佐倉の従兄弟に転生した 作:メガラティアス
「起きて……、起きて、陽斗」
規則的なバスの揺れの中、肩を優しく揺さぶられる感覚で意識が浮上した。
重い瞼を開けると、すぐ目の前で涼しげな青髪が柔らかく揺れている。寝ぼけ眼のまま視線を外に向けると、バスの一番後ろの座席から見える窓の外には、見覚えのある高度育成高等学校の広大な敷地とゲートが迫っていた。
あまりの心地よさに再び瞼が重くなりかけた——その瞬間。
ドスッ、と頭頂部に確かな衝撃が走った。
「ふふっ、駄目だよ波瑠加ちゃん。陽斗君はこのくらいしないと起きないんだから」
「ぷっ……あはは、愛里、ちょっと遠慮なさ過ぎでしょっ」
反対側から楽しそうな笑い声が聞こえる。どうやら愛里に手厳しくチョップを叩き込まれたらしい。
痛む頭を押さえながら今度こそしっかりと目を開けると、目の前には二人の美女が覗き込むように俺の顔を見つめていた。
「もう着くよ」
身体をぴったりと密着させたまま、波瑠加が青髪を揺らして手を伸ばし、愛里に叩かれた俺の頭を「よしよし」とあやすように優しく撫でてくる。大人びた美貌に浮かぶ甘い笑みと、風呂上がりとはまた違う爽やかな香水のような香りに、一気に目が冴え渡った。
「起こしてあげたんだよ、お礼は?」
眼鏡をかけて大人しくなった『学校用』のモードのはずなのに、俺にしか聞こえない声で甘えるように尋ねてくる従姉妹。
「ありがと……」
「ふふ♪ 素直でよろしい。これで起きなかったら、持ってるペットボトルで叩いてたかも♪」
「おい」
物騒な冗談を口にする愛里に苦笑しつつ、俺は網棚と足元の荷物を確認してから座席を立ち上がった。
すると、即座に右腕にキュッと柔らかい感触が巻きついてきた。
そして間髪入れずに、左腕にも同じように控えめな、けれど確かな力が込められて腕を抱え込まれる。
両手に花、などという生ぬるい表現では収まらないほどの美少女ふたりに左右から腕を掴まれ、身動きを封じられたまま歩き出す。
ふと目線を落とすと、左側には俺の肩より低い位置に濃いピンク色の髪が。
右側には、俺の目の下あたり——かつての身長差を完全に逆転させた位置に、愛おしそうに俺を見上げる青髪が見えた。
中3の成長期を経て、限界まで身体を鍛え上げた俺の体躯は、二人を並べて引き連れてもびくともしない。
バスの降車口へ向かいながら、俺は周囲の乗客——これから同じ学校で競い合うことになる生徒たちの刺さるような視線をひしひしと感じていた。特にDクラスに入るであろう綾小路たちの視線もどこかにあるはずだ。
だが、そんな警戒や羨望の眼差しすらどうでもよくなるほど、左右から伝わる二人の温もりは温かく、誇らしかった。
ここから、俺たちの新しい学校生活が始まる。
校舎前に設置された大きな掲示板には、新入生たちの熱気と視線が殺到していた。押し寄せる人ごみから愛里と波瑠加を庇うようにして、人波をかき分けて前へと進む。
「あ、あった! 陽斗君、私と波瑠加ちゃんの名前あったよ!」
しばらく名前を辿っていた愛里が、パッと表情を明るくして俺の袖を引っ張った。続いて俺も自分たちの名前が刻まれている場所へと視線を滑らせる。
「1年Cクラス……か」
心の中で小さく呟き、思考を巡らせる。
前世の記憶を頼りに、学力も身体能力もその辺の高校生には絶対に負けないレベルまで鍛え上げてきたはずだ。それなのにAやBではなく、Cクラススタート。
……原因は、親の都合で何度も繰り返した『転校歴』だろうか。環境の変化が激しく、特定の学校で長期間の交友関係を築けなかった点が「コミュニケーションにおける不安定要素」と評価されたのかもしれない。あるいは、俺自身も気づいていない致命的な欠点が何かあるのだろうか……。
「3人とも同じCクラスだね! 従兄弟同士で同じクラスになれるなんて、すごく珍しいんじゃないかな♪」
眼鏡の奥の目を丸くしながら、上機嫌に声を弾ませる愛里。
「良かった……。本当に良かった、陽斗と一緒で……」
隣で波瑠加も、心底安堵したように胸を撫で下ろし、俺の腕にギュッと身体を寄せてきた。
二人の無邪気な反応に、内心で動揺と考察を整理しつつも、表面上は平静を装って「そうだな」と頷いておく。
ふと気になって、俺は隣にある『1年Dクラス』の名簿にチラリと視線を走らせた。
当然、愛里と波瑠加の名はない。
そして——本来ならそこに名を連ねているはずの、後二つの名前もない。俺が彼らの過去に関わったことでバタフライエフェクトが生じ、原作の配置が狂っているのだ。代わりに枠を埋めた知らない誰か(モブ生徒)の名を横目で見つつ、俺は(どうなることか……)と密かに息を吐いた。
「陽斗、行こ? 私たちの教室、こっちだよ」
両側から二人の美少女に押されるような形で、俺たちは1年Cクラスの教室へと足を踏み入れ、それぞれの指定席へと向かった。
クラスに入り自分の座席を探す。
見つけて荷物を整理して座席につくと、正面からひょっこりと影が落ちてきた。
「よっ、久しぶりだな、陽斗」
親しげに声をかけてきたのは、独特な紫髪をなびかせた男子生徒だった。
「明人……」
「三宅明人だ。覚えててくれたか。しかしまあ、4ヶ月でいきなり転校された時はマジでびっくりしたけどな」
三宅明人は、懐かしそうに口角を上げた。中3の1学期、俺がわずか数ヶ月だけ通っていた治安の悪い街の中学で、不良に絡まれていた彼を叩き伏せて助けて以来の再会だ。
「まさかお前と同じ高校を受験してるとは思わなかったぜ。あの時、お前に刺激されて根性入れて勉強した甲斐があったわ。同じ学校になれて嬉しいぜ」
あの後、俺が叩き込んだ基礎のおかげで明人の学力は向上し、無事に高度育成高等学校の合格を掴み取ったらしい。気さくに話しかけてくる明人に、俺も自然と笑みがこぼれる。
ふと明人の頭越しに視線をやると、前方の机からこちらをじっと見つめている細身の生徒と目が合った。
幸村輝彦——。
鋭い眼鏡の奥から、静かな熱を孕んだ瞳で俺を射抜いている。
中2の頃、俺が転校先で学力テストの真っ向勝負を挑み、完敗させた男だ。言葉こそ発しないものの、その無言の視線からは**『お前と同じ学校になるとはな。中学の時は負けたが……今度は学力でお前に負ける気はない』**という強い決意がひしひしと伝わってきた。あの時幸村に勧めた日課のランニング効果か、かつての刺々しさは消え、背筋の伸びた引き締まった佇まいを見せている。
「……あいつ、知り合いか?」
俺の視線に気づいた明人が振り返り、不思議そうに首を傾げた。
「ああ、中学2年の時のな」
原作ではDクラスの底辺で出会うはずだった『グループ』の面々が、原作主人公という存在をハブにして、入学初日のCクラスに早くも揃い踏みしていた。
自分の配属クラスに対する懸念を頭の隅に追いやりながら、俺は教室の空気を確かめるように見回した。
教室の中央へと視線を移すと、そこには独特の威圧感を放つ長い紫髪の男がいた。
龍園翔——このCクラスをいずれ独裁的な手腕で支配し、リーダーとして君臨することになる男だ。
今は腕を組み、脚を組んで、無言のまま自席に深く腰掛けている。何も発さず、ただそこに静座しているだけだというのに、肌を刺すような存在感は流石と言うべきか。周囲の生徒たちも彼から漂う異質な空気を察してか、微妙に距離を取っているのが分かった。
(……まあ、急いで関わる必要もないか)
俺は持参していた文庫本を開き、活字に目を落とした。
読書に没頭して間もなく、かすかな衣擦れの音と共に隣の席へ誰かがやってきた。
ふわりと揺れたのは、息をのむほど綺麗な長い銀髪。本を開いたまま視線だけを少し滑らせると、その人物——椎名ひよりが静かに椅子を引き、腰を下ろす動作が伝わってきた。
席についてもなお、その視線がじっとこちらに向けられているのを感じる。
本を抱えた佇まいからは、原作通りの隠しきれない文学少女らしさが溢れ出ていた。俺が読んでいる本に興味があるのか、それとも隣の席の俺に声をかけようか迷っているのか、どことなく落ち着かない様子だ。
完璧に整った容姿をしていても、こうした機微にはまだ初々しい新入生らしさが残っている。そんな小さな発見に密かな微笑みを浮かべていると、いつしか教室の空気がガラリと変わった。
生徒たちの着席が完了したと同時に、フロントドアが開く。
入ってきたのは、眼鏡をかけたスーツ姿の男性教師だ。
「静かにしろ。着席のままで結構だ」
Cクラスの担任、坂上数馬が壇上に立ち、教卓へと資料を広げる。
淡々と、しかし規律正しく進められる坂上先生の学校説明。特殊なポイント制やこの学校の基本理念が語られていく声を耳にしながら、俺は改めて強い実感を踏みしめていた。
本当に、この高度育成高等学校に来たんだな——と。
隣から伝わる控えめな気配や、背後から感じる波瑠加や愛里たちの視線、そして前方に座る龍園の威圧感。全てを受けながら、俺は本を静かに閉じ、教壇へと意識を集中させた。