佐倉の従兄弟に転生した 作:メガラティアス
授業が終わり、放課後のチャイムが校内に響き渡った。
俺は指定された場所——校舎から離れた特別棟の一角へと向かった。そこは人通りが皆無で、天井を見上げても監視カメラの類が一切設置されていない、まさに死角と言える場所だった。
壁に背を預けて待っていた龍園が、俺の足音に気づいて顔を上げる。
「何か用か?」
「くくく……てめえの実力を、一度この肌で直接確かめておきたくてな」
言葉が終わるか終わらないかの瞬間、龍園は予告もなしに拳を突き出してきた。
「っ……!」
突発的な奇襲だったが、寸前で体を捻って交わす。だが、龍園の手数は止まらない。型に嵌まらない喧嘩殺法特有の泥臭く、それでいて鋭い独自の軌道で、拳や蹴りを矢継ぎ早に繰り出してくる。
(……動きが読みにくいな)
俺は僅かに冷や汗を覚えながらも集中し、繰り出される連撃を最小限の動作で捌き、見切り、時に腕で受け止めながら完璧に凌ぎ切った。
やがて攻撃の猛潮が止む。龍園は肩を激しく上下させ、荒い息を吐きながらも、その瞳には狂暴な歓喜の光を宿していた。
「くくく……ははは! やるじゃねえか、佐倉……! てめえが『敵』だったら、もっと面白かったのによ……」
「俺より強い奴なんて、探せばこの学校にだっているはずだ。それより、誰かに見つかる前にこんな不毛な真似は終わりにしろ」
「言われなくても分かってらぁ……。ふん、それよりてめえに良い情報だ」
呼吸を整えた龍園は、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「お前がターゲットとして狙ってるあのクラスの奴ら……誰一人として『Sシステム』の存在に気づいちゃいねえぞ。授業態度も猿並みで、やりたい放題らしいぜ」
「……マジか」
原作の知識がある俺にとっては、言われなくても十分予測できていた展開だった。だが、こうして当事者から「実情」として突きつけられると、やはり呆れと驚きを禁じ得ない。
(前世で知り合いが言っていた、生徒の半分が寝ているようなFラン大学の授業と、一体どちらがマシなんだろうな……)
思わずそんなくだらない比較を頭の中で反芻してしまうほど、彼らの危機感の無さは致命的だった。
「そうか。……なら、俺たちの作戦を実行に移すにはお誂え向きの環境だな」
俺の言葉に、龍園は凶悪な笑みをさらに深く刻み込んだ。
龍園との無駄な小競り合いを終え、俺は部活動に参加するため体育館へと向かった。
シューズの摩擦音とボールが跳ねる重厚な音が響く館内に入ると、先に着いていたマネージャーの愛里と波瑠加がすっとこちらへ歩み寄ってきた。
「陽斗君、全体のウォーミングアップはもう終わってるよ」
「ほら陽斗、遅刻分のボールね。しっかり動いて挽回しなよ〜」
愛里がスポーツドリンクを差し出し、波瑠加が不敵な笑みを浮かべてボールを手渡してくる。日焼けの心配がない快適な館内で、二人ともどこか楽しそうにマネージャー業をこなしているようだ。
俺は受け取ったボールの感触を確かめつつ、コートに入った。軽く身体をほぐしながら、ゴール下へ切り込んでの豪快なダンクシュート、さらには深い位置からのスリーポイントシュートを何本か沈め、シュートタッチの精度を上げていく。
しばらくして、部員が集まり実戦形式の模擬試合が始まった。
コートの中央、ジャンプボールの準備に入る。サークルに向かい合う俺の目の前に立ったのは、Dクラスの須藤健だった。高い体躯と恵まれた筋力を誇る須藤は、俺を鋭く睨みつけながらニヤリと挑発的な笑みを浮かべている。
笛の音と共に、審判役の先輩がボールを高く放り投げた。
……ふっ!
直後、俺は床を力強く蹴り上げた。須藤も素早い反応で跳び上がったが、俺の跳躍力はその遥か上をいっていた。圧倒的な最高到達点から、余裕をもってボールを味方の方へと叩き落とす。
「なっ……!?」
空中で目の前を通り過ぎた俺の高さに、須藤が目を剥いて絶句した。
そのままプレイが進行し、コート上は敵味が入り乱れる混戦状態となる。俺は一瞬の隙を突いて相手のパスコースを読み、鋭いスティールでボールを奪い取った。そのまま一気に前線へと駆け上がる。
そこに立ちはだかったのは、挽回しようと意気込む須藤だった。長い手を広げ、圧迫感のあるディフェンスで俺のコースを塞ぎにかかってくる。
だが、俺はスピードを落とすことなく一瞬のフェイントでブレイクを作り出すと、須藤のブロックの手が絶対に届かない高層の軌道を描くアーチで、素早く腕を振り抜いた。
綺麗な回転を帯びたボールは、綺麗な放物線を描いて一切リングに触れることなくネットを揺らした。
「よしっ、スリーポイント!」
見事なシュートに、ベンチの愛里と波瑠加が嬉しそうに歓声をあげる。須藤は歯を噛み締め、完全に俺を危険なライバルとして意識し始めた様子で猛烈にマークを強めてきた。
続く次のターン。再び須藤との一対一の局面。
須藤は俺のスリーポイントを警戒して間合いを詰めてきたが、俺はその前傾姿勢を見逃さなかった。初速の一歩で一気に相手の脇を抜き去り、置き去りにする。
そのままゴール下へと一直線に突っ込み、ペイントエリアの手前で力強く踏み切った。
身体がふわりと浮き上がる。驚異的なハイジャンプで空中に静止したかのような滞空時間を経て、上空からゴールリングへ叩きつけるようにボールをねじ込んだ。
ドガンッ——!!
激しい衝撃音と共にゴールが揺れる。
「……おいおい、マジかよ……」
「新入生のあいつ……次のレギュラー枠、一発で確定だろ……」
コート脇で見守っていた先輩たちから、呆れと興奮が混ざった呟きが漏れ聞こえてくる。
着地した俺の視線の先では、息を荒くした須藤が、悔しさと衝撃に顔を歪ませながら俺を凝視していた。
4月も残り僅かとなった、ある日の晩。
「あと少しだから、大人しく待ってろって」
「だって、見たいんだもん〜」
自室のキッチンでハンバーグを焼き上げている俺の後ろから、波瑠加が俺の肩に両手を乗せ、あごをちょこんと乗せるようにしてフライパンの中を覗き込んできた。ふわりと漂う甘い香水とシャンプーの匂いに、俺は思わず肩を竦める。その隣では、愛里が手際よくサイドの野菜を皿に盛り付けてくれていた。
ふっくらと焼き上がったハンバーグを皿に盛り、特製の熱々ステーキソースを上から回しかける。ジューッと食欲をそそる芳醇な音が立ち上ると、後ろの2人は「わぁ……!」と一斉に目を輝かせた。
出来上がった夕食をテーブルに並べ、3人で囲みながら今日の出来事について自然と会話が弾む。
「……今日の小テスト、最後の3問だけすごく難しかったよね」
ハンバーグを小さく切り分けながら、愛里がふぅふぅと息を吹きかけて口に運ぶ。
「私も〜。他はまあ解けたけど、あの最後の3問は流石に無理だったかなぁ」
「ケアレスミスさえしてなければ、一応85点は取れてるはず……だけど」
「私的には、文系種目はあれ以上難しい問題出されたらお手上げかもな〜」
波瑠加が苦笑しながらソースを絡めた肉を頬張る。
(なるほどな……)
原作ではこの2人の小テストの詳しい点数は明かされていなかったはずだが、今の彼女たちの点数は原作よりも遥かに高いはずだ。こうして80点以上を取る自信を覗かせているのを見ると、入学前から根気強く勉強を教えてきた甲斐があったというものだ。
「陽斗君はどうせ、今回も100点でしょ?」
愛里が尊敬の入り混じった視線を向けてくる。
「……まあ、一応全部埋めはしたよ」
すると、波瑠加がふと箸を止め、どこか慈しむような、それでいて深い熱を孕んだ視線を俺に向けてきた。
「……そっか。100点、取れるんだ……」
ポツリと溢れたその声には、噛みしめるような感情が混ざり合っていた。
波瑠加は知っているのだ。俺が決して生まれついての天才などではなく、人知れず泥臭い努力を積み重ねてここまで来たということを。
小学生の頃、落ち込んでいた彼女を元気づけようと「ハイスペックな男が好きなら、俺が完璧になってやるよ」と、当時の俺なりに大人としての気遣いと励ましのつもりで告げた言葉。だが、それを正面から真に受けた波瑠加は、俺が自分の好みに合わせ、自分を繋ぎ止めるためだけに必死で背伸びをし続けているのだと——今でも固く信じ切っている。
「本当……昔からブレないんだから」
そう口にした直後、波瑠加は口元を抑え、とてつもない愛おしさと胸の高鳴りに耐えかねたように、自らの胸元へぎゅっと手を当てた。
その顔は耳の先まで真っ赤に染まっている。ただの元気づけのつもりだった一言が、まさか彼女の中でこれほどまでに重く、深い愛着として根を張っているとは……当時の俺には思いもしなかった。
(……参ったな)
ふと、目の前で真っ赤な顔をして胸元に手を添える波瑠加に視線を遣り、俺は密かに息をのんで素早く目を逸らした。
成長した彼女の大人びた容姿、部屋着越しでもわかる豊かなスタイルや、ふとした瞬間に漂う女の子らしい匂い。前世の記憶があるとはいえ、今の俺も年相応の男だ。自分に向けられるあまりにも無防備な好意と、目の前の圧倒的な魅力に、最近はどうにも目のやり場に困ってしまう。自分が彼女にとってどれほど特別な存在になっているかを実感すると同時に、無意識に男として意識させられている事実に、胸の鼓動が不自然に早くなっていた。
波瑠加は真っ赤な顔のまま照れを隠すようにそっぽを向き、胸元の手を強く握りしめながら、溢れ出る歓びを噛み殺すように小さく口元を緩めている。
(……いや、この学校で生き残るための生存戦略でもあるんだが……)
彼女のその重みと熱を含んだ反応と、直視できないほどの艶やかさを前にすると、あの時の言葉はただの励ましだったなんて野暮な説明をする言葉は、喉の奥で完全に消えてしまう。
体格も体力も今の俺の方が遥かに上だというのに、こうして全てを見透かしたような顔で可愛がられ、挙句に翻弄されているようでは、どうにも調子が狂ってしまうのだった。
そして間もなくして、4月が終わった。