「長らく停滞していた有人太陽系探査、再開後の初ミッションとなった金星探査に向かう<みょうじょう>号の発進がまもなくとなっております」
リアルタイム配信の音声を聞き、深緑の髪の女性は少し息を切らせながら、地平線が僅かに弧を描いているのがわかる程の雄大な平原を歩いていた。最寄りの街から既に数日は歩いているというのに、不思議なことに彼女の髪や服装に一切の乱れはなかった。彼女は周囲のもの全てを確かめ、愛でるように歩いていた。
西の空に、陽は間もなく沈もうとしていた。彼女は歩みを止めた。懐中時計を取り出し、時間を確かめる。
その時が来たことを知った彼女は、雲一つなく澄み切った赤から濃紺へ変わる黄昏の空を、何かを待つかのように見上げた。
「船長、これはなんです?」
長い黒髪を束ねた女性にクルーが尋ねた。彼女にとってこれが初の飛行にも関わらず、船長に選ばれた。異例とも言える抜擢であったが、数度の打ち合わせと訓練だけで、全てのクルーの信用を勝ち取っていた。
「ああ、それですか」
ヘッドセットをつけ機体の制御AIと会話しながら、飛行前の点検を行っていた彼女は答えた。澄んだ青い瞳は既に星を見ているようだった。
「私の親友の一人がね、どうしても持っていって欲しいって」
彼女が持っていこうとしているのは、金色の薔薇をあしらった宝剣のようなものだった。
「綺麗ですね。いいアンティークのようですが」
「でしょ。これの出どころ、今から行こうとしているところだって言ったらどう思う?」
彼女は悪戯っぽく言った。
「発進10分前、ホールド解除。発射最終確認開始、天候及び周辺状況は全て良好」
管制からのアナウンスが入る。幾多の想いを受け、遥かな遠回りを経て、彼女はついに征くのだ。星々の海へ。
********************************************
絹を裂くような叫びが狭い空間に響く。それは女性のものではなく、40代を目前としたおじさんの絶叫であった。絶叫に定評のあるおじさんたちの、いつもの動画を見ながら零はフフッと笑った。作戦中に私的な動画を視聴できる、個人専用機を駆るエースパイロットの特権でもあった。
「作戦空域到着60秒前です、零。そろそろ準備を」
女性的な機械音声を聞き、零は舌打ちして名残惜し気に動画を落とし、通常モードから戦闘モードへの切り替え指示を出す。あとはAIが自動で各システムを切り替えて、零が最終チェックを行う。いつもの流れだった。
「相変わらずそんなの見た後に集中できますね、中尉」
「そんなのってなによ。こちとら10年は見聞きしてるのよ」
零は適当に返しつつも準備を進める。彼女はそのあたりの切り替えが一瞬でできるたちでもあるし、AIもそんな零に合わせて調整してある特注品だ。事実、機体も数秒で準備を整え、先程まで笑みを浮かべていた零の特徴的な蒼い目も、その間に戦士のそれに変わっていた。
「作戦最終確認です」
聞き取りやすい、落ち着いた声の男性オペレーターが最終説明をはじめる。
「目標、コードネーム<グロワール>をポイントA-140へ誘引、展開する火力部隊によって殲滅します。確認事項がなければ開始します」
「ヤマザキ、了解」
「ツシマ、了解」
出身地である自身のコードネーム――ヤマザキを復唱し、零は作戦行動に移った。
冷戦終結以来続けられてきた国家統合の試み、その帰結として結成された地球防衛軍(EDF)は今後の宇宙進出を目指し組織された。一方で地上戦力は何も知らない市民からすると異様なまでに大きかった。そうした疑問の声は度重なる怪獣災害と、それへの対応にあたるEDF部隊の活躍で徐々に消えていった。
零が対怪獣人型機動兵器<ヘイロー>で空を駆ける2020年代の世界とは、そのようなものだった。
「ツシマからヤマザキへ。目標捕捉、人口密集地に侵攻中」
ツシマ――零の僚機を務める星原から報告を受け、零も、乗機もセンサーが目標を捉えたことを確認した。近接戦闘に特化した彼女の愛機<ブリュンヒルト>のそれは、近距離での目標追従性こそ高いものの代償として長距離での偵察・観測に向いていない。僚機である<スサノオ>は、その<ブリュンヒルト>援護のため遠距離索敵能力は高い。それに搭乗者の星原自身の能力の高さもあいまって早期発見は専ら彼の役割だった。
捕捉した焦げ茶色の二足歩行の怪獣――グロワールは長い尾を振りながら進撃していた。こいつを「目的地」に届けることが彼女たちの仕事だ。
ヘイロー、正式名称<High-mobility Advanced Leading Operation(高機動前衛誘導作戦機)>はEDFが地球の技術の粋を集め開発した、50m級の怪獣を目的地に誘引するための人型機動兵器だ。パイロット適性者が極端に少なく、中核となる機関部が年間で数基しか製造できない。そのために全世界に十数機しか配備されていない、事実上個人用のエース専用機であった。零のような個人的趣味機能も、作戦に支障がない程度には容認されていた。
目標まで約1000m、いつもの「仕事」が始まる。
「状況開始。ツシマ、いつも通りよろしく」
返答を聞く間もなく零は愛機を加速させる。流線型の優美な外見、白亜を基調として赤と金に彩られた機体が空を駆ける。急接近する物体に気づいたグロワールは雁首を向け咆哮した。そこへ<スサノオ>から放たれた多数のミサイルが殺到する。ミサイルの嵐の中、<ブリュンヒルト>はグロワールへリニアライフルを連続で撃ち込んだ。
咆哮を上げ、狙い通りグロワールはこの白い機体を明確に目障りな「敵」と認識して追い始めた。挑発のため近づいた機体に噛みつこうとし、腕を振り回し、尾で叩き落とそうとする。しかし<ブリュンヒルト>はあざ笑うかのように紙一重でかわし続ける。だが怪獣も馬鹿ではない。動きを読み<ブリュンヒルト>が地に足をつけたタイミングで熱線を放った。しかし零の読みはその上をいった。
「あぶないのよ、この****!」
いつものようにとんでもない暴言を吐きながら跳躍した<ブリュンヒルト>は、勢いそのままにグロワールの顔面にドロップキックを叩き込んだ。相手は、完全にキレたようだ。全てを無視してこの白い邪魔者を追い始めた。
「予定通りね、適当な距離を取って逃げるわよ」
<ブリュンヒルト>と<スサノオ>は「目的地」に向けて、つかず離れず「逃走」を開始した。
「ヤマザキからバイロイトへ、お客さんを店に連れてきたわ。間もなく入店よ」
零からの報告を皮切りに、バイロイト――作戦司令部は徐々に報告が増えていく。
「メーサー砲、射撃準備よし」
「電磁砲、射撃補正調整完了」
「レーザーカノン、エネルギー充填完了。いつでも撃てます」
続々と報告が入る。数段高い司令官席に座り作戦の総指揮を取る特殊戦闘団隊長、ウォルターは攻撃開始のタイミングを図っていた。銀白髪をオールバックにまとめ、メガネが妙に似合う長身の男だ。
「目標、キルポイント到達」
稲葉が報告する。
「よし」
ウォルターは命じた。
「第2機動大隊は一時退避。火力部隊攻撃開始。一気に殲滅しろ」
命令を受け、キルポイントに展開していた部隊が動き始めた。メーサー砲や電磁砲、レーザーカノンが鎌首をもたげるように持ち上がっていく。
「目標、距離2000、全車両射撃開始」
メーサー砲が独特の発射音と青い光を放ちながら怪獣に殺到する。同時に電磁砲、更には従来火器の火線も集中した。そこへ、最大出力のレーザーカノンが怪獣へ直撃する。十字砲火で青白い爆炎に包まれた光景。これまでであれば、目標はもだえ苦しみ、殲滅できていた。だが――
「目標、速度変わらず。なおも市街地へ侵攻中」
稲葉の報告で司令部の一部に動揺が走った。報告通り、映像の中の目標はメーサーやミサイルの直撃をものともせず進撃を続けている。
「……しぶといな、今日の奴は」
ウォルターは次の指示を出した。
「航空部隊、攻撃開始。装甲貫徹弾の使用も許可する」
「大佐、それは」
稲葉は言った。貫徹弾は威力こそ絶大ではあるが、外した場合地中のインフラが根こそぎ壊滅する。キルポイント周辺は、過去の戦闘で既に住民立ち退きが行われ無人地帯となっているとはいえ、外した場合地下インフラに甚大な損害が発生する。周辺地域への影響も無視できなかった。
「構わないよ」
いつの間に来ていたのか、副司令の冬木が口を挟んだ。多忙な総司令に代わりよく顔を出す恰幅のいい男で、人情家として慕われている。苦しい作戦のとき、彼の存在が部屋の空気を変えるのだ。
「総司令には私があとから話しておこう。やりたまえ」
冬木の後押しで、ウォルターは決断した。
「貫徹弾による攻撃を決行する。第2機動大隊攻撃再開。奴の動きを止めろ」
「ヤマザキ、了解。聞いたとおりよ、ツシマ」
「……いつも通りですか、無茶はしないでください。命がいくつあっても足りません」
「わかってるわよ」
星原に応えながら機体を操作する。これまで扱ってきた中距離戦用のライフルを捨て、肩に吊してあった大型ショットガンに持ち替える。
「コーダ、近接戦モードへ移行」
「準備はできています、零」
「相変わらず速いわね。心を読まれているみたい」
本来の姿となった白いワルキューレが、グロワールへ猛然と突っ込む。先ほどまで散々おちょくられていた白い機体を認めたグロワールが首を巡らせた。その鼻先に<スサノオ>が放った特殊ガス弾が炸裂した。どこか間の抜けた鳴き声をあげるグロワールを尻目に更に距離を詰める。彼我の距離が100mを切る。熱線による迎撃を諦めたグロワールは尾によって薙ぎ払った。<ブリュンヒルト>はそれを紙一重でかわし眼前へ躍り出て、顔面に散弾の雨を浴びせる。流石に痛いのか、グロワールは体を滅茶苦茶に動かして振り払おうとするも、<ブリュンヒルト>は巧みにかわしながら攻撃を続ける。
そして星原もただこの光景を眺めているわけではない。<ブリュンヒルト>の動きに合わせ、隙を消すよう<スサノオ>が援護射撃を加えている。極東管区最強の評に違わない動きだった。
「目標、動きが鈍りました」
「貫徹弾搭載機、作戦空域に到達。攻撃準備よし」
オペレーターから続々と上がる報告。作戦は最終段階へ入った。タイミングを見計らい、ウォルターが命令を下した。
「全火力を怪獣の頭部及び脚部へ集中、貫徹弾着弾まで足を止めさせろ。第2機動大隊は一時後退」
命令と同時に<スサノオ>から凄まじい数のミサイルが放たれグロワールへ殺到する。<ブリュンヒルト>がショットガンを乱射しながら後退し、グロワールはそれを追いかけようとしたが、ミサイルの暴風雨に阻まれた。更に機動大隊の近接戦闘のため射撃を控えていたメーサー部隊らが射撃を再開する。青と赤の光芒の中、グロワールの足は完全に止まった。そこへ、高高度から投下された貫徹弾が炸裂した。誘導に一寸の狂いはない。間違いなく直撃だった。
「やった……?」
荒い息を上げながら、<ブリュンヒルト>機内で思わず零は呟いた。機体に高度なパイロット保護機能がある。それでも、近接戦闘での連続した高G機動は負荷までは吸収しきれない。適性が高い零も例外ではなく体力を大きく消耗する危険極まりない機動だ。近接戦闘は可能な限り避けるよう通達が来ているのも無理はなかった。
<ブリュンヒルト>の光学センサーは煙に阻まれ何も捉えていない。煙が徐々に薄れ、状況が把握できるようになった時、思わず零は呟いた。
「……嘘でしょ」
何事もなかったかのようにグロワールが立っていた。いや、わずかに損傷はしていたがそれも徐々に修復されつつあるのが目に見えた。
「貫徹弾、効果ありません」
平静を装いながらも、少し焦りを帯びた稲葉の報告が響く。司令部内はにわかにざわめきが満ち始めた。
「敵も、強化されているということだな」
ウォルターはつぶやいた。冬木は顔面蒼白となっている。
「クソが……!」
機内でグロワールを監視しつつ零は吐き捨てた。おそらく、ウォルター大佐も同じ考えを持っているだろうな。そんなことを考えつつも、<ブリュンヒルト>を動かしグロワールの周りを蠅のように飛び回りわずかでも気をそらそうとするが、既にこの白い物体に興味が失せたのか方向を変えた。
「コイツ、人口密集地に向かう気か」
零は素早く予想進路の地図を表示させる。ここから約数キロ、この巨体で進撃すれば市街地へ30分も経たず到達するだろう。
「バイロイトより、ヘイロー含む全部隊へ伝達」
稲葉の声が響く。
「目標進路上の人口密集地の避難完了の連絡は受領していません。よって、撤退は許可できません。残存する全火力をもって目標の遅滞に努めてください。以上」
「……了解」
予想通りの命令に答えつつ、星原を呼び出す。
「ヤマザキからツシマ、聞いたとおりよ。再びあれに近接戦闘を仕掛ける。援護をお願い」
「ツシマ了解。僕はともかく、他の連中はうまく調整射撃は出来ないでしょう。当たって死ぬことだけはやめてください、訓練生殿」
「いい加減こういう場面で訓練生扱いするのやめてもらえますか、先任教官」
くすりと笑いながら零は答えた。
「教え子が目の前で死ぬのが一番嫌で、面倒なんです。……ツシマからヤマザキ、5秒後にミサイルを全弾発射します。そのタイミングで仕掛けてください」
「ヤマザキ、了解」
宣言通り、<スサノオ>が全ミサイルを放った瞬間、<ブリュンヒルト>は機体を左右に振りつつ再び散弾銃を乱射しながら猛然と突進した。それとタイミングを合わせるように火砲部隊も射撃を再開する。白いワルキューレの無茶な動きは極東管区では有名であったし、そもそも何度も共闘している仲である。星原が危惧するほど難しいことではなかった。
しかし、それでもなおグロワールは止まらない。既にキルポイントを抜け市街地へ侵攻しつつある。
「ヤマザキからツシマ、催涙弾を目標頭部へ」
「ツシマ、了解」
星原に指示を出しつつ、自らも攻撃の準備をする。
「エネルギーブレード、最大出力。目標の口内にぶち込む」
催涙弾が再びグロワールの鼻面に炸裂した。咆哮か、あるいはくしゃみか、いずれにせよ口をあけた怪獣の上方から<ブリュンヒルト>は突進の勢いそのままに、がら空きの口腔へブレードを突き刺した。口内から不気味な色の血液らしき物が吹き出す。誰もがトドメを確信した。
「目標生命反応健在、動きます!」
コーダの警告とほぼ同時に、グロワールが一気に顎を噛み合わせた。左腕に装備していたブレードのエネルギー導体が切断されたのか、刀身が消滅する。
「零、退避を!」
「わかってる!左腕武装投棄、全速後退!」
ブレードを捨て離脱に移ろうとする<ブリュンヒルト>だが、遅かった。グロワールは強引に<ブリュンヒルト>を口内にブレードの残骸を残したまま引き抜いた。その勢いでブレードを装備していた左腕が脱落する。そしてグロワールはそのまま<ブリュンヒルト>を地面に叩きつけた。
「ぬあああああ!」
零が悲鳴を上げる。光学モニターには勝ち誇ったグロワールが口内に残った残骸を引き抜き、放り投げる様が映っていた。
「コーダ、損傷は」
「左腕完全喪失、FCS(火器管制)損傷、あと通信装置が破損しました。操縦系統、ブースター周りは無事です」
「なら直ちに離脱を――」
言いかけたとき、凄まじい衝撃がコックピットを襲った。グロワールがブリュンヒルトを踏み潰そうとしているのだ。凄まじい重量が<ブリュンヒルト>にかけられる。
「クソッ!ふざけるなよ、この****野郎!」
暴言を吐きながら、残る右腕でなんとか防ごうと足掻くがそれも踏み潰された。倍以上のサイズがある怪獣に対し腕一本で抗うのは流石に無理であった。
やがて、この壊れた機械人形を嬲ることに飽いたのか、再びグロワールは人口密集地へ向きを変えた。<スサノオ>をはじめ残存部隊は全火力を投じ続けている。しかしもはや止められそうになかった。
「目標、まもなくキルポイント突破します」
悲鳴のような叫び声が響いた。稲葉のものではない。彼は<スサノオ>への指示、通信が途絶した<ブリュンヒルト>への呼びかけを続けていた。冬木は椅子に座り込み相変わらず真っ青になっている。
ウォルターは絞り出すように言葉を紡いだ。
「今の我々の装備では、敵に勝てない……」
(どうすればいい……)
<ブリュンヒルト>のコックピット内で、彼女はただ自分の無力感に苛まれていた。いつもの彼女であればコックピットから飛び出し拳銃一本でも戦闘を継続するほどの(少し無謀な)戦意を持ち合わせているが、先程の衝撃で歪んだのかハッチを開けることもままならず、ただ戦況を眺めることしかできない。
既に目標はキルポイントを突破し、市街地に向かっている。住民の避難完了の連絡はまだ届いていなかった。戦場となればEDFだけでなく、民間人を巻き込む凄惨な市街戦となるだろう。
(力が、力が欲しい。この状況を覆す、あの人達を救うことのできる力が――)
胸元から熱を感じた。パイロットスーツの胸元をあけ、常に身につけているネックレスを取り出した。かつて先祖がドイツに居た証、小さな鉄十字の飾りがあった。熱源は、その中心からだった。
「もう一度、戦えということね」
零は呟き、覚悟を決めた。
本心は怖い。再び敵わず一方的に蹂躙されるかもしれない。それでも今、おそらくこの力を持ち、あいつを止められるのは自分と、あの時助けてくれた「緑の戦士」だけなのだ。
「コーダ」
「何でしょう、零」
胸元を開けた零の状態を見て、空調系の出力を調整していたコーダが答えた。
「今から起こること、みんなに内緒ね」
光の波長に意識を合わせる。徐々に光と熱が強くなっていく。再び、あの姿がはっきりとイメージできる。そうだ、この力の意味を知るため、零は夢を捨てたのだ。既にコックピット内は光で満ち溢れていた。
「行くわよ……!」
「ヤマザキ、なお応答ありません」
「目標、最終ライン突破、市街地へ向かいます」
絶望的な報告が続く。それでもウォルターはなすべきことをなそうとしていた。
「機動部隊は攻撃続行。遅滞して時間を稼ぎメーサー部隊を後方で再展開……」
モニターを眺め、指揮を取り続けていた彼がまず異常に気づいた。続けて稲葉の報告が入る。グロワールの前面に光の粒子が集約していた。
「光を伴うエネルギー体、目標前面に集約中。この波長は過去に一例だけあります、これは……」
報告を聞きながら、ウォルターはモニターを眺めた。画面の中で光は徐々に人型を作っていた。
「6年ぶりか」
この光を初めてみた者の1人である彼は、どこか複雑な表情でつぶやいた。
「リヒトゲッティン……」
黒を基調に、緋色と銀色のラインが走る身体。胸にある鉄十字を模したランプに灯る青い光。顔つきは変身前と同じだが、黒髪はどこか神聖さすら感じる金色に変化し、青色の瞳は強い意思を秘めた赤に染まっていた。
6年前と同じく、いつもより遥かに高い視点。身体を駆け巡る、よくわからない力が湧き出る感覚。改めて今の自分の身体の状態を確かめ、構える。
(大丈夫。今度は、きっといける)
女神となった零はグロワールに向け走り突進する。足が地面に付くたび土柱が高々と舞い上がった。飛び上がり、宙返りしながら飛び蹴りを怪獣に放つ。あっけに取られていたグロワールはもろに顔面に食らい、鈍く重い打撃音を発しながら後方へ転倒する。グロワールは負けじとすぐさま立ち上がり、この新たなる敵に殴りかかってきた。零は防御姿勢を取り、受け止める。
(舐めるなよ)
大ぶりになったところでカウンターのパンチとキックのコンビネーションを浴びせる。腹部の、人間で言う鳩尾に入ってしまったのか、悶絶するグロワールに更に連続で拳の嵐を見舞う。距離を取り嵐から抜け出したグロワールは、両腕で巨人に掴みかかろうとする。しかし零はそれをあっさりさばき、相手の勢いそのままに投げ飛ばした。6年前とは違う、訓練大学校での鬼のしごきで得た経験の成果が出ていた。
司令部は、狂喜した。女神が怪獣に一撃を与えるたび、歓声があがる。
「いけ、そこだ!!」
「やっちまえ!!」
本来、作戦中は静粛であるべき司令部で歓声が漏れている。ウォルターは相変わらず複雑な表情を浮かべたまま立ち上がり、稲葉の傍に向かった。彼も喜んでいないわけではなかったが、熱狂しているというわけではない。
「零は?」
「まだ通信が回復していません。あの女神のおかげで機体からは離れたので潰される可能性は減りましたが……」
ウォルターがコードネームではなく、名前で問いかけたことを一切気にすることなく稲葉が答えた。前線部隊が危機に陥ったときのウォルターの癖で、零はその「常習犯」であったためいつも通りの会話ともいえた。
「とにかく、呼び出し続けろ」
ウォルターが稲葉に指示を出したとき、司令部の空気が僅かに変わった。
投げ飛ばされたグロワールは距離を詰めてきた零に対して、尾をムチのようにしならせその体を打った。零は防御姿勢も取れず、横っ飛びに吹き飛ばされ丘陵に叩きつけられる。そこへ態勢を立て直したグロワールが巨体を活かしてのしかかり首を締め上げようとする。グロワールに体重をかけられ焦りもがく零の頭の中に、以前と同じように技のイメージが浮かんだ。
(こう…?)
のしかかられつつも零は腕を胸の前でクロスに組む。閃光と衝撃が零の体から発せられてグロワールは吹き飛ばされた。その隙に零は立ち上がった。そのとき、胸の光に変化が生じた。
「おい、胸の光が赤になって点滅しているぞ。警告音らしきものも点滅に合わせて鳴っている」
「少し苦しそうだ」
その様子をみて、ウォルターは言った。
「あれとて、無敵ではないということだ」
限界が近い、それは戦っている零本人がよくわかっていた。
(そろそろ、決めないと)
再びグロワールは尾をしならせて攻撃を仕掛けてくる。しかし動きを見切った零は尾を掴んで振り回し投げ飛ばした。地面に叩きつけられたグロワールはもう立ち上がることができず、悶えてジタバタしている。
頭の中にまたイメージが浮かぶ。6年前と同じそのイメージ通り、腕にエネルギーを集約し、十字に組んだ。
(行けぇ!)
鮮やかな赤白橡色に閃光が交じる光線が、組んだ縦の手から放たれる。動けないグロワールは光線の直撃を受け爆発する。そして光の粒子とともに風に消えた。
「目標、完全消滅」
稲葉が状況を報告する。
「……目標を女神に変更、監視しつつ、妙な動きがあればすぐ対処できるように……」
ウォルターが言いかけたとき、別のオペレーターが報告する。
「目標、飛翔しました。速度……馬鹿な、もうマッハ20まで加速しただと」
「追跡しろ、逃がすな」
あらゆるセンサーが女神を追尾する。しかし――
「目標、ロストしました。推定高度は約1万。全センサー、反応ありません」
「どこで消えた?」
「全ての計器がバラバラな情報を出しています。特定不能」
報告を聞きながら唸るウォルター。目を閉じ、少し考える素振りを見せた後、稲葉に問いかけた。
「零との通信は回復したか」
「まだ反応が……いえ、復旧したようです」
稲葉の回答を受け、ウォルターは少し食いつくように言った。
「零、無事か」
「こちらヤマザキ、通信機器故障で連絡できませんでした。機体は損壊しましたが、何とか無事です」
荒い息を吐きながらも、いつものように零は答えた。
「そうか、すぐ救援機を向かわせる。さっきの女神の情報は何かないか」
少し安堵したウォルターの声が聞こえる。名前で呼んできたり、この人本当に不器用よね、と思いながら返答した。
「すいません。センサー類もちょうど故障してて……ほとんど記録が残っていません。助けられた、という事実だけです。私が言えるのは」
「……わかった、救援機到着まで、少し休め」
通信を切った途端、一気に疲労感が零を襲った。先ほどまでの戦闘で、ヘイローでの機動戦以上に体力を消耗していた。どれだけ鍛えてもあの姿では長く無茶はできないらしい。
「コーダ、あなたは見ちゃったのよね」
「見ました、ばっちりと」
いたずらっぽく零は言った。
「このことは内緒ね、司令部にも。それからあなたの生みの親にも」
この戦闘を、深緑の髪を風になびかせながら見つめる女性がいた。どこか儚く、愁いを帯びた表情。深緑の髪の女は悔いていた。誰かを、再び自分の宿命に巻き込んでしまったことを。
東京近郊、今は捨てられた廃ビルの地下に、「彼」のアジトはあった。いくつものカプセルが並び、その中で怪物がうごめいている。
「ふん、倒しやがったか」
分解されずに残ったグロワールの組織片、飛散したエネルギーなどを回収させつつ男は吐き捨てた。人型ではあったが異形であった。全身が真っ黒で目だけが異様に赤く頭部や肘に棘が生えている。彼自身は椅子に座ったまま何もしていなかった。洗脳したEDFの隊員を使い、「業務」として作業を行わせている。
「奴が再覚醒するのも想定内だ。あの方が手を下すまでもない」
異形の男は笑った。人間全てを見下し、嘲り、嘲笑している。それを表すかのような笑いだった。
「忌々しいあの緑女と揃って、2人とも供物として死んでもらおう。アハハハハ!!」