佐倉の従兄弟に転生した 作:メガラティアス
壇上に立った坂上先生の口から、この学校特有の『Sシステム』についての概要が語られ始めた。そして、生徒端末に早速『100,000ポイント』——現金にして10万円相当が振り込まれた旨が告げられると、教室内は一瞬にして歓声とどよめきに包まれた。
「マジかよ、いきなり10万!?」
「高校生に10万とか、この学校ヤバすぎだろ!」
狂喜乱舞する周囲の生徒たち。坂上先生はその後も淡々と学校規則やポイントの運用についての説明を継続していたが、もはや大半のCクラス生徒の耳には届いていないようだった。手に入った大金への興奮で、思考が完全に麻痺している。
(まあ……普通の15歳ならこんなものだよな)
俺だって前世の知識と原作の裏事情を知っているからこそ舞い上がらず冷静でいられるだけだ。この10万ポイントがただの『お小遣い』などではなく、俺たちの評価や行動基準に直結していることを察しつつ、静かに推移を見守る。
一通りの説明を終えた坂上先生が教卓に手を置いた。
「——説明は以上だ。何か質問はあるか?」
その問いに対し、教室内の中央から横柄な声が響いた。
「坂上、確認だがポイントは毎月初めに10万ポイント振り込まれるんだよな?」
手を挙げることすらせず、椅子に深く背をもたれかけたまま尋ねたのは龍園だ。すでに担任に対する敬意など皆無の態度である。
「敬語を使いなさい、龍園君。……ポイントは毎月初めに振り込まれる、としか言えない」
坂上先生の曖昧な返答に、「なんだそれ、答えになってないだろ」「教えられないってことか?」と一部の生徒からざわつきが起こる。
ポイントの仕組みに裏があることをクラス全体に少しだけ意識させるため、俺は静かに挙手した。
「どうぞ、佐倉君」
「この学校は希望の就職先、または進学先に100%行けるとのことですが……退学者は毎年どのくらい出ていますか?」
俺の問いかけに、教室内が一瞬で静まり返った。入学初日の、しかも10万ポイントの臨時収入に浮き立っていたクラスメイトたちが、突然投げかけられた『退学』という不穏なワードに息をのむ。
坂上先生は眼鏡の奥の目をわずかに細め、静かに口を開いた。
「……その質問には答えられない」
意図を察したような含みのある拒絶。坂上先生はそれ以上追及させないように教卓の書類をサッとまとめた。
「質問は以上か? なら私はこれで失礼する」
そのまま坂上先生は一度も振り返ることなく教室を去っていった。残された教室には、気まずさと困惑の入り交じった微妙なざわめきが残る。
「おい……退学ってどういうことだ?」
「そんな重い話、急にされても……」
引きつった表情でこちらを見るクラスメイトたちの視線を感じ、俺は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「すまん、今のはただの俺の思いつきの確認だ。入学初日から変なこと聞いて不安にさせちゃったな。だから今は気にしないでくれ」
俺が努めて軽くそう告げると、「なんだ、ビビらせるなよ〜」「びっくりしたわ」と緊張の糸が切れ、教室の空気は再び和やかなものへと戻っていった。
だが、勘の鋭い者——特に龍園や幸村、そして俺の隣で静かに本を閉じたひよりなどは、俺の質問の意図と坂上先生の不自然な濁し方に、確かな違和感を抱いたはずだ。
坂上先生が立ち去った後の教室には、徐々に生徒たちの話し声が戻ってきた。最初は同じ班や席が近い同性同士で、探り探り軽めの自己紹介を始めている様子だ。
「あの……少し良いですか?」
ふと隣から、鈴を転がすような透き通った声が聞こえた。振り向くと、銀髪を揺らした椎名ひよりがまっすぐに俺を見つめていた。
「なんだ?」
「あ、すみません。自己紹介がまだでしたね。私、椎名ひよりと言います」
「佐倉陽斗だ。よろしくな」
「はい、佐倉君。……ところで、先ほど先生にあのような質問をされていましたが、あれはどういった意図があったのですか?」
ひよりは俺の目を見つめ、先ほどの言葉の真意を純粋に気にしている様子だった。文学少女らしい鋭い観察眼と探究心が見え隠れしている。
「ただの素朴な疑問だよ。希望する就職先や進学先に100%行けるって話だけど、そのためには当然、そこにふさわしい人材へと成長する必要があるだろ? その過程で、これからかなりの試練が待っていると俺は思うんだ。そうなれば脱落者も出てくるはずだから、その割合がどれくらいなのか知りたかったんだよ」
Sシステムの核心を隠しつつ、筋の通った建前で適当に誤魔化す。ひよりは「なるほど……確かに一理ありますね」と、小さく顎を引いて納得したように頷いた。
「くくく……俺にもその話、聞かせてもらおうか」
その時、頭上から低い笑い声と不躾な気配が降ってきた。
振り返るまでもなく、長い紫髪を揺らした龍園翔が俺たちの席へと近づいてきていた。
「どこまで気づいてやがる、佐倉?」
鋭い眼光で俺を見下ろす龍園。ここで完全に隠し通すのは返って不自然であり、かといって全てを明かすわけにもいかない。俺はある程度の推測に嘘と確信を混ぜ込みながら口を開いた。
「……あくまで俺の憶測だがな。この学校にクラス替えがないこと、そして入学式での各クラスの雰囲気を見るに、おそらくAクラスから順に優秀な生徒が配置されている。隣のBクラスは規律正しかったが、Dクラスはあからさまに態度が悪かった。そして龍園、お前が聞いた毎月のポイントだが……俺はクラスごとの授業態度や出席率、あるいはテストの成績で変動する『減点方式』じゃないかと思ってる」
俺の言葉を聞いた瞬間、龍園の口角が吊り上がり、凶悪な笑みが深まった。
「くくく……合格だ。俺の右腕にしてやってもいいぜ、佐倉」
龍園の提案に、周囲の空気が一気に緊張する。
ふと視線をやると、俺の方へ駆け寄ろうとしていた波瑠加と愛里が心配そうに足を止め、後方からは幸村が眼鏡越しに固唾をのんで見守っていた。そして何より、すでに俺のすぐ近くまで明人が間合いを詰めている。
彼らの気配を一瞬だけ横目で見届けてから、俺は龍園を見据えて答えた。
「右腕でも何でも別にいいが……条件がある。このCクラスが周りから嫌われるような、極端に荒っぽい手を使うのは控えろ。俺も一緒にクラスの方針を考えるからさ」
「くくく……さあな? ま、俺の手下になるってなら考えてやってもいいぜ」
龍園は煙に巻くように鼻で笑うと、ポケットに手を突っ込んだまま自分の席へと戻っていった。
入れ替わるように、間髪入れずに明人が俺の隣へと踏み込んできた。
「大丈夫か、陽斗。あいつ……龍園は俺のいた街区でも有名なヤバい奴だ。変なこと吹き込まれなかったか?」
焦りを含んだ明人の言葉を聞いて、俺は(そういえば明人と龍園は同じ中学・街区の出身だったな)と今更のように思い出した。
「平気だ。今のところはな……」
明人の肩を軽く叩きながら、俺はそう返した。
龍園という暴君の存在、そして彼を制圧し得るだけのスペックと仲間を持つ俺たちの立ち位置。Cクラスの未来を巡る水面下の主導権争いは、すでに始まっている。
龍園が去った後、少し固まっていた周囲の空気をほぐすように、隣から控えめな声が響いた。
「あの……ごめんなさい。なんだか私のせいで、面倒ごとに巻き込んでしまったみたいですね」
振り返ると、ひよりが申し訳なさそうに眉を下げ、気まずそうに俺を見つめていた。
「いや、気にしなくていい。遅かれ早かれ、龍園って奴は俺のところに来てたと思う。それに一応あいつも同じクラスメイトなんだ、話をしたこと自体は別に悪いことじゃないよ」
俺が努めて軽やかに返すと、ひよりはホッとしたように胸を撫で下ろし、表情を和らげた。
「そう言って頂けると嬉しいです。……ところで、周りにいらっしゃる皆さんは、佐倉君の知り合いですか?」
ひよりの視線の先には、心配そうにこちらを覗き込んでいる愛里と波瑠加、そして龍園を警戒してすぐ側まで詰めてきていた明人の姿があった。
「ああ。小学校や中学校時代の知り合いと、従姉妹なんだ」
「そうなんですか。……では、私はお邪魔ですね」
気を使ってすっと身を引こうとするひよりに対し、俺は即座に片手を上げてそれを引き止めた。
「気にしなくていい。せっかく隣の席になったんだ、ここにいるメンバーで連絡先だけでも交換しないか?」
「え……良いんですか?」
不意を突かれたように目を丸くするひより。俺は周りの三人に視線を送る。
「俺は構わないぞ。明人だ、よろしくな」
「私も大丈夫だよ、ひよりちゃん」
明人が気さくに笑い、愛里も眼鏡の奥の目を優しく細めて頷いた。
「私も。よろしくね……えっと」
「椎名ひよりです」
「長谷部波瑠加、よろしくね、ひよりん」
波瑠加が距離感を詰めるように親しげに微笑みながら呼ぶと、ひよりは不思議そうに首をかしげた。
「ひよりん……ですか?」
「ほら、ひよりんって響き、なんか可愛くない?」
「ふふ、そうですか? じゃあ私は、はるるんって呼べば良いですか?」
「う……、それはちょっと恥ずかしいかな。普通に波瑠加でお願い」
照れくさそうに手を振る波瑠加を見て、ひよりはくすりと悪戯っぽく微笑んだ。
「分かりました。では波瑠加さんも、私のことはちゃんと『ひより』って呼んでくださいね」
「了解、ひより」と波瑠加が笑い返し、二人はいかにも女子らしい和気あいあいとした空気で端末をかざし合う。そこに愛里と明人も加わり、テンポよく連絡先の交換が進んでいった。
龍園という異物が残していったピリついた緊張感はすっかり消え去り、俺たちの周囲にはどこか心地よい輪ができあがっていた。