佐倉の従兄弟に転生した 作:メガラティアス
朝のホームルーム。教室の扉が開き、坂上先生が教壇の横へと歩み寄った。だが、いつもと異なり教卓に資料を広げることはせず、静かに眼鏡の奥の目を光らせた。
「今日のホームルームを始めたいところだが……実は君たち生徒の中に、ホームルームの時間をプライベートポイントで購入した者がいる。したがって、私は今日のホームルームを静観させてもらう」
坂上先生の予想外の発言に、教室内は一瞬で「え……?」「ポイントでホームルームを買った?」と大きなざわめきに包まれた。
その混乱の真っ只中、俺は静かに自席から立ち上がり、全員の視線を一身に浴びながら教壇へと足を進めた。
教卓の前に立ち、クラス全体を見渡す。
「急にすまない。だが、こうでもしないと誰も俺の話に真剣に耳を傾けてくれないと思ったんだ。今から俺が話すことを、一言も漏らさずに聞いてほしい。そして……この内容はこの教室の中だけに留め、他のクラスの生徒には決して漏らさないでくれ。それほどまでに、今から話す内容は俺たちの今後の学校生活を左右する重要なことなんだ」
困惑したざわめきがさらに広がる。だが、その中で完全に無言を貫いている者たちがいた。波瑠加や愛里、明人、ひよりといった俺の仲間たち。昨日、校舎裏で拳を交えた石崎をはじめとする不良組。そして——教室内中央で不敵な笑みを浮かべて俺を見つめる龍園だ。
俺は言葉を続けた。
「皆がこの学校に入学してきたのは、全寮制で学費や生活費が無償であることのほかに、当然『希望の就職先や進学先に100%行ける』という破格の特典が目当てのはずだ。それ以外の理由なんてないだろ?」
俺の問いかけに、「そりゃそうだろ」「分かりきったことをわざわざ言うなよ」と複数の生徒から同意の声が上がる。
「そうか、ならよかった。全員が明確な目標を持っているなら話は早い。確かにこの学校には、希望通りの進路を叶える制度が存在する。みんな『この学校に入学できた時点で、もうその権利を手に入れた』と思っているだろう。……だが、真実は違う」
そこから、俺は『Sシステム』の全貌を一つずつ解き明かしていった。
・クラス分けの真実:AクラスからDクラスまで、生徒は優秀な順に選別されて配置されていること。
・リアルタイムの監視と評価:教室後方に設置された監視カメラにより、生徒の授業態度や私語、遅刻や居眠りがすべて記録され、リアルタイムで『減点方式』として評価されていること。
・ポイント支給のカラクリ:このままの緩んだ態度を続ければ、来月には例年のCクラスやDクラス同様、支給ポイントが大幅に削減——最悪ゼロになること。
・生徒個人の欠陥:下位クラスに配置された生徒は、たとえ高い学力や身体能力を秘めていても、過去の行動や性格、環境に何かしらの問題や欠陥を抱えていると判断されていること。
・退学のリスク:学校の求める水準に達しない者は容赦なく切り捨てられ、毎年CクラスやDクラスからは多数の退学者が出ていること。
そして——最後に最も重要な『学校の最大の秘密』を突きつけた。
「最後に一番大事なことを言う。希望通りの就職先や進学先を手に入れられるのは、3年間の卒業時点で最も高いポイントを保持している『Aクラス』ただ1つのクラスだけだ。残りの3つのクラスは、何の恩恵も受けられず自力で進路を勝ち取るしかない」
俺の説明が終わった瞬間、教室内は完全な絶句と、それに続く激しい動揺に包まれた。
「ハッ、冗談だろ……!? 100%の進学率じゃないのかよ!?」
「減点……? じゃあ今までの授業態度でポイントが減ってるってことか!?」
疑う者、パニックを起こす者、怒りを露わにする者。生徒たちは縋るような思いで教卓の横に立つ坂上先生へと視線を向けた。だが、坂上先生は静かに腕を組んだまま黙秘を貫いている。否定も肯定もしないその態度こそが、俺の言葉がすべて真実であると証明していた。
先生の暗黙の承認を前に、Cクラスの生徒たちは言いようのない困惑と衝撃に打ちのめされていた。
「いや、待て! 信じられない……この学校は就職先や進学先の希望を100%叶えてくれるって触れ込みだったはずだぞ!」
沈黙を破り、前方の男子生徒が叫ぶように声を上げた。それを皮切りに、教室内には堰を切ったように反発の声が広がり始める。
「そうだ! 佐倉が言ってるような変な話があるかよ!」
「嘘に決まってんだろ! 10万ポイントも貰えたんだぞ!?」
畳みかけるような否定の波。理屈では理解できかけていても、自分たちが置かれた甘い現実を捨てきれない生徒たちの拒絶反応だった。
(……やっぱり、行き詰まるか)
俺には、一言で人を平伏させるような圧倒的なカリスマがあるわけじゃない。言葉だけでクラス全員を完璧に心服させるのは難しいと分かっていた。だが、ここで引くわけにはいかない。俺は深く息を吸い込み、教卓を軽く叩いて教室内を静めると、まっすぐな視線でクラス全体を見渡した。
「みんなの気持ちもよく分かる。急にこんな都合の悪い話を聞かされたって、素直に信じられるはずがないよな。……だから、その上で俺からみんなに頼みたいことはひとつだけだ」
俺は声を張り上げ、感情を込めて言葉を繋いだ。
「この1ヶ月だけ、授業を真面目に受けてほしい。もし俺の読みが正しかった場合、ポイントが減らされるのは個人じゃなくクラス全体なんだ。このままだと、本当に来月5日の支給ポイントはゼロになる。それに、試験の点数もそうだ。もし赤点を取った生徒が即退学になるシステムだとしたらどうする? それでも授業をサボり続けたいか?」
俺の切実な問いかけに、沸き立っていたクラスの空気がわずかに冷え込み、静まり返った。
「この1ヶ月だけだ。1ヶ月だけ俺の顔を立てて、様子を見てくれないか? もし来月、何事もなく10万ポイントが振り込まれて俺の考えが間違っていたら……その時はいくらでも俺を笑ってくれて構わない。だから頼む!」
俺は教壇の上で、クラス全員に向けて深く頭を下げた。
その時——教室の中央から、低く不気味な笑い声が響いた。
「くくく……」
足を組んだまま深く椅子にもたれかかっていた龍園が、愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。
「おいおい、お前ら。佐倉が頭下げて頼んでんのは『授業態度を改めろ』ってだけだぜ? ここで首を縦に振らねえってことは、お前らはその程度の常識すら守れねえゴミ屑だって自白してんのと同じだ。……自分たちが下位クラスに押し込められた理由を、早速自分から証明してどうすんだよ。本当にしょうもねえクラスだな」
龍園の毒を含んだ辛辣な言葉が教室を包み込む。彼が纏う本物の異物感と圧倒的な威圧感の前に、反論しようとした生徒たちも言葉を詰まらせ、教室は再び重苦しい静寂に支配された。
その静寂を破ったのは、教壇のすぐ近くに座っていた愛里だった。
すっと立ち上がった彼女は、胸元に手をやると、かけ慣れた伊達眼鏡をゆっくりと外した。
「——っ!?」
愛里の素顔があらわになった瞬間、周囲の男子生徒たちから息をのむ音が漏れた。普段の地味な印象を完全に覆す、息を呑むほど整った容姿と、凛とした強い眼光。愛里は教壇に立つ俺の横へと歩み寄り、クラス全体へ向けて声を張り上げた。
「みんな、1ヶ月だけ我慢してみようよ。たった1ヶ月だよ……! その期間だけ、黒板の前に立ってる彼の言うことを聞いておくだけで、この学校が本当はどんな場所なのかが分かるんだよ。試してみる価値はあると思うな」
愛里の予想外の素顔と、普段の彼女からは考えられない芯の通った言葉に、生徒たちは気圧されるように「あ、ああ……」「まあ……1ヶ月くらいなら……」と互いに顔を見合わせ、ボソボソと頷き始めた。
さらにそこへ、波瑠加が軽やかに手を挙げながら立ち上がった。
「ねえ、みんな。私、陽斗の……佐倉のこと昔からよく知ってるんだけどさ。この人の勘とか探りって、呆れるくらい当たるんだよね。普段は適当な癖に無駄に感が鋭いから、今回もきっと当たってると思う」
波瑠加はいたずらっぽく笑うと、クラスメイトたちを見渡して胸を張った。
「だからさ、もし来月普通にポイントが振り込まれて陽斗の言ったことが外れてたら、みんなで盛大に笑ってやろうよ!」
波瑠加の明るい提案に、引きつっていたクラスの空気が一気に和らいだ。
「……そうだな。たしかに1ヶ月真面目にやるだけなら損はねえか」
「よし、もし外れたら来月思いっきり笑ってやるからな、佐倉!」
「乗った! 1ヶ月だけ付き合ってやるよ!」
不良組の石崎たちも言葉こそ荒いものの無言で席に着き、クラス全体が「1ヶ月だけ佐倉の指示に従う」というひとつのまとまりを見せ始めた。
「みんな……感謝する。1ヶ月だけ、よろしく頼む」
俺が改めて教壇から礼を言うと、クラスメイトたちはどこか吹っ切れたような、頼もしさを孕んだ視線をこちらへと返してくれた。
ホームルーム終了を告げるチャイムが教室内に響き渡った。俺は教壇を降り、自分の座席へと戻っていく。その途中、教室内の中央で足を組む龍園と一瞬だけ視線が交差した。
席につくと、隣からひよりが柔らかく微笑みながら話しかけてきた。
「お疲れ様です、佐倉君。非常に有意義なホームルームだったと思いますよ」
「……龍園や愛里、それに波瑠加のおかげさ。俺一人じゃとてもクラスを説得し切れなかった」
俺が息を吐きながら答えると、ひよりは静かに首を振った。
「それでも、凄いです。学校の異変に気付く人がいたとしても、それを実行に移してクラス全体を動かすのは……簡単に見えて、実はすごく難しいことです。今回のような決断には、特に大きな勇気が必要だったはずですから」
「……そうか?」
ひよりの温かい言葉に、張り詰めていた肩の力が抜けていくのを感じた。
俺はふと視線を転じ、龍園の方を見た。龍園は口元に不敵な笑みを浮かべたままでいた。その姿を見つめながら、俺の脳裏には昨晩、彼と交わした通話のやり取りが鮮明に蘇っていた。
『あぁ? 明日の朝でクラスを纏めるだと?』
受話器の向こうから届いた龍園の声は、呆れと嘲笑を含んでいた。
『ああ。このクラスの面子を見てると早期に手を打ったほうが良い。早すぎるなんてことはないと思う』
『……確かにな』
龍園は短く呟き、同意を示すかのように鼻を鳴らした。
『で、どうするつもりだ? 生憎、俺が「Sシステム」とやらを説明したところで、うちのクラスの馬鹿共が大人しく聞く保証はねえぜ?』
『それについては俺から説明する。とにかく退学のリスクや下位クラスの現実といった単語を並べて、彼らの危機感を煽る。今の段階なら、俺から説明した方が通りがいいはずだ』
『てめえ、リーダーにでもなる気か? 俺が邪魔しようがしまいが、俺から見たてめえがリーダーになれるとは思えねえな。早期に潰れるのが目に見えてる』
『リーダーになる気はないさ。ただ、この1ヶ月間だけみんなに我慢してもらう分には、俺の説明で十分なはずだ。……俺の調査はおそらく間違っていない。来月の頭にポイント支給額という形で「答え合わせ」ができたら、俺はお前を指名して、龍園をこのクラスのリーダーとして推す』
『あ?』
『そうすれば、急な龍園のリーダー就任にクラスが困惑したとしても、成果を提示された後なら受け入れざるを得ないだろ』
『てめえの丁寧なお膳立てで俺がリーダーになるってか? くはっ、面倒な手順踏まなくても、俺が実効支配した方が早えよ』
『だが、この1ヶ月でポイントが減るのだけは絶対に防ぐべきだ。……もしもの話だが、もし俺たちがBクラスと同じか、それ以上に高いポイントをキープできたら、早速打てる戦術がある。まずはな——』
俺は受話器越しに、伏せていた自らの企みの輪郭だけを静かに語った。
『……ふん、そいつらがターゲットか。俺ならもっと派手に、上手くやるぜ? 格下と遊んでねえで、上のクラスを直で狙うべきじゃねえのか?』
『まずは下から攻められる隙を失くし、足元を固めるべきだ。俺たちのクラスは俺から見ても大半がまだ実戦向きじゃない。前線に出すべき時期じゃないんだ。それに、これで奴らのクラスを思い通りに掻き乱せるなら十分だろ』
俺の意図を察した龍園の口から、腹の底からの低く凶悪な笑い声が漏れた。
『くはっ! てめえ……中々性格が屑なんだな? 奴らが抱くくだらねえプライドや先入観を逆手にとって利用するとは……なるほどなあ? そうやってむしり取るだけ取った後、荒れ果てた奴らのクラスに裏切り者や手駒を作ろうってわけか』
『その盤面を作るためには、俺たちのポイントがBクラスと同等か、それ以上に必要なんだ。だから、この1ヶ月は我慢してくれ』
『くくく……いいだろう。その時が楽しみだな。俺たちを下に見ている奴らが、どんな顔で本物の屑に成り下がるのか……見ものじゃねえか』
昨晩の会話を反芻し、俺は龍園から静かに視線を外した。
龍園という猛毒をコントロールしつつ、他クラスを揺さぶる試石を打つ。だがそれでも一筋縄ではいかない高校生活の本当の盤面が、静かに組み上がり始めていた。