佐倉の従兄弟に転生した 作:メガラティアス
5月1日、運命の月始めを迎えた。
教室の扉を開けて中に入ると、待っていたかのように幸村が足早に俺の元へと寄ってきた。
「佐倉、お前も8万ポイントしか振り込まれていないのか……?」
「ああ。その様子だと、幸村も同じみたいだな」
「……ああ。俺だけじゃない、このクラス全員がそうらしい。やはり、4月に佐倉が言っていた懸念は当たっていたということか……」
幸村は苦い顔で頷きながら、教室のあちこちで端末を覗き込み、騒いでいる真鍋たちの様子に視線を向けていた。教卓側の席では、龍園が不敵な笑みを深く覆い隠したまま、無言で静かに腰掛けている。
直後、前方の扉が開き、担任の坂上先生が教室内へと入ってきた。
「これよりホームルームを始める」
「坂上、ポイントが8万しか振り込まれてねえぞ。残りの2万が削られた理由を教えろ」
静まり返る教室に、龍園の不躾な声が響き渡る。
「……敬語を使いなさい、龍園君。ですが、タイミングとしては丁度いいでしょう。それではこれより、この学校の根幹である『Sシステム』についての説明を行おうと思います」
坂上先生は龍園の態度を咎めつつも、どこか上機嫌な様子でチョークを手に取り、黒板へと文字を走らせていった。
【現在のクラスポイント】
Aクラス:940 cp
Bクラス:690 cp
Cクラス:800 cp
Dクラス:0 cp
黒板に並んだ数字を見た瞬間、龍園の口元がニヤリと吊り上がった。俺もまた、胸中で大きく息を吐き、安堵の胸を撫で下ろす。
(よし……ちゃんとBクラスのポイントを上回っているな)
その後、坂上先生の口からSシステムの全貌が語られ始めた。それは俺が4月の時点でクラスの主要メンバーに言い聞かせていた内容と、ほぼ同義のものだった。ペナルティによる減点、生徒の素行や成績がダイレクトにポイントへ反映される仕組み。
だが、原作の展開と決定的に異なっていたのは、坂上先生が次に口にした一言だった。
「本来であれば、入学時の評価通り君たちはCクラスとしてスタートし、そこから這い上がっていくはずでした。……ですが、君たちは学校側の最初の評価を完全に見事に覆してみせた。初月の時点で、元々のBクラスよりも高いクラスポイントを維持してみせたのです。こんな例は、この学校の歴史を見ても滅多に起きない快挙ですよ」
坂上先生はどこか誇らしげに眼鏡の奥の目を細め、黒板の「Cクラス」と書かれた文字を素早く書き直した。
「これより、君たちCクラスは——『Bクラス』へと昇格します」
クラス変更の快挙に教室内がどよめく中、続いて厚手の紙に先日行われた小テストの結果が貼り出された。
自分の名前を探すまでもなく、上位のリストには見覚えのある名がズラリと並んでいた。
結果は、俺がクラス首位の満点(100点)。
次点がひよりで95点。3位が幸村の90点。そして、金田をはじめとする十人近くの生徒が85点という高得点にひしめき合っていた。事前にしっかりと対策を叩き込んでいた愛里も、宣言通り見事に85点を叩き出している。
波瑠加は80点、明人は75点といったところか。明人はどこかでケアレスミスでも重ねたのかもしれない。
今回のテスト構造を見れば一目瞭然だった。あの難解すぎる最後の3問を除けば、基礎さえ完璧に叩き込んでいればミスがない限り85点は確実に狙える。つまり実質的な「満点」かつ、最も効率よく狙える上限が85点だったのだ。残りの難問は解けなくても何の問題もない。
俺が教えてきた勉強会の成果が、こうして目に見える数値となって全員の足元を支えている。
——そして。
順位表の85点の列に並ぶ名前の中に、俺は目ざとく『龍園翔』の文字を見つけ出した。
(……ほう)
思わず、心の中でニヤリと口元を緩める。
普段は不真面目そのものに見える龍園だが、地頭の良さは本物だ。「基礎さえ取ればいい」という事を完璧に理解し、狙い通りしっかりと85点を叩き出している。
クラスのトップ層だけでなく、リーダー候補である龍園自身がしっかりとこの高得点帯に「重し」として座っていれば、今後クラス全体の平均点が大きく引き上げられ、Bクラス昇格という快挙の後の勢いの持続に繋がる。
ふと視線をやると、龍園が不敵な笑みを浮かべ、満足そうに鼻を鳴らしていた。
順位表の最下位に目をやると、そこには石崎の名前と『35点』という数字が刻まれていた。そして今回の赤点ラインは『38点未満』。文字通りギリギリのところでアウトとなった石崎は、血の引いた青い顔で掲示板を凝視している。
だが、クラス全体の平均点はなんと『76.4点』。
石崎のような一部の落ちこぼれを除けば、この1ヶ月間、全員が真面目に授業を受け続けた成果がしっかりと数字に表れていた。
(……この調子なら、2学期のペーパーシャッフルで旧Bクラス(一之瀬たちのクラス)相手に勝ちを狙えるか……? いや、流石に高望みが過ぎるか)
思考を巡らせる。あちらは元々学力水準が高く、まとまりもある優秀なクラスだ。だが、龍園の持つ圧倒的な威圧感と統率力を上手く機能させ、俺やひより、幸村といった成績上位組でクラス全体の底上げを徹底すれば、ワンチャンスくらいはあるかもしれない。
向こうは昇格してきた俺たちを間違いなくターゲットとして攻撃(指名)してくるはずだ。だからこそ、なんとしても返り討ちにしたいところだが——。
「——以上で説明を終わります。各自、自覚を持って行動するように」
坂上先生の説明が終わり、静かに教室を退出していく。
俺が険しい表情のまま考え込んでいると、ふいに隣から柔らかい声がかけられた。
「佐倉君、お顔が引きつっていますよ。まだ始まったばかりなのですから、もっとリラックスしてくださいね」
振り向くと、ひよりがクスリと可憐に微笑みながら、俺の肩をポンポンと優しく叩いていた。その温かい気遣いに、思わず肩の力が抜ける。
顔を上げると、教室内では何人ものクラスメイトたちが俺の方へと視線を送っていた。驚きと感謝、そしてこれからの信頼が混ざり合った複雑な視線。
どうやら、このクラスの戦いは本当に始まったばかりのようだ。
ざわめく教室の中、俺はゆっくりと腰を上げ、教壇の前に立った。自然とクラス全員の視線が俺へと集まる。
「まず、俺の忠告を素直に聞いて行動してくれたみんなに感謝したい。おかげで俺たちのクラスは、表面上とはいえ最高のスタートを切ることができた。……もちろん、退学の危機が完全に去ったわけじゃない。だがそれでも、例年のクラスに比べれば遥かに良い結果を出せたのは事実だ」
俺の言葉に、クラスメイトたちが安堵と誇らしさの混ざった表情で頷く。
「その上で言いたい。これから俺たちが本気でAクラスを目指して勝ち上がっていくためには、明確な指針と組織としての軸が必要だ。だからまず——このクラスの正式なリーダーを決めたいと思う」
俺がそう切り出すと、即座に教室のあちこちから声が上がった。
「リーダーなら、どう考えたって佐倉だろ?」
「そうだよ、佐倉君がやってくれた方がみんな納得すると思う!」
時任や真鍋たちが口々に同意し、かつて荒れていた不良グループの連中すらも、俺に力でねじ伏せられた記憶があるからか、大人しく首を縦に振っている。すでにクラスの空気は「佐倉陽斗リーダー説」で一色になりかけていた。
だが、俺は静かに首を横に振った。
「俺を立ててくれようとする気持ちは素直にありがたい。……だが、その上で俺は、このクラスのリーダーは別の人間が務めた方が間違いなく強くなると確信している」
その言葉に、教室中が一瞬で静まり返り、次いで大きなざわめきが広がった。
「ちょっと待てよ……佐倉以外にそんな奴いるのか?」
「となると、次にテストの点数が高い椎名さんか……?」
困惑するメンバーを前に、俺は視線を教卓の隅——退屈そうに頬杖をついていた一人の男へと向けた。
「俺がリーダーとして推したいのは、入学初日にこの学校の歪な違和感にいち早く気づき、真っ先に先生へ質問を投げかけ……そして俺自身がこの学校のシステムを精査するきっかけを作ってくれた人物だ」
一呼吸置き、俺はその名をはっきりと口にした。
「——俺は、龍園翔をこのクラスのリーダーに推薦する」
「龍園……?」
「冗談だろ、佐倉!? なんであいつなんだよ!」
教室中は瞬く間に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。困惑と反発の声が激しく飛び交う中、俺は教壇の横へと少し退き、席でニヤリと不敵な笑みを深めていた龍園に前へ出るよう視線で促した。
龍園はゆったりとした動作で立ち上がると、ポケットに手を突っ込んだまま堂々とした足取りで教壇へと上がってきた。そして、クラス全員を見下ろすように凶悪な笑みを深める。
「よう。佐倉の言う通り、俺が龍園翔だ。……今日から俺がこのクラスの『王』だ。これからは俺の命令は絶対だと思え。従わねえ奴には、相応の罰を与える」
「はぁ!? 何言ってんだよ急に!」
「いや待て待て! いくらなんでもおかしいだろ!?」
「何が王だよ! 暴君気取りかよ!」
龍園の開口一番の宣戦布告に、教室のボルテージは最高潮に達した。今にも殴りかかりそうな勢いの不良グループや、怯えた表情を浮かべる女子たちの声が激しく交錯する。
俺はゆっくりと手を挙げ、荒れ狂うクラスメイトたちを制した。
「みんな、一旦落ち着いてくれ」
俺の一声で、騒然としていた空気がわずかに鎮まる。俺は全員の目を静かに見回しながら言葉を続けた。
「……入学初日、俺がSシステムの説明をした時のことを思い出してほしい。あの時、俺は正確にSシステムの仕組みを皆に丁寧に説明したつもりだった。今日の坂上先生の説明を聞いて、俺の説明と内容に差がなかったことは理解してもらえたと思う」
クラスメイトたちがゴクリと息を呑み、当時の記憶を呼び起こすように頷く。
「……だが、思い出してくれ。あの時、俺がどれだけ論理的に説明しても、納得して動いてくれたのは前から俺と知り合いだったメンバーだけだった。大多数の人間は俺の言葉を半信半疑で聞き流していたはずだ」
視線を受けたあの時反対したクラスメイトたちが、バツの悪そうな顔で目を逸らした。
「だが、龍園は違った。覚えているか? みんなが俺の説に懐疑的だったあの場面で、こいつは俺の説明を瞬時に理解してみせた。それどころか、お前たちがなぜ『下位クラスに分けられたのか』という本質的な理由を容赦なく叩きつけ、一瞬で場の空気を支配して全員を納得させたんだ」
一呼吸置き、俺は教壇の隣に立つ龍園を指し示した。
「俺はあの時、Sシステムの一通りの概要しか話していない。それなのにこいつは、初見で瞬時に学校の意図と核心を突き、一言で大勢を動かす説得力を見せた。……問いたい。これほどの洞察力とカリスマ性を併せ持ち、いざという時にクラスを力強く牽引できる人間が、このクラスに他にいるか?」
俺の問いかけに、さっきまで猛反発していたクラスメイトたちは言葉を詰まらせ、ぐうの音も出ない様子で静まり返った。
「元々実力が足りないメンバーが集められたこのクラスで、進んで泥をかぶり、汚れ役であるリーダーを引き受けたがる奴なんてそうそういない。……もし他に『自分がリーダーをやりたい』って奴がいるなら、今ここで手を挙げてくれ」
俺は教壇の上から、静まり返る教室全体をゆっくりと見渡した。
誰一人として手を挙げる者はいなかった。さっきまで龍園の態度に不満を漏らしていた連中も、俺に指摘された「自分たちの実力不足」と「責任の重さ」を突きつけられ、視線を彷徨わせるばかりで何も言えなくなっている。
その光景を横目で見た龍園は、鼻でフッと短く笑った。
「……反抗する奴は消えたみてえだな」
龍園は一歩前へ踏み出し、教壇の縁に手をかけると、凶暴ながらも圧倒的な自信に満ちた視線でクラス全員を押し黙らせた。
「いいか、俺が王になったからには、それ相応の責任は取る。……がっかりさせねえと誓ってやるよ。俺は必ず、お前らを連れてこのクラスを勝ち上がらせてやる」
暴君そのものの口調でありながら、その言葉には嘘偽りのない重みが宿っていた。息を呑むクラスメイトたちに向かって、龍園は口元を凶悪に歪めながら言葉を続ける。
「俺は確かに普通じゃねえ手も使う。……だが安心しろ。今のところ、お前らの手を汚させてまで事を起こすつもりはねえし、ハナからお前らなんかにそこまでの働きなんて期待しちゃいねえよ」
突き放すような物言いではあったが、それは同時に「面倒な汚れ仕事やリスクはすべて自分が背負う」という、リーダーとしての絶対的な覚悟の裏返しでもあった。
不気味なほどの頼もしさを放つ龍園の言葉に、教室の空気はいつの間にか反発から静かな圧倒へと変わっていた。