昂し、あっさりと席を立って勉強会を放り出してしまった。
正真正銘の不良品たち。手の施しようがない愚か者どもに、私は心の底から失望していた。
——そんな折り、私は校舎の裏手で兄さんと遭遇した。
兄さんは昔と変わらぬ冷酷で鋭利な瞳で私を見下ろしていた。「Dクラス」という底辺にいる私を心底見限っており、あろうことか私を容赦なくコンクリートの壁へ叩きつけようと握り拳を振るった。
その衝撃に身をすくめた瞬間、割り込んできたのが綾小路君だった。
彼は恐ろしいほどの反応速度で兄さんの拳を遮り、あの兄さんと互角以上の体術で渡り合ってみせたのだ。兄さんは私に対し「上のクラスへ上がりたければ死に物狂いで足掻け」と言い残して去っていった。その後、綾小路君から私がなぜDクラスに配属されたのか——私自身の性格的な致命的欠点を指摘され、正直完全に納得できたわけではないものの、私は胸の奥で燻る敗北感とともに、もう一度だけあの三人との勉強会をやり直す決意を固めた。
まずは三人を取り戻すため、私は再び櫛田さんに協力を頼もうとした。……だが。
「……ごめんね、堀北さん。私、ちょっと今のDクラスの皆には協力できないかな……」
目の前に立った櫛田さんは、いつもの眩しい笑顔を消し、どこか申し訳なさそうに、けれど固い拒絶の意思を込めてそう首を振ったのだった。
一体何が起きたのか、私には理解が追いつかなかった。いつもクラス全員の味方でありたがる彼女が、なぜこの土壇場で協力を拒むのか。
「櫛田。三人をもっと強い言葉で誘ってくれないか。櫛田が頼めば、あの三人も本気を出して勉強会に来ると思うんだが」
見かねた綾小路君がフォローするように声をかけたが、櫛田さんの態度は変わらなかった。
「本当にごめんね。私、このあと大切な約束があるから……それじゃあね」
彼女はそれ以上追及させない速やかさで、私達から離れて行ってしまった。
救世主だったはずの櫛田さんを失い、私と綾小路君の二名だけであの三人を説得できるはずもなかった。須藤君は相変わらず部活だけに打ち込み、池君と山内君は授業をろくに聞かず聞き流す日々。それどころか、彼らは放課後になると現Bクラスの「佐倉陽斗」という生徒にしつこく絡みに行っていた。
聞き及んだ話によれば、佐倉君は入学してわずか三日目から自身のクラスの授業態度を注意喚起し、ペナルティを最小限に抑え込ませていたという。
……ただの一生徒が初日の段階で学校の複雑な仕組みを見抜いていたなど、どう考えても不自然だ。彼の行動だけを捉えれば、事前に不正なルートで学校内部の情報を取り入れていた「黒幕」である可能性は極めて高かった。
そんな佐倉君に対し、Dクラスの男子たちは直接校内で誹謗中傷を浴びせ、さらには掲示板に悪質な書き込みを投下し続けている。精神的に彼を追い詰め、自滅させてポイントを奪い取ろうとしているのだろう。
男子だけではない。風の噂で耳にした話では、篠原さんたち女子グループも佐倉君に個人的な恨みを募らせているようだった。
どうやら少し前に篠原さんたちが佐倉君を遊びに誘ったものの、彼は素っ気ない態度であっさりと拒絶したらしい。そればかりか、彼の周りにいる女子たち——確か名前は長谷部さんや佐倉愛里さんだったかしら。彼女達から鋭い視線で強く睨みつけられたのだとか。
自分たちを突っぱねた癖に、内輪の女子には優しく接している彼の姿を目撃した篠原さんたちは激怒。その腹いせと報復として、彼女たちも掲示板へ佐倉君に対する悪質な書き込みを繰り返し投下しているのだという。
どこまでもくだらない私怨と嫉妬。彼らは不正者を叩く正義の味方にでもなったつもりなのだろうか。呆れ返るほど愚かしい理由だが、もしこれで現Bクラスが失脚するならば、私にとって好都合であることもまた事実だった。
放課後、私は自ら足を運び、現Bクラスの教室へと向かった。
扉を開けると、教室内では驚いたことに全員が残っており、クラス一丸となって勉強会を開いている最中だった。Dクラスの惨状とは対照的なその光景に一瞬気圧されそうになるが、私はすぐに思考を切り替えた。
「佐倉陽斗君はいるかしら」
私の声が響くと、室内の視線が一斉にこちらへと集中した。あからさまな敵意と不快感を露わにした鋭い視線が三十数人分突き刺さるが、そんなものは私にとってどうでもいいことだった。
私の呼びかけに応じるように、席からひとりの男子生徒が立ち上がった。彼が噂の佐倉陽斗だ。
間近で彼を視界に収めるのは、これが初めてだった。驚いたことに、彼の顔立ちは目を見張るほど整っていた。巷のアイドルやモデルすら顔負けの整った容姿。その整然とした存在感に、私の思考が一瞬だけわずかに揺らいでしまったことを、私は必死に悟られまいと打ち消した。
「俺に何か用か」
冷静かつ淡々とした彼の問いかけに、私は本題を切り出す。
「ええ、単刀直入に言うわ。私は貴方が不正に情報を手に入れて、クラスポイントを稼いだのではないかと思っているの。私としては、そんな不正を働く生徒を見逃すわけにはいかないわ。いい加減、そろそろ自白したらどうかしら」
私の言葉が落ちた瞬間、教室内を埋め尽くす全員の空気が激化し、怒号のような反発が一気に跳ね上がった。
「つうか、あいつ誰だよ!」
「確かDクラスの奴だぜ!」
「ふざけんな! 自分たちのクラスがポイントを残せなかったからって、俺たちを貶めてんじゃねえよ!」
口々に罵声を浴びせてくる元Cクラスの生徒たち。だが、佐倉君が無言のまま静かに手を挙げると、全員で騒いでいた教室は一瞬で静まり返った。彼はクラスメイトたちを沈めると、変わらぬ温度の瞳で私を見据えた。
「俺を含めて、このBクラスに不正をした人物は一人もいない。用件がそれだけなら帰るんだな」
淡々と私を追い払おうとする態度。だが、その程度の突っぱねで引き下がる私ではない。
「そう……なら学校が貴方たちの不正を調査すれば、全てが明るみになるはずよ。それでもなお、その姿勢を貫き通すつもりかしら?」
「何を言われようと俺の答えは変わらない。帰るんだな、Dクラスへ」
語尾に込められた「Dクラス」という響きに、私の眉がぴくりと釣り上がる。まるで私たちがDクラスに配属されたことを当然だと言わんばかりの蔑み。
「……どこまでも自白しないつもりね。その隠し通せるという浅はかな自信、後で後悔させてあげるわ」
私は冷ややかな言葉を残し、踵を返してBクラスの教室を後にした。
しかし、事態が急転直下したのはその翌日の朝だった。
全生徒の端末に、学校から一斉通知メールが届いたのだ。
『佐倉陽斗及び、現Bクラスにおけるポイント保持について、一切の不正行為は存在しないことを改めて証明する。現Bクラスの保持ポイントは、彼らの速やかな授業態度の改善、並びに正当な努力と実力によるものである』
学校側が公式にBクラスの無実を証明する声明を出したのだ。私の推測は完全に外れ、Bクラスの潔白が公に認められてしまった。教室のあちこちからは「何だよ学校まであいつらの味方するのかよ」「隠蔽じゃねえのか」といった、往悪悪悪しい不満の声が上がっていた。
そんな荒れた空気の中、朝のホームルームのために茶柱先生が教室に入ってきた。だが——今日の彼女の表情は、どこか酷く歪み、青ざめているように見えた。
「静かにしろ。……急だが本日、特別指導室にて緊急審議が行われる」
教壇に立った茶柱先生は、重苦しい声を絞り出すように告げた。
「池、山内、篠原、前園、市橋、菊地……(中略)……以上、15名は放課後、生徒会室横の審議室へ来るように」
次々と読み上げられるクラスメイトの名前。クラスの実に四割近くに及ぶ人数だ。
「内容は、現Bクラスの佐倉陽斗、及びBクラス全体に対する著しい誹謗中傷、並びに名誉毀損の疑いだ。Bクラス側から正式な弁護要請と厳罰を求める訴えが提出された。放課後、生徒会立ち会いのもとで審議を行う。事態の悪質性によっては、該当者に特別停学、あるいは退学処分が下される可能性もある」
「「「はあああ!?」」」
一瞬間を置いて、教室全体から耳を裂くような叫びと怒号が跳ね上がった。
「なんで俺たちが処分されなきゃいけねえんだよ!」
「言いたいことも言えねえのかよ! ふざけんな!」
パニックに陥り叫び散らす池君たちに対し、茶柱先生はどこか青ざめた顔のまま、冷淡かつ淡々と宣告を続けた。
「……なお、被疑者側の弁護人は2名まで同席が認められている。対象者は放課後までに早急に代表者を決めておくように。以上だ」