佐倉の従兄弟に転生した 作:メガラティアス
男子更衣室の中は、着替えを進める生徒たちの熱気と声で溢れかえっていた。
服を脱ぎ捨てていく生徒たちを見渡すと、このCクラスの層の厚さが改めてよく分かった。アルベルトの圧倒的な体格は言うまでもないが、龍園はもちろん、石崎、近藤、山脇、小宮、そして明人など、身体が筋肉質でガタイのいい生徒がそれなりに揃っている。もっとも、それ以外の男子はごく標準的な体格であり、このクラスも大半はごく普通の高校生なのだと実感させられた。
そんな中、着替えを終えた俺の肉体へ、龍園の鋭い視線が注がれていた。
「くくく……やはり強靭だな。それでいて整った形に、まだしなやかさを失ってねえ。それだけ強えってのに、まだ成長出来そうな身体だぜ」
「佐倉、お前本当に強いんだな……。あれはマグレじゃなかったんだな……」
数日前、校舎裏で打ちのめされた石崎たちも、俺の浮き出た腹筋や引き締まった背筋を見て驚きを隠せない様子で呟いていた。
俺はふと、静かに水着に着替えているアルベルトの方へと目を向ける。……やはり筋肉量がヤバい。まさに最強の重戦車だ。前世の知識を思い出せば、この規格外の男を素手で圧倒できる綾小路や高円寺という存在が、どれほどヤバい奴らなのかを痛感させられる。
ちなみに横を見ると、幸村は典型的なヒョロガリだった。
着替えを終え、陽光が反射するプールサイドへと躍り出る。まもなくして、女子更衣室からも女子生徒たちが集まってきた。
「ちょっと、佐倉ちゃんヤバくない!?」
「長谷部さん凄いスタイル……!」
ざわめく女子たちの中心を見ると、愛里と波瑠加が周囲の女子生徒たちに囲まれていた。愛里が俺の姿を見つけると、周りの視線も気にせずすっとこちらへ近づいてくる。
「1年ぶりだね、水着着るのも。なんていうか……こんなにみんなに見られるって、やっぱり恥ずかしいね……」
「愛里がその水着着たら、そりゃそうなるだろ」
「へへっ。でも、陽斗とは長期休み以外でこうやって会える機会がなかったから……なんだかすごく新鮮だよ」
愛里はそう言って微笑むと、まるで挨拶でもするかのように俺の腕や胸元へ自然に手を伸ばし、そっと触れてきた。
「おいおい……従兄弟だからって、ちょっと遠慮が無さすぎるんじゃないか?」
呆れたように突っ込みを入れる明人。周囲の男子生徒たちも「佐倉(愛里)の身体、マジで凄っ……」「スタイル良すぎだろ……」と目を奪われ、息をのんでいた。当の愛里は、俺が隣にさえいれば全然平気な模様だ。
「愛里〜! 一人で逃げないでよ〜」
そこへ、女子の囲みを抜けた波瑠加が追いかけてきた。その美し過ぎるスタイルに、周囲の男子生徒たちは一瞬で心を奪われ、言葉を失う。
波瑠加は俺の目の前まで来ると、少し困ったように息をついた。
「水着着るのなんて何年ぶりだろ……。しかもこれスク水じゃん」
「波瑠加には、その水着小さすぎるな……」
俺はそう口にしつつも、正直言って目のやり場に困り果てていた。必死に視線を泳がせ、波瑠加の豊満な胸元に目が行かないよう、懸命に理性を保とうと努力する。
波瑠加は、そんな俺の必死な様子に気付いたようで、口元にいじわるな笑みを浮かべた。
「ん〜? そんなに見られたら、めっちゃ恥ずかしいんだけど〜?」
わざと顔を近づけて俺の表情を覗き込んでくる波瑠加。そして、すっと手を伸ばすと、俺の胸板や肩の筋肉をそっと撫でてきた。
「また成長してる……この辺が、去年より絶対に大きくなってるよね?」
「おい……」
呆れる明人の言葉を、波瑠加は軽く手で払いのけた。
「ん〜? 陽斗にはこれでいいの〜」
余裕たっぷりに微笑む波瑠加。そのあまりにも親密で絵になる俺たちのやり取りを見ていた石崎たち不良組は、「佐倉が相手じゃ、流石に勝てなさそう……」と、がくりと肩を落としていた。
その時、笛の音と共に教師が集合をかけ、点呼を始めようとした。
列に並ぶ直前、波瑠加が俺の耳元へすっと顔を寄せ、二人だけにしか聞こえない声でそっと一言。
「……ちゃんと私をキープしてね?」
残されたその言葉の温度に、俺は一瞬だけ息を呑んだ。
笛の甲高い音が鳴り響き、水泳の授業が本格的に始まった。
プールサイドに生徒たちが集まると、男子たちの熱い視線は一斉に愛里、波瑠加、そしてひよりの3人へと釘付けになった。当のひよりといえば、根っからの運動苦手がたたってか、これから水に入らなければならない事実に完全に目が死んでいる。
「よし、これより50m自由形のタイム計測を行う! 各レースで1位になった生徒には、それぞれ5千プライベートポイントを支給するぞ!」
教師の宣言に、ポイントに飢えた生徒たちから「うおっ!」「マジかよ!」と歓声が上がった。
まずは女子のレースからスタートする。
第1レースには波瑠加が出場した。中学時代は水泳の授業を頑なに拒否しており、去年の夏に一度俺とプールに入った程度だった彼女だが、比較的恵まれた体格も手伝って意外にも普通に泳ぎ切ってみせた。しかし、このレースでは伊吹が圧倒的な速さを見せて1位をかっさらっていく。続く第2レースでは陸上部の木下、第3レースでは同じく陸上部の矢島がそれぞれ頭一つ抜けた泳ぎでトップに立った。やはり運動部の身体能力は伊吹を含めて伊達ではない。
そして迎えた第4レース。ここで愛里とひよりが登場した。
2人がスタート台に立った瞬間、男子サイドから凄まじい歓声と応援が飛んだ。俺のすぐ近くでは石崎が「お、佐倉ちゃんだ! いけいけー! 頑張れーっ!」と大声を張り上げて拳を握りしめている。
号砲と共に飛び込む2人。だが……やはりというか、予想通りの最下位争いとなった。懸命に水をかく愛里と、溺れているようにも見えるひより。男子たちは「がんばれー!」「後で絶対慰めてあげようぜ!」と大盛り上がりだが、まあ……こればかりは仕方がない。
続いて男子のレースへと移る。
第1レースに出場した明人は、さすがの運動神経を披露して流れるようなフォームでコースを駆け抜けた。タイムは『26.79秒』。文句なしの速さに周囲から拍手が上がる。
そして、第2レース。
俺とアルベルトが並んでコースに立つと、プールサイドの視線が一気に俺たちへ集中した。
「位置について——ドンッ!」
電子音が鳴り響いた瞬間、俺はスタート台を強く蹴り出した。
水中へと滑り込み、浮き上がりざまに鋭いバタ足を開始する。横のアルベルトの動きや周囲の状況など一切気にせず、鍛え上げた全身の筋肉をフルに連動させて一気にストロークを加速させた。水面を切り裂き、ただひたすらにゴールを目指して突き進む。
ドンッ——!
タッチと同時に水面へ顔を吐き出す。息を整えながらプールサイドへ目をやると、タイムを計測していた教師がストップウォッチを二度見したまま、信じられないといった様子で絶句していた。
「22.95……だと……!?」
教師の絞り出すような呟きがプールサイドに響き渡る。
22.95秒か……
脳裏に原作の記憶が蘇る。確か、本気を出していたかどうかは定かではないが、Dクラスの怪物・高円寺の記録が『23.22秒』あたりだったはずだ。しかも彼は、泳ぎ切った後もまったく息が上がっていなかった描写を思い出す。要するに、本気を出していない高円寺と、今の本気の俺がようやく同等ということだ。一から愚直に身体を鍛え上げてきたとはいえ、やはり「本物の天才」の領域には簡単には届かないらしい。
隣のコースでフィニッシュしたアルベルトが、水中で俺を見つめ、バッと親指を立ててみせた。
「……You are No.1.」
「や」
本当の一番は別にいるんだよな……と心の中で苦笑しつつも、俺は彼の称賛を受け止め、短く爽やかに笑って返した。
これで1位の5千プライベートポイントゲットは確定だ。
タイム計測が全て終わり、授業は自由時間へと移行した。
「はあ……やっと終わった……」
プールサイドに腰掛けた愛里が、ぐったりとした様子で息を吐いている。その隣では、ひよりも体力を使い果たしたのか完全に疲れ切っていた。
「昼食くらい奢ってやるから元気出せよ」
「本当ですか……? ありがとうございます、佐倉君」
「陽斗君の奢りなら……頑張って泳いだ甲斐があったかな」
げっそりしていた二人の表情が、少しだけ和らぐ。その様子を横で見ていた明人が「二人とも、相当運動が苦手なんだな」と苦笑いを浮かべていた。
ふと視線を泳がせると、プールサイドの端っこで幸村が一人ぽつんと静かに佇んでいるのが見えた。ちなみに彼も、男子の中では最下位のタイムだった。
「よっ」
声をかけつつ、「平気か?」と視線を向ける。
「……大丈夫だ。だが、やっぱり体育の授業は俺には辛いな」
幸村は自嘲気味に息を吐いた。
「最後まで泳ぎ切っただけでも十分さ。実は運動神経の土台ってやつは、幼少期にほとんど決まっちゃうらしいからな。高校生の今から足掻いてできることなんて、せいぜい基礎体力を伸ばすくらいなんだよ」
「……佐倉は、幼少期から体を動かしていたのか?」
「まあな。上級生たちに混ざって揉まれてた」
「なるほど、そういうことか……」
俺の言葉に、幸村はどこか納得したように頷いた。
その時、バシャッと水飛沫が上がった。見上げると、水鉄砲を手にした波瑠加がニシシと笑いながら近づいてくるところだった。
「端っこで何してるん? もっと楽しもうよ」
「今は最下位のショックでそれどころじゃないんだ。勉強の合間に体力をつけてきたつもりだったが、このザマとはな……」
落ち込む幸村に、波瑠加は首をかしげて見せた。
「う〜ん、私も水泳の授業出るのなんてすっごく久しぶりだけどね? 普通に泳げちゃったよ」
悪気のない波瑠加の一言が、幸村の胸に鋭く突き刺さる。幸村はさらに深々と沈み込んでしまった。
「……波瑠加、幸村にそれは言っちゃダメだろ」
「えっ、そんなつもり無かったんだけどな……ちょっと反省」
波瑠加はしまったという顔で頭を掻いた。幸村は完全に落ち込んで下を向いている……が、時折チラチラと、目の前に立つ波瑠加の圧倒的な水着姿に視線を走らせている。波瑠加もその視線には気づいているようだったが、特に咎めるでもなく、ただ自然な動作で俺の隣へと距離を詰めてきた。
「おい! 佐倉、長谷部! 一緒に水中バレーやろうぜ!」
少し離れた場所から、石崎やアルベルトたちが声をかけてきた。
「行くか」
「うん、私はいいよ〜」
「……俺は遠慮しておく」
「私も、ちょっと……」
幸村に続き、体力を使い果たした愛里とひよりもパスする様子だったため、俺と波瑠加、そして明人の三人で男子たちの輪へと混ざることにした。
試合が始まると、相手チームのアルベルトが放つ強烈すぎるスパイクが牙を剥いた。水面を激しく叩き割るような威力のボールを、俺は集中して軌道を読み、見事に打ち上げて見せる。上がったボールを波瑠加が綺麗にトスし、明人がダイナミックなアタックを叩き込んだ。
相手コート。石崎が必死に拾い、小宮がトスを上げる。そして再び、アルベルトの規格外なスパイクが放たれた。俺は瞬時に反応して再びそれを綺麗に拾い上げると、波瑠加が今度は俺に合わせてコート中央へ絶妙なトスを上げた。
ドパンッ——!
俺が相手コートの空きスペースへアタックを決め、1点をもぎ取った。
「……よく取れるな、あいつのスパイク」
明人が呆れ半分、感心半分といった様子で呟く。
その横で、波瑠加はどこか満足そうに微笑みながら、自分のことのように誇らしげな表情を浮かべていた。