佐倉の従兄弟に転生した 作:メガラティアス
『旧Cクラスが初月でポイントを維持できたのは学校のルールを悪用した不正・裏工作のおかげ』
『本来ならあいつらも0ptのはずだった』
そんな真偽不明の書き込みが、一年生専用の学校掲示板に匿名で貼り出されたのは、5月の2週目のことだった。
画面を覗き込んだ誰もが多かれ少なかれ心を揺さぶられたが、何より顕著だったのは現Bクラス(旧Cクラス)の反応だった。朝の登校風景を見ても、彼らは一様に不機嫌なオーラを隠そうともせずに歩いている。何の根拠もない不正疑惑を掛けられ、努力を不当に貶められて怒らない人間などいるはずがない。
そんな彼らの背中に、他クラス——特に、初月で一気にクラスポイントを追い抜かれた旧Bクラスからは、冷ややかで疑心暗鬼の混ざった視線が向けられていた。
本来であれば、自分たちより明確に下のはずだった旧Cクラスが、初月で自分たちを上回るポイントを残しているという事実は、彼らにとっても到底信用できるものではなかった。ましてや、旧Cクラスには龍園を筆頭に、ひと目でそれと分かる不良のような風貌の生徒たちが多く席を置いている。見た目の印象という偏見も手伝い、「あいつらなら汚い手を使ってポイントを掠め取っていてもおかしくない」という疑惑は、加速度的に彼らの間で深まっていった。
そして、最も激しく過剰な反応を示したのが、初月0ポイントという惨憺たる現実に打ちのめされていたDクラスだった。
彼らにとって、その噂はまさに渡りに船だったのだ。自分たちが落ちこぼれた理由を他人の「ずる」のせいにできる絶好の免罪符。登校してきたDクラスの教室は、開口一番その話題で持ちきりになっていた。
「そうだよな! 絶対あいつら不正したんだよ!」
「汚え奴らだぜ、マジで!」
「ズルいよね〜。ポイントが欲しいからってそこまでするんだ?」
池や山内を中心に、口々に罵詈雑言が飛び交う。自分たちの怠慢を棚に上げ、他人の成果を「悪」と決めつけることでしか保てない自尊心。そこへ、担任の茶柱先生が静かに教室へと入ってきた。
「先生! Bクラスのクラスポイントっておかしくないですか!?」
「あいつら絶対に不正とかしてますよ!」
席に着く間もなく、池たちが教壇の茶柱先生へ詰め寄る。茶柱先生は呆れたように一息つくと、感情の籠もらない声で淡々と一言を返した。
「……不正はない。現Bクラスは正攻法でクラスポイントを残した」
「でもおかしすぎるでしょ! なんで俺達が残らないのに、大して変わらないはずの奴らがポイント残してるんだよ!」
「そうですよ先生、不正じゃないですか!?」
「俺もそう思いま〜す!」
山内や周囲の生徒たちも同調し、教室全体が大合唱となる。だが、茶柱先生は眉一つ動かさず、冷ややかな視線で彼らを見下ろした。
「何度も言わせるな。不正は行われていない。これは確認事項だ。……ホームルームを始める」
ピシャリと言い捨てられたが、もちろんこれでDクラスの連中が納得するはずもなかった。
クラスの約7割が、掲示板の匿名の書き込みを盲目的に信用し、固く疑わなかった。自分たちが0ポイントで喘いでいる中、一つ上の同じ下位クラスがポイントを多く残しているという事実を、素直に受け入れられるだけの器量も知性も、彼らには微塵も残されていなかったのだ。
「龍園、俺たちが不正したって噂が広まってるんだが」
朝のホームルームが終わった直後、近藤が龍園の席へ近づき、画面を開いたスマートフォンを突きつけた。
掲示板の書き込みは勢いを増す一方だった。
『不良だらけのクラス』
『素行が悪そうな生徒が集まってる』
『上級生を脅迫した可能性大』
根拠のない書き込みが次々と投下され、それに応じるように悪意あるコメントが連なっている。
「掲示板にも悪いこと書いてあるし、どんどん増えてきたよ」
「Dクラスの奴ら、本当にムカつくんだけど! 食堂でも執拗に絡んでくるしさ!」
現Bクラスの教室では、抑えきれない不満が爆発していた。例の掲示板の噂に調子づいたDクラスの連中が書き込んだと思わしき、直接的な誹謗中傷や嫌がらせ。真面目に一ヶ月間を乗り切ったクラスメイトたちが怒るのも無理はない。自分たちの努力を『不正』の一言で片付けられて、平静でいられる人間などいないのだから。
俺は騒然とする教室の中央へ歩み出ると、皆を落ち着かせるために静かに声をかけた。
「みんな、気持ちは分かる。……けど、俺たちは不正なんてしてないし、学校だって『問題ない』と確認済みだ。だからわざわざ怒る必要なんてない。あんな奴らの戯言に振り回されるだけ損だ」
「けど佐倉、お前は悔しくないのかよ! あんな最低なDクラスの奴らに言いたい放題言われてるんだぞ!」
近藤が拳を握りしめ、納得いかない様子で声を荒らげる。
「そうだよ、許せないよ! 篠原って奴、マジで蹴り飛ばしたくなるんだけど!」
真鍋も怒りを露わにして近藤に加勢した。女子グループの面々も険しい表情で頷いている。
「分かってる。……けど、相手の煽りに乗せられたら、それこそあいつらと同レベルになる。応戦する必要はないんだ。俺たちはこれから、自分たちの実力でこのBクラスの座を勝ち取ったんだってことを証明していけばいい」
「……けどさ」
「うん、私、自信ないよ……。佐倉君の言葉がなかったら、私、絶対にクラスポイントを減らす原因になってただろうし……」
山下や藪が不安そうに肩を落とし、弱音を漏らした。自分たちが『正当な評価』を受けているという実感がまだ薄いのだろう。
旧Cクラスの連中が抱く複雑な葛藤を汲み取りながら、俺は次の手を提示した。
「よく分かった。……なら、とりあえずこうしよう」
俺は全員の顔を見回しながら言葉を続ける。
「もし奴らに『なんでお前たちがポイントを残せたのか』って聞かれたら、俺が3日目からみんなの授業態度について注意喚起をして、ペナルティを抑えさせたからだって答えればいい」
「それじゃ、佐倉が標的にされるだろ!」
山脇が思わずといった様子で叫んだ。——『不良は身内に優しい』というのは本当なんだな、とどこか冷ややかな客観性をもって関心してしまう。不器用だが、彼らなりに仲間を庇おうとする情だけは本物だ。
「大丈夫だ。それに……お前らが直接噂のターゲットにされたら、頭に血が上って手が出ちゃうだろ? それでペナルティを受けてポイントを減らされるより、俺が一手に引き受けた方がずっと良い」
俺がそう告げると、山脇も近藤も、ぐうの音も出ない様子で口をつぐんだ。自分たちの血の気の多さを自覚しているからこその沈黙だった。
その重苦しい静寂を破るように、教壇の横で腕を組んでいた男が嘲笑を漏らした。
「くくく……。おいお前ら、悔しくねえのか? こんな風に理不尽に馬鹿にされて、悪者にされてよ?」
龍園がゆったりとした動作で前に出ると、凶悪な眼光でクラス全体を鋭く射抜いた。
「これで俺たちがどれだけ他クラスから舐められてるか、身にしみて分かっただろ。悔しくねえわけがねえ。……だがあの掲示板の噂なんざ、遅かれ早かれ俺たちが旧Bクラスをポイントで追い抜けば巻き起こってた事だ。今更いちいち動揺してんじゃねえよ」
龍園は吐き捨てるように言い放ち、教壇をバンッと強く叩いた。
「いいか、今のお前らに出来ることは、次の中間試験で旧Bクラスにテストの点数で勝つことだ。それが唯一、お前らが自分の手で示せる証明だ。分かったら余計なことに気を取られてねえで、迷わず勉強しろ」
一瞬で教室の空気を支配した龍園は、最後に俺の方を親指で指し示しながら、クラスメイトたちへ強烈な発破をかけた。
「噂の矢面には佐倉が立ってくれるんだ。てめえらが試験で勝てなきゃ、佐倉はずっと他クラスから嘲笑われ続けることになるんだぜ? ……いい加減腹をくくって、死ぬ気で勉強しやがれ」
龍園のその一言で、クラスメイトたちの目に宿っていた怒りと困惑は、明確な『覚悟』へと変わっていった。
それから一週間後。現Bクラスに対する誹謗中傷の波は、一変して俺個人へと集約されていった。
『不正に情報を得て、自分のクラスだけに情報を横流しした』
『裏取引でポイントを不正取得した黒幕』
掲示板や校内で、そんな尾ひれのついた噂が露骨に飛び交っている。愛里や、波瑠加から注がれる痛烈な心配の視線を感じつつも、俺はそれを何事もない顔で聞き流していた。
噂を鵜呑みにしたDクラスの連中は勢いづき、すれ違いざまに毎日のように俺へ言葉のナイフをぶつけてくる。
「おい不正野郎、早く白状しろよ!」
「汚い手を使ってポイント稼いで恥ずかしくないのかよ!」
「俺たちのポイント掠め取ったクズが!」
池や山内をはじめとする面々から直接吐き捨てられる暴言。それだけにとどまらず、旧Bクラスの一部生徒からも、冷ややかな蔑視とともに声が上がっていた。
「……不正をしたなら、今のうちに白状した方が身のためだと思うよ」
「悪いが信じられないな。失礼だが、今のお前たちのクラスが俺たちより勝っているようには到底見えない」
他クラスからの孤立と不当な蔑視。だが、我がBクラスの面々は噂に踊らされることなく、俺を気遣いながらも黙々とテスト対策に打ち込んでいた。俺のほかにも幸村やひより、金田が講師役に回り、クラス全体の学力を底上げするための勉強会が連日開かれている。
ちなみに幸村は、当初はこの勉強会への参加を拒んでいた。
「佐倉。俺はお前にテストの点数で勝つことを目標にしている。だから他人に教えている余裕はないし、勉強会には参加できない」
そう愚直に言い放った幸村だったが、その隣にいたひよりが小首をかしげ、静かな声で問いかけたのだ。
「あの……幸村君ですよね。佐倉君と成績を競い合うことに関して一つ疑問があるのですが……もし佐倉君がクラスの皆に勉強を教えることに時間を割き、一方で幸村君が自分のためだけに時間を使って、その結果テストの成績で幸村君が勝ったとして……それは果たして、幸村君の勝利と言えるのですか?」
その淡々とした正論に、幸村はぐうの音も出ずに絶句。翌日から、どこか気まずそうに、しかし親身になって講師役を務めてくれるようになったのだった。
「ねえ、佐倉君。噂のこと……本当に大丈夫?」
勉強会の合間、真鍋が不安そうな表情で俺に声をかけてきた。
原作では軽井沢に対して陰湿なイジメの主犯格だった真鍋だが、こうして身内として接してみると根は素直で世話焼きな良い雰囲気が伝わってくる。単に俺の顔立ちが整っているから好意的なのかもしれないが、心配してくれる気持ちは素直にありがたかった。
「大丈夫だよ。真鍋たちこそ余計な心配はしないで、中間試験でいい成績を取ろうな」
俺が微笑んで返すと、真鍋は「うん……!」と力強く頷き、再びテキストに向かってペンを走らせ始めた。
そんなクラスの様子を満足そうに眺めていた龍園が、ゆっくりと俺の席へ近づいてくる。
「……上手く行ったな…、そろそろ、あの愚か者どもを潰せるぜ」
龍園はポケットに手を突っ込んだまま、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべてそう呟いた。
よし、上手く録音を回収してくれたようだ。
連日の誹謗中傷を聞き流すのは少しばかり精神的に骨が折れたが、これで仕込みは完全に整った。俺たちの仕掛けた罠に、Dクラスの愚か者どもは一網打尽でかかってくれるはずだ。